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第19話「とりにくチキン、始動」⑨

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「あなたのピノアと、その双子の姉のステラについても考えてみたわ」

 西日野亜美は、文芸部の部室の中でピノアのコスプレをしたまま言った。
 そういえばウィッグとカラコンがないだけで、ほぼほぼ同じ格好をしたまま部室を追い出された珠莉は一体どうなったのだろうか、と俺はふと思った。
 部室にはふたり分の私服が置かれたままだったからだ。
 素直に隣の宇宙考古学研究会に戻ってくれていればいいが、珠莉はあの格好でサークル棟をうろつきかねないような気がした。

 脱ぎ方からふたりの性格がよくわかった。片方はきれいに畳まれており、もう片方は脱ぎ散らかされパンツやブラが丸見えだったからだ。おそらく、脱ぎ散らかされている方が珠莉のものなのだろう。

 あれ?
 てことは今、この子もパンツはいてないの?

 俺の視線に気づいたのか、亜美は自分が彼女曰く破廉恥極まりない格好をしたままであったことにようやく気付いたらしかった。
 慌てて脱ぎ散らかされていた方の服を回収し始めた。
 どうやら逆だったらしい。脱ぎ散らかしたというよりは、無理やり身ぐるみ剥がされたからかもしれなかった。

「見た?」

 と訊かれた俺は、

「中学生が履くような、かわいいパンツ履いてんだな」

 そう言って、しまった、と思ったときには、ビンタをされていた。
 珠莉がされているのを見たり聞いたりしているのより、鈍く痛かったのは骨伝導だとか、自分の声を録音して聞くと普段聞いている声と違うように感じるようなものなのだろうか。
 思っていたよりも何倍も痛かった。

「着替えるから! その間にあなたは珠莉にその服を持って行って!!」

 珠莉に服を届けるのは別に構わなかったが、亜美が着替えてしまうのは残念だった。

「言い忘れてたけど」

 だから俺は、

「西日野はそんな恥ずかしい格好は嫌かもしれないけど、よく似合ってるぞ」

 と、ビンタ上等で言ってみることにした。

「すっげーかわいい。部室に入ってきたとき、本当にピノアがいるかと思った。
 自慢じゃないが、俺は三次元の女の子を誉めたこと一度もない。アイドルもメイドさんも、コスプレイヤーもかわいいと思ったことがない。
 でも、西日野のことだけは一緒の講義ではじめて見たときからかわいいと思ってた。その格好を見たときは尊いとすら思ったよ」

 ビンタはされなかった。
 亜美はただただ顔を真っ赤にしていた。

「そんなの、たまたまわたしがあなたのピノアのイメージにそっくりだっただけでしょう?」

 そうかもしれなかった。いや、たぶんその通りなんだろう。
 俺はいつか必ず終わりが来るような恋はしないのだ。ピノアと一生添い遂げると決めているのだ。

「そうかもしれないな。でももう一回言わせてくれ。
 西日野はかわいい。そのコスプレもよく似合ってる」

 俺は彼女の返答を待たずに、珠莉の服を持って部室を出た。

 宇宙考古学研究会の部室のドアを開けると、珠莉ともうひとり、知らない女の子が紙コップを壁に当て、明らかに俺たちの会話を盗み聞きしていた。
 てか、それ、ほんとに聞けるの? と思った。聞けてたら、俺が入ってくるのわかっただろ。なんで紙コップ壁に当てたままなんだよ。

「ほんと、妹のこと大好きだな、お前。ほら、服、持ってきてやったぞ。
 西日野が、あ、お前の妹の方な、今着替えてるからしばらくここにいさせてくれ」

 俺は珠莉にそう言って服を渡した。

 彼女といっしょにいるのは、赤堀佳代という宇宙考古学研究会の会員らしかった。ここにはもうひとり、今はいないが星野紫帆という会員もいるそうだ。
 赤堀という子が一緒に盗み聞きをしていたということは(できていたかどうかはわからないが)、破魔矢梨沙の正体をこの子も知っているということなのだろう。

「そりゃ、聞き耳立てたくもなるよ。
 あの亜美がいくらもう一回リベンジしたかったからって、一昨日まで知らなかった男の子の理想のヒロインが出てくるラノベを書くとか急に言い出したんだもん。おまけに顔バレ覚悟で、文芸部で書いた小説まで編集者に送ったりして、無理矢理ネット小説のために時間を作るんだから」

 相当気に入られたね、と珠莉は言った。

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