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第1話
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人生にはターニングポイントという瞬間があるらしい。
Turning point。
転換点。転機。巻き返せるチャンス。
俺、宮沢渉、十八歳にとってはおそらく今日この日が人生のターニングポイントになることだろう。
今日は待ちに待った大学の入学式の日だった。
昨夜は、ありきたりなたとえをするならば、遠足前の小学生のように興奮して一睡もできなかった。いまどきそんな純粋な小学生がいるのかどうかは知らないが。
それもそのはず、今日、俺は変わるのだ。大学デビューするのだ。
実家から自転車で片道30分の最寄り駅からK線で15分、県庁所在地であるN市の地下鉄H線に乗り30分、終点であるF駅で降り、そこからバスで15分ほどの古戦場跡町。
そこに俺が入学する私立文久大学はあった。
片道電車やバスの待ち時間を合わせたら、片道三時間の距離だった。さすがに本当に同じ県内なのかと疑った。
文久大学はA県有数のマンモス校であり、学生の数は一万を有に越える。
バスに乗るにも学生たちが行列を作り、小一時間待たされたのにはさすがに辟易したが、これから始まる大学デビューの日々を思えば全く苦にはならなかった。入学祝いに買ってもらったスマホにダビングしたヴィ○ッジバンガードで買ったお洒落な音楽を聞いていたらあっという間だった。
正直好きな音楽ではなかった。だがこれから好きになる予定だ。
地元のさびれたスーパーの二階にあるゲームセンターの太○の達人で初○ミクの千○桜を叩いていた俺はもういないのだ。
俺は今日から、テレビの音楽番組や動画サイトなんかでは決して聞けないようなおしゃれな音楽をこよなく愛する音楽通の大学生なのだ。
バスから降り、校門から入学式の会場である講堂までは圧巻の光景だった。
無数のサークルの学生が花道を作り、入学生たちにチラシを渡していた。
俺は断れず、山ほどのチラシを受け取り両手に抱えて、講堂へと向かった。
どのサークルに入るかはまだ決めていなかったが、俺の手元には数十枚のサークルのチラシがある。
とりあえず上下関係がめんどくさそうな体育会系と、どこの大学にも必ずあるヤリサー、それからオタク系サークルはパスだが、それでも半分は残るだろう。
いっそ、学祭の準備委員会なんていうのもいいかもしれない。芸能人に会えるかもしれないし。
入学式の学長の話なんかに興味はなかったから、じっくり吟味して俺の大学デビューに相応しいサークルを選ぶことにした。入学式が終わったらすぐにそのサークルに入会するつもりだった。
俺がなぜ大学デビューにこだわるのか。
それは、中学高校の六年間、俺には彼女どころか誰ひとり友達ができなかったからだ。
中学生になってもアニメや漫画を卒業できず、他に趣味と言えばゲームくらいのもので、とにかく同級生と話す話題がなかったのである。おまけに流行っている漫画やアニメやゲームをどうせそれらの業界のゴリ押しだろうなんていう風に考えて、一切手を出さなかったから同じオタク趣味の連中とつるむこともなかったのだ。
学校の休み時間には席でひとり持参した、一生アニメ化されることのないだろうどマイナーなライトノベルを読みあさり、六年間で読んだライトノベルは1000冊を超えた。
たまに、ひとりさびしく(俺にとっては至福の時であったのだが)文庫本を読んでいる俺を気遣って、
「何読んでるの?」
と、声をかけてくれるクラスメイトがいたりもしたのだが、タイトルや作者名を言ったところでわかるはずもないし、ブックカバーを取ってアニメ絵の表紙を見せたらドン引きされるのは間違いなく、だから俺は、
「本」
とだけ答え、それでいつも会話は終了だ。
そんな奴でもイケメンであったならまだ友達ができる余地があっただろうが、幼い頃から太っていた俺は、身長は高校一年のときに164センチで止まり、しかし体重だけは高三で80キロの大台に乗っていた。
さらにはそんな俺が着ていたのは、実家の、いわゆる「田舎のオバサン」である母親が全国チェーンではなく地元チェーンのスーパーで買ってきたダサい服なのである。
学校では制服を着ているから俺のダサさは太っていることと、千円カットの床屋で切った髪くらいしかわからなかったろうが、文化祭の打ち上げなどで私服で集まったときなどに俺のダサさが髪型や体型にとどまらないことが見事に露呈してしまい、いつしか話しかけられることすらなくなった。
高校卒業間際にはとうとう女子たちに「わたしあの人のこと、ク○タンのマグカップ使ってたことしか覚えてなさそう」と俺を指差して笑われたほどである。
好きなんだよク○タン、ほっとけ。
あとな、それ、ただのク○タンじゃなくて、芸人の有○さんのラジオでその週で有○さんが一番気に入ったメールの投稿者にしかプレゼントしない超貴重品なんだぞ。番組の心のスポンサー若○さんが、俺たち視聴者のためだけにデザインしたク○タンのきぐるみを着た有○さんなんだよ。
そんなわけで、まず俺は、痩せることにした。
どんなおしゃれな服を買ったところで、痩せなていなければ似合わないからだ。
高校卒業からの1ヶ月で25キロの減量に成功した。
高校時代何のアルバイトもしていなかった俺は、年に一度のお年玉と月の小遣いくらいしか収入がなく、貯金なんてものは一切なかったから、CMでよくやってるライ○ップに通うことはできなかった。だってあれ2ヶ月で30万も金がかかるんだぜ。まったく世の中には金持ちがいっぱいいるよな。
だからインターネットで、ライ○ップのダイエットと全く同じ食事を調べあげ、それだけをとることにし、もちろんジムに通うお金だってなかったから、毎日朝昼版10キロずつのランニングを続け、見事25キロの減量に成功したのだった。
筋トレの存在をすっかり忘れていたために、腹筋はシックスパックにはならず、それどころか痩せているのにお腹が出ているという、発展途上国の貧困にあえぐこどもみたいな体になってしまったのだけれど。
まぁとりあえず痩せれたからいいということにしておく。
中学高校の六年間に買いあさった漫画やゲーム、アニメのDVDをブックに売り、そのお金でこの春流行するらしい春服を一通り揃えた。
おしゃれな服を買いにいく服がなかったから、服はすべて通販で買った。デザインが良いわりに安価で、そのかわり生地などがあまりよくないものばかりだったが、今年の流行のものはどうせ来年は着られないからそれでよかった。髪型もネットでレビューの評価の高い美容院で流行りの髪型にしてもらった。赤系ブラウンのカラーリングにしてもらったのだが、髪まで染めると美容院ですっげー高い。こんな高いの、みんなどれくらいのペースで行ってるの?
準備はすべて完璧だった。
Turning point。
転換点。転機。巻き返せるチャンス。
俺、宮沢渉、十八歳にとってはおそらく今日この日が人生のターニングポイントになることだろう。
今日は待ちに待った大学の入学式の日だった。
昨夜は、ありきたりなたとえをするならば、遠足前の小学生のように興奮して一睡もできなかった。いまどきそんな純粋な小学生がいるのかどうかは知らないが。
それもそのはず、今日、俺は変わるのだ。大学デビューするのだ。
実家から自転車で片道30分の最寄り駅からK線で15分、県庁所在地であるN市の地下鉄H線に乗り30分、終点であるF駅で降り、そこからバスで15分ほどの古戦場跡町。
そこに俺が入学する私立文久大学はあった。
片道電車やバスの待ち時間を合わせたら、片道三時間の距離だった。さすがに本当に同じ県内なのかと疑った。
文久大学はA県有数のマンモス校であり、学生の数は一万を有に越える。
バスに乗るにも学生たちが行列を作り、小一時間待たされたのにはさすがに辟易したが、これから始まる大学デビューの日々を思えば全く苦にはならなかった。入学祝いに買ってもらったスマホにダビングしたヴィ○ッジバンガードで買ったお洒落な音楽を聞いていたらあっという間だった。
正直好きな音楽ではなかった。だがこれから好きになる予定だ。
地元のさびれたスーパーの二階にあるゲームセンターの太○の達人で初○ミクの千○桜を叩いていた俺はもういないのだ。
俺は今日から、テレビの音楽番組や動画サイトなんかでは決して聞けないようなおしゃれな音楽をこよなく愛する音楽通の大学生なのだ。
バスから降り、校門から入学式の会場である講堂までは圧巻の光景だった。
無数のサークルの学生が花道を作り、入学生たちにチラシを渡していた。
俺は断れず、山ほどのチラシを受け取り両手に抱えて、講堂へと向かった。
どのサークルに入るかはまだ決めていなかったが、俺の手元には数十枚のサークルのチラシがある。
とりあえず上下関係がめんどくさそうな体育会系と、どこの大学にも必ずあるヤリサー、それからオタク系サークルはパスだが、それでも半分は残るだろう。
いっそ、学祭の準備委員会なんていうのもいいかもしれない。芸能人に会えるかもしれないし。
入学式の学長の話なんかに興味はなかったから、じっくり吟味して俺の大学デビューに相応しいサークルを選ぶことにした。入学式が終わったらすぐにそのサークルに入会するつもりだった。
俺がなぜ大学デビューにこだわるのか。
それは、中学高校の六年間、俺には彼女どころか誰ひとり友達ができなかったからだ。
中学生になってもアニメや漫画を卒業できず、他に趣味と言えばゲームくらいのもので、とにかく同級生と話す話題がなかったのである。おまけに流行っている漫画やアニメやゲームをどうせそれらの業界のゴリ押しだろうなんていう風に考えて、一切手を出さなかったから同じオタク趣味の連中とつるむこともなかったのだ。
学校の休み時間には席でひとり持参した、一生アニメ化されることのないだろうどマイナーなライトノベルを読みあさり、六年間で読んだライトノベルは1000冊を超えた。
たまに、ひとりさびしく(俺にとっては至福の時であったのだが)文庫本を読んでいる俺を気遣って、
「何読んでるの?」
と、声をかけてくれるクラスメイトがいたりもしたのだが、タイトルや作者名を言ったところでわかるはずもないし、ブックカバーを取ってアニメ絵の表紙を見せたらドン引きされるのは間違いなく、だから俺は、
「本」
とだけ答え、それでいつも会話は終了だ。
そんな奴でもイケメンであったならまだ友達ができる余地があっただろうが、幼い頃から太っていた俺は、身長は高校一年のときに164センチで止まり、しかし体重だけは高三で80キロの大台に乗っていた。
さらにはそんな俺が着ていたのは、実家の、いわゆる「田舎のオバサン」である母親が全国チェーンではなく地元チェーンのスーパーで買ってきたダサい服なのである。
学校では制服を着ているから俺のダサさは太っていることと、千円カットの床屋で切った髪くらいしかわからなかったろうが、文化祭の打ち上げなどで私服で集まったときなどに俺のダサさが髪型や体型にとどまらないことが見事に露呈してしまい、いつしか話しかけられることすらなくなった。
高校卒業間際にはとうとう女子たちに「わたしあの人のこと、ク○タンのマグカップ使ってたことしか覚えてなさそう」と俺を指差して笑われたほどである。
好きなんだよク○タン、ほっとけ。
あとな、それ、ただのク○タンじゃなくて、芸人の有○さんのラジオでその週で有○さんが一番気に入ったメールの投稿者にしかプレゼントしない超貴重品なんだぞ。番組の心のスポンサー若○さんが、俺たち視聴者のためだけにデザインしたク○タンのきぐるみを着た有○さんなんだよ。
そんなわけで、まず俺は、痩せることにした。
どんなおしゃれな服を買ったところで、痩せなていなければ似合わないからだ。
高校卒業からの1ヶ月で25キロの減量に成功した。
高校時代何のアルバイトもしていなかった俺は、年に一度のお年玉と月の小遣いくらいしか収入がなく、貯金なんてものは一切なかったから、CMでよくやってるライ○ップに通うことはできなかった。だってあれ2ヶ月で30万も金がかかるんだぜ。まったく世の中には金持ちがいっぱいいるよな。
だからインターネットで、ライ○ップのダイエットと全く同じ食事を調べあげ、それだけをとることにし、もちろんジムに通うお金だってなかったから、毎日朝昼版10キロずつのランニングを続け、見事25キロの減量に成功したのだった。
筋トレの存在をすっかり忘れていたために、腹筋はシックスパックにはならず、それどころか痩せているのにお腹が出ているという、発展途上国の貧困にあえぐこどもみたいな体になってしまったのだけれど。
まぁとりあえず痩せれたからいいということにしておく。
中学高校の六年間に買いあさった漫画やゲーム、アニメのDVDをブックに売り、そのお金でこの春流行するらしい春服を一通り揃えた。
おしゃれな服を買いにいく服がなかったから、服はすべて通販で買った。デザインが良いわりに安価で、そのかわり生地などがあまりよくないものばかりだったが、今年の流行のものはどうせ来年は着られないからそれでよかった。髪型もネットでレビューの評価の高い美容院で流行りの髪型にしてもらった。赤系ブラウンのカラーリングにしてもらったのだが、髪まで染めると美容院ですっげー高い。こんな高いの、みんなどれくらいのペースで行ってるの?
準備はすべて完璧だった。
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