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老人の待ち人来たらず
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子どもの頃から、待つという行為は私にとってあまり苦ではなかった。
毎朝一緒に学校に行く幼なじみが毎日のように寝坊をしても、私は一度も怒ったことがなかった。
初めて交際した女性も時間にルーズな人だった。
毎回待ち合わせ時間に遅れて来る彼女を待つ時間も、私にとっては彼女と過ごす大切な時間の一部であった。
人は人生の1/3の時間を睡眠に使うと聞くが、私は残った2/3のうちのさらに1/3、人生の2/9の時間を誰かを待つことに使った。
待つのは苦ではなかったが、90歳になった年、私は人生のうちの30年を睡眠に、20年を人を待つことに費やしたことに気付いたときはただただ呆然とした。
異国の歴史書には、その国を築いた三人の英傑の性格を違いを著す、こんな言葉があるという。
鳴かぬなら殺してしまえガーゴイル。
鳴かぬなら鳴かせてみせようガーゴイル。
鳴かぬなら鳴くまで待とうガーゴイル。
最初の英傑は部下に裏切られ死に、二人目の英傑は他国を侵略中に死に、最後の英傑が国を治めたという。
私の人生は、ガーゴイルが鳴くまで待つ人生だった。
ガーゴイルという魔物の鳴き声など聞いたことはなかったが。
だが残念なことに、私は国を治めることができるような者ではなかった。
平民の家に生まれ、何かを成し遂げたことなど一度もなく、こんな性格であったから、常に誰かに利用され続け、人並みの幸せも得ることができなかった。
足腰を悪くし仕事を辞め、人里離れた森の中にある古い祠にひとり移り住んだ後は、人ではなく死を待つだけの何も得ることのない人生だった。
そんな私の前に、ある日精霊の使いを名乗る者が現れた。
精霊の使いは、私に「玉の枝」という木の枝を渡し、いつかそなたのもとに勇気ある者がこの玉の枝を受け取りに現れる、と告げた。
それは形こそ木の枝であったが、その根は銀、茎は金、実は真珠で出来た、見たこともないほど美しいものだった。
精霊の使いは、私以外の4人の者にも、御石の鉢、火鼠の裘(かわごろも)、龍の首の珠、燕の産んだ子安貝といったものを預け、勇者ある者を待ち続けるように言ったという。
勇気ある者がそのすべてを集めたとき、魔王に封印された精霊が復活を遂げ、勇気ある者は魔王を打ち倒す力を手に出来るという。
だが、勇気ある者が現れるのがいつになるのかまでは、精霊の使いですらわからないという。
そのため、すでに90歳であった私は、精霊の使いの秘術により、勇気ある者が現れるまで死ぬことが出来ない体となった。
私は歓喜した。
人並みの幸せすら手にすることが出来なかった私の人生に、ようやく意味を見いだすことができたからだった。
私は精霊の使いに選ばれた。
それだけで報われた気がした。
それに、勇気ある者が精霊を復活させ、魔王を打ち倒した時、私はようやく何者かになれる気がした。
だが、それから数百年の時が流れても、勇気ある者が私を訪ねてくることはなかった。
私は死ぬことは出来なかったが、玉の枝は100年程で真珠の実が落ちてしまった。
200年が過ぎる頃には、金の茎や銀の根も枯れてしまった。
精霊の使いがきっと新たな玉の枝を届けに来るだろうと思ったが、300年が過ぎても彼女は現れなかった。
400年が過ぎた頃だった。
外の世界がどうなっているのかを知ろうとした私は、ただ死ぬことができないだけではなく、私の住む祠から一歩も外に出ることが出来ない体になっていたことに気づいた。
外に出られないのはとても不便だった。
勇気ある者が現れなかったということは、精霊はまだ復活していないということだろうか。
玉の枝が枯れてしまった以上、精霊は二度と復活することができなくなってしまったということなのだろうか。
魔王を打ち倒す力を手にするはずの勇気ある者は、魔王どころか魔物との戦いに敗れたのだろうか。
そんな風に疑問を抱いても、私には確かめることが出来なかった。
500年が過ぎた頃のことだ。
私はふと、
人間たちはどうなったのだろうか?
と、精霊の使いから玉の枝を託されて以来、はじめて疑問に思った。
私を利用し続け、人並みの幸せも与えることを許さなかった愚かなあの者たちは滅んでくれたのだろうか、と。
魔王が滅ぼしてくれたのだろうか、と。
私はあの時以来久しぶりにもう一度歓喜した。
あの時とは、真珠の実が落ちてしまった時のことだ。
あれは落ちてしまったのではなかった。
退屈に耐えかねた私が実をちぎって捨てたのだ。
子どもの頃から、待つという行為は私にとってあまり苦ではなかった。
そう自分に言い聞かせていた。
待つという行為は、私にとって苦行そのものでしかなかった。
毎朝一緒に学校に行く幼なじみが毎日のように寝坊をしても、私は一度も怒ったことがなかった?
本当は毎朝怒っていた。
怒りを顔に出さないようにしていただけだ。
何故私が、ただ家が近所というだけで、自堕落なその幼なじみのために、毎日学校に遅刻しなければいけないのか、意味がわからなかった。
自堕落なくせに世渡りだけはうまい彼を教師たちが怒らず、何故私だけが怒鳴られ殴られるのか、全く理解出来なかった。
だから私は彼の家に火をつけた。
もう二度と遅刻せずにすむように。
もう二度と怒鳴られたり殴られたりせずにすむように。
もう二度と彼の顔を見なくてすむように。
毎回待ち合わせ時間に遅れて来る恋人を待つ時間も、私にとっては彼女と過ごす大切な時間の一部であった?
そんなはずないだろう。
何度家に帰ろうと思ったか、何度ひとりで遊びに出かけようと思ったかわからない。
遅れてきたことを悪びれることなく、私に食事を奢らせ、服やアクセサリーをねだるような女は死んで当然だと思っていた。
だから彼女の家にも私は火をつけた。
私を一度でも待たせた人間を、私は絶対に許さなかった。
そんな私がいつ訪れるかわからない勇気ある者のことをいつまでも待っていられるわけがなかった。
そもそも、私にとって人間は滅ぶべき存在であったのだ。
だから私は玉の枝から真珠の実をちぎって捨てたのだ。
いや、本当にそれを捨てたのだったろうか。
私はその実をもぎ取り食べたのではなかったか。
でなければ説明がつかないことがある。
足腰が不自由になっていたはずの私の体が若返っていることだ。
それだけではなく、肌の色が変わり、背中に翼が生えていることだ。
力や魔力に満ち満ちた、魔物の姿になっていることだ。
私の祠には無数の勇気ある者たちの屍が転がっていることだ。
ガーゴイルは、殺すのでも鳴かせるのでも、ましてや鳴くまで待つような存在ではなかった。
なるものなのだ。
毎朝一緒に学校に行く幼なじみが毎日のように寝坊をしても、私は一度も怒ったことがなかった。
初めて交際した女性も時間にルーズな人だった。
毎回待ち合わせ時間に遅れて来る彼女を待つ時間も、私にとっては彼女と過ごす大切な時間の一部であった。
人は人生の1/3の時間を睡眠に使うと聞くが、私は残った2/3のうちのさらに1/3、人生の2/9の時間を誰かを待つことに使った。
待つのは苦ではなかったが、90歳になった年、私は人生のうちの30年を睡眠に、20年を人を待つことに費やしたことに気付いたときはただただ呆然とした。
異国の歴史書には、その国を築いた三人の英傑の性格を違いを著す、こんな言葉があるという。
鳴かぬなら殺してしまえガーゴイル。
鳴かぬなら鳴かせてみせようガーゴイル。
鳴かぬなら鳴くまで待とうガーゴイル。
最初の英傑は部下に裏切られ死に、二人目の英傑は他国を侵略中に死に、最後の英傑が国を治めたという。
私の人生は、ガーゴイルが鳴くまで待つ人生だった。
ガーゴイルという魔物の鳴き声など聞いたことはなかったが。
だが残念なことに、私は国を治めることができるような者ではなかった。
平民の家に生まれ、何かを成し遂げたことなど一度もなく、こんな性格であったから、常に誰かに利用され続け、人並みの幸せも得ることができなかった。
足腰を悪くし仕事を辞め、人里離れた森の中にある古い祠にひとり移り住んだ後は、人ではなく死を待つだけの何も得ることのない人生だった。
そんな私の前に、ある日精霊の使いを名乗る者が現れた。
精霊の使いは、私に「玉の枝」という木の枝を渡し、いつかそなたのもとに勇気ある者がこの玉の枝を受け取りに現れる、と告げた。
それは形こそ木の枝であったが、その根は銀、茎は金、実は真珠で出来た、見たこともないほど美しいものだった。
精霊の使いは、私以外の4人の者にも、御石の鉢、火鼠の裘(かわごろも)、龍の首の珠、燕の産んだ子安貝といったものを預け、勇者ある者を待ち続けるように言ったという。
勇気ある者がそのすべてを集めたとき、魔王に封印された精霊が復活を遂げ、勇気ある者は魔王を打ち倒す力を手に出来るという。
だが、勇気ある者が現れるのがいつになるのかまでは、精霊の使いですらわからないという。
そのため、すでに90歳であった私は、精霊の使いの秘術により、勇気ある者が現れるまで死ぬことが出来ない体となった。
私は歓喜した。
人並みの幸せすら手にすることが出来なかった私の人生に、ようやく意味を見いだすことができたからだった。
私は精霊の使いに選ばれた。
それだけで報われた気がした。
それに、勇気ある者が精霊を復活させ、魔王を打ち倒した時、私はようやく何者かになれる気がした。
だが、それから数百年の時が流れても、勇気ある者が私を訪ねてくることはなかった。
私は死ぬことは出来なかったが、玉の枝は100年程で真珠の実が落ちてしまった。
200年が過ぎる頃には、金の茎や銀の根も枯れてしまった。
精霊の使いがきっと新たな玉の枝を届けに来るだろうと思ったが、300年が過ぎても彼女は現れなかった。
400年が過ぎた頃だった。
外の世界がどうなっているのかを知ろうとした私は、ただ死ぬことができないだけではなく、私の住む祠から一歩も外に出ることが出来ない体になっていたことに気づいた。
外に出られないのはとても不便だった。
勇気ある者が現れなかったということは、精霊はまだ復活していないということだろうか。
玉の枝が枯れてしまった以上、精霊は二度と復活することができなくなってしまったということなのだろうか。
魔王を打ち倒す力を手にするはずの勇気ある者は、魔王どころか魔物との戦いに敗れたのだろうか。
そんな風に疑問を抱いても、私には確かめることが出来なかった。
500年が過ぎた頃のことだ。
私はふと、
人間たちはどうなったのだろうか?
と、精霊の使いから玉の枝を託されて以来、はじめて疑問に思った。
私を利用し続け、人並みの幸せも与えることを許さなかった愚かなあの者たちは滅んでくれたのだろうか、と。
魔王が滅ぼしてくれたのだろうか、と。
私はあの時以来久しぶりにもう一度歓喜した。
あの時とは、真珠の実が落ちてしまった時のことだ。
あれは落ちてしまったのではなかった。
退屈に耐えかねた私が実をちぎって捨てたのだ。
子どもの頃から、待つという行為は私にとってあまり苦ではなかった。
そう自分に言い聞かせていた。
待つという行為は、私にとって苦行そのものでしかなかった。
毎朝一緒に学校に行く幼なじみが毎日のように寝坊をしても、私は一度も怒ったことがなかった?
本当は毎朝怒っていた。
怒りを顔に出さないようにしていただけだ。
何故私が、ただ家が近所というだけで、自堕落なその幼なじみのために、毎日学校に遅刻しなければいけないのか、意味がわからなかった。
自堕落なくせに世渡りだけはうまい彼を教師たちが怒らず、何故私だけが怒鳴られ殴られるのか、全く理解出来なかった。
だから私は彼の家に火をつけた。
もう二度と遅刻せずにすむように。
もう二度と怒鳴られたり殴られたりせずにすむように。
もう二度と彼の顔を見なくてすむように。
毎回待ち合わせ時間に遅れて来る恋人を待つ時間も、私にとっては彼女と過ごす大切な時間の一部であった?
そんなはずないだろう。
何度家に帰ろうと思ったか、何度ひとりで遊びに出かけようと思ったかわからない。
遅れてきたことを悪びれることなく、私に食事を奢らせ、服やアクセサリーをねだるような女は死んで当然だと思っていた。
だから彼女の家にも私は火をつけた。
私を一度でも待たせた人間を、私は絶対に許さなかった。
そんな私がいつ訪れるかわからない勇気ある者のことをいつまでも待っていられるわけがなかった。
そもそも、私にとって人間は滅ぶべき存在であったのだ。
だから私は玉の枝から真珠の実をちぎって捨てたのだ。
いや、本当にそれを捨てたのだったろうか。
私はその実をもぎ取り食べたのではなかったか。
でなければ説明がつかないことがある。
足腰が不自由になっていたはずの私の体が若返っていることだ。
それだけではなく、肌の色が変わり、背中に翼が生えていることだ。
力や魔力に満ち満ちた、魔物の姿になっていることだ。
私の祠には無数の勇気ある者たちの屍が転がっていることだ。
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なるものなのだ。
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