58 / 61
第58話「西日野亜美」⑦ 加筆修正版
しおりを挟む
俺はいつものように定期券で、亜美は俺が渡した切符で改札を抜けると、ホームにはちょうど電車が来ていた。
電車は比較的すいていて、俺たちは隣に並んで座ることができた。
亜美は本当に電車には不慣れらしく、落ち着かないようだった。
ほんと、よくひとりで地下鉄乗れたな、この子。
頑張って来てくれたんだな、と思うと本当に嬉しかった。
いつか、亜美には自伝や私小説を書いてもらいたいなと俺は思った。
本人や珠莉に聞けばわかることかもしれないが、どうやってこの子が今のこの子になったのか、彼女自身がそれを小説にしてくれたら、きっと破魔矢梨沙のこれまでのどんな小説よりも破魔矢梨沙らしい小説が生まれるんじゃないだろうかと思ったのだ。
「章くんのご両親のことだけど」
亜美もまた、
「いつか章くんの家庭をモデルにした小説を書かせてほしいわ。
章くんがどうやって今の章くんになったのか、雪さんがどうやって今の雪さんになったのか興味があるし、ふたりの視点から家族というものを書いてみたいの」
俺とは全く逆のことを考えていた。
両親が互いに不倫をしていて、子どもとすら滅多に顔を合わせることがなく、お金には不自由していないが、両親に愛された記憶がほとんどない兄妹が支えあって生きている、そんなうちの家庭環境は、確かに破魔矢梨沙らしい作品になりそうだった。
「雪がいいって言ったらいいよ。俺も是非書いてほしいし」
妹はたぶん二つ返事でいいって言うと思う。
亜美は金儲けのためにおもしろおかしく我が家のことを脚色したりはしない。
彼女が書く小説は、彼女と同じように生きづらさを感じている読者の救いになる。俺がそうだったように。
俺や妹が歩んできた人生が、誰かの救いになるのなら、それは俺たちにとってもまた救いになる気がした。
「亜美や珠莉の親はどんな人なんだ?」
そういえば、彼女たちの家や両親のことを俺は全く知らなかった。
「父はわたしのことを憎んでいるわ」
思いもよらない答えが返ってきた。
「どうして?」
「学生の頃から小説家を目指していたのになれなかったから。
母と結婚して、わたしや珠莉が生まれても、夢を諦められずに、仕事もしないで、ずっと母だけを働かせてるような人で、そのくせ家事も全くしないの」
明日から本気出す、が一生続いているような人なんだろうか。
まだ本気を出してないだけ、で一生が終わってしまう人なんだろう。
まさか娘が自分より先に小説家になってしまうなんて、夢にも思わなかったんだろう。
「母はそれでも父のことが好きで、わたしや珠莉の味方をしてくれたり、かばってくれたりは絶対にしないの。
今では母も父と同じ。
わたしを憎んでいるくせに、わたしのお金をあてにしてるような人たちなの」
破魔矢梨沙の原稿料や印税は、ほとんど両親が使ってしまっているのだという。
知らなかったとはいえ、聞くべきではなかったことかもしれなかった。
「いつかは話そうと思ってたから、気にしないで」
と、亜美は言った。
「でも、わたしは思うの。
わたしも章くんもそういう家庭に生まれたから、今こうしていっしょにいるんだろうなって」
そうかもしれない。そうだと思いたかった。
だから俺は、亜美に出会う前から、破魔矢梨沙という彼女に惹かれたのだ。
電車はあっという間に俺の地元についた。
「何もないとは聞いていたけど、ほんとに土地神様の祟りで、毎年お祭りの日に人が死んだり行方不明になったりしそうなところね」
駅を出ると、亜美が言った。
「そこまで田舎じゃないだろ。
そのアニメに出てくる村の隣の、主人公たちがよく遊びに行く町くらいだと思うぞ」
それからそのアニメ、昭和末期の話だからな? 今は令和だし、平成の市町村合併でちゃんとY町からY市になってるから、これでも俺、一応シティボーイなんだぜ。
電車は比較的すいていて、俺たちは隣に並んで座ることができた。
亜美は本当に電車には不慣れらしく、落ち着かないようだった。
ほんと、よくひとりで地下鉄乗れたな、この子。
頑張って来てくれたんだな、と思うと本当に嬉しかった。
いつか、亜美には自伝や私小説を書いてもらいたいなと俺は思った。
本人や珠莉に聞けばわかることかもしれないが、どうやってこの子が今のこの子になったのか、彼女自身がそれを小説にしてくれたら、きっと破魔矢梨沙のこれまでのどんな小説よりも破魔矢梨沙らしい小説が生まれるんじゃないだろうかと思ったのだ。
「章くんのご両親のことだけど」
亜美もまた、
「いつか章くんの家庭をモデルにした小説を書かせてほしいわ。
章くんがどうやって今の章くんになったのか、雪さんがどうやって今の雪さんになったのか興味があるし、ふたりの視点から家族というものを書いてみたいの」
俺とは全く逆のことを考えていた。
両親が互いに不倫をしていて、子どもとすら滅多に顔を合わせることがなく、お金には不自由していないが、両親に愛された記憶がほとんどない兄妹が支えあって生きている、そんなうちの家庭環境は、確かに破魔矢梨沙らしい作品になりそうだった。
「雪がいいって言ったらいいよ。俺も是非書いてほしいし」
妹はたぶん二つ返事でいいって言うと思う。
亜美は金儲けのためにおもしろおかしく我が家のことを脚色したりはしない。
彼女が書く小説は、彼女と同じように生きづらさを感じている読者の救いになる。俺がそうだったように。
俺や妹が歩んできた人生が、誰かの救いになるのなら、それは俺たちにとってもまた救いになる気がした。
「亜美や珠莉の親はどんな人なんだ?」
そういえば、彼女たちの家や両親のことを俺は全く知らなかった。
「父はわたしのことを憎んでいるわ」
思いもよらない答えが返ってきた。
「どうして?」
「学生の頃から小説家を目指していたのになれなかったから。
母と結婚して、わたしや珠莉が生まれても、夢を諦められずに、仕事もしないで、ずっと母だけを働かせてるような人で、そのくせ家事も全くしないの」
明日から本気出す、が一生続いているような人なんだろうか。
まだ本気を出してないだけ、で一生が終わってしまう人なんだろう。
まさか娘が自分より先に小説家になってしまうなんて、夢にも思わなかったんだろう。
「母はそれでも父のことが好きで、わたしや珠莉の味方をしてくれたり、かばってくれたりは絶対にしないの。
今では母も父と同じ。
わたしを憎んでいるくせに、わたしのお金をあてにしてるような人たちなの」
破魔矢梨沙の原稿料や印税は、ほとんど両親が使ってしまっているのだという。
知らなかったとはいえ、聞くべきではなかったことかもしれなかった。
「いつかは話そうと思ってたから、気にしないで」
と、亜美は言った。
「でも、わたしは思うの。
わたしも章くんもそういう家庭に生まれたから、今こうしていっしょにいるんだろうなって」
そうかもしれない。そうだと思いたかった。
だから俺は、亜美に出会う前から、破魔矢梨沙という彼女に惹かれたのだ。
電車はあっという間に俺の地元についた。
「何もないとは聞いていたけど、ほんとに土地神様の祟りで、毎年お祭りの日に人が死んだり行方不明になったりしそうなところね」
駅を出ると、亜美が言った。
「そこまで田舎じゃないだろ。
そのアニメに出てくる村の隣の、主人公たちがよく遊びに行く町くらいだと思うぞ」
それからそのアニメ、昭和末期の話だからな? 今は令和だし、平成の市町村合併でちゃんとY町からY市になってるから、これでも俺、一応シティボーイなんだぜ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

ようこそ!アニマル商店街へ~愛犬べぇの今日思ったこと~
歩く、歩く。
キャラ文芸
皆さん初めまして、私はゴールデンレトリバーのべぇと申します。今年で五歳を迎えました。
本日はようこそ、当商店街へとお越しいただきました。主人ともども心から歓迎いたします。
私の住まいは、東京都某市に造られた大型商業地区、「アニマル商店街」。
ここには私を始め、多くの動物達が放し飼いにされていて、各々が自由にのびのびと過ごしています。なんでも、「人と動物が共生できる環境」を目指して造られた都市計画だそうですね。私は犬なのでよくわからないのですが。
私の趣味は、お散歩です。いつもアメリカンショートヘアーのちゃこさんさんと一緒に、商店街を回っては、沢山の動物さん達とお話するのが私の日常です。色んな動物さん達と過ごす日々は、私にとって大事な大事な時間なのです。
さて、今日はどんな動物さんと出会えるのでしょうか。

シチュボ(女性向け)
身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。
アドリブ、改変、なんでもOKです。
他人を害することだけはお止め下さい。
使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。
Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

【完結】神様WEB!そのネットショップには、神様が棲んでいる。
かざみはら まなか
キャラ文芸
22歳の男子大学生が主人公。
就活に疲れて、山のふもとの一軒家を買った。
その一軒家の神棚には、神様がいた。
神様が常世へ還るまでの間、男子大学生と暮らすことに。
神様をお見送りした、大学四年生の冬。
もうすぐ卒業だけど、就職先が決まらない。
就職先が決まらないなら、自分で自分を雇う!
男子大学生は、イラストを売るネットショップをオープンした。
なかなか、売れない。
やっと、一つ、売れた日。
ネットショップに、作った覚えがないアバターが出現!
「神様?」
常世が満席になっていたために、人の世に戻ってきた神様は、男子学生のネットショップの中で、住み込み店員になった。
梅子ばあちゃんのゆったりカフェヘようこそ!(東京都下の高尾の片隅で)
なかじまあゆこ
キャラ文芸
『梅子ばあちゃんのカフェへようこそ!』は梅子おばあちゃんの作る美味しい料理で賑わっています。そんなカフェに就職活動に失敗した孫のるり子が住み込みで働くことになって……。
おばあちゃんの家には変わり者の親戚が住んでいてるり子は戸惑いますが、そのうち馴れてきて溶け込んでいきます。
カフェとるり子と個性的な南橋一家の日常と時々ご当地物語です。
どうぞよろしくお願いします(^-^)/
エブリスタでも書いています。
眠らせ森の恋
菱沼あゆ
キャラ文芸
新米秘書の秋名つぐみは、あまり顔と名前を知られていないという、しょうもない理由により、社長、半田奏汰のニセの婚約者に仕立て上げられてしまう。
なんだかんだで奏汰と同居することになったつぐみは、襲われないよう、毎晩なんとかして、奏汰をさっさと眠らせようとするのだが――。
おうちBarと眠りと、恋の物語。
穢れなき禽獣は魔都に憩う
クイン舎
キャラ文芸
1920年代の初め、慈惇(じじゅん)天皇のお膝元、帝都東京では謎の失踪事件・狂鴉(きょうあ)病事件が不穏な影を落としていた。
郷里の尋常小学校で代用教員をしていた小鳥遊柊萍(たかなししゅうへい)は、ひょんなことから大日本帝国大学の著名な鳥類学者、御子柴(みこしば)教授の誘いを受け上京することに。
そこで柊萍は『冬月帝国』とも称される冬月財閥の令息、冬月蘇芳(ふゆつきすおう)と出会う。
傲岸不遜な蘇芳に振り回されながら、やがて柊萍は蘇芳と共に謎の事件に巻き込まれていく──。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

俺、貞操逆転世界へイケメン転生
やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。
勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。
――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。
――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。
これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。
########
この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる