「キヅイセ」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな

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第0部「RINNE -友だち削除-」&第0.5部「RINNE 2 "TENSEI" -いじめロールプレイ-」

第9話 出席番号男子8番・中北知道 ①

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──内藤美嘉が処女かどうか確認しろ。 

 三度目の指令メールが届いた。 
 内藤美嘉のグループだった生徒たち、佳苗貴子、藤木双葉、八木琴弓の三人によって明らかになった彼女の秘密、彼女が処女だということ、それを確認しろ、というその内容から、やはりいじめの首謀者はこの中にいるのは間違いなかった。 
 けれど今回もぼくはクラス全員に目を配っていたけれど誰も携帯電話には触れた様子はなかった。一体どういうことだろう。誰がどうやってメールを送信しているのだろう。 
「野中さん、処女かどうか確認するってどうやるんすか?」 
 クラス一のチビ、中北知道が隣の席の野中恵成に言った。中北はさらにその隣の席の平井達也とふたりで、不良の野中の舎弟のような奴だった。 
 平井はガタイもよく、それなりに頭も切れる。同じ舎弟でも野中の右腕といった感じだが、中北は背が低く体はひょろひょろで、喧嘩も弱い。おまけに頭も悪かった。けれど誰についていけば自分の身が安全かということに関してだけは頭がよく働くらしく、中学時代からずっと野中の舎弟をやっているらしい。 
 そのくせ、野中が他校の生徒と喧嘩をするとか、何か危ないことをしようとするときは、いつもまっさきに逃げ出しているらしかった。きっと伊藤香織の恋人を自殺に追いやった時も、中北は喜んでいじめに参加していたのだろう。思いっきりいじめを楽しんだ後で、伊藤の恋人が自殺した途端、自分はいじめには関与していないとでも言ったに違いなかった。 
 こういう奴を世渡り上手とでもいうのだろうか。きっと社会に出てもうまく取り入る相手を見つけて出世するのだろう。そして部下に嫌われるんだろう。中年になって、中間管理職にでもなった中北が、高校生の今の姿から容易に想像できた。 
 ちなみに中北は、ものすごくどうでもいい情報だけど、鉄道オタクだ。乗り鉄で撮り鉄。将来はJRの運転手になるのが夢らしい。公共の乗り物の運転手は人の命を預かる大事な仕事だ。ぼくはこんな奴が運転する電車にだけは乗りたくないと思う。一生ジオラマで遊んでるか、ちょっと古いけど電車でGOでもやってればいいとさえ思う。 
「お前、そんなことも知らねーのかよ。童貞かよ」 
 野中は大声で中北を笑った。 
「女には処女膜ってのがあって、はじめてセックスするときにそれが破れて血が出んだよ」 
 野中にそう教えられた中北は、 
「へー、さすが野中さん、物知りっすねぇ」 
 と感心していた。ぼくは、こいつを本当に馬鹿でかわいそうだなと思う。 
「まぁ、俺は処女は感じなかったり痛がったりして、めんどくさいから嫌いなんだけど」 
 野中が言った。 
「さすが野中さん、経験豊富っすね」 
 馬鹿だから、誰に取り入れば自分の身が安全かくらいはわかる。けれど、取り入った相手が自分のことをどう思っているか考えたことなどきっとないのだろう。 
「お前、せっかくだから内藤に童貞もらってもらったら?」 
 野中は何気なくそう言ったように聞こえた。けれどもぼくには野中のその一言が中北への死の宣告に聞こえた。 
「な、野中さん、何言って……」 
 いつでも使い捨てができて替えがきく、所詮自分は野中にとって、そういう人間に過ぎないことを中北は気づいていなかったのだ。中北は冷や汗を流しながらそう言いかけたが、 
「せんせー、こいつが内藤とやりたいみたいなんですけど、こいつゴムもってないみたいなんすよ。誰かゴム持ってませんかね?」 
 野中はもう決定事項だと言わんばかりに大声でそう言った。 
「ゴムですか……困りましたね。先生の目の前で行われるのに、ゴムなしでさせるわけにもいきませんし……」 
 困った様子の先生が、不謹慎だけれどなんだかおかしかった。 
「誰かゴム、お持ちじゃないですか?」 
 先生は本当に困った様子で、アメリカのハイスクールなら夏休み前には生徒全員にコンドームを配布したり、性教育が進んでるんですけどねぇ、まぁ進んでるというより乱れてるって言った方が、ビバリーヒルズ高校白書世代の先生としては……とぶつぶつと呟いていた。この国じゃ保健室にもコンドームはないでしょうしねぇ、と言って、何かをひらめいたようにぽんと手を叩いた。 
「ま、仕方ないんじゃないんですか。内藤さんがゴムなしでOKだったら、いいでしょう」 
 先生はたぶん考えるふりをしていただけだ。困ったふりをしていただけなのだ。最初からそう言うつもりだったに違いなかった。 
「いいわけないでしょ!」 
 内藤美嘉は床に落ちていたチェーンソーを手にして叫んだ。さっき先生が大和省吾を真っ二つに切り裂いたチェーンソーだった。 
「内藤さん、抵抗するのはかまいませんが、殺してしまってはいけませんよ。殺すなら、一時間の制限時間を中北くんがオーバーしてからにしてください」 
 先生にそう言われた内藤は、わかってるわよ、とだけ言って、チェーンソーの電源を入れた。ブイイイインという激しい音と振動がぼくたちの耳を貫く。教室がまるで小さなライブハウスのようだった。 
 中北が野中に何か言っていたが、チェーンソーの音で聞こえなかった。どうやってセックスをするのか聞いているのだろうか。それとも、自分が捨て駒にされたことにでも気づいて、抗議でもしているのか。どちらにせよ哀れだった。 
 教室にいる誰もがきっと気づいていた。 
 内藤が中北に体を許すことは絶対にない。 
 一時間後、誰を生け贄に差し出すかと問われれば、ぼくたちは何の迷いもなく中北を指名するだろう。たぶん中北をかばう者はひとりもいない。 
 もう中北の死は決まってしまっていた。 
 それからの一時間は退屈でぼくは何度もあくびが出た。 
 中北が内藤に近寄る。 
 内藤がチェーンソーを構える。 
 中北が後ずさる。 
 また中北が内藤に近寄る、そんなことを一時間繰り返して、とうとう先生が内藤に右手でOKのサインを出した。 
「え? どうなるの? これ?」 
 動揺する中北の声がチェーンソーの音の中でかすかに聞こえた。 
「こうなるのよ」 
 その瞬間、内藤のチェーンソーは中北の股関に押し付けられていた。 
「うぎぃぃぃぃぃぃぃっ」 
 野中が中北の悲鳴を聞きながら大声で笑っていた。 
 股間は男の急所だというけれど、どうやら本当にそうらしい。 
 股間をチェーンソーでえぐられた中北はそのままぐったりと倒れるとぴくりとも動かなくなった。
 失血死か、ショック死かはわからない。 
 映画や漫画で見たバトルロワイヤルやリアル鬼ごっこ、王様ゲームの主人公は、これから死ぬ相手がたとえどんな嫌な奴でも、その死を悲しみ、悼んでいた。けれどあれは結局フィクションなんだなぁとぼくは中北が死ぬのを見て思っていた。 
 人がひとり死んだというのに、こんなに心が動かないことがあるんだな、とぼくは思った。 
 そんな風に思っていたのはぼくだけではなかったらしい。クラスのほとんどの者がぼくと同じ考えだったようで、笑い声を上げる者もいた。 
 けれど、そうじゃない者もいた。 
 加藤麻衣と脇田百合子だった。 
 ふたりはまた先生に許可をとり、教室の明かりを消して、プラネタリウムを映し出した。 
「またかよ」 
 誰かがそう言った。 
 暗闇の中で、脇田が声がした方向を睨みつけた。 
「ずさわ がしへ へじたそ すらぶ まやほ ちさひめ つずぺ きぬじ ぶひぼぱ ぽぴく ほずら わえらご べがじ すきみ ちとゆべ たざ ゆじい りかち ざげにに ぴぎせ やせぶ むべはそ ぼかざ がぱら すわぐほ うざご わかむ ええらゆ こごろ よばち りぼ ゆうて いみや おうきむ こうほ りいゆ うじとり やまあ きらぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺ」 
 加藤麻衣が唱える不思議な呪文は、気味が悪かった。 
「なぁ、これ」 
 と、祐葵がぼくに言った。 
「ふっかつのじゅもんじゃないか?」 
「ふっかつのじゅもん?」 
 ぼくはオウム返しに尋ねた。 
「ファミコンの頃のドラゴンファンタジーってまだセーブができなかったろ。あの頃はセーブができない代わりに、王様にふっかつのじゅもんっていうのを聞いて、次にゲームを再開するときそれを入力するんだよ」 
 祐葵がそう言った。ぼくが子供の頃にはもうDSやwiiが当たり前のようにあったから、そんな古いゲームの話は知らない。 
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