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第59話「西日野亜美」⑧ 加筆修正版

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 隣の市まで行かないと映画館はないけど、一応カラオケとかゲーセンはあるし、マイナスイオンタウンとかもあるからな? モールじゃないけど。タウンだけど。
 最近ピゴアが閉店して改装されて「鈍器方程」だって出来たんだぞ。

 とはいえ、俺が生まれ育った街は、駅前や国道周辺以外は本当に何もなく、江戸時代に海を埋め立てて作られた土地には、土地神の祟りどころか肝心の土地神さえいないような街だった。

 市営バスは1時間に1本しかなく、数分前に出てしまっていた。
 タクシーをつかまえようとすると、

「章くんの家までは歩くとどれくらいかかるの?」

 亜美がそんなことを聞いてきた。

「1時間くらいかな」

「じゃあ、ここでただバスを待つだけよりも、ふたりで歩いた方が楽しそうね」

 歩くという選択肢は俺の中にはなかったから、彼女の提案に驚かされた。

 好きな女の子とふたりで歩く。
 ただそれだけで、見慣れて見飽きた田舎の風景や道が、輝いて見えることを俺は知った。

「章くん、ごめんなさい……わたし、もう歩けない……」

 が、すぐに亜美は体力が尽き果ててしまい、結局俺たちはタクシーを使うことになったのだった。


 俺は都会に住みたいなどといったことは考えたことがなかった。
 幼い頃から買い物や交通の不便さは感じていたし、田舎ゆえの近所付き合いのめんどくささもあったが、親のものとはいえ、そこそこ広い持ち家の一軒家があったからだ。
 だが、亜美や珠莉の家庭の話を聞いてしまったからか、俺は自分や亜美だけでなく、妹や珠莉も含めて、全員の帰る場所や帰りを待っていてくれる人がいる場所が欲しいと思った。作りたいと思った。

 俺たちは、夢を叶えたら結婚する、それまでは付き合わない、という宣言を珠莉にしたにも関わらず、こうして付き合いはじめてしまっていたが、俺はやっぱりキヅイセの書籍化やアニメ化、そしてピノアのフィギュア化という夢を叶えたいと思った。

 破魔矢梨沙の収入を亜美の両親が使い込んでしまっているなら、亜美が原稿料や印税の振込先を両親が知らないものに変更すればいいだけの話かもしれない。
 だが、それでは彼女の両親が生きていけなくなってしまう。両親が働けばいいだけの話だが、おそらくはそういう人たちではないのだろう。
 それがわかっているから、家を出てからも亜美は振込先をそのままにしているのだ。

 なんとしても、キヅイセやフジキカを成功させ、会社を作り、とりにくチキンとしての収入がちゃんと彼女や珠莉に渡るようにしなければ。

 俺はタクシーの中でそんなことを考えていた。


 家に着くと、妹の雪が玄関で俺たちを出迎えてくれた。

「お、お邪魔します」

 と、人見知り全開で玄関で妹に挨拶した亜美に、

「亜美さん? ここはもうあなたの家なんだよ?」

 妹はそんなどこかで聞いたことがあるセリフを言った。

「え? ただいまって言えばいいのかしら?」

「いや、乗っからなくていいから」

 俺は苦笑しながら言った。

「あの、はじめまして。西日野亜美です。お兄さんとお付き合いさせて頂いてます」

「はじめまして~、亜美さ~ん!
 いらっしゃ~い! お待ちしてました~!」

「あ、はい。わたしも雪さんにお会いしたかったです。この間はありがとうございました」

 インフルエンサーによるリツブヤキートの件のことだろう。
 亜美は、妹への挨拶だけでなく、そのお礼も含めてのものなのか、ずっと手に提げていた紙袋を妹に渡した。
 しまったな。こういうのは、直前まで俺が持ってあげないといけないものだったのかもしれない。

「やっべー。リアル破魔矢梨沙、お兄ちゃんから聞いてわたしが想像してたのより百万倍はかわいいし。てか、もうまんま橋本円環じゃん。
 つーか、わたしの目の前に今、銅魂の新七もどきとまんま可楽がいるじゃん!」

 あ、やっぱりそう見えるのか。で、俺はもどきで、亜美はまんまなのね。

「てか、何かお前、いつもより化粧濃くね?」

 妹は、はじめてお化粧にチャレンジして、やりすぎちゃった中学生みたいな顔ほどではないにしろ、なんだかキャバ嬢みたいになっていた。キャバ嬢なんてテレビでしか見たことなかったし、たぶんこれから先も生で見ることはないだろうけど。

 亜美が言っていた、妹は実は俺のことが好きだという話を、俺はふと思い出していた。


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