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ドリーワンワンスモア・ドロップアウツⅠ 加藤麻衣の冒険 ③
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部屋では2人でもっぱらテレビを見て過ごした。
夕方にはニュース番組をみることが多かった。
バラエティー番組を見ているときなどは、トモは口元に手を当ててクスッと笑うこともあったけれど、トモはテレビを見ながらいつも携帯電話をいじっていた。
「オレと一緒になればいいのに」
本気か嘘か分からないが、トモがそんなふうに言ってきたことがあった。
麻衣は「わたしにはお兄ちゃんがいるから」と、それとなく交際を断った。
「お兄ちゃん、か……」
兄のことが好きだとは言わなかった。だから、兄が交際を許してくれない、という意味にトモはとったかもしれなかった。
「それなら、しかたないかな」
さびしそうにそう言った。
そして、まるで麻衣に対して興味をなくしたかのように、携帯電話をいじりはじめた。
「何してるの? mixi?」
麻衣はそう聞いたけれど、こたえてはくれなかった。
その代わり、
「俺さ、ダガーナイフ、持ってるんだよね」
そう言った。そして、そのダガーナイフを見せてくれた。
ファイナルファンタジーとかRPGによく出てくるナイフだった。
女の子のキャラクターが軽々と使いこなしていたそのダガーはずしりと重く、手渡された麻衣は危うく足の上に落としてしまいそうになった。
ナイフには、以前どこかで見たような、写真から切り取って別の写真に貼り付けたかのような違和感があり、そしてメーカー名が記されていると思われる場所にモザイクがかかっていた。
「ある朝、目を覚ましたら握ってたんだ。
前の夜にもそんなものはなかった。確かに、なかった、はず、なんだ。
俺は普通の派遣社員で、サバイバルゲームとか、そんな趣味を持ってるわけでもないんだ。
ただ夢を見たんだ。
ぼくが秋葉原の歩行者天国にトラックで突っ込んで、人を何人かひいて、その後トラックを降りて通行人やトラックにひかれた人を助けようとする人たちを、このナイフで刺してまわる夢だった。
何ヵ月か前から、同じ夢を何度も見るようになった。トラックも手に入れてしまった。
目を覚ましたらトラックが前住んでた部屋に突っ込んできてたんだ。だからぼくは引っ越すことにした。
ナイフもトラックも何度も捨てようと思った。
だけどその度に捨て犬みたいに戻ってくるんだ。
捨てられないんだ。
夢に見たものが朝になると手元にいつもあるんだ。
医者に診てもらったよ。
でも相手にしてもらえなかった。
それだけじゃない。
夢を見なかった朝には大切なものがなくなってるんだ。
友達も、ひとりもいなくなってしまった。
それはきまって夢を見なかった朝だった。
大切なものは次々となくなって、がらくたばかりが増えていくんだ」
そして、トモは、
「ぼくにはもう君しかいない。だけど、君ももうすぐぼくの前からいなくなるんだろう?」
そう言った。
帰り際には必ず、「また来ていいから」と言われた。
何度目かに自宅を訪れたとき、突然、合鍵を手渡された。
戸惑いながら「いや」と言うと、トモは「いつでも来ていいから」と鍵を手のひらに押し込んできた。
誰かに頼られたいのと、自分も誰かに頼りたいのかな。そう思って鍵を受け取ったが、麻衣がその鍵を使うことはなかった。
鍵は兄に見つからないように、部屋の机の、大切なものをしまっておく引き出しに入れた。
夏休みも終わりに近づき、気がつくとメールのやりとりは途絶えていた。
何度目かのトモの部屋の訪ねたとき、麻衣はトモがトイレに席を立った隙に、トモがいつも携帯電話で何をしているのか調べたことがあった。
トモはインターネットの掲示板に独り言のような言葉を書き込み続けていた。
トモとのメールのやりとりは終わってしまったけれど、夏休みが終わってからも麻衣はトモのことが気になって、毎日その掲示板を携帯電話から覗くようになった。
寝る前に必ず。一日も欠かしたことがなかった。
──起きた。なんでちゃんと起きるんだろ。そのまま寝てれば楽なのに。
なんだかんだ言って出勤してる。頑張る理由もないのに出勤してる。
世紀末的な眠さ。イライラする。
まだ何かに期待してる自分にイライラする。
彼女なんか絶対できないのに。諦めれば幸せになれるのに。
人を救うのは人。救ってくれる人を得るには金がいる。
結局、人を救うのは金。
どれだけ金があったら友達になってもらえるんだろ。
イケメンだったらお金なんかなくても友達できるのに。
アホくさ。
ライフワークバランス、だってさ。
身近に語り合える人が必要、だってさ。
どうせ一人だし。ネットですら無視されるし。
表面だけの薄っぺらなつきあい。
それすら希薄。
俺もみんなに馬鹿にされてるから車でひけばいいのか。
あの夢みたいに。繰り返し見るあの夢、みたいに。
俺も女なら良かったのに。
いつまでたっても一人。
仕事おわり。今日はこのまま出かけてみる。一人で。
書き込みは一日に何十件とされていた。
──ある女性が彼氏と結婚した理由だってさ。
・どうせ仕事の関係で彼氏の近所に引っ越す予定だったので、別々に住むより二人で住めば家賃が助かる(←これが一番のタイミング的な理由)。
・一緒に寝ると何か落ち着くから毎日一緒に寝たい。
・毎日当然のように衣食住を手伝ってあげたい(結局、ちゃんとできてないけど・・・)。
・一緒に生活して、ちょっとした好みとかを誰より知りたい。
・「○○さん(彼氏)の奥さん」と社会に認識されるのが嬉しい。
・今まで付き合った彼氏とは違って本当の本当に一生をかけるよと体現したい。
・上記のほとんどは同棲で何とかなるけど、結婚もしてない男女が同棲するのは何かはしたない。
──そんなきれいごとはどうでもいい。
要するに、彼氏がイケメンで金持ちだったからそういうことを考えたんでしょ。
不細工な俺がそんな風に思われるわけない。
読んだ感じ、相手は相当のイケメンだったみたいね。金持ちかも。
結婚を前提にしたつきあいだったのか、結婚したくなったのか。
若いうちは遊びで付き合う、ってことはわかった。
散々お金を使わせて、さようなら、ってわけだ。あの女といっしょだな。
ピノコって女がいたんだ。ブラックジャックのあのピノコじゃない。
そういうハンドルネームの女子中学生。
1ヶ月だけ、付き合ったのかな。いや付き合ってないか、あれは。
断られたし。合鍵渡したのにあれ以来来ないし。
麻衣が中学生であるということをトモは知っていたらしかった。
夕方にはニュース番組をみることが多かった。
バラエティー番組を見ているときなどは、トモは口元に手を当ててクスッと笑うこともあったけれど、トモはテレビを見ながらいつも携帯電話をいじっていた。
「オレと一緒になればいいのに」
本気か嘘か分からないが、トモがそんなふうに言ってきたことがあった。
麻衣は「わたしにはお兄ちゃんがいるから」と、それとなく交際を断った。
「お兄ちゃん、か……」
兄のことが好きだとは言わなかった。だから、兄が交際を許してくれない、という意味にトモはとったかもしれなかった。
「それなら、しかたないかな」
さびしそうにそう言った。
そして、まるで麻衣に対して興味をなくしたかのように、携帯電話をいじりはじめた。
「何してるの? mixi?」
麻衣はそう聞いたけれど、こたえてはくれなかった。
その代わり、
「俺さ、ダガーナイフ、持ってるんだよね」
そう言った。そして、そのダガーナイフを見せてくれた。
ファイナルファンタジーとかRPGによく出てくるナイフだった。
女の子のキャラクターが軽々と使いこなしていたそのダガーはずしりと重く、手渡された麻衣は危うく足の上に落としてしまいそうになった。
ナイフには、以前どこかで見たような、写真から切り取って別の写真に貼り付けたかのような違和感があり、そしてメーカー名が記されていると思われる場所にモザイクがかかっていた。
「ある朝、目を覚ましたら握ってたんだ。
前の夜にもそんなものはなかった。確かに、なかった、はず、なんだ。
俺は普通の派遣社員で、サバイバルゲームとか、そんな趣味を持ってるわけでもないんだ。
ただ夢を見たんだ。
ぼくが秋葉原の歩行者天国にトラックで突っ込んで、人を何人かひいて、その後トラックを降りて通行人やトラックにひかれた人を助けようとする人たちを、このナイフで刺してまわる夢だった。
何ヵ月か前から、同じ夢を何度も見るようになった。トラックも手に入れてしまった。
目を覚ましたらトラックが前住んでた部屋に突っ込んできてたんだ。だからぼくは引っ越すことにした。
ナイフもトラックも何度も捨てようと思った。
だけどその度に捨て犬みたいに戻ってくるんだ。
捨てられないんだ。
夢に見たものが朝になると手元にいつもあるんだ。
医者に診てもらったよ。
でも相手にしてもらえなかった。
それだけじゃない。
夢を見なかった朝には大切なものがなくなってるんだ。
友達も、ひとりもいなくなってしまった。
それはきまって夢を見なかった朝だった。
大切なものは次々となくなって、がらくたばかりが増えていくんだ」
そして、トモは、
「ぼくにはもう君しかいない。だけど、君ももうすぐぼくの前からいなくなるんだろう?」
そう言った。
帰り際には必ず、「また来ていいから」と言われた。
何度目かに自宅を訪れたとき、突然、合鍵を手渡された。
戸惑いながら「いや」と言うと、トモは「いつでも来ていいから」と鍵を手のひらに押し込んできた。
誰かに頼られたいのと、自分も誰かに頼りたいのかな。そう思って鍵を受け取ったが、麻衣がその鍵を使うことはなかった。
鍵は兄に見つからないように、部屋の机の、大切なものをしまっておく引き出しに入れた。
夏休みも終わりに近づき、気がつくとメールのやりとりは途絶えていた。
何度目かのトモの部屋の訪ねたとき、麻衣はトモがトイレに席を立った隙に、トモがいつも携帯電話で何をしているのか調べたことがあった。
トモはインターネットの掲示板に独り言のような言葉を書き込み続けていた。
トモとのメールのやりとりは終わってしまったけれど、夏休みが終わってからも麻衣はトモのことが気になって、毎日その掲示板を携帯電話から覗くようになった。
寝る前に必ず。一日も欠かしたことがなかった。
──起きた。なんでちゃんと起きるんだろ。そのまま寝てれば楽なのに。
なんだかんだ言って出勤してる。頑張る理由もないのに出勤してる。
世紀末的な眠さ。イライラする。
まだ何かに期待してる自分にイライラする。
彼女なんか絶対できないのに。諦めれば幸せになれるのに。
人を救うのは人。救ってくれる人を得るには金がいる。
結局、人を救うのは金。
どれだけ金があったら友達になってもらえるんだろ。
イケメンだったらお金なんかなくても友達できるのに。
アホくさ。
ライフワークバランス、だってさ。
身近に語り合える人が必要、だってさ。
どうせ一人だし。ネットですら無視されるし。
表面だけの薄っぺらなつきあい。
それすら希薄。
俺もみんなに馬鹿にされてるから車でひけばいいのか。
あの夢みたいに。繰り返し見るあの夢、みたいに。
俺も女なら良かったのに。
いつまでたっても一人。
仕事おわり。今日はこのまま出かけてみる。一人で。
書き込みは一日に何十件とされていた。
──ある女性が彼氏と結婚した理由だってさ。
・どうせ仕事の関係で彼氏の近所に引っ越す予定だったので、別々に住むより二人で住めば家賃が助かる(←これが一番のタイミング的な理由)。
・一緒に寝ると何か落ち着くから毎日一緒に寝たい。
・毎日当然のように衣食住を手伝ってあげたい(結局、ちゃんとできてないけど・・・)。
・一緒に生活して、ちょっとした好みとかを誰より知りたい。
・「○○さん(彼氏)の奥さん」と社会に認識されるのが嬉しい。
・今まで付き合った彼氏とは違って本当の本当に一生をかけるよと体現したい。
・上記のほとんどは同棲で何とかなるけど、結婚もしてない男女が同棲するのは何かはしたない。
──そんなきれいごとはどうでもいい。
要するに、彼氏がイケメンで金持ちだったからそういうことを考えたんでしょ。
不細工な俺がそんな風に思われるわけない。
読んだ感じ、相手は相当のイケメンだったみたいね。金持ちかも。
結婚を前提にしたつきあいだったのか、結婚したくなったのか。
若いうちは遊びで付き合う、ってことはわかった。
散々お金を使わせて、さようなら、ってわけだ。あの女といっしょだな。
ピノコって女がいたんだ。ブラックジャックのあのピノコじゃない。
そういうハンドルネームの女子中学生。
1ヶ月だけ、付き合ったのかな。いや付き合ってないか、あれは。
断られたし。合鍵渡したのにあれ以来来ないし。
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