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第7話「動機が不純で何が悪い。文明が発展したのは戦争とエロのおかげだ」⑦
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西日野のバイトが終わってからも、俺はコンビニの駐車場で、彼女に話し続けた。
別に3Dプリンターを買ってもいいが、より完成度の高いフィギュアを作るためには、彼女に3Dデータ用の写真の撮影をお願いしなければいけなくなること。
そういうスタジオで、そういう格好をしてもらって、あらゆる角度から、その道のプロに写真を撮ってもらわないといけなくなることなど。
「いや、無理だから。まじで無理……」
俺たちは明け方まで、そんなやり取りを続けた。
一方的に俺が話し続けていただけとも言えるのだが、西日野はちゃんと聞いてくれていた。
やがて、朝日が昇り始めた頃、俺は彼女の懐柔を諦めかけていた。
破魔矢梨沙という覆面作家の正体をリークしようなんていう気もなくなっていた。
これまでずっと俺の中にしか存在しなかった理想のヒロインの話を、彼女はため息をついたり茶々をいれたりしながらも何時間も耳を傾けてくれたからかもしれなかった。
まるで俺の中だけではなく、彼女の中にも俺の理想のヒロインがいるような気がしていた。
フィギュアのパンツを見たいというリビドーはまだくすぶってはいたが、もう充分な気さえしていた。
「いくつか条件があるわ」
彼女は唐突に言った。
「わたしがライトノベルを書くと言ったら、出版社の人たちはきっと反対する。ライトノベルはまだまだ出版業界では地位が低いから。破魔矢梨沙という作家のイメージを大事にしようとすると思う。
わたしたちが子どもの頃には、宮部ミルキー先生がファンタジー小説を書いたり、ゲームのノベライズをしたりもしてたし、瀬戸内我聞先生が別名でケータイ小説を書いたりもしてたみたいだけど、あれは何十年も作家としてやってきた人たちだから挑戦することが許されたのだと思うの」
だから彼女が書くとしたら、破魔矢梨沙という名ではなく、別の名前になるという。
それに最初から出版することを前提として話を進めれば、編集者のアドバイスにより、ヒロイン像を大幅に変更せざるを得ない場合があるかもしれないという。
「破魔矢梨沙じゃないペンネームで、ネット小説でもいいんだったら、引き受けるわ」
と彼女は言った。
充分すぎる話だった。
破魔矢梨沙のネームバリューに頼れなくなるのは確かに痛い。だが、その文章が破魔矢梨沙のものであることは変わりないのだ。
彼女なら必ず多くの読者を魅了することだろう。
「でも絶対じゃないわ。ネット小説は動画サイトとかと同じでアクセス数がすべてなんでしょう?」
「確かに必ずしも本当に面白いものがランキングの上位に来るわけじゃないって意味ではそうかもしれないな」
「わたしは全力で小説を書くわ。だからあなたはランキング1位を取るためにできるだけのことをして」
俺は、彼女が書いた小説を最も読まれやすい時間帯に投稿する、投稿後にツブヤイターなどで宣伝するなど、小説を書くこと以外のあらゆることを担当することになった。
彼女は俺に、ヒロイン以外のこと、世界観や他のキャラクターについてもアイディアを出してほしいと言ってくれた。自分にはないアイディアが欲しいと。もちろんすべてが採用されるわけではなく、使うかどうかは彼女にすべて任せる。
つまり俺は、ネット小説家としての破魔矢梨沙の使い走り、否! ブレーン的、プロデューサー的存在でもあるということだった。
「でも、ペンネームはどうしようかしらね」
そんな風に頭を悩ませる彼女に、ネット小説の作者のペンネームは、普通の作家のペンネームのように苗字と名前があることの方が珍しいことや、ふざけたような、あるいはバカっぽい名前が多いことを伝えた。
「じゃあ、今からわたしとあなたの好きな食べ物を言い合って、それを足したものをペンネームにしましょう」
と彼女は言い、
「じゃあ、せーの」
その言葉を合図に、
「とりにく」
「チキン」
俺たちは同じ食べ物の違う呼び名を口にした。
とりにくと言ったのは俺で、チキンと言ったのが彼女だった。
「とりにくチキン?」
「とりにくチキンだね」
俺たちは笑いあい、ネット小説家としての破魔矢梨沙のペンネームは「とりにくチキン」に決まった。
別に3Dプリンターを買ってもいいが、より完成度の高いフィギュアを作るためには、彼女に3Dデータ用の写真の撮影をお願いしなければいけなくなること。
そういうスタジオで、そういう格好をしてもらって、あらゆる角度から、その道のプロに写真を撮ってもらわないといけなくなることなど。
「いや、無理だから。まじで無理……」
俺たちは明け方まで、そんなやり取りを続けた。
一方的に俺が話し続けていただけとも言えるのだが、西日野はちゃんと聞いてくれていた。
やがて、朝日が昇り始めた頃、俺は彼女の懐柔を諦めかけていた。
破魔矢梨沙という覆面作家の正体をリークしようなんていう気もなくなっていた。
これまでずっと俺の中にしか存在しなかった理想のヒロインの話を、彼女はため息をついたり茶々をいれたりしながらも何時間も耳を傾けてくれたからかもしれなかった。
まるで俺の中だけではなく、彼女の中にも俺の理想のヒロインがいるような気がしていた。
フィギュアのパンツを見たいというリビドーはまだくすぶってはいたが、もう充分な気さえしていた。
「いくつか条件があるわ」
彼女は唐突に言った。
「わたしがライトノベルを書くと言ったら、出版社の人たちはきっと反対する。ライトノベルはまだまだ出版業界では地位が低いから。破魔矢梨沙という作家のイメージを大事にしようとすると思う。
わたしたちが子どもの頃には、宮部ミルキー先生がファンタジー小説を書いたり、ゲームのノベライズをしたりもしてたし、瀬戸内我聞先生が別名でケータイ小説を書いたりもしてたみたいだけど、あれは何十年も作家としてやってきた人たちだから挑戦することが許されたのだと思うの」
だから彼女が書くとしたら、破魔矢梨沙という名ではなく、別の名前になるという。
それに最初から出版することを前提として話を進めれば、編集者のアドバイスにより、ヒロイン像を大幅に変更せざるを得ない場合があるかもしれないという。
「破魔矢梨沙じゃないペンネームで、ネット小説でもいいんだったら、引き受けるわ」
と彼女は言った。
充分すぎる話だった。
破魔矢梨沙のネームバリューに頼れなくなるのは確かに痛い。だが、その文章が破魔矢梨沙のものであることは変わりないのだ。
彼女なら必ず多くの読者を魅了することだろう。
「でも絶対じゃないわ。ネット小説は動画サイトとかと同じでアクセス数がすべてなんでしょう?」
「確かに必ずしも本当に面白いものがランキングの上位に来るわけじゃないって意味ではそうかもしれないな」
「わたしは全力で小説を書くわ。だからあなたはランキング1位を取るためにできるだけのことをして」
俺は、彼女が書いた小説を最も読まれやすい時間帯に投稿する、投稿後にツブヤイターなどで宣伝するなど、小説を書くこと以外のあらゆることを担当することになった。
彼女は俺に、ヒロイン以外のこと、世界観や他のキャラクターについてもアイディアを出してほしいと言ってくれた。自分にはないアイディアが欲しいと。もちろんすべてが採用されるわけではなく、使うかどうかは彼女にすべて任せる。
つまり俺は、ネット小説家としての破魔矢梨沙の使い走り、否! ブレーン的、プロデューサー的存在でもあるということだった。
「でも、ペンネームはどうしようかしらね」
そんな風に頭を悩ませる彼女に、ネット小説の作者のペンネームは、普通の作家のペンネームのように苗字と名前があることの方が珍しいことや、ふざけたような、あるいはバカっぽい名前が多いことを伝えた。
「じゃあ、今からわたしとあなたの好きな食べ物を言い合って、それを足したものをペンネームにしましょう」
と彼女は言い、
「じゃあ、せーの」
その言葉を合図に、
「とりにく」
「チキン」
俺たちは同じ食べ物の違う呼び名を口にした。
とりにくと言ったのは俺で、チキンと言ったのが彼女だった。
「とりにくチキン?」
「とりにくチキンだね」
俺たちは笑いあい、ネット小説家としての破魔矢梨沙のペンネームは「とりにくチキン」に決まった。
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