上 下
35 / 61

第35話「破魔矢梨沙≒とりにくチキン」④

しおりを挟む
 竜騎士ニーズヘッグは、生きづらさを常に感じていた。
 ファフニール家という竜騎士の名家に生まれたが、読書や演劇を楽しむことが好きであり、戦を嫌っていた。
 ドラゴンとの契約を結びはしたものの、竜騎士団に入ることを頑なに拒否していた。
 だが、与えられた才能と本人がしたいことは必ずしも一致しない。
 槍術の訓練は子どもの頃に少ししたことがあるだけなのだが、20年以上訓練を欠かさなかった竜騎士団の部隊長を務める4人の兄たちが束になってもかなわないほど槍術の才能に長けていたために、世界の存亡をかけた戦いに巻き込まれてしまった。

 登場人物の誰もが、何かが欠けていた。それを埋めるために必死にもがき続けていた。

 だからだろうか。
 敵味方など関係なく、どのキャラクターも魅力的だった。
 彼らの生き様から俺は目が放せなかったのだ。

 この小説は破魔矢梨沙の作品ではなく、とりにくチキンという別の作家という体(てい)の作品であったが、根幹にあるのはやはり同じものだった。
 俺が知る異世界転移や転生を扱った作品の数はあまり多くはないが、それらにはなかった要素が多分に含まれていた。
 繰り返しになってしまうがすべてのキャラクターが魅力的であり、特に俺の理想のヒロインであるピノアの一挙手一投足がとにかくかわいらしく、文句のつけどころなどどこにもなかった。
 亜美にすぐに感想を言えないのがつらいくらいだった。
 こんなすごいものをもらってしまったら、一体どうやってお返しをしたらいいのか、全く見当がつかないくらいだ。
 国ひとつか?
 それとも世界まるごとか?
 それくらいのものをもらってしまった。
 だがきっと、彼女は何もいらないと言うに違いなかった。


 いつの間にか珠莉がバイトから帰ってきていたことにすら俺は気づいていなかった。
 第2部が待ち遠しくてしかたがない一方で、最初からもう一度読み返したい思いもあり、さらには読み終えた後の心地よい余韻を感じながらノートパソコンを閉じた瞬間、目の前に飛び込んできた彼女の姿に俺は驚かされた。

「え? いつからいた?」

「1時間くらい前かな、日永くんの向かいにこうして座ってるのは。帰ってきたのはもうちょっと前。
 亜美もかなりの小説バカだけど、日永くんもなかなかのもんだね」

 珠莉は風呂上がりのようで、パジャマ姿でまだ髪が濡れていた。
 玄関の鍵が開く音どころか、シャワーの音にも俺は全く気づかなかったようだ。

「お前も読んだらわかるよ」

「もう読んだし。電話で日永くんが言ってた通り、あの子本業より力入れてたね。
 って、じゃなくて!」

 と、いきなり彼女はテーブルをバン!と叩いた。

「何でせっかくふたりきりにしてあげたのに、あの子だけ先に寝ちゃってるの!?
 何であんな無防備を絵に描いたような女の子がすぐそばで寝てるのに、君はこんなところでガッツリ小説読んじゃってるわけ!?
 わたしが帰ってきたときにイチャイチャチュッチュしてるのを、家政婦さんは見た的な感じで見るのが楽しみでバイト頑張ってきたのにぃぃぃ!!」

 そんなことをいきなりまくし立てられても困る。
 俺は俺なりに、亜美は亜美なりに今日は結構頑張ったと思うんだが。
 それなりに進展あったし。

 だが、そんな反論よりも、俺は珠莉にちゃんと言わなければいけないことがあった。

「いろいろありがとな」

 と。

「何が?」

「俺があいつのスマホを拾う前から、いや、もっと前か、あいつが大学選んだ頃からだよな、たぶん。
 俺とあいつを出会わせてくれたのは、間違いなくお前だろ?」

 だからありがとな、と俺はもう一度礼を言った。

「感謝してるんなら、あの子に添い寝くらいしてきなよ」

「それは無理」

「そんなこともできないの?」

 俺は首を横に振った。

「できないんじゃない。しないんだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ
キャラ文芸
倉敷紗々(30歳)、独身。両親に結婚をせがまれて、嫌気がさしていた。 仕方なく、結婚相談所で登録を行うことにした。 本当は、結婚なんてしたくない、子供なんてもってのほか、どうしたものかと考えた彼女が出した結論とは? ※BL(ボーイズラブ)という表現が出てきますが、BL好きには物足りないかもしれません。  主人公の独断と偏見がかなり多いです。そこのところを考慮に入れてお読みください。 ※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などとは関係ありません。 ※番外編を随時更新中。

狐娘は記憶に残らない

宮野灯
キャラ文芸
地方に引っ越した高校生の元へ、半分狐の女の子が助けを求めてやってくる。 「私……山道で、不気味な光を見たんですっ」 涙目でそう訴えてきた彼女を、彼は放っておくことができなかった。 『狐火』に『幽霊店舗』に『影人間』に『存在しないはずの、四百十九人目の高校生』―― じわりじわりと日常に侵食してくる、噂や都市伝説。 それらは、解くことができる謎か、マジの怪談か。 高校の幼なじみたちが挑む、ライトなホラーミステリー。

梅子ばあちゃんのゆったりカフェヘようこそ!(東京都下の高尾の片隅で)

なかじまあゆこ
キャラ文芸
『梅子ばあちゃんのカフェへようこそ!』は梅子おばあちゃんの作る美味しい料理で賑わっています。そんなカフェに就職活動に失敗した孫のるり子が住み込みで働くことになって……。 おばあちゃんの家には変わり者の親戚が住んでいてるり子は戸惑いますが、そのうち馴れてきて溶け込んでいきます。 カフェとるり子と個性的な南橋一家の日常と時々ご当地物語です。 どうぞよろしくお願いします(^-^)/ エブリスタでも書いています。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...