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第20話「とりにくチキン、始動」⑩

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「おもしろいお客さんだとコンビニに押し掛けたときに言われたが、気に入られるような要素は今のところどこにもなかったと思うぞ」

「あの子がおもしろいって直接相手に言ったり、いくらわたしに根掘り葉掘り聞かれたからってそんなこと話したりすることって、めったにないんだよ」

 珠莉はそう言いながら、俺の目の前で着替えを始めた。

「ちょっと! 珠莉ちゃん!? 男の子の前だよ!!」

 俺が慌てて目をそらすのと同じタイミングで、赤堀という子が止めに入った。

「え? 別にいいでしょ。減るもんじゃないし。それに日永くんは美少女フィギュアのパンツにしか興味ないって話だし」

「それでもだめ!」

 赤堀にそう言われても、珠莉は大丈夫大丈夫と着替えを続け、

「え? この人、美少女フィギュアのパンツにしか興味がないの!?」

 赤堀はかなり遅れてドン引きしてくれた。
 あーそーだよ、悪いかよ、と俺は思った。

 俺は赤堀がおそるおそる、犯罪者を見るような目をして用意してくれた椅子に座ると、一応視線を珠莉からそらしたまま、彼女の着替えが終わるのを待った。

「亜美があんなに顔を赤くしたりするのもはじめて見たくらい」

 そう言われても、俺はそうなのかとしか思えなかった。
 まだ俺は亜美のことをあまりに知らなすぎた。彼女が破魔矢梨沙として書いた小説でしか、俺は彼女のことを知らなかったのだ。
 そういえば、さっき書き上げたばかりの小説は頼んだら読ませてもらえたりするのだろうか。さすがに無理だろうが一応後で頼んでみるか。
 昨夜は彼女が文芸部に入ってすぐ部内向けに書いた小説を二度も読んでしまい、中学時代に別のペンネームで新人賞を取ったラノベの方は預かったまま未読だったから、どちらにせよ今夜はとりあえずそれを読もうと思った。

「あいつがお前を追い出してから、さっきまであいつが考えてきてくれたネット小説の設定を聞いてたんだけど、正直驚いたよ。
 昨日の今日だっていうのに、凡人の俺じゃとても思い付かないようなことばかり次々出てきてさ」

 それがネット小説として読者に受け入れられるかどうかは別として、亜美の中にはピノアがいるだけじゃなく、異世界の地図や歴史が出来ているように俺には感じられた。俺の中にしかいなかったピノアが彼女にも存在するようになったように、ピノアが存在する異世界自体が俺の中でも組み上がり始めていた。

「どうして引き受けてくれたのかも正直俺はよくわかってないんだよ」

「コスプレまでしてくれたりとかね」

「それはお前が無理矢理やらせたんだろ」

 俺は呆れたようにそう言ったのだが、珠莉はわかってないなぁという顔をした。

「写真見たでしょ? 最初は確かにもじもじしてたけど、途中からまんざらでもない感じになってたんだよ、あの子。魔法を使うときはこんな感じかなとか、自分でポーズ考えたりして、むしろノリノリ」

 そう言われると確かにそうだった。写真の中の亜美はピノアになりきっていた。

「あのコスプレは、わたしなりの応援の仕方なんだよ。
 日永くんの理想のヒロインは堂々とあれを着こなしてるって設定だけど、ふたりとも堂々としてるのはおかしいでしょ? だってあんな服だもん。もうひとりのヒロインはその逆じゃないといけないと思う。
 ふたりのヒロインは異世界からの客人(マレビト)を導く巫女って設定だから。
 主人公より前に異世界に転移した人が、王様に自分の世界ではあれが一番ポピュラーな服装だって冗談で提案した巫女服って設定だからね」

 俺がまだ知らない設定を珠莉は知っていた。きっと俺が亜美にコスプレのままであることを気付かせなかったら、俺はこの部室に来ることもなく、その話を彼女本人から聞かされていただろう。

「準ヒロインのピノアが堂々としてるなら、メインヒロインのステラはあれは恥ずかしい衣装だっていう普通の感覚を持ってなきゃいけないよね。
 そして、主人公は、あれは決して自分の世界で一番ポピュラーな服装ではないということを教えてあげなくちゃいけない。ステラはそれを聞いて、おかしいと思ってたって怒らなきゃいけないんだよ」

 だから、あの格好がどれくらい恥ずかしいかということを亜美は体験しなければいけなかった、ということだろうか。次第に慣れていくことで、それを堂々と着こなすピノアの気持ちも理解できるようになるというわけだ。
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