大学デビューに失敗したぼくたちは

雨野 美哉(あめの みかな)

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第7話

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「ところでさっきから気になってたんですけど、宇宙考古学ってなんです?」
 俺は手錠の跡がついた手首をさすりながら聞いた。
 まだ大学デビュー部の活動内容について聞いていなかったが、俺も一応今日から表向きは宇宙考古学研究会の会員だということになる。
 聞いたことのない学問だが、考古学と名のついている以上、学問であることは確かなのだろう。だがその日はじめて聞いた言葉だった。大学デビュー部ほどではないが得体が知れない。
「それについてはわたしが説明しますね」
 宇宙考古学研究会会長藤本花梨が立ち上がって言った。
 彼女は「入会説明案内」と書かれたクリアファイルを取り出すと、一枚の写真を取り出した。
「これが何かご存知ですか?」
 ご存知も何も、その写真に映っているのは、知らない者などいないだろうものだった。
「エジプトのピラミッド、ですか?」
 だが俺は疑問系で答えていた。間違いないはずだが、あまりに簡単すぎる問題を出されるとひっかけじゃないかという気にさせられるから不思議だ。
「正解です。ではこれは?」
 ホッと胸をなで下ろした俺の前にもう一枚、やはり知らない者などいないだろうものの写真を取り出した。
「ナスカの地上絵?」
「正解です」
 ではこのピラミッドやナスカの地上絵は、当時の人類の技術では到底作りえないものであることはご存知ですか?」
 そういう話をどこかで聞いたことがあるような気がした俺は黙って頷いた。
「なぜ古代の人類がそんな到底作り得ないものを作り得たのか、その答えが宇宙考古学にあるんです」
 俺は嫌な予感がしていた。
「その答えとは、古代、高度な文明を持った宇宙人が地球にやってきて、人類に叡智を授けたのです!」
 やっぱり!
 ろくでもないサークルだった。
「そのため宇宙考古学はまたの名を古代宇宙飛行士説というのですが、あのイエス・キリストも、その古代宇宙飛行士であるとされています。イエスが起こした様々な奇跡は高度な科学文明によるものだというわけです!」
 藤本花梨は饒舌に語り、俺はため息をついた。
「このサークルに会員が集まらない理由がわかっただろう」
 加藤麻衣が言った。
 小島雪は辟易した顔をしてスマホをいじっていた。おそらく何度もこの話を聞かされているのだろう。
 加藤麻衣によれば、宇宙考古学は考古学の名を冠してはいるが、実際には学問として認められていない、一部の研究家が勝手に学問を名乗り研究をしているだけのものだという。
「さすが学問として認められていないだけのことはあるといったところか、この部室の本棚に並んでいる本もいわゆるトンデモ本と言われる類のものだ」
 俺は、神や幽霊、超能力、UFO、宇宙人といったいかがわしいものを信じないようにしている。特にカロリー計算のできないスピリチュアル系の芸能人を。こどもの頃はその手のテレビ番組をよく見ていたが、俺には神や幽霊、UFOを見たことがないし、もちろん超能力もなかった。おまけにどの番組も肯定派否定派に分かれて討論が行われるものの、結局結論など出なかったし、否定派の方がちゃんと科学的に議論をしていたような気がした。
 実家は一応仏教の浄土真宗(?)になるがナムアミダブツなのかナンミョウホウレンゲキョウなのかすら知らない。神も霊も超能力も信じていない無神教の俺からすれば、そもそも宗教の開祖のそんな奇跡など後の世の人々による後付けの創作に違いないと考えてしまうのだが、藤本花梨は真剣にその古代宇宙飛行士説を信じている様子だった。
 俺はとうに藤本花梨の話を聞いていなかったが、彼女は恍惚とした表情で彼女の信じる学問、宇宙考古学について喋り続けていた。
「あいつのことは気にしなくていい。一度スイッチが入ると切れるまで止まらないからな」
 加藤麻衣は諦めたようにそう言った。
「こういう子が一番こわいのよねぇ。ルックスがめちゃくちゃいいのに中身は電波っていうか」
「ちなみに彼女の実家は酪農家でな、高校も農業高校で大学は農学部に進むつもりだったんだが、高校三年の夏に実家の牛がキャトルミューティレーションにあったそうだ」
「まさかそれで宇宙考古学研究会のあるこの大学に?」
 加藤麻衣はこくりと頷いた。
「この部の顧問の佐野教授という人が、私は会ったこともないのだが、宇宙考古学の世界的権威らしくてな」
 しかし念願の宇宙考古学研究会には部員がおらず、廃部の危機に瀕していたところ、彼女たちが助け舟を出した、というわけらしい。
「ちなみに彼女は前世の恋人を探しているから、いくらかわいいからって手を出そうと考えても無駄だぞ」
 背筋がゾッとした。そういう奴、ほんとにいるんだ……。90年代くらいに絶滅したものとばっかり思っていた。
 しかし当の本人はといえば俺たちの会話などお構いなしのように話し続けていた。
「で、大学デビュー部の方はどんな活動をしてるんですか?」
 俺が加藤麻衣に訊ねると、
「……え?」
 彼女は驚いたように、声がひっくり返った。
「……まさか、大学デビューに失敗した人だけを集めて、その中で楽しく四年間を過ごそうってわけじゃないですよね?」
「ち、ち、ちがうぞ! そんなことはない!」
 かなり動揺した様子だった。どうやら図星らしい。だから俺は追い討ちをかけることにした。
「ですよねー。だってそれじゃあ、結局大学四年間居心地のいい場所で過ごしただけで、それ以外の人間とは一切接してないわけですから。それじゃあ、社会に出たとき通用しませんよね」
 さきほどの手錠の一件の仕返しである。
「あ、ああ、その通りだ! 言葉で説明するのは難しいのだが、一言で言えば大学デビューという崇高な目的を達成するため、わたしたちに欠けているものを補完するための活動だな」
 大学デビューが崇高な目的かどうかはさておき、
「かけているものを補完?」
 意味がわからず俺は訊ねた。
「ああ、君の場合はまず、ファッションセンスからになる」
 動揺していたにも関わらず、加藤麻衣はすぐに反撃してきた。
「同性からも異性からも好まれるファッションセンスというものを私たちで磨いてやろう。私たちはもうそれは身につけて、次のステージに進んでるから、それくらい簡単なことだ」
「次のステージでずーっと止まってるけどね」
 小島雪が茶々を入れた。
「次のステージって?」
「人並みのコミュニケーション能力を持つことだ」
「は?」
「わからないか? これはとても重要なことなのだぞ。一対一という状況なら会話はある程度可能だ。しかし二対一、すでにふたりの人間が会話しているところに自分も混ざること、これはかなりハイレベルなコミュニケーション能力が必要になる。しかし世間の人間どもは普通にそれをやってのける。おそろしい話だ」
「確かに……」
「私たちはそのコミュニケーション能力を身につけるために日々努力をしている」
「い、一体どうやって?」
 俺が尋ねると、彼女はフフンと笑った。
「まだファッションセンスが磨かれていない君には早いのだが、今日は特別に次のステージの特訓を見せてやろう。
 雪、タカコとセリカは?」
「今日は来ないみたい」
「そうか。ではこの四人で行くとしようか」
「行くってどこに?」
 そして彼女はもう一度フフンと笑って、
「大須だ」
 と言った。
 

 
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