上 下
29 / 61

第29話「破魔矢梨沙≒西日野亜美」③

しおりを挟む
 俺が感じていた生きづらさは、窓もなければ、出入口すらない、明かりもない、トイレの個室や押し入れのように狭く、天井もないような暗い部屋に、ずっと閉じ込められているような感覚だった。

 そんな俺に、小説という形で、救いの手を差しのべてくれたのが破魔矢梨沙という作家だった。
 俺はその部屋からは出られなくても、似たような部屋に閉じ込められている人が世の中には俺以外にもいるということを知った。彼女もまたそういう部屋の中で小説を書いているのだと思った。

 そんな彼女に、俺のためだけに小説を書いていたと言ってもいいくらいだと言われた。
 俺が彼女のことを、ちゃんと、一番、理解していたと言われた。
 俺に会うためだけに同じ大学に来たのだと言われた。
 俺は亜美に背中を向けて座っていて、本当に良かったと思った。
 今にも泣いてしまいそうだったからだ。

「最後にお手紙をくれたのは、受験シーズンの前だったよね。どうして受験が終わった後からお手紙をくれなくなったの?」

「一度も返事をもらえたことがなかったから。よくよく考えたら、作家と読者なんてそれが当たり前で、返事をもらえる人なんてなかなかいないもんなんだろうけど。
 出版社には届いていても、破魔矢梨沙のところまでは届いてないんだろうなって。
 出版社の段ボールか何かの中で、埋もれてしまってるんだと思ったから」

 彼女は、「あぁ、だから」、と納得したように、

「全部ちゃんと届いてたわ。
 この部屋、こんな有り様だけど、あなたからもらったお手紙は、全部が宝物だから、宝物箱に入れてるの。
 わたしは次の小説を書くことが、あなたへのお返事になるものだと思ってたから、ごめんなさい」

 と言った。

「謝らなくてもいいよ。そんな風に思ってくれてるなんて夢にも思わなかったから」

 天才の破魔矢梨沙らしいというよりは、生きづらさを感じている西日野亜美らしい発想だなと思った。逆の立場だったなら、俺もそうしていたかもしれない。

「大学に入ったら、すぐにあなたに会えると思ってた。でもこの大学、マンモス校って言うのかな、学生の数が他の大学よりも何倍も多いから、あなたを見つけるのは大変だったの。半年もかかっちゃった」

「探してくれてたのか」

「だって、あなたに出会えなかったら、この大学に来た意味がないもの。
 わたしひとりじゃ無理なのは最初からわかってたから、珠莉にも手伝ってもらってた。あなたを見つけたのは、夏休みが明けてから。
 学食でひとり、毎日他の学生と違う時間帯に、毎日同じ席で本を読みながら、毎日スペシャルランチを食べてるのを見てるあなたを見て、なんとなくピンと来たの」

 それで、珠莉の高いコミュ力を活かして、そのぼっち学生が俺だということを突き止めたというわけか。

「じゃあ、あのスマホは、俺に拾わせるためにわざと置いたのか?」

「そうよ。わたしが昔使ってたスマホに、格安SIMを入れて、今使ってるものだとあなたが勘違いするようにしたの。
 学食ぼっち飯のあなたとは一度だけ講義で隣の席に座ったことがあるのを覚えていたから、同じスマホケースまで用意して」

 散らかった部屋のテーブルには亜美が文芸部の部室に持ち込んで使っているノートパソコンが置かれており、そのそばには彼女の言う通り同じ手帳型ケースのついたスマホが2台あった。

 だから、あのスマホには俺が持っていた3日間、電話がかかってくることも、メールや無料通話アプリのチャットが送られてくることもなかったのだ。
 アドレス帳にある出版社の編集部や編集者らしき人の連絡先、メモ帳アプリに残っていた過去に発表した小説のためのプロットや登場人物の設定などから、俺が見ればスマホケースからその持ち主が西日野亜美であることはもちろん、彼女が破魔矢梨沙だということがわかるだけのものだったのだ。

 随分手の込んだことをするものだ。
 俺はそのスマホが西日野亜美のものだということは一目でわかったが、もし俺がロックを解除できなければ、彼女が破魔矢梨沙だとはわからなかったというのに。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

下宿屋 東風荘 2

浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※ 下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。 毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。 しかし、飛んで仙になるだけだと思っていた冬弥はさらなる試練を受けるべく、空高く舞い上がったまま消えてしまった。 下宿屋は一体どうなるのか! そして必ず戻ってくると信じて待っている、残された雪翔の高校生活は___ ※※※※※ 下宿屋東風荘 第二弾。

魔法少女はそこにいる。

五月七日ヤマネコ
キャラ文芸
ある時、突如大勢の魔法少女がこの世界、日本へと押し寄せてきた。 自衛隊の対魔法少女特殊戦術部隊が応戦する。 魔法少女たちの目的とは? そしてその数日前、高校生イクローの前に一人の魔法少女が現れる。 彼女、キルカはイクローと結婚するためにやってきたと言う。 彼女とその仲間たちと共にイクローは否応なしに戦いに巻き込まれていく。 呑気なのかハードなのかよくわからない謎の多重構造を持つ作品です(笑) お楽しみください!

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

処理中です...