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最終話
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父と母の眠る墓地は坂の上にある。
父さんと母さんが好きだった花を買おう、ぼくと妹はふたりで家を出るときそんな話をした。
ぼくも妹も花を買うのははじめてのことだった。
花屋の店先に並んだ花たちを見ながら、ぼくたちはふたりとも両親が好きな花など知らないと気が付いた。
墓参りに行くんです、父さんと母さんの、ぼくたちは店の若い女の人にそう言って、大きな花束をひとつ作ってもらった。
花束のひとつひとつの花の名前を妹は全部知っていた。
ぼくは何ひとつわからなかった。ぼくが名前を言える花の数なんて、片手で数えられてしまう。
妹は花束を大切そうに抱いて歩いた。
「そっか、お母さん本当に死んじゃったんだ」
高速道路が隣接したその墓地は、廃棄ガスの臭いがひどく酔ってしまう。花はすぐ枯れてしまうだろう。
「麻衣、なんでそんな大事なこと忘れてたんだろう」
妹は墓石に彫られた母の名前を指でなぞった。
「ううん、知らないんだ」
一ヶ月くらい麻衣はずっと暗いところに閉じ込められてた気がする、妹は悲しそうに言った。気のせいだよ、とぼくは言った。
ドリーワンの最後の選択で、ぼくはドリーワンによって手に入れたすべての所有権を放棄し、失ったすべてを取り戻した。
目の前にちらつかせられたもう何も失うことのない得るだけの毎日も、失ったものの重さに比べたら色褪せてしまう。
行方不明になっていた人たちは皆家へと帰り、妹も帰ってきた。
家へ帰った人達は皆口々に妹と同じ暗闇の体験談を語った。
集団催眠。
それがマスコミの出した結論で、ぼくもそれでいいと思う。
ドリーワンが明るみになることはなかったけれど、それも心の病か何かということにしてほしかった。
ドリーも消えた。
この喪失感も、幻覚であってほしかった。
すべてが元通りになったはずだった。
たてこもり事件も解決した。
けれど父と母は帰ってはこなかった。
ドリーワンは命を与えないかわりに奪いもしない、両親の死はドリーワンとは無関係、ドリーの言葉だ。
死んだ人は帰らない。
悲しいけれど、世界はそうあらねばならない。
墓参りを終えたぼくたちは坂をくだり、家へと帰る。帰り道、ドリーと過ごした公園に足が向いた。
自動演奏のピアノも冷蔵庫も、自動販売機もテレビもない公園は少し殺風景に見えた。
ドリーが落書きしたジャングルジムの天辺の日の丸。
砂場にはくずれかけたシンデレラ城がまだあった。
すごいね、と妹が言った。
「何が?」
「これを作った人」
「麻衣に似てる、かわいい子だったよ」
「知ってるの?」
「でももういないんだ」
最後の夜にふたりでしようと買っておいた花火のことを思い出す。
花火は出来なかった。
ドリーとの別れを知って、昼間だけれど、花火をしようと、ぼくは提案をした。
ピアノの前の椅子にドリーを座らせて、バケツに水を汲んで戻ってくると、ドリーは消えていた。
ピアノも自動販売機もなくなってしまっていた。冷蔵庫の中に隠していた拳銃も、核の箱も消えた。
花火は、まだあのバスの中にあるだろうか。
二週間ドリーと暮らしたバスは、他人の家のように見えた。
「帰ろうか」
ぼくたちは手をつないだ。
「うん。ねぇ、お兄ちゃん、晩御飯何が食べたい?」
「とりにく」
ぼくは短く答えた。
「ねぇ、麻衣」
「なあに? お兄ちゃん」
明日から学校へ行く、ぼくは妹にそう告げようとして、やめた。
「なんでもない」
明日は早く起きよう。
朝ごはんの支度をしよう。
支度が出来たら、妹を起こしてあげよう。
それをわざわざ言葉にする必要はない。
明日の朝には、行動で示しているのだから。
父さんと母さんが好きだった花を買おう、ぼくと妹はふたりで家を出るときそんな話をした。
ぼくも妹も花を買うのははじめてのことだった。
花屋の店先に並んだ花たちを見ながら、ぼくたちはふたりとも両親が好きな花など知らないと気が付いた。
墓参りに行くんです、父さんと母さんの、ぼくたちは店の若い女の人にそう言って、大きな花束をひとつ作ってもらった。
花束のひとつひとつの花の名前を妹は全部知っていた。
ぼくは何ひとつわからなかった。ぼくが名前を言える花の数なんて、片手で数えられてしまう。
妹は花束を大切そうに抱いて歩いた。
「そっか、お母さん本当に死んじゃったんだ」
高速道路が隣接したその墓地は、廃棄ガスの臭いがひどく酔ってしまう。花はすぐ枯れてしまうだろう。
「麻衣、なんでそんな大事なこと忘れてたんだろう」
妹は墓石に彫られた母の名前を指でなぞった。
「ううん、知らないんだ」
一ヶ月くらい麻衣はずっと暗いところに閉じ込められてた気がする、妹は悲しそうに言った。気のせいだよ、とぼくは言った。
ドリーワンの最後の選択で、ぼくはドリーワンによって手に入れたすべての所有権を放棄し、失ったすべてを取り戻した。
目の前にちらつかせられたもう何も失うことのない得るだけの毎日も、失ったものの重さに比べたら色褪せてしまう。
行方不明になっていた人たちは皆家へと帰り、妹も帰ってきた。
家へ帰った人達は皆口々に妹と同じ暗闇の体験談を語った。
集団催眠。
それがマスコミの出した結論で、ぼくもそれでいいと思う。
ドリーワンが明るみになることはなかったけれど、それも心の病か何かということにしてほしかった。
ドリーも消えた。
この喪失感も、幻覚であってほしかった。
すべてが元通りになったはずだった。
たてこもり事件も解決した。
けれど父と母は帰ってはこなかった。
ドリーワンは命を与えないかわりに奪いもしない、両親の死はドリーワンとは無関係、ドリーの言葉だ。
死んだ人は帰らない。
悲しいけれど、世界はそうあらねばならない。
墓参りを終えたぼくたちは坂をくだり、家へと帰る。帰り道、ドリーと過ごした公園に足が向いた。
自動演奏のピアノも冷蔵庫も、自動販売機もテレビもない公園は少し殺風景に見えた。
ドリーが落書きしたジャングルジムの天辺の日の丸。
砂場にはくずれかけたシンデレラ城がまだあった。
すごいね、と妹が言った。
「何が?」
「これを作った人」
「麻衣に似てる、かわいい子だったよ」
「知ってるの?」
「でももういないんだ」
最後の夜にふたりでしようと買っておいた花火のことを思い出す。
花火は出来なかった。
ドリーとの別れを知って、昼間だけれど、花火をしようと、ぼくは提案をした。
ピアノの前の椅子にドリーを座らせて、バケツに水を汲んで戻ってくると、ドリーは消えていた。
ピアノも自動販売機もなくなってしまっていた。冷蔵庫の中に隠していた拳銃も、核の箱も消えた。
花火は、まだあのバスの中にあるだろうか。
二週間ドリーと暮らしたバスは、他人の家のように見えた。
「帰ろうか」
ぼくたちは手をつないだ。
「うん。ねぇ、お兄ちゃん、晩御飯何が食べたい?」
「とりにく」
ぼくは短く答えた。
「ねぇ、麻衣」
「なあに? お兄ちゃん」
明日から学校へ行く、ぼくは妹にそう告げようとして、やめた。
「なんでもない」
明日は早く起きよう。
朝ごはんの支度をしよう。
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それをわざわざ言葉にする必要はない。
明日の朝には、行動で示しているのだから。
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