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第4話「動機が不純で何が悪い。文明が発展したのは戦争とエロのおかげだ」④

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 西日野亜美は、大学のすぐそばのコンビニのレジにいた。
 彼女はどう見てもコンビニのアルバイトをしているように見えた。レジに並んでいるのではなく、レジの内側にいたし、そのコンビニのロゴ入りの制服を着ていたから間違いなかった。

 このコンビニの制服は、他のコンビニに比べかなりかわいく、西日野はかわいく着こなしていた。
 世の中には制服フェチという性癖の持ち主がいるが、このコンビニの制服にまで欲情する男もいるらしく、そういったコスプレアダルトビデオもあると聞いたことがあった。

 この辺りで一人暮らしをしているのだろうか。だったらどうしてスマホを探しに来なかったのだろうか。
 いや、それよりも、高校2年で塵芥賞と直列賞をダブル授賞したような人気作家が、

「こんなところで一体何をやってるんだ? 破魔矢梨沙」

 俺は思わず彼女のスマホをレジに置き、そう言ってしまっていた。
 メディアに一切顔を出さず、授賞式さえ欠席し、ネットでは「実はおじさん説」まで流れている覆面作家の名で呼んでしまっていた。

 西日野は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、

「ありがとうございました」

 とだけ接客の口調で言って、スマホをコンビニの制服のポケットにしまった。
 ちらりとレジの奥を見て、おそらくは先輩バイトが居眠りか何かをしているのを確認したのだろう、童顔のかわいらしい顔を歪ませて俺をにらんだ。
 店内には俺の他に客はいなかった。

「あなた誰? どこでこれを拾ったの? 中を見たの? どうやってロックを解除したの?」

 小声で俺に矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。
 彼女と会話するのはこれが初めてだったから、怒りや警戒が含まれているとはいえ、こんな口調で話すのかと、こんな舌足らずな声をしていたのかと、それは新しい発見だった。

「俺はあんたと同じ学部で同じ1年、名前は日永章(ひなが あきら)。
 3日前の昼休みに大学の食堂で拾った。
 中は見させてもらったよ。
 暗証番号は0000から9999まで確かめていく途中で見つけた」

 俺もまた、小声で矢継ぎ早に回答した。

「呆れた。何を堂々と回答してるのよ。あなた、わたしのストーカーか何か? 警察呼んでいい? 逃げるならこの埃だらけのカラーボールを投げるけど」

 彼女はさらに矢継ぎ早にそう言うと、レジ脇にあるカラーボールに手を伸ばした。

「待て待て、俺はただお前と取り引きがしたいだけだ」

 俺は慌てた。本当に警察を呼ばれでもしたら洒落にならなかった。
 無理せず入れるような偏差値の大学だったから受験勉強はさして苦にならなかったが、入学して半年がたち、ようやく今の生活に慣れてきたばかりなのだ。停学どころか退学になりかねないような事態は避けたかった。

「取り引き? 恐喝でしょ?
 覆面作家の破魔矢梨沙の正体がわたしだと大学内やマスコミにリークされたくないなら、お金を用意しろってことでしょ?」

「違う!」

 俺はしっかり否定をしたのだが、

「お金を用意するのは一回だけって話だったはずなのに、その後何度も要求してきて……最後にはわたしの体まで……」

 彼女は被害妄想としか言い様のない妄想を膨らませ、瞳に涙をためていた。
だが、それも仕方がないことだった。
 見ず知らずの赤の他人がスマホを拾って交番に届けてくれたのなら、それはいい人だ。
 だが、スマホのロックを解除して持ち主を特定したり、バイト先に現れて、いきなり目の前につき出してきたなら、それはかなり危ない奴だった。

「言っておくけど、嫌よ嫌よも好きのうちなんてのは、男目線の身勝手でしかないの。本気で嫌なとき、女はこういう目をするから」

 そして、死んだ魚か、あるいはビー玉のような目をして見せた。
 俺もきっと同じ目をしていたことだろう。
 彼女も俺に引いていたが、天才小説家の狂人的な思考回路に俺もまた若干、いや、かなり引いていたからだ。

「俺はあんたに金も体も要求しないよ。あんたにただ俺が理想とするヒロインが出てくる小説を書いて欲しいんだ」

 天才小説家は、俺の言葉にきょとんとしていた。
 俺は構わず取り引きを続けることにした。

「あんたの小説は全部読んでる。塵芥賞を取った『殴られ蹴られ』は、その前に小説さらば文学賞を取ってて、その後塵芥賞にノミネートされただろ。さらばの時にはもう読んでた」

 塵芥賞や直列賞は、広く一般に作品を募集している文学賞ではなかった。その年に刊行されたり、文芸誌に掲載された新人作家の小説すべてがその選考対象となるのだ。直列賞は中堅作家の作品も対象になっているようだったが。


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