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第51話「ピノア」 加筆修正版
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いつの間にか、昼休みは終わってしまっていた。
俺だけではなく亜美も、昼休み明けに講義があったはずだが、そんなものはもうどうでもよくなってしまっていた。
俺と亜美の中にピノアがいる。
俺はただそれだけでよかった。
「西日野がいなくなるのは嫌だ。
破魔矢梨沙やピノアに、西日野の体を明け渡してもいいとか、二度と言わないでくれ」
もしかしたら、俺は彼女に小説を書いてもらわなくてもよかったのかもしれない。
最強最悪の恋敵を、彼女自身に育てさせてしまったのだから。
それによって彼女をこんなにも追い詰めさせてしまったのだから。
あのとき、あのコンビニの駐車場で、小説を書いてもらえなくてもいいかな、と一度諦めかけたときにはもう、俺は亜美の中にピノアがいることを感じていた。
あれで俺は充分だったのだ。
それなのに、俺が彼女をここまで追い詰めたのだ。
「俺が好きなのは、西日野だけだよ」
「うそつき」
と、亜美は普段の口調ではなく、
「絶対アキラは、亜美と付き合ってエッチとかするようになったら言うよ。
今日はわたしになってくれたらいいなーって。毎週水曜はピノアの日とか言いそうだもん」
まるで小説の中のピノアのような口調で言った。
いや、これは、まるで、なんてものじゃない。
彼女は本当にピノアになれてしまうのだ。
「ピノアか」
「そうだよ」
「俺が知るピノアは、西日野がたとえ体を明け渡してもいいって本当に思っていたとしても、じゃあもらうね、なんてことを言う子じゃないよな」
「そうだね。だから今は一時的に亜美の体を借りてるだけ。アキラの気持ちをちゃんと確かめたらすぐに帰るつもり」
「俺は、西日野と一緒にいたい。
お互いに電車やバスに乗るのが怖いなら、これからはふたりで乗ればいい。
信号が青でも横断歩道が怖いなら、ふたりで渡ればいい。
この恋がいつか終わってしまうことが怖いなら、終わらないようにふたりで努力をしたらいい」
「じゃあ、もう、わたしはいらない?」
「必要だよ。
俺たちのそばに、心の中に、いつもいてほしい。でも、それだけでいい。
ピノアにはピノアが生きる、西日野が作ってくれた世界がある。そこにいつもいてくれたらいい。
俺たちはその世界をいつでも読める。今は無理でも、いつかは観たりもできるようになるかもしれないからな」
「でも、わたしがフィギュアになったらパンツ見るんだよね?」
「西日野にバレないようにこっそり見るよ」
「ん、わかった。
じゃあ、亜美に体を返すから、ちゃんとその気持ちを伝えなよ」
帰ろうとするピノアを、
「ピノア」
俺は名前を呼んで引き留めた。
「何?」
「レンジはステラを選んだし、俺も西日野を選んだけど、近いうちにナユタって奴がピノアを選ぶから。
そいつはアンフィスやセーメーよりも、ピノアのことしか頭にないくらい、ピノアのことが大好きな奴だから。
だから、幸せになってくれな。
ていうか、ピノアが幸せになるのはもう確定してるんだけど」
「ふーん、じゃ、あんまり期待せずに待っとくね。そのナユタが、わたしが知ってるナユタなら、まだ産まれたばっかだからさ。
アキラも亜美と仲良くやりなよ。
あ、亜美は今、意識がない状態だから、今のうちに後ろから抱きしめてあげてたりするといいかも。
それと、わたしの代わりにアキラが亜美にお礼言っといて。
あんたのおかげで、わたしは今すっごく毎日が充実してるって」
ピノアが亜美の頭の中のどこかか、あるいは彼女がいるべき世界に帰ったとき、俺は言われた通り亜美を抱きしめていた。
意識を取り戻した亜美は何が起きているのか、全くわかっていない様子だったが、
「もしかして、ピノアが来てた?」
と、何か思い当たる節があったのか、そう言った。
「来てた。俺の気持ちを確かめに来たよ。
あと、西日野にありがとうって伝えてくれって言ってた。西日野のおかげで毎日楽しいってさ」
亜美は、そう、と嬉しそうに笑うと、今度は照れたように、
「ずっとあなたにこうしてほしかった」
と言った。そう言ってくれた。
俺は彼女を、亜美、と初めて名前で呼び、
「俺は亜美が好きだよ。
夢がかなったらとか、そういうのはもうやめよう。
俺と付き合ってほしい」
彼女は、ただこくりと頷いた。
「女の子と付き合うのははじめてだから、わからないことだらけで、がっかりさせることもあると思うけど」
「大丈夫。わたしも男の子と付き合うのは、はじめてだから。
だから、末長くよろしくね、章くん」
と、彼女もまた、初めて俺の名前を呼んだ。
こうして、俺たちは恋人になった。
俺だけではなく亜美も、昼休み明けに講義があったはずだが、そんなものはもうどうでもよくなってしまっていた。
俺と亜美の中にピノアがいる。
俺はただそれだけでよかった。
「西日野がいなくなるのは嫌だ。
破魔矢梨沙やピノアに、西日野の体を明け渡してもいいとか、二度と言わないでくれ」
もしかしたら、俺は彼女に小説を書いてもらわなくてもよかったのかもしれない。
最強最悪の恋敵を、彼女自身に育てさせてしまったのだから。
それによって彼女をこんなにも追い詰めさせてしまったのだから。
あのとき、あのコンビニの駐車場で、小説を書いてもらえなくてもいいかな、と一度諦めかけたときにはもう、俺は亜美の中にピノアがいることを感じていた。
あれで俺は充分だったのだ。
それなのに、俺が彼女をここまで追い詰めたのだ。
「俺が好きなのは、西日野だけだよ」
「うそつき」
と、亜美は普段の口調ではなく、
「絶対アキラは、亜美と付き合ってエッチとかするようになったら言うよ。
今日はわたしになってくれたらいいなーって。毎週水曜はピノアの日とか言いそうだもん」
まるで小説の中のピノアのような口調で言った。
いや、これは、まるで、なんてものじゃない。
彼女は本当にピノアになれてしまうのだ。
「ピノアか」
「そうだよ」
「俺が知るピノアは、西日野がたとえ体を明け渡してもいいって本当に思っていたとしても、じゃあもらうね、なんてことを言う子じゃないよな」
「そうだね。だから今は一時的に亜美の体を借りてるだけ。アキラの気持ちをちゃんと確かめたらすぐに帰るつもり」
「俺は、西日野と一緒にいたい。
お互いに電車やバスに乗るのが怖いなら、これからはふたりで乗ればいい。
信号が青でも横断歩道が怖いなら、ふたりで渡ればいい。
この恋がいつか終わってしまうことが怖いなら、終わらないようにふたりで努力をしたらいい」
「じゃあ、もう、わたしはいらない?」
「必要だよ。
俺たちのそばに、心の中に、いつもいてほしい。でも、それだけでいい。
ピノアにはピノアが生きる、西日野が作ってくれた世界がある。そこにいつもいてくれたらいい。
俺たちはその世界をいつでも読める。今は無理でも、いつかは観たりもできるようになるかもしれないからな」
「でも、わたしがフィギュアになったらパンツ見るんだよね?」
「西日野にバレないようにこっそり見るよ」
「ん、わかった。
じゃあ、亜美に体を返すから、ちゃんとその気持ちを伝えなよ」
帰ろうとするピノアを、
「ピノア」
俺は名前を呼んで引き留めた。
「何?」
「レンジはステラを選んだし、俺も西日野を選んだけど、近いうちにナユタって奴がピノアを選ぶから。
そいつはアンフィスやセーメーよりも、ピノアのことしか頭にないくらい、ピノアのことが大好きな奴だから。
だから、幸せになってくれな。
ていうか、ピノアが幸せになるのはもう確定してるんだけど」
「ふーん、じゃ、あんまり期待せずに待っとくね。そのナユタが、わたしが知ってるナユタなら、まだ産まれたばっかだからさ。
アキラも亜美と仲良くやりなよ。
あ、亜美は今、意識がない状態だから、今のうちに後ろから抱きしめてあげてたりするといいかも。
それと、わたしの代わりにアキラが亜美にお礼言っといて。
あんたのおかげで、わたしは今すっごく毎日が充実してるって」
ピノアが亜美の頭の中のどこかか、あるいは彼女がいるべき世界に帰ったとき、俺は言われた通り亜美を抱きしめていた。
意識を取り戻した亜美は何が起きているのか、全くわかっていない様子だったが、
「もしかして、ピノアが来てた?」
と、何か思い当たる節があったのか、そう言った。
「来てた。俺の気持ちを確かめに来たよ。
あと、西日野にありがとうって伝えてくれって言ってた。西日野のおかげで毎日楽しいってさ」
亜美は、そう、と嬉しそうに笑うと、今度は照れたように、
「ずっとあなたにこうしてほしかった」
と言った。そう言ってくれた。
俺は彼女を、亜美、と初めて名前で呼び、
「俺は亜美が好きだよ。
夢がかなったらとか、そういうのはもうやめよう。
俺と付き合ってほしい」
彼女は、ただこくりと頷いた。
「女の子と付き合うのははじめてだから、わからないことだらけで、がっかりさせることもあると思うけど」
「大丈夫。わたしも男の子と付き合うのは、はじめてだから。
だから、末長くよろしくね、章くん」
と、彼女もまた、初めて俺の名前を呼んだ。
こうして、俺たちは恋人になった。
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