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第8話
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N市大須は俺たちの大学からバスや電車を乗り継いで一時間ほどの距離にある。
学校からバスで地下鉄F駅(なぜかホームが地上にある)に向かい、地下鉄H線の終点であるその駅から名古屋方面に向かう。N駅のひとつ手前の伏見で降り、T線に乗り換え、最初の駅が大須観音駅になる。
駅を降りるとすぐある神社を通り過ぎると、商店街がある。
大須商店街は、東京で言えば秋葉原のような電気街と原宿だか渋谷だかを足して割ったような商店街であり、お洒落な服屋の隣に普通にフィギュア屋が並んでいたりと、なかなかカオスな商店街である。
それから、三十路の独り身の男が祖父の隠し子を引き取るアニメの舞台でもあったから、オタクにとっては聖地巡礼の地でもある。
「コミュニケーション能力を鍛えるんでしたよね? ここで一体何をするんですか?」
高校時代から大須にはよく通ってはいたが、お洒落に目覚めてまだ1ヶ月、それも楽○で服を買う俺には名古屋の秋葉原的な場所でしかなかった。
目当ては毎度毎度違うのだが、ガチャガチャのダブりを避けるためにフィギュア屋で全種セットになっているものを購入したり、絶対にとれそうにないゲームセンターのクレーンゲームのフィギュアを購入したりなど、俺にとって大須は主にそういう場所だ。
買い物中、誰とも会話することなく、コミュニケーション能力を鍛えるには不向きな場所のように思えた。
そういえば大須に誰かと一緒に来たのははじめてだ。
「すぐにわかる」
加藤麻衣は俺たち部員を引き連れて商店街を歩きながらそう言い、
「まずは君の靴を買いに行くとするか」
「だったらXYZマートがいいんじゃない?」
小島雪がそう続けた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
俺は慌てて歩き出そうとする三人を引き止めた。
「なんだ?」
「どうしたのよ?」
不機嫌そうに加藤麻衣と小島雪が振り返った。
「俺、今日は靴を買えるほどのお金、もってないですよ」
先ほど地下鉄に乗るとき財布を見たが、三千円ほどしか入っていなかった。
「学生証があるだろう?」
意味がわからないという顔をしていると、
「うちの大学の学生証、クレジットカードになってるから」
俺は慌てて財布から学生証を取り出した。はじめてまじまじと見つめたが、確かにV○SAと書かれており、クレジットカードのようだった。学生だからか毎月の上限は五万円と決まっているらしい。
そんな話をしているうちに最初の目的地である靴屋に着いた。
「わたしたちは店の外にいるから一人で行ってこい」
加藤麻衣にそう言われ、俺は素直に従った。
「一足目だから、あまり奇抜な色にせず、どんなファッションにも合うようなものを選んだ方がいい」
彼女からはそんな助言を受けた。
ブラックかブラウンあたりが妥当だとも。
店の入り口付近にあった靴がまさしくそんな感じのスニーカーで、手に取った瞬間、
「よろしかったらお客様のサイズのものをお出ししますので、履いてご覧になってください」
イケメンの店員が話しかけてきたので、俺は大きく後ずさりした。
「え、あ、はぁ」
俺はそう返すだけで精一杯、冷や汗が頬を伝った。
意味がわからなかった。
なぜたまたま目に入った靴を手にとっただけでいきなり話しかけられるのか。
これが世に言う接客というやつなのか……。
俺は今まで一度も自分で靴を買ったことがない。服も全部通販で、ユニ○ロやし○むら以外には入ったことすらなかった。通販もユニ○ロやし○むらもこちらから問いかけない限りは相手から話しかけられることはない。そして俺はたとえ聞きたいことがあったとしても話しかけたことはなかった。
全く知らない赤の他人に話しかけられるとか意味がわからない。コミュニケーション能力が高いとかそんなレベルじゃない。
もし俺が、世間でたまに童貞をこじらせて「死刑になりたかったから」とかわけのわからない理由で人を襲う通り魔だったとしよう。
俺はそんなことは絶対にしない(と思う)が、店内や商店街を歩いている人たちの中にそういう輩がいないとは言い切れない。
赤の他人とは要するにそれくらいわけのわからない、不気味な存在だ。
そんな相手にいきなり話しかけるなんて自殺行為、自殺願望があるに違いない。
そんなことを考えていると、
「今日はどんな靴をお探しで?」
店員はどんどん話を進めていく。
「え、あ、その、どどどんな服にもだだ大体合うような、」
そんなお洒落な靴を探しに来たわけだが、俺は最後まで言い切ることすらできなかったが、
「あぁ、それでしたらこちらの」
店員に奥に案内された。
「こちらの商品が今大変人気でして」
手に取って見せられたスニーカーは、確かに俺が今履いているものとは雲泥の差のお洒落感漂うスニーカーだった。が、やはりお洒落なだけあり高く、一万二千円もした。
「お客様のサイズのものをお出ししましょうか? サイズはおいくつでしょうか?」
店員に聞かれるまま、しどろもどろになりながらサイズを答えたが、
「お客様、すごい汗ですけど大丈夫ですか?」
気づけば床に滴り落ちるほど顔中に汗をかいていた。
平日の昼間だったせいか店内に客は少なく、その後もその店員はぴったりと俺に張り付き、何足もオススメを勧めてきた。
三十分後店を出た俺は両手に大きな手提げ袋をさげていた。買ったのは五足、学生証兼クレジットカードの限度額ギリギリの五万円弱の買い物だった。
そんな俺の姿を見て、加藤麻衣が大きなため息をついた。
「まぁ、こうなるんじゃないかとは思っていたが」
「どこの世の中に店員に勧められたものを全部買う馬鹿がいるのよ」
「やっぱりわたしたちがついていってあげるべきでしたね」
大学デビュー部の部員たちは口々にそう言い、俺は泣きたくなった。
あとでわかったことだが、俺が買わされた靴は大して人気というわけではなく、ネット通販ではどれも半額以下の値段で叩き売られていた。
二度と俺が店で靴を買うことはないだろう。
学校からバスで地下鉄F駅(なぜかホームが地上にある)に向かい、地下鉄H線の終点であるその駅から名古屋方面に向かう。N駅のひとつ手前の伏見で降り、T線に乗り換え、最初の駅が大須観音駅になる。
駅を降りるとすぐある神社を通り過ぎると、商店街がある。
大須商店街は、東京で言えば秋葉原のような電気街と原宿だか渋谷だかを足して割ったような商店街であり、お洒落な服屋の隣に普通にフィギュア屋が並んでいたりと、なかなかカオスな商店街である。
それから、三十路の独り身の男が祖父の隠し子を引き取るアニメの舞台でもあったから、オタクにとっては聖地巡礼の地でもある。
「コミュニケーション能力を鍛えるんでしたよね? ここで一体何をするんですか?」
高校時代から大須にはよく通ってはいたが、お洒落に目覚めてまだ1ヶ月、それも楽○で服を買う俺には名古屋の秋葉原的な場所でしかなかった。
目当ては毎度毎度違うのだが、ガチャガチャのダブりを避けるためにフィギュア屋で全種セットになっているものを購入したり、絶対にとれそうにないゲームセンターのクレーンゲームのフィギュアを購入したりなど、俺にとって大須は主にそういう場所だ。
買い物中、誰とも会話することなく、コミュニケーション能力を鍛えるには不向きな場所のように思えた。
そういえば大須に誰かと一緒に来たのははじめてだ。
「すぐにわかる」
加藤麻衣は俺たち部員を引き連れて商店街を歩きながらそう言い、
「まずは君の靴を買いに行くとするか」
「だったらXYZマートがいいんじゃない?」
小島雪がそう続けた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
俺は慌てて歩き出そうとする三人を引き止めた。
「なんだ?」
「どうしたのよ?」
不機嫌そうに加藤麻衣と小島雪が振り返った。
「俺、今日は靴を買えるほどのお金、もってないですよ」
先ほど地下鉄に乗るとき財布を見たが、三千円ほどしか入っていなかった。
「学生証があるだろう?」
意味がわからないという顔をしていると、
「うちの大学の学生証、クレジットカードになってるから」
俺は慌てて財布から学生証を取り出した。はじめてまじまじと見つめたが、確かにV○SAと書かれており、クレジットカードのようだった。学生だからか毎月の上限は五万円と決まっているらしい。
そんな話をしているうちに最初の目的地である靴屋に着いた。
「わたしたちは店の外にいるから一人で行ってこい」
加藤麻衣にそう言われ、俺は素直に従った。
「一足目だから、あまり奇抜な色にせず、どんなファッションにも合うようなものを選んだ方がいい」
彼女からはそんな助言を受けた。
ブラックかブラウンあたりが妥当だとも。
店の入り口付近にあった靴がまさしくそんな感じのスニーカーで、手に取った瞬間、
「よろしかったらお客様のサイズのものをお出ししますので、履いてご覧になってください」
イケメンの店員が話しかけてきたので、俺は大きく後ずさりした。
「え、あ、はぁ」
俺はそう返すだけで精一杯、冷や汗が頬を伝った。
意味がわからなかった。
なぜたまたま目に入った靴を手にとっただけでいきなり話しかけられるのか。
これが世に言う接客というやつなのか……。
俺は今まで一度も自分で靴を買ったことがない。服も全部通販で、ユニ○ロやし○むら以外には入ったことすらなかった。通販もユニ○ロやし○むらもこちらから問いかけない限りは相手から話しかけられることはない。そして俺はたとえ聞きたいことがあったとしても話しかけたことはなかった。
全く知らない赤の他人に話しかけられるとか意味がわからない。コミュニケーション能力が高いとかそんなレベルじゃない。
もし俺が、世間でたまに童貞をこじらせて「死刑になりたかったから」とかわけのわからない理由で人を襲う通り魔だったとしよう。
俺はそんなことは絶対にしない(と思う)が、店内や商店街を歩いている人たちの中にそういう輩がいないとは言い切れない。
赤の他人とは要するにそれくらいわけのわからない、不気味な存在だ。
そんな相手にいきなり話しかけるなんて自殺行為、自殺願望があるに違いない。
そんなことを考えていると、
「今日はどんな靴をお探しで?」
店員はどんどん話を進めていく。
「え、あ、その、どどどんな服にもだだ大体合うような、」
そんなお洒落な靴を探しに来たわけだが、俺は最後まで言い切ることすらできなかったが、
「あぁ、それでしたらこちらの」
店員に奥に案内された。
「こちらの商品が今大変人気でして」
手に取って見せられたスニーカーは、確かに俺が今履いているものとは雲泥の差のお洒落感漂うスニーカーだった。が、やはりお洒落なだけあり高く、一万二千円もした。
「お客様のサイズのものをお出ししましょうか? サイズはおいくつでしょうか?」
店員に聞かれるまま、しどろもどろになりながらサイズを答えたが、
「お客様、すごい汗ですけど大丈夫ですか?」
気づけば床に滴り落ちるほど顔中に汗をかいていた。
平日の昼間だったせいか店内に客は少なく、その後もその店員はぴったりと俺に張り付き、何足もオススメを勧めてきた。
三十分後店を出た俺は両手に大きな手提げ袋をさげていた。買ったのは五足、学生証兼クレジットカードの限度額ギリギリの五万円弱の買い物だった。
そんな俺の姿を見て、加藤麻衣が大きなため息をついた。
「まぁ、こうなるんじゃないかとは思っていたが」
「どこの世の中に店員に勧められたものを全部買う馬鹿がいるのよ」
「やっぱりわたしたちがついていってあげるべきでしたね」
大学デビュー部の部員たちは口々にそう言い、俺は泣きたくなった。
あとでわかったことだが、俺が買わされた靴は大して人気というわけではなく、ネット通販ではどれも半額以下の値段で叩き売られていた。
二度と俺が店で靴を買うことはないだろう。
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