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第23話
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俺の大学デビューは一体いつになるのだろうか。
いつの間にかそんなことはもう考えないようになっていた。
大学デビュー部での活動で大学デビューなどできるはずがなかったからだ。
今日も俺は講義後、大学デビュー部の面々と共に名古屋大須を訪れていた。
入部初日に行ったメイドカフェの老舗に俺はいた。
前回のご帰宅からまだ一ヶ月もたっていない。
到着した時間がよかったのか、今日は平日ということもあって、店の前で藤本花梨が呼び鈴を鳴らすとすぐにメイドさんがやってきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様お嬢様」
何度聞いてもいい響きだ。
「それではお席にご案内致します」
俺たちはメイドさんの後について店内へと入った。
今日からメイドカフェではイベントが行われているようである。
7日~10日
ルールル美術館
~美の狂人たち~
だそうである。
暖かくなってきた季節だからこそ
芸術を楽しみましょう!
とのこと。
メイドさんたちは自分が勤めるお店をお屋敷と呼ぶのだが、お屋敷内がちょっとした美術館のようにご主人様お嬢様が描いたり撮ったりしたと思われるいろいろな絵や写真達で飾りつけられていた。
このイベント期間限定のメニューもあった。
デザートには「楊貴妃の宝石」¥700
ドリンクには「エーゲにて~since 2012~」¥500
この限定メニューを頼むと、メイドさんの写真と自画像入りのカードがもらえるのだそうだ。
小島雪が呼び鈴を鳴らし、メイドさんを呼んだ。
「お待たせ致しましたご主人様お嬢様。ご注文をお伺いします」
ご注文はもちろん、
「楊貴妃の宝石とエーゲにて~since201X~を四つずつで」
全員、メイドさんの写真と自画像入りのカードが欲しかったのである。
それから、俺は腹が減っていたのでオムライスを頼んだ。他の三人もメイドカフェで食事=オムライスという絶対的な方程式があるらしく、俺に続いた。
メイドさんの写真と自画像入りのカードは、スプーンやストロー、フォークの入ったカゴに入れられて、俺たちの手元にやってきた。
カードは四枚。
とおるちゃんによしのちゃん、かりんちゃんにいぶちゃんの4枚だ。
「花梨はどの子がいい?」
加藤麻衣に尋ねられた藤本花梨は自分と同じ名前のかりんちゃんのカードを手にとった。
「うちの家宝にしますわ」
安い家宝があったものである。
小島雪がいぶちゃん、加藤麻衣がとおるちゃんのカードをとり、俺はよしのちゃんのカードをもらった。
持って帰るのを忘れてしまわないように、四人そろってすぐに財布にしまう。
料理を待つ間、店内には続々とご主人様お嬢様がご帰宅になられはじめていた。
俺たちの隣の席には「もういやんなっちゃうわ。全然内定もらえないし」メイドさんに愚痴をこぼしながらお嬢様がお座りになられた。
どこかで聞いたことのある声。
どこかで見たことのある顔。
前回のメイドカフェ初体験の日にも隣の席だったあのお嬢様が今日は私服でご帰宅なさっていた。
そして俺たちは運ばれてきたオムライスを食べ始めた。
店内は次第に込み合って、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
メイドさんたちから次々と声が上がる。
やがて、1組待ち、2組待ちといった状況になっていった。
「だいぶ混んできましたね」
「早めに来てよかったねー。こないだは1時間待ちだったし」
加藤麻衣たちがそんな会話を交わした直後のことだった。
店の入り口からメイドさんの黄色い悲鳴があがった。
何事だ!?
俺は席から身を乗り出して、店の入り口を凝視した。
「レンニン様じゃないですか~。お帰りなさいませ。お待ちしておりました☆」
レンニン様キターーーーーーーー!!!!
皆さん覚えておいでだろうか。
「1名様でお待ちのレンニン様ー。レンニン様、いらっしゃいませんかー」
1名様なのにハンドルネームでご予約がデフォルトのレンニン様、その人である。
「え? レンニン様?」
「レンニン様、おひさしぶりです!」
「レンニン様ぁぁぁぁ」
メイドさんのあとをついて歩くレンニン様にメイドさんたちは次々と声をかけた。
しかし、俺の席からはメイドさんの後ろに隠れてレンニン様がよく見えない。
一体どんな男なんだ……レンニン様……。
俺がゴクリと生唾を飲み込む音は皆にも聞こえたかもしれない。
レンニン様は、俺たちの席の隣に案内されてきた。
そしてついに、俺はレンニン様の正体を突き止めることに成功した!
レンニン様は痩せこけていた。
レンニン様は禿げ散らかしていた。
レンニン様はくたびれた50代のおじさんだった。
レンニン様……
俺たちは何も見なかった何も聞かなかったことにして、黙々とオムライスを食べた。
そして黙々と楊貴妃の宝石を食べ、エーゲにて~since201X~を飲み、席を立った。
レジでは別のご主人様がポイントカードにはんこを押してもらっていた。
「すごいです! ご主人様! これでもう555ポイント貯まりましたね!」
ご主人様は大変ご満悦の表情の、よきにはからえと言わんばかりの表情で、店をあとにしていた。
「いってらっしゃいませー、ご主人様ー」
俺もポイントカードを作ってもらうことにした。
「1回のご来店につき、1スタンプ捺印させていただきますね。
20ポイント貯まりましたら、素敵なノベルティグッズのプレゼントやメンバーズカードのグレードが上がりますので」
そんな説明を受けたのだが、よく考えてみてほしい。
1回のご来店につき、1スタンプである。
つまり先のご主人様は、今回が555回目のご来店だったというわけである。
俺はもうそれ以上考えることをやめることにした。
明日はわが身だ。
「お会計は四名様で6400円になります」
メイドさんにそう告げられたとき、ぼくの目はレジ前に置かれていたあるものに奪われていた。
美術館限定絵画風ポストカード(3枚1セット 全4種類)
(絵柄は全部で12種類)
1セット ¥300
「す、すみません。これ、1セットください……」
俺はメイドさんにそっとポストカードセットを差し出した。
皆の冷たい視線が気になったが、メイドさんの喜ぶ顔が見たかったのだ。
「ありがとうございます、ご主人様。それではお見送りさせていただきます」
俺はポストカードを片手に、
「いってらっしゃいませー、ご主人様ーお嬢様ー」
大変ご満悦の表情の、よきにはからえと言わんばかりの表情で、くたびれた顔とくたびれた服で自分の名前が呼ばれるのを待つご主人様お嬢様の前を通りすぎた。
店を出てすぐ、俺はポストカードを開けた。
再びみんなの冷たい視線が気になったが、我慢できなかったのだ。
レンニン様、どうかお元気で。それではごきげんよう。
いつの間にかそんなことはもう考えないようになっていた。
大学デビュー部での活動で大学デビューなどできるはずがなかったからだ。
今日も俺は講義後、大学デビュー部の面々と共に名古屋大須を訪れていた。
入部初日に行ったメイドカフェの老舗に俺はいた。
前回のご帰宅からまだ一ヶ月もたっていない。
到着した時間がよかったのか、今日は平日ということもあって、店の前で藤本花梨が呼び鈴を鳴らすとすぐにメイドさんがやってきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様お嬢様」
何度聞いてもいい響きだ。
「それではお席にご案内致します」
俺たちはメイドさんの後について店内へと入った。
今日からメイドカフェではイベントが行われているようである。
7日~10日
ルールル美術館
~美の狂人たち~
だそうである。
暖かくなってきた季節だからこそ
芸術を楽しみましょう!
とのこと。
メイドさんたちは自分が勤めるお店をお屋敷と呼ぶのだが、お屋敷内がちょっとした美術館のようにご主人様お嬢様が描いたり撮ったりしたと思われるいろいろな絵や写真達で飾りつけられていた。
このイベント期間限定のメニューもあった。
デザートには「楊貴妃の宝石」¥700
ドリンクには「エーゲにて~since 2012~」¥500
この限定メニューを頼むと、メイドさんの写真と自画像入りのカードがもらえるのだそうだ。
小島雪が呼び鈴を鳴らし、メイドさんを呼んだ。
「お待たせ致しましたご主人様お嬢様。ご注文をお伺いします」
ご注文はもちろん、
「楊貴妃の宝石とエーゲにて~since201X~を四つずつで」
全員、メイドさんの写真と自画像入りのカードが欲しかったのである。
それから、俺は腹が減っていたのでオムライスを頼んだ。他の三人もメイドカフェで食事=オムライスという絶対的な方程式があるらしく、俺に続いた。
メイドさんの写真と自画像入りのカードは、スプーンやストロー、フォークの入ったカゴに入れられて、俺たちの手元にやってきた。
カードは四枚。
とおるちゃんによしのちゃん、かりんちゃんにいぶちゃんの4枚だ。
「花梨はどの子がいい?」
加藤麻衣に尋ねられた藤本花梨は自分と同じ名前のかりんちゃんのカードを手にとった。
「うちの家宝にしますわ」
安い家宝があったものである。
小島雪がいぶちゃん、加藤麻衣がとおるちゃんのカードをとり、俺はよしのちゃんのカードをもらった。
持って帰るのを忘れてしまわないように、四人そろってすぐに財布にしまう。
料理を待つ間、店内には続々とご主人様お嬢様がご帰宅になられはじめていた。
俺たちの隣の席には「もういやんなっちゃうわ。全然内定もらえないし」メイドさんに愚痴をこぼしながらお嬢様がお座りになられた。
どこかで聞いたことのある声。
どこかで見たことのある顔。
前回のメイドカフェ初体験の日にも隣の席だったあのお嬢様が今日は私服でご帰宅なさっていた。
そして俺たちは運ばれてきたオムライスを食べ始めた。
店内は次第に込み合って、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
メイドさんたちから次々と声が上がる。
やがて、1組待ち、2組待ちといった状況になっていった。
「だいぶ混んできましたね」
「早めに来てよかったねー。こないだは1時間待ちだったし」
加藤麻衣たちがそんな会話を交わした直後のことだった。
店の入り口からメイドさんの黄色い悲鳴があがった。
何事だ!?
俺は席から身を乗り出して、店の入り口を凝視した。
「レンニン様じゃないですか~。お帰りなさいませ。お待ちしておりました☆」
レンニン様キターーーーーーーー!!!!
皆さん覚えておいでだろうか。
「1名様でお待ちのレンニン様ー。レンニン様、いらっしゃいませんかー」
1名様なのにハンドルネームでご予約がデフォルトのレンニン様、その人である。
「え? レンニン様?」
「レンニン様、おひさしぶりです!」
「レンニン様ぁぁぁぁ」
メイドさんのあとをついて歩くレンニン様にメイドさんたちは次々と声をかけた。
しかし、俺の席からはメイドさんの後ろに隠れてレンニン様がよく見えない。
一体どんな男なんだ……レンニン様……。
俺がゴクリと生唾を飲み込む音は皆にも聞こえたかもしれない。
レンニン様は、俺たちの席の隣に案内されてきた。
そしてついに、俺はレンニン様の正体を突き止めることに成功した!
レンニン様は痩せこけていた。
レンニン様は禿げ散らかしていた。
レンニン様はくたびれた50代のおじさんだった。
レンニン様……
俺たちは何も見なかった何も聞かなかったことにして、黙々とオムライスを食べた。
そして黙々と楊貴妃の宝石を食べ、エーゲにて~since201X~を飲み、席を立った。
レジでは別のご主人様がポイントカードにはんこを押してもらっていた。
「すごいです! ご主人様! これでもう555ポイント貯まりましたね!」
ご主人様は大変ご満悦の表情の、よきにはからえと言わんばかりの表情で、店をあとにしていた。
「いってらっしゃいませー、ご主人様ー」
俺もポイントカードを作ってもらうことにした。
「1回のご来店につき、1スタンプ捺印させていただきますね。
20ポイント貯まりましたら、素敵なノベルティグッズのプレゼントやメンバーズカードのグレードが上がりますので」
そんな説明を受けたのだが、よく考えてみてほしい。
1回のご来店につき、1スタンプである。
つまり先のご主人様は、今回が555回目のご来店だったというわけである。
俺はもうそれ以上考えることをやめることにした。
明日はわが身だ。
「お会計は四名様で6400円になります」
メイドさんにそう告げられたとき、ぼくの目はレジ前に置かれていたあるものに奪われていた。
美術館限定絵画風ポストカード(3枚1セット 全4種類)
(絵柄は全部で12種類)
1セット ¥300
「す、すみません。これ、1セットください……」
俺はメイドさんにそっとポストカードセットを差し出した。
皆の冷たい視線が気になったが、メイドさんの喜ぶ顔が見たかったのだ。
「ありがとうございます、ご主人様。それではお見送りさせていただきます」
俺はポストカードを片手に、
「いってらっしゃいませー、ご主人様ーお嬢様ー」
大変ご満悦の表情の、よきにはからえと言わんばかりの表情で、くたびれた顔とくたびれた服で自分の名前が呼ばれるのを待つご主人様お嬢様の前を通りすぎた。
店を出てすぐ、俺はポストカードを開けた。
再びみんなの冷たい視線が気になったが、我慢できなかったのだ。
レンニン様、どうかお元気で。それではごきげんよう。
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