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第21話「とりにくチキン、始動」⑪
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「でもまぁ、ふたりのヒロインのあの格好に対する考え方は、あくまでわたしの案だから、日永くんのアイディアとして亜美に伝えといて」
珠莉は、母親のお腹の中にいるときに亜美に才能を全部持っていかれたと言っていた。
だが、そうではないような気がした。
「あと、あんまり設定やプロットをガチガチに固めちゃうと、あの子に小説の神様が降りてきづらくなっちゃうから、そばにいる日永くんが多少の余白をあの子の中にいつも残しておいてあげて」
やはり、破魔矢梨沙レベルの作家になると、降りてくるとしか表現できないようなことが起こりえるのだな、と思った。
俺の身近には作家は破魔矢梨沙しかいないし、俺は彼女をまだよく知らない。無論、編集者の知り合いなんているわけがないからよくわからなかったが、作家か編集者、あるいは評論家の才能が珠莉にもあるのではないだろうか。俺はなんとなくそんなことを思っていた。
「それに、ちゃんとあの写真の使い道も考えてあるの。
ネット小説の投稿サイトの中には、本当のラノベみたいに表紙や挿し絵の画像を使えたりするところがあるでしょ?
わたしがコスプレしたヒロインの写真なら、イラストっぽく加工したり、それっぽいフリー素材の背景に合成したりして使ってもらって構わないし、ツブヤイターのアイコン画像に使ってもらったりしても大丈夫だから。
さすがに顔出しはわたしもNGだけど」
案の定というべきか、珠莉は、ヨーチューブなどでよく使われるサムネで釣るという手法まで考えていてくれていた。
「ま、全部後付けで、亜美をただ辱しめたかっただけなんだけど」
「お前、やべー奴だな。いい意味で」
「でしょ?」
きっとどちらも本音なのだ。
そろそろ、というよりはとっくにかもしれないが、亜美も着替えを終えている頃だった。
俺が宇宙考古学研究会の部室を出ていこうとすると、
「日永くんも薄々は気付いてるんだよね? 気付かないふりをしてるだけで」
珠莉に呼び止められた。
「何を?」
俺が振り返りそう尋ねると、
「亜美が日永くんのことを好きになりかけてるってことだよ」
珠莉はそんなことを言った。
「そんなわけないだろ」
「あるでしょ」
またお姉ちゃんだからわかるとでも言うつもりだろうか。
しかし、珠莉は、
「お姉ちゃんだからわかるとは言わないよ。
だって佳子が見ても、今ここにはいないけど紫帆が見ても、文芸部のもうひとつのお隣の大学デビュー部の子たちが見てもわかると思う」
それはつまり、誰が見てもわかる、ということだろうか。
「そんなわけないだろっていうのは、もしかして、『あの破魔矢梨沙が自分なんかを』って思ってる?」
確かにそれはあった。
ラノベしか読んだことがなかったオタクの俺に、純文学や大衆小説のおもしろさを教えてくれたのが、破魔矢梨沙という作家だった。
破魔矢梨沙が俺の世界を広げてくれた本物の天才だった。
「あの子だって、ついこの間まで高校生だった『普通の大学生の女の子』なんだよ。
うちは別にお金持ちの家でもなかったし、高校までは亜美もわたしも公立だったし、国公立の大学に行けるほどふたりとも勉強ができるわけじゃなかった。
普通でいたかったから、普通でいないとあの子が書きたいような今の世の中を生きづらいと感じているような平凡な主人公の気持ちがわからなくなるから。だから特別扱いされないように顔を出さなかった」
まったくどこまでストイックな作家なんだ、破魔矢梨沙って奴は。
「あの子は、破魔矢梨沙である前に西日野亜美っていう普通の女の子なんだよ」
だが、俺はそんな普通の女の子でありたいと思っている亜美に、自分の理想のヒロインが出てくる小説を書かせようとしている。
最低な男じゃないか。
やはり、亜美が俺を好きになるような要素はどこにもないように思えた。
珠莉は、母親のお腹の中にいるときに亜美に才能を全部持っていかれたと言っていた。
だが、そうではないような気がした。
「あと、あんまり設定やプロットをガチガチに固めちゃうと、あの子に小説の神様が降りてきづらくなっちゃうから、そばにいる日永くんが多少の余白をあの子の中にいつも残しておいてあげて」
やはり、破魔矢梨沙レベルの作家になると、降りてくるとしか表現できないようなことが起こりえるのだな、と思った。
俺の身近には作家は破魔矢梨沙しかいないし、俺は彼女をまだよく知らない。無論、編集者の知り合いなんているわけがないからよくわからなかったが、作家か編集者、あるいは評論家の才能が珠莉にもあるのではないだろうか。俺はなんとなくそんなことを思っていた。
「それに、ちゃんとあの写真の使い道も考えてあるの。
ネット小説の投稿サイトの中には、本当のラノベみたいに表紙や挿し絵の画像を使えたりするところがあるでしょ?
わたしがコスプレしたヒロインの写真なら、イラストっぽく加工したり、それっぽいフリー素材の背景に合成したりして使ってもらって構わないし、ツブヤイターのアイコン画像に使ってもらったりしても大丈夫だから。
さすがに顔出しはわたしもNGだけど」
案の定というべきか、珠莉は、ヨーチューブなどでよく使われるサムネで釣るという手法まで考えていてくれていた。
「ま、全部後付けで、亜美をただ辱しめたかっただけなんだけど」
「お前、やべー奴だな。いい意味で」
「でしょ?」
きっとどちらも本音なのだ。
そろそろ、というよりはとっくにかもしれないが、亜美も着替えを終えている頃だった。
俺が宇宙考古学研究会の部室を出ていこうとすると、
「日永くんも薄々は気付いてるんだよね? 気付かないふりをしてるだけで」
珠莉に呼び止められた。
「何を?」
俺が振り返りそう尋ねると、
「亜美が日永くんのことを好きになりかけてるってことだよ」
珠莉はそんなことを言った。
「そんなわけないだろ」
「あるでしょ」
またお姉ちゃんだからわかるとでも言うつもりだろうか。
しかし、珠莉は、
「お姉ちゃんだからわかるとは言わないよ。
だって佳子が見ても、今ここにはいないけど紫帆が見ても、文芸部のもうひとつのお隣の大学デビュー部の子たちが見てもわかると思う」
それはつまり、誰が見てもわかる、ということだろうか。
「そんなわけないだろっていうのは、もしかして、『あの破魔矢梨沙が自分なんかを』って思ってる?」
確かにそれはあった。
ラノベしか読んだことがなかったオタクの俺に、純文学や大衆小説のおもしろさを教えてくれたのが、破魔矢梨沙という作家だった。
破魔矢梨沙が俺の世界を広げてくれた本物の天才だった。
「あの子だって、ついこの間まで高校生だった『普通の大学生の女の子』なんだよ。
うちは別にお金持ちの家でもなかったし、高校までは亜美もわたしも公立だったし、国公立の大学に行けるほどふたりとも勉強ができるわけじゃなかった。
普通でいたかったから、普通でいないとあの子が書きたいような今の世の中を生きづらいと感じているような平凡な主人公の気持ちがわからなくなるから。だから特別扱いされないように顔を出さなかった」
まったくどこまでストイックな作家なんだ、破魔矢梨沙って奴は。
「あの子は、破魔矢梨沙である前に西日野亜美っていう普通の女の子なんだよ」
だが、俺はそんな普通の女の子でありたいと思っている亜美に、自分の理想のヒロインが出てくる小説を書かせようとしている。
最低な男じゃないか。
やはり、亜美が俺を好きになるような要素はどこにもないように思えた。
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