(異)世(界)にも奇妙な物語 ~ロール・プレイング・ミステリー・オムニバス~

雨野 美哉(あめの みかな)

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戦士は洞窟で迷い続ける

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私はかつて、歴戦の英雄と呼ばれた戦士であった。
魔法の才には恵まれなかったが、剣術や槍術、あらゆる武器を扱う天賦の才があった。

英雄と呼ばれた私の欠点は、大変な方向音痴であったことだろう。
城はもちろん、城下町でもいつも道に迷うため、地図はいつも必要不可欠だった。

私はある日、城の北にある小さな村へ向かう命を受けた。
その村ではこのひと月ほどの間で、大人や子どもに限らず、行方不明者が続出しているという。
魔物の仕業だと皆は騒いでいたが、私は半信半疑だった。
私にとっては、どんなに小さな村であっても、迷子になることやいつの間にか村の外に出ていること、一度出てしまったら地図がなくては帰れないことなどは、日常茶飯事であったからだ。

城の北には川が流れており、橋はなく渡し舟もなかった。大昔に川の下をくぐるように掘られた地下道だけが、北にある小さな村へ向かう唯一の手段だった。
地下道は魔物が出たりもするが、商人や町人たちも行き来できるよう、半年に一回は国を上げての魔物狩りが行われていた。

商人や町人たちが行き来きするくらいだ。
きっと、それほど複雑な構造ではなかったのだろう。
だが、私にとっては迷宮と呼んでもおかしくない場所であった。まるで入るたびにその構造が変わっているようにすら感じるほどだった。
若い頃は、魔物狩りのたびに私はいつの間にか迷子になっており、同僚たちからよく呆れられていた。
英雄と呼ばれるようになってからは、地下道の入り口で部下たちを指揮するだけであり、私はもう10年以上中に入ったことがなかった。

「誰か案内人を連れてくればよかったな……」

私は地下道の入り口でため息をもらした。
一度城に戻ることも考えたが、英雄としてのプライドが邪魔をした。
かつての同僚たちは、引退や戦死によりもういない。私の絶望的な方向音痴ぶりを知る者は、国にはもう誰もいないのだ。
方向感覚に優れた者ならば小一時間で往復できるであろう場所に案内人を連れて行ったなんて噂が流れたら、私の評判は地に落ちてしまうだろう。
それだけはなんとしても避けなければならなかった。

私は意を決して地下道へ続く階段を降りていった。
そして、案の定私は迷子になり、気づくと魔物たちに囲まれていた。
しかし、この地下道に巣くう魔物など商人や町人たちにとっては脅威でも、私の敵ではない。
私の敵は、一向に見つかる気配のない村側の出入口と、剣で傷をつけ目印にしたにも関わらず何度も通ることになる岩、描いては見たが全く役に立たない地下道の地図であった。
むしろ魔物たちは長期戦を覚悟した私にとって味方のようなものだった。首や尾がひとつふたつ多かったりはするが比較的獣に近い形をしているため、貴重な食糧になってくれた。城下町の料理店で流行っていた、じびえ、というやつだろうか。
炎の魔法が刃に込められた愛用の剣は、たいまつの代わりになるだけでなく、肉を焼くのに役に立った。

迷子になり1ヶ月ほどが過ぎた夜のことだ。
いつものように魔物の肉を焼いていた私の体を凄まじい衝撃が襲った。
背後から突然何者かに襲われたのだ。

私は、金属製の鎧でほぼ全身を覆っていた。
頭と首周りを完全に覆う兜。
肩と腰をしっかりと覆う胴鎧。
それだけではなく、腕部も脚部も完全に金属製の装甲で覆われていた。
この鎧には剣などによる斬撃は全く通用しない。
遠距離からの矢は殆ど弾き、至近距離から矢を放たないかぎり有効な攻撃にはならない。
槍などによる刺突の方がまだ可能性はあるが、この装甲の上から貫くためには鎧の中心を突く必要があり、相応の技量が要求される。
まさに鉄壁の要塞であった。

この鎧の唯一の弱点は、鎧と体が完全に密着しているため、ハンマーなどによる衝撃が直接体に伝わってしまうことだった。
だが、私を襲った衝撃はその類いのものではなかった。

魔法だ。

魔法は鎧の防御力など無視して、貫通するかのように私の身体に直接ダメージを与えてくる。
魔法の才に恵まれなかった私には魔法に対する防御力が皆無であった。

どこからだ? 誰が撃った?

私は辺りを見回したが、どこにも魔物の姿はなかった。無論、人間の姿もない。

魔法の才に恵まれなかったことは、魔法防御力がないだけではなく、私にさらなる弱点を作っていた。
私には霊感というものがない。
霊魂や死霊を見る力が一切なかったのだ。

魔法を放ったのがたとえ普通の魔物でなくとも、ゾンビやアンデッドのような生ける屍ならば目に見える。だから戦えるし、一撃で屠ることができる。
しかし、霊魂だけとなった死霊は、私の天敵だった。

通常、魔法は魔力を炎や氷、雷に変化させる。
だが、私に向かって放たれたのは、純粋な魔力を何にも変化させることなく、凝縮し発射する、対象をただ破壊することだけを目的としたエネルギーの塊だった。
それが何十発、何百発と私の体を撃ち抜いた。

ここにはそのような危険な魔物はいなかったはずだった。

私がこの地下道で殺し、喰らった魔物たち。
彼らが死霊となり、私への恨みから死霊の集合体のようなものを形成したとでもいうのだろうか。

だとしたら、私はこの敵には敵わない。

私は死を覚悟した。


私が志し半ばに倒れてからどれほどの時が過ぎただろうか。

肉体は朽ち果て、剣や鎧と骨が地下道に転がっている。
地下道には私以外の人間の死体もごろごろと転がっている。
私を倒した死霊の集合体のようなものが、地下道を通る者たちを次々と手にかけたのだ。
だが、死体が増えることはいつしかなくなった。
地下道を通る者もいなくなり、どうやら現在は封鎖されているようだ。
川には橋がかけられたか、渡し舟が出るようになったのだろう。

死霊の集合体は天に召されたか地獄に落ちたか、いつの間にか消えてしまっていたが、霊感のなかった私は霊魂となっていた。
霊魂になっても私はまだ方向音痴であった。
いまだに出口も、もはや入り口すらわからないでいたが、

「ここに本当に『アギアの剣』が?」

封鎖された地下道にやってくる者たちがいた。
彼らについていけば、この迷宮から出られるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いたが、

「はい、火山と5つの湖に行く手を阻まれた今の私たちには、どうしても必要な剣です」

彼らは霊魂となった私の前を素通りした。

「この国の古い書物によれば、この地下道には恐ろしい魔物が住み着いており、アギアの剣を守っていると」

私と同じく生まれつき魔法の才がなく、霊感もないのだろう。

「かつて歴戦の英雄と呼ばれた戦士がいたそうですが、その戦士はたったひとりでその魔物に戦いを挑み敗れたそうです」

私は、私について書かれた書が古い書物になるほど時が過ぎていたこと、全く違う内容になっていることに驚かされた。
だがそれ以上に、私が愛用していたアギアの剣についての伝承が後世に誤って伝えられていることに驚愕した。

炎の魔法が刃に込められたあの剣は、たいまつの代わりにするものでも、魔物の肉を焼いて食べるためのものではなかった。

『火山と5つの湖に行く手を阻まれた今の私たちには、どうしても必要な剣』

確かに彼らの言う通り、あの剣は火山の火口に落とし、噴火を促すことができる、神話の時代に作られた剣だった。
溶岩を湖や川に流し、歩いて渡れない場所を渡れるようにする、そういった使い方もできる。
しかし、それは神々のしかけた罠だった。
そんな使い方をすれば、火山灰が空を覆い、数百年数千年に渡って地上には太陽の光が届かなくなってしまう。
そんな世界では人間も魔物も生きていくことは出来ない。
あれは、神々が魔物ともども人間を滅ぼすために作った武器のひとつであった。

「そんなに強い魔物がいる気配はないが……」

「なぁ、もしかして、そのアギアの剣ってこれか?」

男たちのひとりが、私の骨や鎧と共にあった剣を手に取った。
別の者が片手に持った書物のページをめくり、絵に描かれているものと見比べる。

「間違いないようですね。
その剣があれば、前人未到の地と呼ばれたかの地に進むことができるでしょう」

私は、彼らに何度もそれは罠だと訴えた。
だが彼らに私の声は届かなかった。

彼らのうちの誰かに取り憑くしかない。
そうも考えたが、私には霊魂になってもそんな器用な芸当は出来なかった。

それだけではなかった。
地下道から出る彼らについていった私は、彼らが外に出た瞬間、元いた私の骸のすぐそばへと戻された。

私はこの迷宮から永遠に出ることが出来ないのだ。

それは、私にとって幸いであったのかもしれない。
彼らが滅ぼす世界を、飢饉や飢餓に苦しむ人間たちを、私は見ないですむのだ。




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