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第6話

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 忘れている人がいるかもしれないからここで改めて書いておくが、俺は食堂での土下座以来、今も手錠をかけられ、パーカーのフードを目深にかぶせられたままである。
 そんな俺はようやく大学デビュー部、いや宇宙考古学研究会の部室へと案内された。
 十畳ほどある部屋だが、ドアと窓がある南北を覗き、東西の壁には天井まで届かんばかりの高い本棚が埋め尽くし部屋を二、三畳は狭くしていた。ところどころに得体の知れないフィギュアが並んだりもしていた。五センチほどの大きさだから食玩かガチャガチャのものなのだろうが、こんな誰が買うかわからないようなものを実際に買って並べている奴がいるとは驚きだ。
「何をしている? 宮沢渉。さっさと座ったらどうだ」
 部室の真ん中にある八人掛けの大きなテーブルに、すでに加藤麻衣と小島雪が座っていた。
 それからもうひとり、何やら雑誌を読んでいる女の子がいた。こどもなら母親に目が悪くなるからやめなさいと注意されるであろうほど誌面に顔を近づけており、その顔はよく見えなかった。
 俺は素直に空いていた席に座ったが、
「悪いけどそこはタカコの席だから」
 小島雪にそう言われてしまい、その席に座らせてはもらえなかった。
 仕方なく隣の椅子を引くと、
「そこはセリカの席」
 またしてもである。おそらくそのタカコとセリカというのが残りの部員なのだろう。
 しかし椅子は五つしかなく、
「じゃあ、俺はどこに座れば?」
 そう尋ねた俺に、小島雪が言う。
「空気椅子があるじゃない」
 きゃはは、と彼女は笑った。
 なんて意地悪な女だ。
「ほらさっさと空気椅子しなさいってば」
 どうやら冗談ではないらしい。ほんの数秒前の「きゃはは」という冗談めかした笑いは一体何だったのか小一時間ほど問い詰めてやりたいところだが、俺はおとなしく言われた通りにした。
 加藤麻衣から手渡された入部届は、もちろん大学デビュー部のものではなく、宇宙考古学研究会のものだった。大学デビュー部は正式なサークルではなく、宇宙考古学研究会に部室を提供してもらっているのだから当たり前の話だが。
 俺は手錠をかけられたままの手でペンを握り、その紙に名前と学籍番号を書くと、彼女に返した。
 続いて渡された誓約書こそが、大学デビュー部の入部届代わりなのだろう。学食での彼女との出会いからまだ小一時間しかたっていないのだが、俺は非常に疲れていた。
 誓約書はまるでインターネットのサイトの利用規約のようにA4用紙にびっしり、読めないくらい小さな文字で活字が並んでおり、俺はほとんど読むこともなく誓約書にサインをした。たぶん俺のような人間が詐欺にひっかかったりするんだろうな。
 俺は手錠をかけられた両手を加藤麻衣に差し出した。
「何の真似だ?」
「誓約書にサインしたら手錠を外してくれる約束でしたよね?」
「そうだったか? 最近どうももの覚えが悪くてな。悪いがまったく覚えがない」
 勘弁してくれ……。
「誓約書にサインをしたら手錠を外す、それについて何か誓約書のようなものはないのか? あればすぐにでも確認して手錠を外してやりたいところなんだが」
 この女……マジでどうかしていやがる。
「ないのか。それでは私にその手錠を外す義務はないな」
 彼女は手錠の鍵を再び取り出すと、俺の目の前でひらひらさせ、
「カリン」
 と女の名前を呼んだ。
 先ほどからずっと雑誌を読みふけっていた女の子が顔を上げた。
「紹介がまだだったな。彼女は藤本花梨。我々大学デビュー部の部員であり、宇宙考古学研究会の唯一の会員だ」
「はじめまして。文学部三年の藤本花梨です。大学デビュー部、そして宇宙考古学研究会に入会ありがとうございます」
 俺は感動していた。ようやくまともな部員に出会えたからだ。おまけに彼女のなんとかわいらしいことか。大学三年ということは少なくとも二十歳のはずのはずだが、まるで女子中学生のように幼い外見の女の子だった。
 俺がそんなことを思っていた矢先の出来事である。
「花梨、ちょっとそこの窓を開けて、この鍵を捨ててくれないか」
 加藤麻衣はそう言い、
「な! ちょっと待って!」
「わかりました」
 藤本花梨は加藤麻衣から鍵を受け取ると、
「がらがらっ」
 擬音を口にしながら窓を開け、
「えいっ」
 と、それを放り投げた。
「アアアアアアアッッッ」
 叫ぶ俺。
「あーれー、たーまやー」
 花梨は楽しそうに、
「キラーン」
 投げられた鍵が空に輝く効果音だろうか、それを言い終えると何事もなかったように窓を閉めた。
 俺はへなへなとその場に座りこみ、泣いた。
 前言撤回。
 この部にろくな奴はいない。
 
 マジ泣きする俺の姿はよほど哀れだったに違いない。
 大学に入って1ヶ月、ろくなことがなかった。楽しかったことは何一つない。
 加藤麻衣に話しかけられたとき、彼女から大学デビュー部の話を聞かされたとき、本当は少し嬉しかった。大学に入ってちゃんと人と話をするのははじめてだったし、それ以前から数えたら6年ぶりくらいのことだった。入部すれば今度こそ大学デビューできるかも、実は少しだけ、ほんの少しだけ期待もしていた。
 だがそんな淡い期待は簡単に打ち砕かれた。
「やっと友達ができるかと思ったのに……」
 この部の連中は新入生である俺をからかって、小馬鹿にして、いじめて楽しんでいるだけだ。日が暮れるまでまだ数時間あるが、鍵を見つけることは不可能だろう。おそらく連中が一緒に探してくれるということはない。断言してもいい。
 そうなると鍵屋を呼ばなくてはならないだろう。このままの格好でバスや電車を乗り継ぎ家に帰ることは物理的に不可能ではないだろうが、不審者に見られることは間違いない。
 逮捕された容疑者が護送中に逃亡を図ったととられ、誰かが警察に通報する可能性もある。
 鍵屋にはこの部室まできてもらわなければならないだろう。幸い携帯電話はある。スマホで調べれば鍵屋の電話番号を調べることは可能だが、鍵屋に払う金が俺の財布にはなかった。
 手錠さえはずれたら、もう二度とこの連中と関わらないことにしよう。誓約書など知ったことか。
 俺はゆっくりと立ち上がり、ドアへと向かい、ドアノブに手をかけた。
「どこへ行く気だ?」
 俺は加藤麻衣の問いには答えなかった。
 こいつらと話すことはもうない。
「うう……」
 話すことなどもうなかったが、悔しくて涙が溢れて止まらなかった。
 俺はドアノブから手を離し、ドアにもたれかかると、ずるずるとその場に座り込んだ。
「ねぇ麻衣ちゃん、ちょっとやりすぎじゃない?」
「そうですよ、麻衣さん、手錠をかけておいて鍵を投げるなんてひどいです」
「実際に投げたのはお前だろう」
「わたしは誓約書に従ったまでです。部長の命令は絶対ですから」
 何かとても重要なことを話していたような気がするが、俺はそれどころではなかった。
 そんな俺のもとへため息をつきながら、加藤麻衣が歩いてきたが、俺はもう彼女の顔を見上げることさえしなかった。
「宮沢渉……」
 彼女は俺の肩に手を置き言った。
「その手錠、自分で外せるぞ」
 ……え?
 俺が顔を上げると、芹香は手錠を指差し、俺も手錠を見る。
 よく見ると手錠には本来あるはずのないツメのようなものがついている。
「おもちゃの手錠だからな。そのツメを指でちょっと押せば簡単に外れる。この間ゲームセンターでとったやつだ」
 言われた通りにすると手錠は簡単に外れた。
「言えよ!」
 俺の絶叫がサークル棟にこだました。
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