上 下
32 / 61

第32話「破魔矢梨沙≒とりにくチキン」①

しおりを挟む
 破魔矢梨沙のネット小説家としての名前とりにくチキンの処女作は、

『秋月レンジは気づいたら異世界にいた。』

 そんな書き出しで始まっていた。

 主人公の苗字が実在した戦艦の名前からとられており、下の名前がカタカナになっているのは、今年の春に完結編が公開され25年の歴史に幕を閉じた有名なアニメ映画にインスパイアされたものだろう。

 そして、

『転移したのか転生したのかはわからなかった。直前の記憶が曖昧だったからだ。』

 異世界転移ものなのか、あるいは転生ものなのか、ジャンルがすぐにはわからないようになっていた。

『ただ本当にこういうことがあるのだな、と思った。面倒なことに巻き込まれたな、と思った。』

 たったそれだけで、主人公の性格がなんとなくだがわかるようにもなっていた。
 異世界転移や転生というジャンルのラノベやアニメを知っており、若干の戸惑いはあるものの、そのような物語の中でしかあり得ないことを受け入れてしまっている上に、危機感はそこにはなく、他人事のように面倒だと感じているのだ。

 破魔矢梨沙が書く純文学や大衆小説の文体にはあまり似ていなかった。ラノベ用に文体を読みやすく変えているのだろう。作者が破魔矢梨沙だとバレにくくする目的もあるのだろう。
 ネット小説用に横書きで書かれており、以前俺が懸念していた、通勤や通学中の電車の中で文庫よりも小さなスマホの画面でも読みやすいよう改行を多用する必要がある点も、すでにちゃんと行われていた。

 主人公がいるのは城下町の商店街のはずれだった。
 商店街や遠くに見える城、空に浮かぶ飛空艇やドラゴンなどについて、まるでこの目で見ているかのように感じさせる巧みな描写の後に、

『だが、不思議なことに目の前には見慣れたATMがあった。』

 と書かれていた。

 そのATMは実際に使うことができ、主人公がお年玉を使わずに貯金していた10万円を下ろしてみると、異世界の通過であるユロに換金され、主人公は冒頭に1000万ユロという大金を手にしていた。
 RPGに例えるなら、レベルは1だが所持金はマックスといったところだろう。
 いわゆるチートものだ。

 だが、おそらくはそれだけではなかった。
 主人公に大金を持たせるには理由があるのだ。
 やはり、この城下町には武器や防具を扱う店が2種類あった。
 始まりの町にふさわしい弱い武器や防具を扱う店と、ラストダンジョンの手前にあるような最強クラスのものを扱う店だ。
 ゲームを題材にしたものではなく、あくまで異世界であるため、レベルの概念はないだろうが、あえて例えるなら主人公はレベルは1だが、最強装備で旅立つことになる。
 チートだけではなく、無双というジャンルもおさえているのだろう。

 ATMがそこにあったことにもきちんと理由づけがされていた。
 異なる世界からの転移者か転生者が現れる場合、その前兆としてその者が元いた世界に存在するものが現れる、漂流物と呼ばれるもののひとつということになっていた。

 主人公は最初は町中にあふれる異世界の言語が理解できないが、商店街を抜ける手前で一度立ちくらみを覚えた後からは言語が理解できるようになっていた。
 そこには、俺が、大気中に存在し魔法の源となる物質として提案した「エーテル」が使われていた。
 エーテルは呼吸によって異世界転移者(あるいは転生者)の脳に蓄積されていき、自動翻訳機能を脳に与えるのだという。
 エーテルが電力の代わりとなってATMを動かしてもいた。

 そして主人公は商店街を抜けた先の広場でふたりの少女に出会う。
 長い黒髪で黒い瞳をしたステラ・リヴァイアサンと、銀髪のツインテールで赤い瞳のピノア・カーバンクル。
 ふたりのコスチュームは、俺が事前に指定し、亜美がその必然性を考えてくれた、セーラースク水&ニーハイ、ランドセル、うわばきに加え、メイドさんのへッドドレスが追加されていた。

 悪くなかった。
 むしろ、何それ最高じゃん、いーじゃん、すげーじゃんと俺は思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

穢れなき禽獣は魔都に憩う

クイン舎
キャラ文芸
1920年代の初め、慈惇(じじゅん)天皇のお膝元、帝都東京では謎の失踪事件・狂鴉(きょうあ)病事件が不穏な影を落としていた。 郷里の尋常小学校で代用教員をしていた小鳥遊柊萍(たかなししゅうへい)は、ひょんなことから大日本帝国大学の著名な鳥類学者、御子柴(みこしば)教授の誘いを受け上京することに。 そこで柊萍は『冬月帝国』とも称される冬月財閥の令息、冬月蘇芳(ふゆつきすおう)と出会う。 傲岸不遜な蘇芳に振り回されながら、やがて柊萍は蘇芳と共に謎の事件に巻き込まれていく──。

梅子ばあちゃんのゆったりカフェヘようこそ!(東京都下の高尾の片隅で)

なかじまあゆこ
キャラ文芸
『梅子ばあちゃんのカフェへようこそ!』は梅子おばあちゃんの作る美味しい料理で賑わっています。そんなカフェに就職活動に失敗した孫のるり子が住み込みで働くことになって……。 おばあちゃんの家には変わり者の親戚が住んでいてるり子は戸惑いますが、そのうち馴れてきて溶け込んでいきます。 カフェとるり子と個性的な南橋一家の日常と時々ご当地物語です。 どうぞよろしくお願いします(^-^)/ エブリスタでも書いています。

【完結】神様WEB!そのネットショップには、神様が棲んでいる。

かざみはら まなか
キャラ文芸
22歳の男子大学生が主人公。 就活に疲れて、山のふもとの一軒家を買った。 その一軒家の神棚には、神様がいた。 神様が常世へ還るまでの間、男子大学生と暮らすことに。 神様をお見送りした、大学四年生の冬。 もうすぐ卒業だけど、就職先が決まらない。 就職先が決まらないなら、自分で自分を雇う! 男子大学生は、イラストを売るネットショップをオープンした。 なかなか、売れない。 やっと、一つ、売れた日。 ネットショップに、作った覚えがないアバターが出現! 「神様?」 常世が満席になっていたために、人の世に戻ってきた神様は、男子学生のネットショップの中で、住み込み店員になった。

ようこそ!アニマル商店街へ~愛犬べぇの今日思ったこと~

歩く、歩く。
キャラ文芸
 皆さん初めまして、私はゴールデンレトリバーのべぇと申します。今年で五歳を迎えました。  本日はようこそ、当商店街へとお越しいただきました。主人ともども心から歓迎いたします。  私の住まいは、東京都某市に造られた大型商業地区、「アニマル商店街」。  ここには私を始め、多くの動物達が放し飼いにされていて、各々が自由にのびのびと過ごしています。なんでも、「人と動物が共生できる環境」を目指して造られた都市計画だそうですね。私は犬なのでよくわからないのですが。  私の趣味は、お散歩です。いつもアメリカンショートヘアーのちゃこさんさんと一緒に、商店街を回っては、沢山の動物さん達とお話するのが私の日常です。色んな動物さん達と過ごす日々は、私にとって大事な大事な時間なのです。  さて、今日はどんな動物さんと出会えるのでしょうか。

おバカな超能力者だけれども…

久保 倫
キャラ文芸
白野寿々男(しらの すずお)は超能力者。ただし、そんなに大した能力はない。時間のかかる遠視能力とスイッチのON/OFFができる程度の念動力だけ。 それでも、自分の超能力を世の役に立てたいという志はあります。 そんな彼が、大学進学と同時に上京して黒江文(くろえ あや)と出会うところから物語は始まります。 長編ですけど、そんなに長くしないつもりです。 追記 新星会(2)に「先々代を確保しました。」の後に”うつ伏せになって気絶している江戸川の背中を踏みつけながら答える。”を追記。 改稿 破門(2)で甲斐のセリフ「先々代もご覚悟願います」→「先々代、ご覚悟願います。」に変更。       久島と甲斐のやりとり       「敵に回しても構わねえと。そこまでなめられたらほっとくわけにはいかねえぞ。」       「抗争ですね。兄さんご覚悟ください。」を削除しました。       かなり重要な改稿ですので、ご承知おきください。 変更情報 上京初日(4)で時間停止中の描写を追加しました。もしご興味のある方はお読みください。 小料理屋「美菜」を若干改稿。黒江が二人の出会いを説明する描写にちょっと追記。               蔵良が、白野を誘導するくだりに追記。 大した改稿ではありませんが、興味のある方はご一読下さい。

処理中です...