「キヅイセ」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな

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第92話 ひとつの架け橋

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 狼の姿だけでなく、ヒト型の姿に変化したレオナルドは、

「お前には新しい鎧が必要だな。それに俺には武器がいる」

 そう言って、甲冑の体の腹部を、手で触れることなく開いてみせた。

 腹部の中は当然ながら空っぽで、某錬金術師の漫画に出てくる弟の身体のようだった。
 しかし、その空っぽの空間には、今まさに空に無数に存在し、リバーステラから艦隊が現れ続けている、あの「ゆらぎ」のようなものがあった。

 レオナルドは甲冑の体の手をそのゆらぎに入れた。
 手はゆらぎの中に入ると、手首から先が見えなくなった。

「まだ試作品だが、この甲冑にさらにダークマターの魔法を無効化する機能をつけたものがある。
 ほんとは一緒に旅をしている途中で完成させるつもりだったんだが」

「ごめん、その前に、それ、一体どうなってんの?」

 レンジには、レオナルドがそこから鎧を取り出そうとしてくれているのはわかったが、それはもはや四次元ポケットにしか見えなかったからだ。

「四次元なんてレベルじゃねぇ。
 この世界は、時の精霊の魔法が存在する時点ですでに四次元だからな。
 五次元以降の余剰次元が、このゆらぎ、ゲートの正体だ」

 余剰次元……? 確か同じ言葉を、つい先日どこかで聞いた気がしたが、どこだったろうか。

「このゆらぎを作るのは、この甲冑を作ったり、三賢者が作った魔法人工頭脳を再現するより大変だったんだぜ。
 なんせ、俺たちの知ってるブライにも作れなかったゲートだからな。未完成だけど。
 で、この先には俺の店の倉庫に繋がってるわけだが……」


 どうやらなかなか見つからないらしい。

 肝心なときに見つからないとか、完全にそれ、もう四次元ポケットだよね?
 とレンジは思った。


「死んじまったとはいえ、なめられたもんだ。
 火事場泥棒みたいな真似をしてくれた奴がいるようだ。
 魔装具鍛冶の店だけにな!」

 全然うまくないし、なんか同じことをもう誰かが言ってるような気がなぜかした。

 だから、ますます四次元ポケット疑惑が高まっただけだったが、

「ちっ、俺が使おうと思ってた合体銃剣や他にもいろいろ盗まれてやがる」

 どうやら本当に火事場泥棒ならぬ鍛冶場泥棒にあったらしかった。


「しかたねぇ。さらに試作品の試作品を出すか」

 この人はきっと、次々とあふれてくるアイデアに、魔装具鍛冶としての実力は十分すぎるほどに伴ってはいるが、ひとつを完成させてしまう前に、次から次へと新しい物を作り始める癖がきっとあったのだろう。
 レンジはそう思った。

 そして、レオナルドがゆらぎから取り出した物は、今度は秘密道具ではなく某秘密結社のシンボルマークに似ているようで似ていない、そんな三角形の形をした手のひらに乗る大きさのエムブレムだった。

 どう見ても鎧や甲冑には見えなかった。
 だから、やっぱり出し間違えたのだと思った。

「これは、アイロンプリントでTシャツとかに貼り付けたらいいのかな?
 つけたら、メーソンの気分が味わえたりする感じ?」

 そんなレンジの言葉に、

「服を脱いで、胸の真ん中か、腹の丹田にでも貼り付けろ」

 レオナルドは言った。

「アイロンプリントで!? ごめん!! もう茶化さないから!!!」

 レンジはてっきり、からかいすぎてレオナルドを怒らせてしまったと思ったのだが、

「ちげーよ。そのアイロンってのが何かを知らねーけど、皮膚に近づければ勝手に貼り付くから」

 彼はレンジの服をめくりあげると、それを胸に無理矢理貼り付けた。
 どうやら、逆三角形になるように貼り付けるものらしかった。

「魔装具が結晶化したエーテルを素材にしてるってことは話したよな?
 話してなくても、ステラかピノアに聞いてるよな?
 もちろんそいつも、結晶化したエーテルで作られてる。
 だが、その内側に、今の俺の腹の中にあるのと同じ『ゆらぎ』を持ってる。
 で、そのゆらぎの先にあるのは、別の次元の大量のエーテルだ」

 そして、レオナルドは、

「エーテライズ」

 と、呪文のような言葉を口にした。

 逆三角形のエムブレムから、レンジの全身に甲冑の設計図のようなものが浮かび上がり、まるでぬり絵に色を塗るように甲冑が構成されていった。

「そいつは、たぶん、試作品の試作品でも、俺の最高傑作だ。
 なんせ、ブライとサトシの言葉からヒントを得て俺が作り出した、魔法文明と科学文明が手を取り合った先にあるものだからな」


 結晶化したエーテルのエムブレムの中に、ゆらぎ、つまりはゲート(未完成)があり、そのゆらぎの先には、別次元の大量のエーテルがある。

 そして、エムブレムの中には、ゆらぎとは別に魔法人工頭脳が存在し、大量のエーテルを吸い込むと同時に、結晶化を行い、あらかじめプログラムされた甲冑の形を構築するという。


「ガキの頃のお前は、変身ヒーローが好きだったんだろ?
 で、サトシは、お前よりもその変身ヒーローに夢中だった。
 ふなっしーってやつの次くらいにな」

 その通りだった。

 父は、レンジに変身ベルトを買ってくれただけではなく、自分用にもう一個変身ベルトを買っていた。

 テレビの中のヒーローは、ベルトのバックルにカードを挿すだけで変身できていたが、ふたりがいっしょに腰につけて遊んだベルトはあくまでオモチャであり、音声が鳴ったりランプが点灯するだけのものだった。


――なぁレンジ、今の科学じゃまだできないことなんだけど、もしかしたらレンジがじいさんになるころには、本当に変身できるベルトが出来るかもしれないぞ。

――ほんと?

――あぁ、ちょっと難しい話になるから、レンジにはまだわからないかもしれないんだけど……
  このベルトのバックル、カードを挿すところな、その中に変身スーツの元になる粒子ってやつを蓄えることができるようになって、カードを挿したらその粒子がスーツの形になるような技術ができたら、なんだけどね。
  さらにこのカード一枚一枚の中に、この棒がたくさん並んでるバーコードってやつを印刷するだけじゃなくて、チップってやつか何かを入れるんだ。
  そのチップに、いろんなヒーローのスーツの設計図を保存できるようになったら、いつか本当に変身できるようなベルトが出来るかもしれないんだよ。


 レンジは、12年前、父が行方不明になる前の年、父が話してくれた言葉を思い出した。

 確かその次の、ふたりでひとりのヒーローに変身するっていうのは、さすがにレンジが生きているうちは無理かもしれない、と父は言っていたっけ。
 バックルに差し込むUSBメモリのようなもの自体は、前のヒーローのカードと仕組みは大体同じって言ってたような気がした。


「すごいね、これ。父さんに見せてあげたかったな」

 レンジがそう言うと、

「ブライに、俺たちが知るブライとは違うオリジナルがいたように、サトシが生きてるからあの剣に景色が映ってるんだ。
 見せてやりな。喜ぶからよ」

 レオナルドはレンジの頭を撫でた。

「俺もあいつに見せてやりてーんだ。
 こいつは、ふたつの世界の架け橋みたいなもんだからな。
 戦争なんかせずに、お互いのいいところを学んで共存できたら、これよりもっとすげーのが作れるんだ」

 本当にその通りだと思った。

「だから、さっさと戦争を終わらせようぜ」


 レンジは、ステラとだけじゃなく、父と、レオナルドと、ピノアと、ニーズヘッグと、アルマと、みんなでふたつの世界の架け橋を作りたいと思った。

 きっとできる、そんな気がした。
 それは確信に近いようなものですらあった。

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