大学デビューに失敗したぼくたちは

雨野 美哉(あめの みかな)

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第2話

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 準備はすべて完璧だった。

 はずだったのだが……。
 入学式の後、俺が吟味に吟味を重ねて入会したのはライトパーブルジャズテットというサークルだった。
 サークル名だけでは何のサークルかまったくわからないのだが。
 先輩後輩男女関係なく仲良しでフレンドリーな楽しいサークルです!! 春には新歓・夏には親睦会・秋には学祭・冬にはクリスマスライブがありイベント盛りだくさんです。チャットモンチーでキュートに、BUMPでかっこよく、ホルモンで大暴れなどなど!! 笑いあり涙ありの思い出に残るライブです。授業後は部室に来て皆でおしゃべりしたり、先輩に教えてもらったり、練習後にご飯を食べに行ったり充実した楽しい毎日を送っています。皆さんもこんな大学生活を一緒に送ってみませんか?
 とのことだった。

 いかにもお洒落感、そしてリア充感漂うサークルだ。ちょっとヤリサーっぽいか感じもしたが、きっと美人のお姉さんたちがたくさんいるだろうから、童貞をもらってもらうにはちょうどいいと思った。
 ライトパーブルジャズテットは、入学式前にもらったチラシの他に、講堂の入り口でもらったいくつかのパンフレットの中にあったサークル案内によれば、会員は百人を超えており、コンパや合宿などの写真が掲載されていて、それがまた楽しそうな写真ばかりなのである。しかも本当にイケメンに美女揃い。
 ほんの1ヶ月前の俺ならそんな写真を見たら「イケメン怖い」とトイレの個室に籠もって震えていたに違いないが、今の俺は違っていた。
 25キロも痩せたし、お洒落な服も着てるし髪型だってキマっている。スマホにはお洒落な音楽もたくさん詰まっている。
 もうあのダサかった俺はいない。
 俺は今イケている! どちらかと言えば超イケてる!!
 意気揚々とサークルに入会した俺は、その数日後の新歓コンパで急性アルコール中毒になり救急車で病院に運ばれた。

 以来、俺がそのサークルに顔を出すことはなかった。

 しかし、サークルはそれひとつだけではない。
 第二、第三候補も当然あり、俺は退院後すぐに新たなサークルに入会した。
 だが、そこで俺はとんでもない事実に気づかされることとなった。
 中学高校と六年間、他人とまともに会話したことがない俺は話を膨らませるという技術を持ち合わせておらず、男女や上級生、同級生に関係なく、会話がまったく続かないのだ。
 入会から数日後の、このサークルでははじめての、俺にとっては二度目の新歓コンパの日、
「キミは高校時代にどんな部活やってたの?」
 せっかく先輩に話しかけられても、
「いえ、特に別に何も……」
 そう答えるのが精一杯だった。
 これまで他人と関わらないように生きてきたから気づかなかったが、イケメンや美女を前にすると、どうやら俺は緊張で何も言葉が出てこなくなるらしいのだ。言葉の代わりに顔中に冷や汗が出てくる。
「お前、なんかすげー汗だぞ。暑いのか?」
 そんな指摘をされるとますます汗が噴き出し、居酒屋のお手拭が水につけた後の搾る前の雑巾みたいになった。
 思わずテーブルの下でスマホで調べたら、もしかしたらあなたは自律神経がおかしくなってるかも、なんていうおそろしい検索結果が出たので見なかったことにした。
 そんな会話ともいえない会話が何度か続いた後、
「キミ、もっと話を膨らませられるようになった方がいいよ」
 ついには、先輩にそう言われてしまい、席を立たれてしまった。
 次の日サークルに顔を出したときには、俺にはすでにつまらない奴というレッテル(事実なのだが)を貼られてしまっており、孤立してしまっていた。

 いくら外見に気を遣ったところで、六年間も日陰者だった俺には、日の当たる場所に存在し続けた連中にはかなわない。イケメンや美女は外見だけでなく、内面もちゃんと磨かれているのだ。サラブレッドの上に英才教育されているのだ。
 もうそのサークルにはいられなかった。
 失意のどん底の俺は大学内の本屋でこれまで読んだこともなかった自己啓発の類の本を買って帰った。
 第三希望のサークルで汚名返上するために。
 そしてそれからさらに一週間、ライトノベルの代わりに自己啓発本を数十冊読みあさった俺は、それらを完全に自分のものにし、第三希望のサークルに入会した。
 三度目の正直となるか、あるいは二度あることは三度あるとなるか。

 新しいサークルの、三度目の新歓コンパの場で、俺はとにかく喋りまくった。
 お洒落系サークルにおいて、アニメや漫画、ゲームの話は御法度だ。アニメは見なくともイケメンだって漫画を読むしゲームもするのだろうが、たとえばワ○ピースの話をイケメンがしていたとしても、そのイケメンとワ○ピースを流し読みしかしたことがない俺との間には、それでも知識の差がありすぎてしまう。ワ○ピース通で済めばいいが、中高どっぷりオタク文化に染まった俺だ、漫画の話の時だけ目を輝かせて饒舌に喋ってしまいかねない。声優さんの話をしかねない。一発でオタクだとばれてしまいサークル内村八分にされてしまうだろう。
 しかし俺には他に趣味なんてものはない。だから、お洒落デビューしたばかりの俺はとにかく服の話をした。
 その日俺は、胸に黄色のドットハート柄がプリントされた七分袖のグレーのパーカーにカラフルボタンの黒のジャケット、細身の黒いサルエルパンツという出で立ちだった。もちろんすべて楽○で買ったものだった。
「このパーカー、かわいいでしょ。いくらだと思います? 1980円だったんですよ。このサルエルも同じ値段で。ジャケットはちょっと高くて、3980円したんですけど、このカラフルボタンがかわいいでしょ」
 赤いセルフレームのメガネだけはN市中区にあるおしゃれ商店街にあるJ○NSで買った。俺は視力が非常に悪く、極度の近視と乱視で左右ともに0.03しかない。普通のメガネ屋でメガネを作ろうものならレンズ代だけで2、3万かかってしまう。だがJ○NSはどんなに視力が悪くてもレンズ代がかからず数千円のフレーム代だけで作れてしまうのだ。俺の場合、あまりに目が悪すぎて、レンズの取り寄せに2、3週間かかってしまうのが玉に瑕なのだが。
 そんな話ばかりしていたら、先輩に言われた。

「お前、大学デビュー組だろ」

 俺は当然三度目も失敗し、俺の大学デビューは完全に終わった。


 居酒屋から駅まで、俺はどしゃぶりの雨の中を傘もささず駅までとぼとぼと歩いていた。
「わたしあの人のこと、ク○タンのマグカップ使ってたことしか覚えてなさそう」
 頭の中で高校時代のもう名前も覚えていないあの女の言葉がずっと響いていた。
 
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