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「死神のタナトーシス」#03

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大学の卒業式の後に立ちよった部室には、鬼頭さんの隣に僕の知らない女の子がいた。
「この子も私の会社でタナトーシスとして働いてもらうの。だから○○くんの同僚。破魔矢さんていうのよ」
僕がタナトーシスという言葉を初めて知ったのはそのときだ。死んだふりをする仕事としか聞かされてなかったからね。
「破魔矢……梨沙です」
破魔矢さんは、鬼頭さんの背中に隠れるようにして、僕に向かってちょこんと頭を下げた。体を少し震わせながら、鬼頭さんの服の袖をぎゅっと握っていた。僕を怖がっているようだった。
「人見知りなの、この子。三ヶ月くらい一緒に仕事をすれば、○○くんとも話せると思うんだけど」
鬼頭さんはまるでかわいい妹を溺愛する姉のように、破魔矢さんの頭を優しく撫でた。彼女は気恥ずかしそうにしながら、だけど嬉しそうにしていた。だから僕はよほど懐いているんだろうと思ってたんだよ。
「まぁ、ふたりは毎回違う現場になるから、三ヶ月も一緒に仕事をすることなんてないと思うけどね」
つまり、破魔矢さんの僕に対する人見知りはずっと続くということだろう。
少しだけ残念だった。彼女はとてもかわいらしい女の子だったから。
彼女は鬼頭さんと同じ学部で、僕と同じように就職先が決まらないまま大学を卒業することになり、鬼頭さんにスカウトされたそうだった。とても幼い見た目をしており、僕と同い年にはとても見えなかった。高校生どころか中学生にしか見えなかったが、一浪していたらしくなんと僕よりひとつ年上だった。合法ロリは実在していたのだ。
そんな風にして、僕は男性役のタナトーシス、破魔矢さんは女性役のタナトーシスとして、KITセレモニーで働くことになった。

「愛妻家で子煩悩な元レイプ犯のパパだっけ。素直に死んでてくれた方が世の中のためになったと思うんだけどなぁ」
火葬場の長い煙突から出ている、偽物の煙を見上げながら僕はそう言うと、スマホを取り出し、従業員用のアプリを起動した。
画面には、「TA002XYT2」「タナトーシス専属エージェント」「田中俊郎」という僕の社員番号や役職、偽名、それから「現在任務遂行中」とあり、僕はさながらスパイ映画の主人公のようだった。
アプリ自体もかなり凝って作られていて、90~00年代の映画やアニメのかっこいいオープニングや演出をうまく融合したような感じだった。起動したときはもちろん、何かしようとするたびにいちいちかっこいいエフェクトが入るのだ。
僕が「任務完了報告」をタッチすると、本来なら「ミッション・コンプリート」と出るべきところに、「ノブレス・オブリージュ」という、雰囲気だけの意味のそぐわない文章が表示される。それを見るたびに僕は思わずニヤついてしまう。
こういう遊び心のある社風を僕は結構気に入っていた。

任務完了報告時の僕の現在地は、会社と霊柩車のドライバーのスマホに送信される。数分後には、
「田中さん、お疲れ様でした」
ドライバーの瀬名さんが僕を迎えにやってきてくれる。
火葬場に向かう時と違い、僕を迎えに来てくれる時の車は、霊柩車のいかにもな装飾がすべて車の中に収納されており、端からはリムジンにしか見えないようになっている。よく見ればナンバーは「4444」のままなんだけど。
僕はそのまま瀬名さんに送られ、自宅に直帰する。

瀬名さんは助手席に座った僕の顔を見ると苦笑いをした。今回は少し大変な仕事だったからかもしれない。
僕が今回依頼人に代わって死んだふりをしていたのは何日間になるだろうか。一応殺人事件の被害者だったから、今回はいつもより長めの仕事だった。
確か通夜の前々日の夜から始まり、通夜までは滞りなく進んでいた。だけど、葬儀の最中に何やらひと悶着あったらしく、葬儀は一度中止になってしまい、翌日改めて葬儀が行われた。僕は指で数えながら四泊五日も死んだふりをしていたことに少し驚いた。たった一件の依頼でサラリーマンの月収くらいは稼いでしまっていたからだ。

車が僕の家に着き、瀬名さんに礼を言って車を降りようとすると、
「た、た、田中さん、は、鼻に、め、綿が詰まったま、ままですよ」
彼はブフーッと、我慢の限界といった顔で盛大に噴き出した。
僕はふんっとそれを地面に飛ばし、「瀬名さん、人が悪いですよ」と苦笑して彼に言った。
四泊五日かけて考えた渾身のボケだったから、気づいてくれなかったらとか、気づいても指摘してくれなかったらどうしようとか、内心ヒヤヒヤしていたところだったから正直ホッとした。

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