(異)世(界)にも奇妙な物語 ~ロール・プレイング・ミステリー・オムニバス~

雨野 美哉(あめの みかな)

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酒場には勇者の仲間が増え続ける

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わたしが経営する酒場には、いつからか何故か冒険者たちが昼間から集まるようになった。
街に住む者たちが酒を飲みにやってくることはほとんどなくなり、酒場というよりは国公認の冒険者ギルドのようになっていた。
国からの補助金のようなものは一切なかったが、勇者様曰く、国王自ら勇者様に「酒場に行けば仲間が見つかるだろう」と仰られたらしい。
まったくおかしな話があったものだ。冒険者たちだけでなく、一国の王にとってもわたしの酒場がそういう認識であるのなら、国から多少の補助があるか、税金を免除してくれるかしてほしいものだった。できればその両方が望ましい。

酒場に集まる冒険者たちには、様々な職業が存在する。
戦士、武闘家、僧侶、魔法使い……
そういった定番のものから、商人や義賊、旅芸人、踊り子、吟遊詩人、船乗り、大工、羊飼い、魔物使いなど、一見魔物との戦いには不向きと思われる職業の者でも、魔物と戦えるだけの最低限の力さえ持っていれば冒険者として登録していた。

わたしが最も驚かされた職業は、腕につけた籠手のようなものを操作し、世界中の神話や伝説に登場する悪魔を召喚、使役する者だろうか。
戦車という鉄の乗り物に乗る異国の職業の者や、体の一部や全身が機械の者もいた。
この世界とは異なる世界で、トラックという鉄の乗り物にひかれて一度死に、この世界に転生したという者もいたが、さすがにあれは酔っぱらいの作り話だろう。
数字と文字が並ぶ16進法の呪文のようなものを呪詛のように呟き続ける者もいた。その男はやけに金持ちな上やたらと強かった。

同じ職業の者でも、身分や技量によって呼び名が異なったりもする。
これが非常に面倒で、戦士ひとつとっても、騎士や侍、忍者、傭兵、聖騎士、竜騎士、暗黒騎士、魔法剣士など多岐にわたる。
暗殺者や処刑人といった、あまり関わりたくない者もいる。
酒場に登録された冒険者たちのすべての職業を網羅するだけで、きっと日が暮れてしまうだろう。

わたしの酒場がただの酒場兼冒険者ギルドであった頃は、不満こそあったがまだ良かったように今なら思う。
勇者様が顔を見せるようになってから、わたしの酒場ではたびたびおかしなことが起きるようになった。

「○○○○って名前の、職業が○○○○の者はいない?」

冒険者リストに登録のない名前や職業の者を勇者様が口にすると、どこからかその名前とその職業の者が現れるようになったのだ。
最初はたまたまその条件に合う者が酒場に飲みに来ていただけだと思った。
だがそれが二度三度と何度も続くようになると偶然とは思えず、さすがに怖くなった。
親が子どもにつけるはずのないような卑猥で喜天烈な名前を持つ者が、何人も現れたりもした。
勇者様は生まれながらに精霊の加護や奇跡というものを受けていると聞いていたが、わたしにとってそれはまるで悪夢を見せられているかのようだった。
いや、あれは悪夢なんて生ぬるいものではなかった。災厄の兆しだった。

ある日わたしは、勇者様の条件に合う名前と職業の者は皆、酒場の二階から必ず階段を降りて現れることに気づいてしまった。

酒場の店主はわたしだが、二階建てのこの建物の持ち主はわたしではなかった。わたしは一階を借りているだけで、二階は別の者が借りていた。
酒場を開いて何年も過ぎていたが、わたしはなぜか二階を借りている者と全く面識がなかった。誰が借りているか知らなかっただけではなく、何の店をしているのかすら知らなかった。
普通は店を開いた時に挨拶くらいしているはずだった。わたしは挨拶に行かなかったのだろうか。そもそも先に店を開いたのは二階を借りている者だっただろうか、わたしが先だっただろうか、それすらもわたしにはわからなかった。

わたしはその日、いつもより早く店を閉めることにした。
随分と挨拶が遅れてしまったが、菓子折りを持って一度も登った覚えのない階段を登り、二階に上がることにした。
階段は二階に繋がっているだけにしてはやけに長いように感じた。階段を登る足も何故か一歩一歩がとても重いように感じた。
わたしという存在の来訪を、二階の主が拒絶しているのではないか。そんな被害妄想めいた感覚すら抱くほどだった。
体力にはそれなりに自信があったつもりだが、階段を登り終える頃には、わたしの体はすっかり息が上がってしまっていた。運動をした後とは全く違う、かいたことのない嫌な汗をかいてもいた。

「あの、わたし、一階で酒場をしている者なのですが」

わたしはそう言いながら顔を上げ、

「ご挨拶が遅くなってしまって大変申しわ……」

目の前の光景を見て絶句した。

服屋の店先にあるマネキンのようなものが、布製の簡素な服を着せられて大量に並んでいたからだった。
その数はざっと見ただけで100体以上あった。
服屋で数体見かける分には何も感じないが、それだけの数が大して広くもない空間にぎゅうぎゅう詰めにされて並んで立っているのは異様な光景だった。
絶句したのはそれだけが理由ではなかった。

二階には、誰も人はいなかった。

わたしは引き返そうと思ったし、今考えても引き返すべきだった。
だが、その時のわたしは、誰も人がおらず人形しかないこの場所から、どうして勇者様の望んだ名前と職業の冒険者が降りてくるのか、どうしても知りたくなってしまっていた。
知りたいという欲求を抑えきれなくなってしまっていたのだ。
わたしは引き返すことをやめ、菓子折りを床に置くと、一番近くにあったマネキンのようなものをつぶさに観察した。

よく見ると、それはマネキンと違って肘や膝にちゃんと関節のようなものがあった。
関節部分は球体状になっており、服を脱がせると、肩や腰にも同じような球体の関節があった。首や手首、足首だけでなく、指までしっかりと人間と同じように動く。
皮膚もまるで人間のような肌触りで、血管や血まで再現されているんじゃないかと思うほど血色も良かった。
わたしにはそういう趣味はなかったけれど、性行為もしようと思えばできるのではないか。そんな風に思うほど、それは精巧に作られていた。

「これは、ホムンクルス……? いえ、ヒューマノイドというものかしら?」

ホムンクルスは確か、錬金術師という職業の者たちが作り出す人造人間のことだった。
それに対し、ヒューマノイドは人間そっくりの生物や人型の機械人形のことだったはずだ。
人型の機械人形というのが、わたしの目の前にあるものに一番しっくり来る気がした。

この二階には今日はたまたま人がいないわけではないのかもしれない。
ここは、わたしのような店主が必要のない場所なのではないか。
誰かがこの機械人形たちを作っているのは間違いないが、ここは倉庫のようなものであり工房ではない。それは、ぎゅうぎゅう詰めの人形たちを見ればわかることだった。

『○○○○って名前の、職業が○○○○の者はいない?』

勇者様のあの言葉は、この機械人形たちに名前と職業を与え、魂や命といったものを吹き込む魔法の言葉だったのかもしれない。
それらを与えられた機械人形たちは、自分のことを人間だと思い込むだけではなく、彼ら彼女らを見る者の認知さえもねじ曲げてしまうのではないだろうか。
これまで何人もこの二階からわたしの酒場に降りてきた者たちがいたが、少なくともわたしには人形になど一度も見えなかった。いつも人間に見えていた。

『○○○○という名の、酒場の店主の女がほしいな』

不意にわたしの頭の中にそんな言葉が響いた。
勇者様とは違う、年配の男の威厳のある声だった。
聞き覚えがあるような気がしたが、誰の声かまではわからなかった。

『年は……そうだな、二十代後半か三十代前半といったところか。
美人であればあるほどいいが、幸が薄そうな顔がいい。
どちらかの目の下に涙ぼくろがあるような』

男の声は勇者様と違い、年齢や外見まで指定した。
わたしが酒場を開いたのは、ちょうどそれくらいの年の頃だ。
客からはよく美人と言われるが、たまに酒癖の悪い客から幸が薄い顔と言われていた。
わたしは左目の下を手で触った。この涙ぼくろはわたしのチャームポイントだとずっと思っていた。
けれど、どうやら違ったらしい。

その声は、わたしが生み出されたときに聞いた声だった。
わたしがはじめて目を開いたとき、目の前にいたのは、満足そうに頷くこの国の王だった。

わたしはふと、自分の手を見た。

客たちによく綺麗だと褒められるその手には、指や手首に球体の関節があった。

『さすがはこの国で一番の機械人形技師だ。
勇者さえもいくらでも自由に作り出せるのだろう?』

『はい、勇者の仲間はもちろん、魔王ですらちょうど良い強さに設定できます。
ですが、ひとつだけ問題が』

『何だね?』

『私の機械人形たちは、自分が人ではなく人形だと気づいてしまったら、ただの人形に戻ってしまうのです』

頭の中に響く機械人形技師の言葉の通り、わたしの体は次第にわたしのものではなくなっていった。

『大した問題ではなかろう。この女も勇者も魔王も、精霊や竜神や神でさえ、そのときはまた作り直せば良いだけではないか』

やがて、指先ひとつ動かすこともままならなくなり、

わたしの
意識は

糸が

切れたような


音と

共に







した。




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