(異)世(界)にも奇妙な物語 ~ロール・プレイング・ミステリー・オムニバス~

雨野 美哉(あめの みかな)

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ある町人の簡単なお仕事

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私は、どの町にも入り口の近くに必ずひとりはいる町人だ。

「ここは○○○の町だよ」

この手記を読んでいる者の中で、私にそんな風に声をかけられたことがある者は、決して少なくはないだろう。

私が町を訪れた旅人にそう言い続けて、もうどれくらいになるだろうか。
私は自分の名前を知らない。名前があるのかどうかさえわからない。
私には家族がいるのか、私の家はどこにあるのか、そもそも私はこの町に住んでいるのかさえ、私にはわからなかった。
なぜ、同じセリフを「あなたたち」に言い続けているのかも。

私には町に友人がひとりいた。
武器や防具を扱う店の前を歩き回り、旅人に「武器や防具は買ったら装備しなきゃだめだ」と言い続けている男だった。
彼も私と同様、自分の名前を知らなかった。自分の家族や家のことなどを何も知らなかった。

だから私と彼は馬が合った。
夜の酒場で偶然相席になり、意気投合した。
毎晩のように一緒に酒を飲み交わす仲になり、もうかなりの時が経っていた。
彼はいつも私の酒代を奢ってくれる羽振りのいい男でもあった。

ある日、いつものように酒場で飲んでいると、彼は私に財布の中を見てみるように言った。
私は自分が財布を持っているのかさえわからなかったが、友人がすぐに見つけてくれた。
財布はズボンの後ろのポケットにあった。
言われるまま財布の中を見て、私は驚いた。

いつの間にか大金を手に入れていたからだった。

1万ゴールド紙幣が99枚に1000ゴールド紙幣が9枚、それから100ゴールド・10ゴールド・1ゴールドの硬貨がそれぞれ9枚ずつ。
合計99万9999ゴールドもあり、私の財布はこれ以上入らない程に紙幣でパンパンに膨らんでいた。
どうやら友人も同じらしかった。
だから彼は羽振りが良かったのだ。

「すごいだろ? 一級品の武器や防具で全身揃えても十分お釣りがくるぜ」

この町の武器屋や防具屋は、店主のこだわりで一級品ばかりの品揃えになっており、冒険者の間では有名だという。

「ただの町人に過ぎない俺たちでも、装備さえちゃんとしてれば、魔物と戦えると思わないか?」

そういえば、彼は以前から冒険者に憧れていた。
武器や防具に詳しく、単純な攻撃力や防御力はもちろん、装備したときに得られる回避率の上昇であったり、魔法やブレス攻撃のダメージ軽減などの恩恵についてだけでなく、おしゃれなトータルコーディネートも記憶していた。
いわゆる「まにあ」というやつだった。

例えば、防御力は高いが重い鎧を装備する場合、回避率は大きく落ちてしまう。
だが、鎧の下のインナーに、回避率が高い服を着ることで、回避率を下げることなく高い防御力を手に入れることができるという。
暗い色の鎧と明るい色の服という組み合わせで、差し色でさりげなくお洒落に見せるといった高等テクニックを、私に試着室で見せてくれたことがあった。

確かに彼の言う通り、装備さえちゃんとしていれば、私たちも魔物と十分に戦えるかも知れない。

だが、私はそれどころではなかった。

「どうしてこんな大金が?」

全く身に覚えのない大金に私は恐怖すら覚えていたのだ。
私は酒や煙草は嗜むが、ギャンブルはやらない。そもそもこの町にカジノはなかった。
宵越しの銭にしては、それはあまりに大金すぎた。

私が口にした疑問に対し、友人は町の掲示板に貼られていたというチラシを見せてきた。
そこにはこんな文言が書かれていた。

『町を訪れた旅人に、町の名前を教えるだけの簡単なお仕事です』

時給9ゴールド、とも書かれていた。

「どうやらあんたは、ずっとこの仕事をしてたみたいだな」

確かにそれは私が毎日していた行為と全く同じだった。
私は仕事として、それを行っていたのだろうか。

チラシには、『武器や防具を店で買った旅人に、装備の必要性を教える簡単なお仕事です』とも書かれていた。
私と同様、彼が毎日している行為と同じ内容だ。時給は同じ9ゴールドだった。

9ゴールドが高いか安いかは、極東の島国の通貨に換算すると「あなたたち」にもわかりやすいだろうか。
1ゴールドが大体150円といったところだから、時給1300~1400円ということになる。
ちなみに99万9999ゴールドは、円に換算すると1億5000万弱だ。
そんな大金を私は気づかぬうちに財布に入れたまま、いつも持ち歩いていたのだ。

どうやら、私たちがしていたのは、そのチラシに書かれている仕事だったらしい。
チラシを使い、私たちのような労働者を募集しているのは国だった。
私たちは時給労働者だが、一応宮仕えだったのだ。

チラシの内容や彼の言葉が本当なら、私はこれまでに11万1111時間働き、この大金を得たことになる。
私は朝から夕方までの半日ほどだけ町の入り口付近にいたから、1日あたりの労働時間は11、2時間といったところだろう。
11時間で計算すると、私は1万101日も休みなく働いていたことになる。
私は一体何年この仕事をしていたのから計算をしてぞっとした。27年半ほどだった。
私は自分の年を知らないが、四半世紀以上も「あなたたち」に町の名前を教え続けていたのだ。

「お互い、こんだけの金がありゃ、何でも出来ると思うんだが」

彼はそう前置きをし、酒を一口飲むと、

「今度、国が主宰するオークションがある。それに一緒に参加してみないか?」

と、私に言った。
売る側ではなく買う側で、ということだろう。

「悪いけど、私は芸術品には興味ないよ」

絵画や彫刻の良し悪しなど私にはわからない。
一番わからないのは「ばんくしい」という画家の作品だった。

「俺も芸術なんかには興味ねえ。
荒くれが町の建物に描いた落書きと大して変わらないようなものが、信じられねえような高値で取り引きされていると聞いたときは、本当に意味がわからなかったしな」

私は本当に気が合うなと思った。
しかし、芸術品以外でオークションに出品されるものがあるのだろうか。

「ひょっとして伝説の武器や防具が出品されるのか?」

それなら、彼がオークションに参加したがる理由になると思ったのだ。
買いたいとは思わないが、私も一目見てみたいと思った。
だが、彼は首を横に振った。

「あんた、幸福の靴下って知ってるか?」

彼が狙っていたのは、そんないかにもな名前の胡散臭い代物だった。
履くと幸せになれるとか、そういう類いのものだろうか。

最近は教会も信者が減り、献金が少なくなっていると聞く。
金儲けに走るというよりは教団維持の資金集めのためらしいが、免罪符という、持っているだけであらゆる罪が許され天国に行けるという札を売り始めたりもしていた。
かつて信じる者は救われるとされた神は、いつの間にか信じているだけでは救われない神に変わっていた。
教会が幸せになれる靴下を売り出したとしても何らおかしくはなかった。
だが、それをオークションに出すというのは、腑に落ちなかった。

「一体何なんだい? それは」

だから私は彼に尋ねてみることにした。

「俺もよくは知らないんだが、どうやらそれを履いて歩くだけで、魔物と戦ったときと同じだけの経験が得られるらしい。
まぁ一歩につき、スライムを一匹倒したのと同じくらいらしいが」

私は、なるほど、と思った。
彼はきっと私と冒険の旅に出たいのだ。

もし本当にそんな奇跡のような靴下があるなら、彼や私のように一日中仕事で歩き回っている者なら、1日でスライムを何千匹も倒すのと同じだけの経験が出来ることになる。
仮に1日に平均7000歩歩いていたとする。7000匹のスライムを倒したことになり、7000の経験値を得ることができる。
私も彼も、一度も魔物と戦ったことはないから、今のレベルはおそらく1だろう。だが、それだけの経験値を得られれば1日でレベルは12くらいまで跳ね上がるだろう。
一年もすれば、得られる経験値の合計は255万5000となる。
おまけに私たちは一級品の装備を整えることができるだけの大金を持っていた。

もっとも、ただの町人に過ぎない私たちのHPやMP、力や体力、素早さなどがどこまで伸びるのかは甚だ疑問ではあった。
魔法や技を覚えることができるのかも。
それに、人には確か成長限界というものがあったはずだ。
すべての者がレベル99になれるわけではなく、50で打ち止めになる者もいれば、30で打ち止めの者もいるのではなかったか。
だが、ただの町人でも運さえよければ、勇者に代わり魔王を倒せるほど強くなれるかもしれない。
魔王は無理でも、冒険者としてそれなりに魔物と戦えるくらいには。

そんなことを考えて、私はふと思った。

経験値? レベル? HP?
私は今、一体何のことを考えていたんだ?

頭の中から消えていく言葉を、私は必死に紙にペンで書き留めた。
だが、書き留めた言葉すら紙から消えていく。
まるで、私たちが知らなくてもいいことであるかのように。
知ってはいけない、気づいてはいけなかったことであるかのように。

「その幸福の靴下というのは、一体いくらくらいの値がつきそうなんだい?
二足あると、君の分だけでなく私の分も手に入れられるけど」

私は彼に尋ねたが、そこにはもう誰もいなかった。

彼とは誰のことだったか。
幸福の靴下とは何のことだったか。

私はテーブルに財布を置き、席を立った。
なぜかはわからないが、お金を財布ごと置いていかなければいけない気がした。

店の外に出ると夜風がとても気持ち良かった。
気持ちいいはずなのに、何故だか涙が止まらなかった。
そんなに飲み過ぎたわけではなかったはずだった。
それに私は泣き上戸だっただろうか。

胸にぽっかりと穴が空いたような感覚は、それから何十年も続いた。

私は結局最後まで自分の名前を知らぬまま人生を終えることになった。






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