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第50話「とりにくチキン」⑤ 加筆修正版
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俺たちは本当によく似ていた。
出来すぎる姉や妹に劣等感を抱きながらも、姉妹仲、兄妹仲がいいこともまた。
「西日野には、うちの親が仮面夫婦だっていう話はしたことがあったか?」
俺の問いに亜美は首を横に振った。
「恋愛結婚だったらしいんだけどな、もう15年くらい仮面夫婦なんだ」
親を形容する言葉で、仮面がついてうれしい言葉は、ライダーくらいじゃないだろうか。
親がライダー俳優だったとか、最高に尊敬できるし自慢できるからな。
だが、残念なことに、その仮面とは違う仮面をつけていたのが、俺の両親だった。
「妹が生まれた頃には、親父の中でお袋は性の対象ではなくなったみたいでさ。夜の営みとかもなくなってたらしい。
夫婦になって、子どもが産まれて親になると、恋って終わるみたいなんだよ」
「愛に変わるってこと?」
「たぶんね。全部の夫婦がそうじゃないとは思うけど、恋とか性の対象からは外れることがあるみたいなんだ。もちろん、ずっと恋が続いている夫婦もどこかにはいるんだろうけどさ。
でも、うちは違った。
お袋を異性として見られなくなった親父は、よそに女を作って、俺や妹が大きくなって手がかからなくなると、お袋もよそに男を作るようになった。
きっとふたりとも恋がしたかったんだと思う。
ふたりとも俺や妹への愛はあっても、ふたりの間には恋もなければ、愛もなくなったんだ。
妹が社会に出たら離婚して、別々の人生を歩んでいくんだってさ」
「だからあなたは、わたしとの今の関係が、付き合ったりすることで壊れて終わってしまうことが怖いのね?
友達よりも上位の、深い関係になってしまったら、友達のときには知らなかったようなことをお互いに知るようになるから。
それはいいところばかりじゃなくて、悪いところも知ってしまう。
だから、わたしに嫌われてしまうかもしれないのが怖い。それ以上にわたしを嫌いになってしまうかもしれないのが怖い。
お互いのすべてを受け入れられたとしても、その先にある結婚や出産、子育てのことまで考えて、いつかあなたがあなたのお父様のように、わたしがあなたのお母様のようになってしまうのが怖い」
その通りだった。
「きっと恋愛だけじゃない。あなたはたぶんこの世界の何もかもが怖いんじゃないかしら。
電車やバスに乗るのも本当は怖い。悲惨な事故のニュースを見たことがあるから。信号が青でも横断歩道を渡るのも怖い。
でも、そんなことを言ってたら、家の外どころか、部屋から出ることさえもできなくなってしまう。だから、あなたは毎日無理をしてる。ずっと無理をし続けている」
本当に本当にその通りだった。
どうしてこの子は、俺のことをこんなにわかるのだろう。
妹が言っていた通り、彼女が破魔矢梨沙だからなのだろうか。彼女だけが、俺を本当に理解してくれる、たったひとりの人だからだろうか。
「わたしも同じ。何もかもが怖かった。珠莉がいてくれなかったら、わたしはずっと実家の部屋に閉じ籠ってたと思う。
わたしが一番怖かったのは、あなたに会うこと。あなたに失望されたり、逆に失望したりするのが怖かった。それ以前にあなたに出会えないかもしれないことが怖かった。
でも、出会えた。会いに来て良かったって思えた。
あなたはいい意味でも悪い意味でも、わたしが思ってた人とは少し違ったけれど、でも失望はしなかった」
「それは俺もだよ」
「でもこの先に進むのは怖い。
だからあなたはきっとこんな風に考えてるんだと思う」
違っていたらごめんなさい、と前置きした後で、彼女は言葉を紡ぎ始めた。
「人が一生付き合っていかなければいけないのは、自分以外の誰かじゃなくて、自分自身だから。
だから自分以外の誰かじゃなく、自分の中にいる理想の存在を人生の伴侶にすればいいとあなたは思った。
ピノアはあなたを裏切らないし、あなたもピノアを裏切ることはない。
だって、あなたがピノアをそういう存在として産み出したから。
あなたはピノアといれば、ピノアだけを見ていれば一生傷つかないですむし、誰も傷つけないですむって考えたのよね?
でも、わたしにとってもピノアは特別な存在。
ただ会話をすることができるだけじゃない。
あなたの前で、ピノアと全く同じ格好をして、ピノアと全く同じ顔と声と口調で、西日野亜美としてではなく、完全にピノアとして、あなたと会話することができるわ。
魔法こそ使えないけれど、あなたが、ピノアの顔や声をわたしと同じにしたから。
わたしの中のピノアも、あなたを絶対に裏切らない」
そして、亜美はこう続けた。
「あなたが、わたしじゃなくてピノアを選んだなら、わたしはこれから先、一生あなたのそばでピノアで居続けるわ。
西日野亜美という人間は、あくまで小説家・破魔矢梨沙の自動書記装置になる。わたしは喜んでこの体を破魔矢梨沙とピノアに明け渡すわ。
わたしはそうなっても構わないと思ってるし、もう覚悟だってしてる」
俺たちにとって、ピノアはもう虚構の存在ではなかった。
亜美と体を共有する形で実在していたのだ。
それは多重人格などではなく、破魔矢梨沙というペンネームの西日野亜美という少女が、キャラクターが憑依するタイプの作家だったからだ。
出来すぎる姉や妹に劣等感を抱きながらも、姉妹仲、兄妹仲がいいこともまた。
「西日野には、うちの親が仮面夫婦だっていう話はしたことがあったか?」
俺の問いに亜美は首を横に振った。
「恋愛結婚だったらしいんだけどな、もう15年くらい仮面夫婦なんだ」
親を形容する言葉で、仮面がついてうれしい言葉は、ライダーくらいじゃないだろうか。
親がライダー俳優だったとか、最高に尊敬できるし自慢できるからな。
だが、残念なことに、その仮面とは違う仮面をつけていたのが、俺の両親だった。
「妹が生まれた頃には、親父の中でお袋は性の対象ではなくなったみたいでさ。夜の営みとかもなくなってたらしい。
夫婦になって、子どもが産まれて親になると、恋って終わるみたいなんだよ」
「愛に変わるってこと?」
「たぶんね。全部の夫婦がそうじゃないとは思うけど、恋とか性の対象からは外れることがあるみたいなんだ。もちろん、ずっと恋が続いている夫婦もどこかにはいるんだろうけどさ。
でも、うちは違った。
お袋を異性として見られなくなった親父は、よそに女を作って、俺や妹が大きくなって手がかからなくなると、お袋もよそに男を作るようになった。
きっとふたりとも恋がしたかったんだと思う。
ふたりとも俺や妹への愛はあっても、ふたりの間には恋もなければ、愛もなくなったんだ。
妹が社会に出たら離婚して、別々の人生を歩んでいくんだってさ」
「だからあなたは、わたしとの今の関係が、付き合ったりすることで壊れて終わってしまうことが怖いのね?
友達よりも上位の、深い関係になってしまったら、友達のときには知らなかったようなことをお互いに知るようになるから。
それはいいところばかりじゃなくて、悪いところも知ってしまう。
だから、わたしに嫌われてしまうかもしれないのが怖い。それ以上にわたしを嫌いになってしまうかもしれないのが怖い。
お互いのすべてを受け入れられたとしても、その先にある結婚や出産、子育てのことまで考えて、いつかあなたがあなたのお父様のように、わたしがあなたのお母様のようになってしまうのが怖い」
その通りだった。
「きっと恋愛だけじゃない。あなたはたぶんこの世界の何もかもが怖いんじゃないかしら。
電車やバスに乗るのも本当は怖い。悲惨な事故のニュースを見たことがあるから。信号が青でも横断歩道を渡るのも怖い。
でも、そんなことを言ってたら、家の外どころか、部屋から出ることさえもできなくなってしまう。だから、あなたは毎日無理をしてる。ずっと無理をし続けている」
本当に本当にその通りだった。
どうしてこの子は、俺のことをこんなにわかるのだろう。
妹が言っていた通り、彼女が破魔矢梨沙だからなのだろうか。彼女だけが、俺を本当に理解してくれる、たったひとりの人だからだろうか。
「わたしも同じ。何もかもが怖かった。珠莉がいてくれなかったら、わたしはずっと実家の部屋に閉じ籠ってたと思う。
わたしが一番怖かったのは、あなたに会うこと。あなたに失望されたり、逆に失望したりするのが怖かった。それ以前にあなたに出会えないかもしれないことが怖かった。
でも、出会えた。会いに来て良かったって思えた。
あなたはいい意味でも悪い意味でも、わたしが思ってた人とは少し違ったけれど、でも失望はしなかった」
「それは俺もだよ」
「でもこの先に進むのは怖い。
だからあなたはきっとこんな風に考えてるんだと思う」
違っていたらごめんなさい、と前置きした後で、彼女は言葉を紡ぎ始めた。
「人が一生付き合っていかなければいけないのは、自分以外の誰かじゃなくて、自分自身だから。
だから自分以外の誰かじゃなく、自分の中にいる理想の存在を人生の伴侶にすればいいとあなたは思った。
ピノアはあなたを裏切らないし、あなたもピノアを裏切ることはない。
だって、あなたがピノアをそういう存在として産み出したから。
あなたはピノアといれば、ピノアだけを見ていれば一生傷つかないですむし、誰も傷つけないですむって考えたのよね?
でも、わたしにとってもピノアは特別な存在。
ただ会話をすることができるだけじゃない。
あなたの前で、ピノアと全く同じ格好をして、ピノアと全く同じ顔と声と口調で、西日野亜美としてではなく、完全にピノアとして、あなたと会話することができるわ。
魔法こそ使えないけれど、あなたが、ピノアの顔や声をわたしと同じにしたから。
わたしの中のピノアも、あなたを絶対に裏切らない」
そして、亜美はこう続けた。
「あなたが、わたしじゃなくてピノアを選んだなら、わたしはこれから先、一生あなたのそばでピノアで居続けるわ。
西日野亜美という人間は、あくまで小説家・破魔矢梨沙の自動書記装置になる。わたしは喜んでこの体を破魔矢梨沙とピノアに明け渡すわ。
わたしはそうなっても構わないと思ってるし、もう覚悟だってしてる」
俺たちにとって、ピノアはもう虚構の存在ではなかった。
亜美と体を共有する形で実在していたのだ。
それは多重人格などではなく、破魔矢梨沙というペンネームの西日野亜美という少女が、キャラクターが憑依するタイプの作家だったからだ。
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