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第58話「西日野亜美」⑦ 加筆修正版

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 俺はいつものように定期券で、亜美は俺が渡した切符で改札を抜けると、ホームにはちょうど電車が来ていた。
 電車は比較的すいていて、俺たちは隣に並んで座ることができた。

 亜美は本当に電車には不慣れらしく、落ち着かないようだった。
 ほんと、よくひとりで地下鉄乗れたな、この子。
 頑張って来てくれたんだな、と思うと本当に嬉しかった。

 いつか、亜美には自伝や私小説を書いてもらいたいなと俺は思った。
 本人や珠莉に聞けばわかることかもしれないが、どうやってこの子が今のこの子になったのか、彼女自身がそれを小説にしてくれたら、きっと破魔矢梨沙のこれまでのどんな小説よりも破魔矢梨沙らしい小説が生まれるんじゃないだろうかと思ったのだ。

「章くんのご両親のことだけど」

 亜美もまた、

「いつか章くんの家庭をモデルにした小説を書かせてほしいわ。
 章くんがどうやって今の章くんになったのか、雪さんがどうやって今の雪さんになったのか興味があるし、ふたりの視点から家族というものを書いてみたいの」

 俺とは全く逆のことを考えていた。

 両親が互いに不倫をしていて、子どもとすら滅多に顔を合わせることがなく、お金には不自由していないが、両親に愛された記憶がほとんどない兄妹が支えあって生きている、そんなうちの家庭環境は、確かに破魔矢梨沙らしい作品になりそうだった。

「雪がいいって言ったらいいよ。俺も是非書いてほしいし」

 妹はたぶん二つ返事でいいって言うと思う。

 亜美は金儲けのためにおもしろおかしく我が家のことを脚色したりはしない。
 彼女が書く小説は、彼女と同じように生きづらさを感じている読者の救いになる。俺がそうだったように。
 俺や妹が歩んできた人生が、誰かの救いになるのなら、それは俺たちにとってもまた救いになる気がした。

「亜美や珠莉の親はどんな人なんだ?」

 そういえば、彼女たちの家や両親のことを俺は全く知らなかった。

「父はわたしのことを憎んでいるわ」

 思いもよらない答えが返ってきた。

「どうして?」

「学生の頃から小説家を目指していたのになれなかったから。
 母と結婚して、わたしや珠莉が生まれても、夢を諦められずに、仕事もしないで、ずっと母だけを働かせてるような人で、そのくせ家事も全くしないの」

 明日から本気出す、が一生続いているような人なんだろうか。
 まだ本気を出してないだけ、で一生が終わってしまう人なんだろう。
 まさか娘が自分より先に小説家になってしまうなんて、夢にも思わなかったんだろう。

「母はそれでも父のことが好きで、わたしや珠莉の味方をしてくれたり、かばってくれたりは絶対にしないの。
今では母も父と同じ。
 わたしを憎んでいるくせに、わたしのお金をあてにしてるような人たちなの」

 破魔矢梨沙の原稿料や印税は、ほとんど両親が使ってしまっているのだという。
 知らなかったとはいえ、聞くべきではなかったことかもしれなかった。

「いつかは話そうと思ってたから、気にしないで」

 と、亜美は言った。

「でも、わたしは思うの。
 わたしも章くんもそういう家庭に生まれたから、今こうしていっしょにいるんだろうなって」

 そうかもしれない。そうだと思いたかった。
 だから俺は、亜美に出会う前から、破魔矢梨沙という彼女に惹かれたのだ。


 電車はあっという間に俺の地元についた。

「何もないとは聞いていたけど、ほんとに土地神様の祟りで、毎年お祭りの日に人が死んだり行方不明になったりしそうなところね」

 駅を出ると、亜美が言った。

「そこまで田舎じゃないだろ。
 そのアニメに出てくる村の隣の、主人公たちがよく遊びに行く町くらいだと思うぞ」

 それからそのアニメ、昭和末期の話だからな? 今は令和だし、平成の市町村合併でちゃんとY町からY市になってるから、これでも俺、一応シティボーイなんだぜ。

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