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ドリーワンワンスモア・ドロップアウツⅣ 笹木舎聡の消失 ④
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犯人は、凶悪犯罪者には見えない、肉体的にも精神的にも多少弱い、公園でもそんなに違和感が無い者。そしておそらく女性。もちろんこの中には被害者の母親も含まれる。
凶器は被害者の首にかけられていた携帯電話のネックストラップ。
死因は窒息死。背後からいきなり、首を絞められた可能性が高い。
遺体が発見されたのは、トイレの外側と、外側の柱との約50センチのすき間。
母親が被害者から目を離したのは2,3分。
母親の証言が確かなら犯行はそのわずかの時間に行われたことになる。
現場周辺に争った形跡や、遺体に抵抗時にできる傷はなかった。
犯行時間とされる18日午後3時半から約30分間に男児の叫び声を聞いた人も確認されていない。
「だとすれば犯人は」
笹木舎聡が犯人の名を口にしようとしたまさにそのときである。
彼の部屋の10年間開くことのなかったドアが開いた。
笹木舎聡は振り返り、その事実に動揺し、目の前に存在する一組の男女の姿に狼狽した。
「彼が、そうなのか?」
と、男が少女に問う。
「そう、ミクシィ探偵の笹木舎聡」
体に奇妙な縁取りを持つゴスロリの少女が答える。
「彼が目覚めたのは10年前。
加藤学と同じように居場所を失って、それ以来この部屋にひきこもってるみたい。
ドリーワンに目覚めたことも、その力から脱落したことも知らない、哀れな元契約者よ」
少女が自分のことを話しているであろうということは彼にもわかった。
しかし、ドリーワン、脱落、元契約者、聞きなれない言葉が並ぶ少女の台詞を、笹木舎聡には理解することができなかった。
「不老不死というわけでもない、ただの脱落者が、今回の君の仕分けの対象だというのか?」
不老不死、これまた漫画でしか聞かない言葉だ。
笹木舎聡はふたりの招かれざる客をただ呆然と眺めていた。
ほんの数十秒前までの十年間、パソコンのモニターの世界だけが彼の現実だった。
そこには無数の事件が存在し、彼はただ興味を持った事件の情報を集め、推理する。
そして、
「彼、何か事件が起きるたびに名探偵を気取って、麻衣ちゃんに推理を聞かせていたの」
ピノコというハンドルネームの、加藤麻衣という、彼がたったひとり心を許した少女にだけ、彼は自らの推理を聞かせる。
男はふぅんと笑って、彼に、いや、パソコンのモニターに近づき覗き込んだ。
「そして今日は、例の福岡の事件を推理していた、というわけか」
彼は慌てて男からモニターを隠したが、時既に遅かった。
「おあいにくさま。犯人は母親だよ」
男は、彼の推理が外れであることを告げた。
「子供を殺して自分も死ぬつもりだった。
将来を悲観し、衝動的にやった、ということだそうだ」
笹木舎聡はその言葉を聞き、慌ててパソコンを操作しミクシィニュースを開いた。
「まだニュースになっちゃいないよ。
彼女が逮捕されるのは明後日の午前8時頃だからね」
矢継ぎ早に男の口から発せられる言葉の意味を笹木舎聡は理解できない。
「この人ね、欲しい物は何でも手に入れることができるの。
未来のこともわかっちゃう。
あなたたちより進化したヒトなの」
少女の言葉も、理解できない。
笹木舎聡には今現在自分の身に起きていることが現実であるかどうかさえもはやわからなかった。
「棗さん、今回はね、別にわたしの仕分けっていうわけじゃないの。
わたしはヒトじゃないから、棗さんに仕分けてもらおうと思って」
「どういう意味だ?」
「ニュースになるような現実に起きてしまった事件を、推理小説か何かと勘違いして、身勝手に推理して、楽しんで。わたしは彼みたいな人間がこの世界で一番の悪だと思うの」
「人間とはそうした生き物だよ、ドリー」
棗と呼ばれた男は、少女の名を口にした。
「わかっているわ。わたしは人類の歴史と常に共にあったのだもの」
これが人間の本質だっていうことくらいわかってる、と少女は続け、
「だけど、棗さんがこれから作ろうとしている世界に、彼のような人間は必要ない。そうでしょう?」
棗と呼ばれた男は、頷いた。
そして、右の手のひらを笹木舎聡の顔に置いた。
背筋が凍りつくほど、身の毛のよだつほど、冷たい手だった。
殺される、と笹木舎聡はそう思った。
「いいや、消されるんだよ、きみはぼくにね」
棗と呼ばれた男は、笹木舎聡の心さえ読んでいた。
「確かに、こういった輩は必要ないかもしれないね」
男は、ドリーという名の少女にそう笑いかけた。
その瞬間、ミクシィ探偵笹木舎聡はこの世界から消失した。
主を失った部屋で、棗弘幸はドリーに問う。
「ところで、ぼくがこれから作ろうとしている世界ってなんだい?」
ドリーはあきれたように、
「何も考えてなかったの?」
ため息をついた。
棗弘幸は、笹木舎聡を消失させた手で、気まずそうに頭をかいた。
「ぼくはこの世界に満足しているよ」
そう言って笑った。
実に、すばらしきこの世界に。愛おしささえ感じていると。
凶器は被害者の首にかけられていた携帯電話のネックストラップ。
死因は窒息死。背後からいきなり、首を絞められた可能性が高い。
遺体が発見されたのは、トイレの外側と、外側の柱との約50センチのすき間。
母親が被害者から目を離したのは2,3分。
母親の証言が確かなら犯行はそのわずかの時間に行われたことになる。
現場周辺に争った形跡や、遺体に抵抗時にできる傷はなかった。
犯行時間とされる18日午後3時半から約30分間に男児の叫び声を聞いた人も確認されていない。
「だとすれば犯人は」
笹木舎聡が犯人の名を口にしようとしたまさにそのときである。
彼の部屋の10年間開くことのなかったドアが開いた。
笹木舎聡は振り返り、その事実に動揺し、目の前に存在する一組の男女の姿に狼狽した。
「彼が、そうなのか?」
と、男が少女に問う。
「そう、ミクシィ探偵の笹木舎聡」
体に奇妙な縁取りを持つゴスロリの少女が答える。
「彼が目覚めたのは10年前。
加藤学と同じように居場所を失って、それ以来この部屋にひきこもってるみたい。
ドリーワンに目覚めたことも、その力から脱落したことも知らない、哀れな元契約者よ」
少女が自分のことを話しているであろうということは彼にもわかった。
しかし、ドリーワン、脱落、元契約者、聞きなれない言葉が並ぶ少女の台詞を、笹木舎聡には理解することができなかった。
「不老不死というわけでもない、ただの脱落者が、今回の君の仕分けの対象だというのか?」
不老不死、これまた漫画でしか聞かない言葉だ。
笹木舎聡はふたりの招かれざる客をただ呆然と眺めていた。
ほんの数十秒前までの十年間、パソコンのモニターの世界だけが彼の現実だった。
そこには無数の事件が存在し、彼はただ興味を持った事件の情報を集め、推理する。
そして、
「彼、何か事件が起きるたびに名探偵を気取って、麻衣ちゃんに推理を聞かせていたの」
ピノコというハンドルネームの、加藤麻衣という、彼がたったひとり心を許した少女にだけ、彼は自らの推理を聞かせる。
男はふぅんと笑って、彼に、いや、パソコンのモニターに近づき覗き込んだ。
「そして今日は、例の福岡の事件を推理していた、というわけか」
彼は慌てて男からモニターを隠したが、時既に遅かった。
「おあいにくさま。犯人は母親だよ」
男は、彼の推理が外れであることを告げた。
「子供を殺して自分も死ぬつもりだった。
将来を悲観し、衝動的にやった、ということだそうだ」
笹木舎聡はその言葉を聞き、慌ててパソコンを操作しミクシィニュースを開いた。
「まだニュースになっちゃいないよ。
彼女が逮捕されるのは明後日の午前8時頃だからね」
矢継ぎ早に男の口から発せられる言葉の意味を笹木舎聡は理解できない。
「この人ね、欲しい物は何でも手に入れることができるの。
未来のこともわかっちゃう。
あなたたちより進化したヒトなの」
少女の言葉も、理解できない。
笹木舎聡には今現在自分の身に起きていることが現実であるかどうかさえもはやわからなかった。
「棗さん、今回はね、別にわたしの仕分けっていうわけじゃないの。
わたしはヒトじゃないから、棗さんに仕分けてもらおうと思って」
「どういう意味だ?」
「ニュースになるような現実に起きてしまった事件を、推理小説か何かと勘違いして、身勝手に推理して、楽しんで。わたしは彼みたいな人間がこの世界で一番の悪だと思うの」
「人間とはそうした生き物だよ、ドリー」
棗と呼ばれた男は、少女の名を口にした。
「わかっているわ。わたしは人類の歴史と常に共にあったのだもの」
これが人間の本質だっていうことくらいわかってる、と少女は続け、
「だけど、棗さんがこれから作ろうとしている世界に、彼のような人間は必要ない。そうでしょう?」
棗と呼ばれた男は、頷いた。
そして、右の手のひらを笹木舎聡の顔に置いた。
背筋が凍りつくほど、身の毛のよだつほど、冷たい手だった。
殺される、と笹木舎聡はそう思った。
「いいや、消されるんだよ、きみはぼくにね」
棗と呼ばれた男は、笹木舎聡の心さえ読んでいた。
「確かに、こういった輩は必要ないかもしれないね」
男は、ドリーという名の少女にそう笑いかけた。
その瞬間、ミクシィ探偵笹木舎聡はこの世界から消失した。
主を失った部屋で、棗弘幸はドリーに問う。
「ところで、ぼくがこれから作ろうとしている世界ってなんだい?」
ドリーはあきれたように、
「何も考えてなかったの?」
ため息をついた。
棗弘幸は、笹木舎聡を消失させた手で、気まずそうに頭をかいた。
「ぼくはこの世界に満足しているよ」
そう言って笑った。
実に、すばらしきこの世界に。愛おしささえ感じていると。
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