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第8話「動機が不純で何が悪い。文明が発展したのは戦争とエロのおかげだ」⑧
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「そういえば、どうして西日野はコンビニでバイトをしてるんだ?」
俺はレジにいた彼女に最初に訊ねたことをもう一度訊ねた。
「次の作品は、コンビニの中だけで物語が進んでいくような話にしようと思って」
なるほどと思った。
西日野は、コンビニのアルバイト経験者から話を聞くことや、資料を集めることではわからないような裏側を知りたかったということだろう。
人殺しをしたことがなくても殺人者を扱った小説を書くことはできるし、警察がどんな風に捜査を進めていくのかも、資料を集めればある程度はわかる。
だが、題材にしたいものが、自分がその目や耳で見聞きし、体験できることであるなら、実際に経験した方が説得力が出るだろうことは素人目にも明らかだった。
彼女の年収はおそらく数千万はあるだろう。もしかしたら億かもしれなかった。18,9歳でそれだけの年収がある人間など日本に何人いるだろうか。
取材や資料だけで小説を書いている方が、一作一作にかかる時間は短縮され、世の中にはより多くの破魔矢梨沙の名作が生まれるはずだ。
それでも彼女は、コンビニで働くこと、実際に経験することを選択した。
彼女はお金のために小説を書いているわけではなく、純粋に小説を書くことが好きなのだ。
より面白い小説を書くこと。
それがきっと彼女の行動理念なのだ。
やはり彼女は、破魔矢梨沙は、本物だった。
「この店は大学の前にあるから立地条件はいいけど、場所によってはすぐ潰れてしまうお店もあるでしょ?
フランチャイズでリスクも高いと思うのに、どんな人が店長をしているのかとか、時給のわりに覚えることは多いし、ピークタイムでも人手はいつも少なくてかなりつらいのに、そんな労働条件でどんな人たちが働いているのかとか、いろいろ知りたいことがたくさんあったの」
それにね、と彼女は言い、
「学生ができるアルバイトの中で、たぶん一番たくさんの種類の人間を見られると思ったからかな。年齢とか職業とか、いろいろね」
人間観察も含まれていたというわけだ。
コンビニを舞台にした作品以外にも、今後役立つということだろう。
ちなみに、人間観察が趣味だとか公言するのはやめておいた方がいいということを俺は記しておきたい。
中学や高校時代にそういう同級生が何人かいたが、あれは中二病の一種のようなもので、本人は観察しているつもりかもしれないが、実際のところまったく観察対象が見えていなかった。ただこいつはそういう人間だと決めてかかっているだけだった。
そういうのは、彼女のような天才だからこそ説得力のある言葉になるのであり、逆に彼女のような天才は決して口にしない言葉なのだ。
「でも、わたしが知る限り、あなたが一番面白いお客さんだったわ」
と彼女は言うと、大学の前の交差点で、じゃあね、と手を振って足早に去っていった。
「もうひとつ条件」
背中を見送る俺に彼女は振り返ると、
「いつか、とりにくチキンの正体が破魔矢梨沙だとわかるときがくるわ」
彼女は言った。
「だからあなたは、あなたがどうやって破魔矢梨沙の正体を知り、一体どんな理由で彼女にネット小説を書かせたのか、それから、これから起きることすべてを小説にしてみて」
まるで、芸人ではじめて塵芥賞を取った人の「花火」みたいなことを言うんだなと思った。
俺は首を横に振った。
「俺、小説なんて書いたことないから無理だよ」
「誰だってはじめて書くまでは、小説を書いたことがないんだよ?」
目から鱗とはこういうときに使う言葉だろうか。
「下手でもいいの。才能があるかどうかとか、そんなことも関係ない。
わたしの中には、あなたの理想のヒロインがもう生きてる。
あなたがわたしに彼女の魅力を教えてくれた。あなたがわたしを動かしたの。
あなたのその才能だけは本物よ」
俺は、破魔矢梨沙に誉められていた。
誉められた、でいいんだよな? 馬鹿にされてたわけじゃないよな?
だから、わかった、と言った。絶対に書くよ、と言った。
彼女は今度こそ去ろうとしたが、
「あ、まだあった、条件」
もう一度俺を振り返った。
「わたし、文芸部の部員なんだけど、今部員の数が足りてないんだ」
部員になれということだろう。
お安い御用だった。
「明日、っていうか、もう今日だけど、昼休みか講義が全部終わったら、文芸部の部室に来て。場所は知ってるよね? 3日も忍び込んでたんだから」
「え、なんで知って……」
彼女にはどうやら全部お見通しだったらしかった。
俺はレジにいた彼女に最初に訊ねたことをもう一度訊ねた。
「次の作品は、コンビニの中だけで物語が進んでいくような話にしようと思って」
なるほどと思った。
西日野は、コンビニのアルバイト経験者から話を聞くことや、資料を集めることではわからないような裏側を知りたかったということだろう。
人殺しをしたことがなくても殺人者を扱った小説を書くことはできるし、警察がどんな風に捜査を進めていくのかも、資料を集めればある程度はわかる。
だが、題材にしたいものが、自分がその目や耳で見聞きし、体験できることであるなら、実際に経験した方が説得力が出るだろうことは素人目にも明らかだった。
彼女の年収はおそらく数千万はあるだろう。もしかしたら億かもしれなかった。18,9歳でそれだけの年収がある人間など日本に何人いるだろうか。
取材や資料だけで小説を書いている方が、一作一作にかかる時間は短縮され、世の中にはより多くの破魔矢梨沙の名作が生まれるはずだ。
それでも彼女は、コンビニで働くこと、実際に経験することを選択した。
彼女はお金のために小説を書いているわけではなく、純粋に小説を書くことが好きなのだ。
より面白い小説を書くこと。
それがきっと彼女の行動理念なのだ。
やはり彼女は、破魔矢梨沙は、本物だった。
「この店は大学の前にあるから立地条件はいいけど、場所によってはすぐ潰れてしまうお店もあるでしょ?
フランチャイズでリスクも高いと思うのに、どんな人が店長をしているのかとか、時給のわりに覚えることは多いし、ピークタイムでも人手はいつも少なくてかなりつらいのに、そんな労働条件でどんな人たちが働いているのかとか、いろいろ知りたいことがたくさんあったの」
それにね、と彼女は言い、
「学生ができるアルバイトの中で、たぶん一番たくさんの種類の人間を見られると思ったからかな。年齢とか職業とか、いろいろね」
人間観察も含まれていたというわけだ。
コンビニを舞台にした作品以外にも、今後役立つということだろう。
ちなみに、人間観察が趣味だとか公言するのはやめておいた方がいいということを俺は記しておきたい。
中学や高校時代にそういう同級生が何人かいたが、あれは中二病の一種のようなもので、本人は観察しているつもりかもしれないが、実際のところまったく観察対象が見えていなかった。ただこいつはそういう人間だと決めてかかっているだけだった。
そういうのは、彼女のような天才だからこそ説得力のある言葉になるのであり、逆に彼女のような天才は決して口にしない言葉なのだ。
「でも、わたしが知る限り、あなたが一番面白いお客さんだったわ」
と彼女は言うと、大学の前の交差点で、じゃあね、と手を振って足早に去っていった。
「もうひとつ条件」
背中を見送る俺に彼女は振り返ると、
「いつか、とりにくチキンの正体が破魔矢梨沙だとわかるときがくるわ」
彼女は言った。
「だからあなたは、あなたがどうやって破魔矢梨沙の正体を知り、一体どんな理由で彼女にネット小説を書かせたのか、それから、これから起きることすべてを小説にしてみて」
まるで、芸人ではじめて塵芥賞を取った人の「花火」みたいなことを言うんだなと思った。
俺は首を横に振った。
「俺、小説なんて書いたことないから無理だよ」
「誰だってはじめて書くまでは、小説を書いたことがないんだよ?」
目から鱗とはこういうときに使う言葉だろうか。
「下手でもいいの。才能があるかどうかとか、そんなことも関係ない。
わたしの中には、あなたの理想のヒロインがもう生きてる。
あなたがわたしに彼女の魅力を教えてくれた。あなたがわたしを動かしたの。
あなたのその才能だけは本物よ」
俺は、破魔矢梨沙に誉められていた。
誉められた、でいいんだよな? 馬鹿にされてたわけじゃないよな?
だから、わかった、と言った。絶対に書くよ、と言った。
彼女は今度こそ去ろうとしたが、
「あ、まだあった、条件」
もう一度俺を振り返った。
「わたし、文芸部の部員なんだけど、今部員の数が足りてないんだ」
部員になれということだろう。
お安い御用だった。
「明日、っていうか、もう今日だけど、昼休みか講義が全部終わったら、文芸部の部室に来て。場所は知ってるよね? 3日も忍び込んでたんだから」
「え、なんで知って……」
彼女にはどうやら全部お見通しだったらしかった。
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