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第1章 第5話

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 少年が少女を殺害したという一報が流れたとき、日本国内だけでなく世界中が安堵したという。
 だが、少年については、世界に混乱をもたらした罪は非常に重い、という見解を国連が示し、少年の死刑を望む声が世界中から上がった。
 タカミが少年を匿うことを決めたのは、少年に対する感謝の気持ちもあったが、このことが何よりも大きかった。
 最期まで妹を守ろうとしてくれた少年を、今度は自分が守ろうと決めたのだ。

 それに、彼には妹が死んだとて災厄が終わりを迎えるとはどうしても思えなかった。

 疫病は、もしかしたら人為的に作られたウィルスが原因だったかもしれない。それがあらかじめ用意していたワクチンでは効果がないほどに、人の手に終えないほどの急速に進化した可能性は十分に考えられる。
 だが、数百年前に滅亡した、ウィルスの存在すら知らなかったであろう国家が、そんなものをどうやって作り出すことができたのか、どうやって2022年に起きる災害に合わせてウィルスを撒き散らすことができたのか、誰も説明できないだろう。

 災害はさらに説明が不可能だ。
 現代の科学でも、地震については数十年以内に巨大地震が南海トラフ沖で起きるだろう、といった予測しかできないのだ。
「日本沈没」のように、一年以内に巨大地震が起き日本列島が沈没すると科学者が予測し、本当にその通りになるような精密な観測を行う技術は現代にはない。
 雨野市が位置する東海地方では、数十年前から数十年以内に巨大地震が起きると言われ続けているが、いまだ起きてはいない。数十年以内という期間だけが更新され続けている。その間に予測すらされていなかった関西や東北で巨大地震が起きてしまっていた。
 数百年前に滅亡した国家に一体どれだけの科学力があれば、巨大地震に毎日40度を超える気温や記録的な雨量の大雨とそれによる洪水が重なることを予測できたのか。

 なぜ疫病や災害が、アリステラの王族の末裔の命を絶つことで終わるのか。
 映画やドラマなどに登場する、悪役の心臓が止まると爆発するようになっている爆弾のように、災害発生装置のようなものがあり、死亡によってそれが止まるとでも言うのだろうか。ウィルスの生死が決まるのだろうか。

 何もかも説明がつかない以上、近い将来、紙幣価値がなくなるほどの事態が待っているのではないか。
 そう考えたタカミは、紙幣価値があるうちに全財産を使い果たすことにした。
 金はあった。
 元々それなりに収入はあったが滅多に使うことがなかった上に、殺された両親の生命保険が相当な額振り込まれていたからだ。
 耐震性が高く、ソーラーパネルによる自家発電や雨水をろ過する装置と貯水タンクがあり、大雨や洪水の影響を比較的受けにくいだろう高層マンションの最上階を、少年を匿う場所に選んだ。
 残った金で非常食を買い込んだ。

 その選択が間違いではなかったことは、数ヶ月後には証明された。
 少女が死んでも災厄が収まらないどころか、ますます加速し肥大化の一途を辿り、世界的な飢饉と世界大恐慌が起きた。

 世界中の誰も、70億の命を守るためにひとりの少女を生け贄に捧げる選択をしたことが誤りだったとは認めなかった。 きっと認めたくなかったのだろう。
 その代わりに持ち出されたのがタイムリミット説だった。
 少年が少女をその手にかけたのが、2023年になってからの、寒い冬空の下でのことであったため、2022年12月31日23時59分59秒が、災厄を終わらせるタイムリミットだったのではないか、という説が突如として浮上した。
 そして、何の根拠もないその説をまたもや誰も疑うことなく信じ、少年の死刑を望む声はますます大きくなっていった。

 タカミが世界を見限ったのは、その頃になる。
 もう妹も、不仲であったとはいえ両親もこの世界にはいない。
 この世界が存在する意味があるとすれば、妹のために世界を敵に回す覚悟をしたひとりの少年が、まだ生きている、生きていてくれている、ただそれだけだ。
 彼はそう考えるようになった。


 タカミはこの数年間、睡眠をまともに取ったことがなかった。
 眠れば必ず悪夢を見て目を覚ます。
 夢の中で何度妹を殺したかわからない。
 少年を殺す夢を見ることもあった。
 なぜ守れなかったのか。もっと出来ることがあったのではないか。
 そんな後悔から、悪夢から目を覚ますたびに自己嫌悪に陥る。
 だから彼は自発的に眠ることをやめた。
 彼が眠るのは、肉体や脳が限界を迎え、意識を失うときだけだった。

 少年を心配させないよう、夜になれば「おやすみ」と言って、少年より先に自室に行くようにしていた。
 ベッドに寝転がるわけでもなく、かといって何かをするわけでもない。
 何もしない、何も考えない、が彼の理想であったが、なかなかそうも行かず、数年前に調べたアリステラ王国についての資料を何度も読み漁っていた。



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