35 / 44
ドリーワン・レベル2 第4話
しおりを挟む
すべてが元通りになったはずだった。
だけど、戻らなかったのは、ぼくたちの両親だけではなかった。
宮沢理佳とその家族もまた戻ってはきていなかった。
たてこもり事件の終わった日、犯人をもっと近くで見るために、渦中の家のすぐそばの家を棗は手に入れた。
元契約者で、ドリーワンそのものになった棗は、その家の住人を消した。
その家は、宮沢理佳の家だった。
ぼくのドリーワンは終わっても、棗のドリーワンは永遠に続く。
だから棗が消してしまった人たちは帰ってはこない。
だけどぼくが消してしまった理佳は別だ。
帰らないということは、理佳はぼくの預かりしらぬところで死んでいたということだろうか。
それとももっと別の何か、ぼくの知らないドリーワンのルールが存在していたのだろうか。
学校帰り、棗の表札がかかった理佳の家の前で、ぼくは考えていた。
何でも教えてくれたドリーは、もういない。
棗に聞けばすべて解決に導いてくれるかもしれない。
でもそれだけはしたくなかった。
棗は何のためらいもなく人の家を自分のものにし、その家の住人を消すことのできる人間なのだ。
信用できなかった。
同じ人間とは思いたくなかった。
「うちに何か用?」
突然背後から声をかけられて、ぼくは心臓が口から飛び出しそうになる。
「なんだ君か。加藤くんだっけ」
少年がそこにいた。
「棗って表札になってるけど、ついこの間までここはぼくの家だったんだ」
だってここは、宮沢理佳の家で……
理佳には確かふたつ年上の兄が……
「そういえば、君の顔には見覚えがあるよ。理佳の知り合いだっけ?」
加藤くんの妹さんは幸せだね、加藤くんみたいな人がお兄ちゃんなんだから。生徒会室でいつか理佳はそう言った。
わたしの兄は、自己顕示欲のかたまりのような人なの、優秀で挫折を知らなくて、わたしが私立の小学校にも中学校にも受験に失敗したとき、楽しそうに笑ってた、いつもわたしのことを馬鹿にして、わたしが傷つくことを言ったりしたりするの。
夏でも冬服のセーラーに身を包んだ生徒会長の腕には、煙草の火を押し付けられたあとがあった。ジャージを履いた長い脚には何十針もの手術跡があった。
大嫌いな兄がいたはずだ。
それがこの男だったのだろうか。
「はじめまして、理佳の兄です」
うやうやしく、頭をさげるその姿には、揺るぎのない自信のようなものがあり、他人を小ばかにしているような感じでさえある。
これが、理佳が彼を嫌った最大の理由なのだろう。
いつもと同じように、重い鞄と足を引きずりながら玄関のドアを開けて、
「上がっていくかい?家族は今誰もいないけど、お茶くらいなら出すよ」
彼はそういって、ぼくを手招きした。
「理佳なら二ヶ月くらい前から行方不明だよ。父さんは一ヶ月くらい前かな、母さんは10日くらい前からいないんだ」
キッチンにはいつかのカレーの鍋がそのままあった。腐っているのか、刺激的な臭いが漂っていた。カサカサとゴギブリが動き回る音が、どこかから聞こえ、耳元で鳴っているような錯覚を覚える。
「たぶん、みんなぼくが消したんだと思う」
虫の音が途絶えた。
殺したっていうわけじゃないよ、と彼は笑った。
「馬鹿馬鹿しいと思うだろうけれど」
と、彼は前置きして、
「二ヶ月くらい前からぼくは夢を見た朝、その夢から何かひとつだけ持ち帰ってくることができるようになったんだ。だけどそのかわり、夢を見ないと大事なものがなくなるようになった」
信じられないだろう? ぼくも信じられなかった、彼はそう言って、煙草に火をつけた。
「それで父さんも母さんも理佳もいなくなった。
この家もぼくのものじゃなくなった。
2,3日、ぼくはこの家に入ることさえできなかった。
だけど、あの日、たてこもり事件が終わった日、この家の扉を誰かが開けてくれた。
ぼくの家じゃなくなってしまったけれど、ぼくはこの家にもう一度住み始めた」
やはり彼も、契約者だったのだ。
「煙草を覚えたのは、中学のときだった。
あいつらがいなくなってから、とても心が穏やかで、ぼくは何時間でもこの煙を眺めていられるようになった。
でも穏やかだけれど、晴れやかじゃない」
理佳を消したのはぼくではなく、その家族を消したのも棗ではなかったのだ。
「あ、もう行かなくちゃ」
ただ、彼はぼくとは違う気がした。
どちらかといえば、棗に近い、ドリーワンを楽しんでいるような感じがした。
「世界がね、ぼくを待ってるんだ」
そう言うと、彼はぼくの目の前で、意識を失った。
だけど、戻らなかったのは、ぼくたちの両親だけではなかった。
宮沢理佳とその家族もまた戻ってはきていなかった。
たてこもり事件の終わった日、犯人をもっと近くで見るために、渦中の家のすぐそばの家を棗は手に入れた。
元契約者で、ドリーワンそのものになった棗は、その家の住人を消した。
その家は、宮沢理佳の家だった。
ぼくのドリーワンは終わっても、棗のドリーワンは永遠に続く。
だから棗が消してしまった人たちは帰ってはこない。
だけどぼくが消してしまった理佳は別だ。
帰らないということは、理佳はぼくの預かりしらぬところで死んでいたということだろうか。
それとももっと別の何か、ぼくの知らないドリーワンのルールが存在していたのだろうか。
学校帰り、棗の表札がかかった理佳の家の前で、ぼくは考えていた。
何でも教えてくれたドリーは、もういない。
棗に聞けばすべて解決に導いてくれるかもしれない。
でもそれだけはしたくなかった。
棗は何のためらいもなく人の家を自分のものにし、その家の住人を消すことのできる人間なのだ。
信用できなかった。
同じ人間とは思いたくなかった。
「うちに何か用?」
突然背後から声をかけられて、ぼくは心臓が口から飛び出しそうになる。
「なんだ君か。加藤くんだっけ」
少年がそこにいた。
「棗って表札になってるけど、ついこの間までここはぼくの家だったんだ」
だってここは、宮沢理佳の家で……
理佳には確かふたつ年上の兄が……
「そういえば、君の顔には見覚えがあるよ。理佳の知り合いだっけ?」
加藤くんの妹さんは幸せだね、加藤くんみたいな人がお兄ちゃんなんだから。生徒会室でいつか理佳はそう言った。
わたしの兄は、自己顕示欲のかたまりのような人なの、優秀で挫折を知らなくて、わたしが私立の小学校にも中学校にも受験に失敗したとき、楽しそうに笑ってた、いつもわたしのことを馬鹿にして、わたしが傷つくことを言ったりしたりするの。
夏でも冬服のセーラーに身を包んだ生徒会長の腕には、煙草の火を押し付けられたあとがあった。ジャージを履いた長い脚には何十針もの手術跡があった。
大嫌いな兄がいたはずだ。
それがこの男だったのだろうか。
「はじめまして、理佳の兄です」
うやうやしく、頭をさげるその姿には、揺るぎのない自信のようなものがあり、他人を小ばかにしているような感じでさえある。
これが、理佳が彼を嫌った最大の理由なのだろう。
いつもと同じように、重い鞄と足を引きずりながら玄関のドアを開けて、
「上がっていくかい?家族は今誰もいないけど、お茶くらいなら出すよ」
彼はそういって、ぼくを手招きした。
「理佳なら二ヶ月くらい前から行方不明だよ。父さんは一ヶ月くらい前かな、母さんは10日くらい前からいないんだ」
キッチンにはいつかのカレーの鍋がそのままあった。腐っているのか、刺激的な臭いが漂っていた。カサカサとゴギブリが動き回る音が、どこかから聞こえ、耳元で鳴っているような錯覚を覚える。
「たぶん、みんなぼくが消したんだと思う」
虫の音が途絶えた。
殺したっていうわけじゃないよ、と彼は笑った。
「馬鹿馬鹿しいと思うだろうけれど」
と、彼は前置きして、
「二ヶ月くらい前からぼくは夢を見た朝、その夢から何かひとつだけ持ち帰ってくることができるようになったんだ。だけどそのかわり、夢を見ないと大事なものがなくなるようになった」
信じられないだろう? ぼくも信じられなかった、彼はそう言って、煙草に火をつけた。
「それで父さんも母さんも理佳もいなくなった。
この家もぼくのものじゃなくなった。
2,3日、ぼくはこの家に入ることさえできなかった。
だけど、あの日、たてこもり事件が終わった日、この家の扉を誰かが開けてくれた。
ぼくの家じゃなくなってしまったけれど、ぼくはこの家にもう一度住み始めた」
やはり彼も、契約者だったのだ。
「煙草を覚えたのは、中学のときだった。
あいつらがいなくなってから、とても心が穏やかで、ぼくは何時間でもこの煙を眺めていられるようになった。
でも穏やかだけれど、晴れやかじゃない」
理佳を消したのはぼくではなく、その家族を消したのも棗ではなかったのだ。
「あ、もう行かなくちゃ」
ただ、彼はぼくとは違う気がした。
どちらかといえば、棗に近い、ドリーワンを楽しんでいるような感じがした。
「世界がね、ぼくを待ってるんだ」
そう言うと、彼はぼくの目の前で、意識を失った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
人の目嫌い/人嫌い
木月 くろい
ホラー
ひと気の無くなった放課後の学校で、三谷藤若菜(みやふじわかな)は声を掛けられる。若菜は驚いた。自分の名を呼ばれるなど、有り得ないことだったからだ。
◆2020年4月に小説家になろう様にて玄乃光名義で掲載したホラー短編『Scopophobia』を修正し、続きを書いたものになります。
◆やや残酷描写があります。
◆小説家になろう様に同名の作品を同時掲載しています。
逢魔ヶ刻の迷い子
naomikoryo
ホラー
夏休みの夜、肝試しのために寺の墓地へ足を踏み入れた中学生6人。そこはただの墓地のはずだった。しかし、耳元に囁く不可解な声、いつの間にか繰り返される道、そして闇の中から現れた「もう一人の自分」。
気づいた時、彼らはこの世ならざる世界へ迷い込んでいた——。
赤く歪んだ月が照らす異形の寺、どこまでも続く石畳、そして開かれた黒い門。
逃げることも、抗うことも許されず、彼らに突きつけられたのは「供物」の選択。
犠牲を捧げるのか、それとも——?
“恐怖”と“選択”が絡み合う、異界脱出ホラー。
果たして彼らは元の世界へ戻ることができるのか。
それとも、この夜の闇に囚われたまま、影へと溶けていくのか——。
逢魔ヶ刻の迷い子2
naomikoryo
ホラー
——それは、封印された記憶を呼び覚ます夜の探索。
夏休みのある夜、中学二年生の六人は学校に伝わる七不思議の真相を確かめるため、旧校舎へと足を踏み入れた。
静まり返った廊下、誰もいないはずの音楽室から響くピアノの音、職員室の鏡に映る“もう一人の自分”——。
次々と彼らを襲う怪異は、単なる噂ではなかった。
そして、最後の七不思議**「深夜の花壇の少女」**が示す先には、**学校に隠された“ある真実”**が眠っていた——。
「恐怖」は、彼らを閉じ込めるために存在するのか。
それとも、何かを伝えるために存在しているのか。
七つの怪談が絡み合いながら、次第に明かされる“過去”と“真相”。
ただの怪談が、いつしか“真実”へと変わる時——。
あなたは、この夜を無事に終えることができるだろうか?
オカルティック・アンダーワールド
アキラカ
ホラー
とある出版社で編集者として働く冴えないアラサー男子・三枝は、ある日突然学術雑誌の編集部から社内地下に存在するオカルト雑誌アガルタ編集部への異動辞令が出る。そこで三枝はライター兼見習い編集者として雇われている一人の高校生アルバイト・史(ふひと)と出会う。三枝はオカルトへの造詣が皆無な為、異動したその日に名目上史の教育係として史が担当する記事の取材へと駆り出されるのだった。しかしそこで待ち受けていたのは数々の心霊現象と怪奇な事件で有名な幽霊団地。そしてそこに住む奇妙な住人と不気味な出来事、徐々に襲われる恐怖体験に次から次へと巻き込まれてゆくのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
トゴウ様
真霜ナオ
ホラー
MyTube(マイチューブ)配信者として伸び悩んでいたユージは、配信仲間と共に都市伝説を試すこととなる。
「トゴウ様」と呼ばれるそれは、とある条件をクリアすれば、どんな願いも叶えてくれるというのだ。
「動画をバズらせたい」という願いを叶えるため、配信仲間と共に廃校を訪れた。
霊的なものは信じないユージだが、そこで仲間の一人が不審死を遂げてしまう。
トゴウ様の呪いを恐れて儀式を中断しようとするも、ルールを破れば全員が呪い殺されてしまうと知る。
誰も予想していなかった、逃れられない恐怖の始まりだった。
「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
他サイト様にも投稿しています。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる