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第13話「とりにくチキン、始動」③

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 西日野はすでにネット小説の流行りをおさえているようだった。
 やはりオタクだからなのだろうか。
 あるいは、先輩部員たちの小説を酷評するためだけにネット小説を覗いていたからか、それとも今朝別れてから俺が部室にやってくるまでに調べてくれたのだろうか。若干もう古いジャンルのような気もしたが、だとしたらすごいやる気だと思った。
 正直俺も悪役令嬢が何なのかよく知らなかった。今ネット小説の最先端にかるのは何なのかもわからなかった。明らかに勉強不足だった。

「不良がタイムスリップする漫画が実写化されて大ヒットするくらいだから、不良が実は魔法使いとか異世界転移するのもありかもね」

 俺は、西日野が本当に俺が理想とするヒロインの小説を書いてくれることになったことがいまだに信じられないでいた。

「本当に書いてくれるのか?」

 だから思わずそう尋ねていた。

「書くわ。約束したもの」

 彼女はそう言って、バッグから一冊の文庫本を取り出した。

「それにこれはあなたのためだけじゃないの。わたしのためでもあるから」

 その意味が俺にはわかりかねた。
 だが、「デビルエクスマキナ」というタイトルのその本にあった著者名「日野西 美亜(ひのにし みあ)」を見て、そういうことかと思った。

「さらば文学賞の前に、ラノベの新人賞も取ってたのか」

「中学3年のときにね。でも、全然売れなかった。続編も書かせてもらえなかった」

 中学生でラノベの新人賞を取るなんてまるでZ壱先生だ。もしかしたら彼女が本当に書きたかったのは純文学や大衆文学ではなく、ラノベだったのかもしれなかった。リベンジするチャンスをずっと待っていたのかもしれなかった。


 俺たちは構内に学生がいてもいい時間ギリギリまで、「とりにくチキン」の処女作となる異世界転移を題材にしたラノベについて話し合った。

 舞台となる異世界は、オヒスと呼ばれる地球によく似た世界であり、大きく違うのは魔法が存在することだ。魔法と科学が融合したギャラクシーウォーズのような文明社会が存在する世界観に決まった。
 魔法についての設定や、魔人や魔物についても、俺のアイディアがほとんど採用されることになった。
 精霊たちの名前はよくあるサラマンダーやウンディーネなどではなく、ソロモン72柱からとることになった。精霊の数を最初から限定せず、最大で72出せるようにしておけば、後からいくらでも精霊を増やしていくことができるからだった。

 主人公の少年は高校2年生で、10年ほど前に父親がある日突然神隠しにあったかのように行方不明になっている。母親はそれ以来酒びたりの日々を送るようになり、主人公は父方の祖父母と母、そして妹と暮らしているということになった。
 彼自身もまた神隠しにあうように異世界転移してしまうことになる。古来からある神隠しの正体は実は異世界転移であり、父親もまたその異世界に迷い込んでしまって帰れずにいるのだ。

「大気中に存在する、魔法の源になるエーテルっていうのは、昔、光を伝達する物質が大気中にあると言われていた頃のものよね?」

「そうだね。実際には光を伝達するのに物質は必要なかったわけだけど。俺たちの親が子どもの頃にはもう、RPGでMPを回復するアイテムとしての方がおなじみだな」

「魔物が人間と共存可能な存在なら、彼らを本当のモンスターに変えてしまう別の魔素が必要になると思わない?
 モンスターを操る存在が使う魔法もその魔素を源にしていて、同じ魔法でもエーテルとは桁違いの威力になるの」

「ダークマターはどうだ?
 異世界と地球は人間が転移できるくらいなんだから、地球から放射性物質が流れこんでるとか、そういう設定」

「それがエーテルに取り憑くとダークマターになるってところね。魔物はそれを取り込んでしまって、強靭な肉体と獰猛な性格になり、知性を失ってしまう」

 そんな設定がネット小説の読者に受けるかどうかはわからなかったが、俺たちは互いにアイディアを出し合い、互いに良いと思えるものへ昇華させていった。

 西日野の発案で、俺の理想のヒロインであるピノアとは別にもうひとりヒロインを用意することになった。
 どんなキャラクターがいいかふたりで頭を悩ませていたときに、部室のドアを開け、西日野にそっくりの女の子が入ってきた。

「あれ? 誰そのイケメン。まさか亜美の彼氏?」

 目の前に西日野はいるのに、ドアの前にも彼女がいた。
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