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第29話「破魔矢梨沙≒西日野亜美」③
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俺が感じていた生きづらさは、窓もなければ、出入口すらない、明かりもない、トイレの個室や押し入れのように狭く、天井もないような暗い部屋に、ずっと閉じ込められているような感覚だった。
そんな俺に、小説という形で、救いの手を差しのべてくれたのが破魔矢梨沙という作家だった。
俺はその部屋からは出られなくても、似たような部屋に閉じ込められている人が世の中には俺以外にもいるということを知った。彼女もまたそういう部屋の中で小説を書いているのだと思った。
そんな彼女に、俺のためだけに小説を書いていたと言ってもいいくらいだと言われた。
俺が彼女のことを、ちゃんと、一番、理解していたと言われた。
俺に会うためだけに同じ大学に来たのだと言われた。
俺は亜美に背中を向けて座っていて、本当に良かったと思った。
今にも泣いてしまいそうだったからだ。
「最後にお手紙をくれたのは、受験シーズンの前だったよね。どうして受験が終わった後からお手紙をくれなくなったの?」
「一度も返事をもらえたことがなかったから。よくよく考えたら、作家と読者なんてそれが当たり前で、返事をもらえる人なんてなかなかいないもんなんだろうけど。
出版社には届いていても、破魔矢梨沙のところまでは届いてないんだろうなって。
出版社の段ボールか何かの中で、埋もれてしまってるんだと思ったから」
彼女は、「あぁ、だから」、と納得したように、
「全部ちゃんと届いてたわ。
この部屋、こんな有り様だけど、あなたからもらったお手紙は、全部が宝物だから、宝物箱に入れてるの。
わたしは次の小説を書くことが、あなたへのお返事になるものだと思ってたから、ごめんなさい」
と言った。
「謝らなくてもいいよ。そんな風に思ってくれてるなんて夢にも思わなかったから」
天才の破魔矢梨沙らしいというよりは、生きづらさを感じている西日野亜美らしい発想だなと思った。逆の立場だったなら、俺もそうしていたかもしれない。
「大学に入ったら、すぐにあなたに会えると思ってた。でもこの大学、マンモス校って言うのかな、学生の数が他の大学よりも何倍も多いから、あなたを見つけるのは大変だったの。半年もかかっちゃった」
「探してくれてたのか」
「だって、あなたに出会えなかったら、この大学に来た意味がないもの。
わたしひとりじゃ無理なのは最初からわかってたから、珠莉にも手伝ってもらってた。あなたを見つけたのは、夏休みが明けてから。
学食でひとり、毎日他の学生と違う時間帯に、毎日同じ席で本を読みながら、毎日スペシャルランチを食べてるのを見てるあなたを見て、なんとなくピンと来たの」
それで、珠莉の高いコミュ力を活かして、そのぼっち学生が俺だということを突き止めたというわけか。
「じゃあ、あのスマホは、俺に拾わせるためにわざと置いたのか?」
「そうよ。わたしが昔使ってたスマホに、格安SIMを入れて、今使ってるものだとあなたが勘違いするようにしたの。
学食ぼっち飯のあなたとは一度だけ講義で隣の席に座ったことがあるのを覚えていたから、同じスマホケースまで用意して」
散らかった部屋のテーブルには亜美が文芸部の部室に持ち込んで使っているノートパソコンが置かれており、そのそばには彼女の言う通り同じ手帳型ケースのついたスマホが2台あった。
だから、あのスマホには俺が持っていた3日間、電話がかかってくることも、メールや無料通話アプリのチャットが送られてくることもなかったのだ。
アドレス帳にある出版社の編集部や編集者らしき人の連絡先、メモ帳アプリに残っていた過去に発表した小説のためのプロットや登場人物の設定などから、俺が見ればスマホケースからその持ち主が西日野亜美であることはもちろん、彼女が破魔矢梨沙だということがわかるだけのものだったのだ。
随分手の込んだことをするものだ。
俺はそのスマホが西日野亜美のものだということは一目でわかったが、もし俺がロックを解除できなければ、彼女が破魔矢梨沙だとはわからなかったというのに。
そんな俺に、小説という形で、救いの手を差しのべてくれたのが破魔矢梨沙という作家だった。
俺はその部屋からは出られなくても、似たような部屋に閉じ込められている人が世の中には俺以外にもいるということを知った。彼女もまたそういう部屋の中で小説を書いているのだと思った。
そんな彼女に、俺のためだけに小説を書いていたと言ってもいいくらいだと言われた。
俺が彼女のことを、ちゃんと、一番、理解していたと言われた。
俺に会うためだけに同じ大学に来たのだと言われた。
俺は亜美に背中を向けて座っていて、本当に良かったと思った。
今にも泣いてしまいそうだったからだ。
「最後にお手紙をくれたのは、受験シーズンの前だったよね。どうして受験が終わった後からお手紙をくれなくなったの?」
「一度も返事をもらえたことがなかったから。よくよく考えたら、作家と読者なんてそれが当たり前で、返事をもらえる人なんてなかなかいないもんなんだろうけど。
出版社には届いていても、破魔矢梨沙のところまでは届いてないんだろうなって。
出版社の段ボールか何かの中で、埋もれてしまってるんだと思ったから」
彼女は、「あぁ、だから」、と納得したように、
「全部ちゃんと届いてたわ。
この部屋、こんな有り様だけど、あなたからもらったお手紙は、全部が宝物だから、宝物箱に入れてるの。
わたしは次の小説を書くことが、あなたへのお返事になるものだと思ってたから、ごめんなさい」
と言った。
「謝らなくてもいいよ。そんな風に思ってくれてるなんて夢にも思わなかったから」
天才の破魔矢梨沙らしいというよりは、生きづらさを感じている西日野亜美らしい発想だなと思った。逆の立場だったなら、俺もそうしていたかもしれない。
「大学に入ったら、すぐにあなたに会えると思ってた。でもこの大学、マンモス校って言うのかな、学生の数が他の大学よりも何倍も多いから、あなたを見つけるのは大変だったの。半年もかかっちゃった」
「探してくれてたのか」
「だって、あなたに出会えなかったら、この大学に来た意味がないもの。
わたしひとりじゃ無理なのは最初からわかってたから、珠莉にも手伝ってもらってた。あなたを見つけたのは、夏休みが明けてから。
学食でひとり、毎日他の学生と違う時間帯に、毎日同じ席で本を読みながら、毎日スペシャルランチを食べてるのを見てるあなたを見て、なんとなくピンと来たの」
それで、珠莉の高いコミュ力を活かして、そのぼっち学生が俺だということを突き止めたというわけか。
「じゃあ、あのスマホは、俺に拾わせるためにわざと置いたのか?」
「そうよ。わたしが昔使ってたスマホに、格安SIMを入れて、今使ってるものだとあなたが勘違いするようにしたの。
学食ぼっち飯のあなたとは一度だけ講義で隣の席に座ったことがあるのを覚えていたから、同じスマホケースまで用意して」
散らかった部屋のテーブルには亜美が文芸部の部室に持ち込んで使っているノートパソコンが置かれており、そのそばには彼女の言う通り同じ手帳型ケースのついたスマホが2台あった。
だから、あのスマホには俺が持っていた3日間、電話がかかってくることも、メールや無料通話アプリのチャットが送られてくることもなかったのだ。
アドレス帳にある出版社の編集部や編集者らしき人の連絡先、メモ帳アプリに残っていた過去に発表した小説のためのプロットや登場人物の設定などから、俺が見ればスマホケースからその持ち主が西日野亜美であることはもちろん、彼女が破魔矢梨沙だということがわかるだけのものだったのだ。
随分手の込んだことをするものだ。
俺はそのスマホが西日野亜美のものだということは一目でわかったが、もし俺がロックを解除できなければ、彼女が破魔矢梨沙だとはわからなかったというのに。
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