「キヅイセ」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな

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【第二部 異世界転移奇譚 RENJI 2 】「気づいたらまた異世界にいた。異世界転移、通算一万人目と10001人目の冒険者。」

第154話 シン・ブライ・アジ・ダハーカ 破

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「わかった。どうやればいい?」

「わたしが教えるわ。
 この子、教えるのが下手だから」

 ステラは、前にアンフィスと共に、ピノアから教わった際に、擬音や「なんかいろいろする」といった指導をされ、ふたりで辟易したことを思い出した。

「手のひらに、エーテルと、すべてを喰らう者を集めてみてくれる?」

 その言葉を聞いた父は、

「なるほど。すべてを喰らう者は、この魔素の存在を何故か許してしまったわけか。
 だから、すべてを喰らう者をエーテルによって、この負の魔素だけを喰らう者へと進化させるわけか。
 考えたな」

 出来ないと思っていたわけではなかったが、驚くほど理解が早かった。

「わたしたちにこれを教えてくれたのは、レオナルドだけどね」

「レオナルドが……? そうか、彼はこの魔素に魅了された私をどうにかしてくれようとしたんだな」

「そういう風には言ってなかったけど、もしかしたらそうかもね。
 素直じゃないからね、レオナルドは」

「あぁ、我が弟ながら、本当にかわいくない奴だと思うよ」

 ピノアとステラは顔を見合わせた。
 ステラの要望通り、自分の出自を知る前の彼を連れてきたと先ほどオロバスは言ったはずだった。

「……知ってたの?」

「いや、君たちに会った時に感じた不思議な感覚を、レオナルドにはじめて会った時に感じたことを思い出してね」

 なるほど、とふたりは思った。
 そして、自分たちに会ってしまったことによってここで彼はきっと自分の出自を知ってしまうだろうこともわかった。

「……ということは、ラーガル王子も私の弟か」

 彼の時代では、ピノアやステラが知るエウロペの国王はまだ王子なのだ。

 自分の出自を知った彼は、エウロペの前国王を殺害し、そして王子を国王に即位させ、自らは大賢者となり、エウロペの魔法文明を飛躍的に発展させた。
 自分や国王やレオナルドの母親である三賢者に、飛空艇の魔法人工頭脳を作らせた後で、三賢者をも殺害した。
 魔法文明の急激な発展は、エーテルの枯渇を招き、彼は戦争を起こし、その問題をより深刻化させてしまう。

「王子はとても優しい。優しすぎるくらいに。そして、人を疑うことを知らない。騙されやすい性格だ。
 私がこの負の魔素に魅了されることがなければ、そして王子のそばでわたしが彼を支えれば、きっと彼は良い王になり、エウロペはもっと良い国になるだろうな」

「そうしてもらえるとうれしいな」

「レオナルドは放っておいてもいいだろう。素直じゃないが実直で、職人堅気な男だ。きっと良い魔装具鍛冶職人になる」

「そうだね」

「だが、兄弟三人が三人とも魔人に産まれるなんてことはありえない。
 たとえ両親が共に魔人であったとしてもだ。
 私たちは、母親の胎内にいる間に、人工的に魔人にされたということだな……」

 やはり、父はたどりついてしまった。
 言葉を慎重に選ばなければと思うと、ステラは急に喉がかわいた。
 生唾を飲み込むと、ピノアも同時に飲み込んでいた。
 彼女も緊張しているのだ。

「憎い? お母さんが」

「君たちにこうして出会わなければ、それを知ったとき、きっと憎んだだろうな……
 だが、そのおかげで、私はこれから君たちの役に立てるだけでなく、わたしがいた時代を、世界を救えるのだろう?
 私は自分の母親を知らないが、人工的に魔人を作り出せるような者は三人しか心当たりがない。
 今は感謝しかないな」

「そっか……よかった……」

 ピノアはほっと胸をなでおろしていた。

 できたぞ、と父は言った。

「だが、どうやらこの時代には、それをさらに喰らう者がいるようだな。
 ふむ。では喰われてしまわないように、少し進化の仕方を変えて見るか」

 さすがだねお父さんは、とピノアはステラに言った。
 本当ね、とステラは感心した。

 彼は、ふたりが思っていたよりも、ずっとずっと、すごい父親だった。

「これでいいだろう」

「じゃあ、それをね、好きな形にイメージして、手のひらからたくさん産み出してみて。色も好きな色をつけていいよ」

「蝶がいいな。黄金の蝶が、世界中にひらひらと飛んでいたら、きっとテラはもっと美しくなる」

 父の発想にステラは驚かされた。
 ピノアはただヒントを与えただけだ。
 だが、父はピノアと同じものを産み出そうとしていた。
 ピノアの魔法の才能は、父親譲りだったのだ。

「そうだね、わたしもそう思う」

「ゴールデン・バタフライ・エフェクトなんていう名前はどうだ?」

 ネーミングセンスもまた。

「すごくいいと思うよ。
 それからね、その蝶々は、人の心をきれいにもしてくれるんだ。
 人を憎んだり、妬んだり、騙したり、そういう人が持つ負の感情をなくしてくれるの」

「盗みや殺人や戦争をなくせるのか?」

「そうだよ。人は仲良く平和に暮らした方がいいのに、どうしてもそれができないよね」

「聖書にある人類最初の殺人ですら、弟が選民意識から兄を殺しているくらいだからな。
 選民意識意識も消せるか?」

「消せるよ」

「それはよかった。
 私は高い選民意識を持つ者が、預言にある大厄災を起こすのではないかと考えているんだ。
 大厄災が何なのか、どのようにして起きるのかはわからないが、高い選民意識を持つ者が神になろうとするのではないかとね」

 ピノアとステラはまた顔を見合わせた。
 そして、笑った。

「そこまでわかってたのに、大厄災を起こして神になろうとしてたんだ?」

「ダークマターは、お父さんをそこまで変えてしまったのね」

 ふたりの言葉を聞き、

「そうか。君たちは、父親である私がしたことを止めてくれたんだな。
 そして、今、私がそのような愚かな人間にならないように、本来の私のまま正しく生きられるようにしてくれようとしているんだね」

 彼はすべてを理解し、

「わたしもまた誇りに思うよ。
 君たちのような娘を持てる、未来の自分を」

 そう言った。

 ステラとピノアの瞳に涙があふれた。

「この蝶がずっと飛んでたら、わたしは本来の、今の私のまま生きていけるだけでなく、世界中の人々が互いを思いやる心を忘れずに、生きていけるようになるんだな……」

 父も瞳に涙を溜めていた。


「あ、大事なことを言い忘れてたけど、この時代は、お父さんのいた時代から4000年以上経ってるんだ」

「4000年も未来なのか?
 だが、君たちがいくらアルビノの魔人とはいえ、4000年も生きることは不可能だろう?」

「でも、わたしたちは本当にあなたの娘だよ。
 お父さんが起こそうとした大厄災は止めたんだけど、お父さんはある人っていうか、組織? に利用されてただけだったの。
 わたしたちはそれを知らなくて、大厄災が起きちゃったんだ。
 それでね、また人の歴史が、神が自分に似せて人を作るところからやり直しになったの」

「わたしたちは、お父さんとは違う形でこの世界に招かれたの」

 ステラは、話すとどうしても長くなってしまうから、自分たちがどうやってこの世界にやってかきたかは割愛することにした。

「今のこの世界は、お父さんやわたしたちの産まれた世界と似てるけど全然違う世界。
 お父さんを利用してた人が、大厄災を起こして神になってしまったから、聖書にある人類最初の殺人の動機も違う。
 この世界は、カインズとアベルズっていうふたつの人種がずっと戦争をしてる」

「その戦争を終わらせなければ大厄災が起きる、というわけか。
 そして、戦争を終わらせるたったひとつの方法こそが……」


『ゴールデン・バタフライ・エフェクト』


 3人は、同時に手のひらから黄金の蝶を産み出し始めた。


 イルルは、その様子を眺めながら、今はあの親子に任せようと、手のひらに一度産み出した蝶を、大気へと還した。

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