(異)世(界)にも奇妙な物語 ~ロール・プレイング・ミステリー・オムニバス~

雨野 美哉(あめの みかな)

文字の大きさ
上 下
6 / 11

魔王を倒せば本当に平和が訪れるのか

しおりを挟む
「君たちは今日、私の城に正門から堂々と乗り込んで来たわけだが……」

私は、魔王の城の玉座に座り、勇者を名乗る青年とその仲間達に語りかけていた。
勇者の仲間は、武闘家と僧侶と魔法使いの他、馬車の中にどうやらあと4人ほどいるようだった。

普通、他所様の城に馬車に乗り込んでくるものだろうか。おまけに馬車を引く馬は二頭もいた。
うまのふんの後片付けとかちゃんと……してないだろうな。今出してるし。

きっと魔王の城なら何をしてもいいと思っているのだろう。
まさか、宝物庫にある私のコレクションを奪ったり……していた。
僧侶の女が、私がいつか別居中の妻に着せようと思っていたドスケベ下着(防御力ゼロ)を着させられていた。
え、なんで? 恥ずかしくないの? なんでそんなキリッとした顔してられるの? もしかして怒ってるの?

私はひどく動揺したが、咳払いをして誤魔化すことにした。

「例えばの話だが、人間の王の城に魔物が正門から堂々と乗り込んできたとしよう。そのとき、人間はどうする?」

私と対峙し身構えていた勇者達は、私の言葉に大層驚いた様子だった。

まさかとは思うが、
「貴様らのはらわたを食らいつくしてくれる」
とか、
「人間の絶望こそが余のなんとか」
などと言って、私が襲いかかってくるとでも思っていたのだろうか。
あるいは、
「世界の半分をやるから、私の部下にならないか」
などと言って、不意打ちをしかけるとか。
だとしたら酷い誤解だった。魔王をそんな大昔に人間が作った神話に登場する悪魔か何かと一緒にされても困る。
そんなもの、食べたいと思ったことは一度もない。
はらわたが旨いのは魚か豚くらいだろうし、腹を壊したくはないからちゃんと火を通す。魚は苦いのが旨いが、豚の場合はちゃんと水で綺麗に洗う。ほら、はらわたって腸だから。中、汚いから。
それに、もし人間の絶望が私の食糧なら、私は魔王城になど籠ってはいない。
私は背中に翼がある。空を飛べるのだ。世界中の人間にわかるように、空から最大火力で魔法でも撃ち、大きな国をひとつかふたつ大陸ごと吹き飛ばしてやれば、大量の絶望が手に入ることだろう。どうやって手に入れるのかや食すのかは知らないが。

え? もしかして、そんなこともわからなかった?
あれ? 逆に、そんなことも思い付かない馬鹿だと思われてたとか?
世界の半分をあげるとかあげないとか、そういうのないからね?

「城には兵達がたくさんいる。女子供もいるだろう。
王の間への侵入を許さないため、女子供を守るため、兵達は守りを堅め、徹底的に魔物を排除しようとするのではないか?」

私は必死に平静を装いながら言葉を紡いだ。

私が魔王と呼ばれるようになって久しい。
だが、まだこの数十年あまりのことであり、人間の国の王と在位期間はあまり変わらない。
先代の魔王には子がいなかった。
先代は私の母方の従兄弟の友人の叔父にあたり、全く接点はなかった。血の繋がりすらなかった。
勇者に城まで攻め込まれた魔王は、私が数百年ぶり三度目であり、私は対応にひどく困っていた。

「魔物でなくともいい。対立関係にある隣国の兵士や暗殺者でも構わない。
相手が同じ人間であっても、魔物と同じ対応を人間はするだろう?
私の城の兵達が君たちに襲いかかったのは、そういう人間の価値観においても至極まっとうな理由に過ぎない。
けっして、君たちを消耗させるためという理由で、私が兵を差し向けたわけではないということはわかるな?」

勇者達は黙って私の話を聞いていたが、納得はしてはいないようだった。
それもそうだろう。
人間たちの間の噂は私の耳にも届いていた。
どうやら、私に滅ぼされたという国や町や村があるらしいのだ。
全く身に覚えがなかったため部下達に調べさせたところ、私が滅ぼしたことになっている国は、古代の魔術書から強力な魔法を見つけた島国の魔法使いが間違って自分の国で大地震を起こしてしまい、国ごと海に沈めてしまっただけらしい。
町は隣町との人間同士のいさかいによるものであり、村は腹を空かせた熊に襲われただけだった。
しかし、私がそれらを冤罪だと言ったところで、勇者達は信じないだろう。

彼ら人間はそもそも魔族というものや魔王というものをよく理解していないのだ。理解しようともしないのだ。

よく勘違いされるのだが、魔界なんていう、魔族発祥の地は存在しない。
すべての魔族は、人間と同じ世界に生まれたのだ。
人間は神によって自分たちが作られたと信じ、だからこそ世界を自分たちが支配していいと考えているようだが、それは大きな誤りだ。
人間も魔族も太古の時代からこの世界に存在した動物が、気の遠くなるような長い年月を経て進化した存在に過ぎない。
猿やそれに近い動物から進化したのが人間であり、猿以外の動物から進化したのが我々魔族なのだ。
魔族という呼称も、我々がそう名乗ったわけではなかった。人間が外見の異なる我々を蔑み、魔族や魔物と呼ぶようになっただけだ。

人間はせいぜい何種類か肌の色の違う人種がいる程度であり、彼らが人間として見ていないエルフやドワーフなども元を辿れば同じなのだが、魔族はその何十倍何百倍もの種族が存在し、肌の色どころか姿形まで似ても似つかない者達ばかりである。
哺乳類だけでなく、爬虫類や両生類、鳥、魚、虫、果てはアメーバのような微生物が進化した存在までが魔族には含まれているのだ。
その多くは世界中に散らばり、魔王である私の管轄下にないだけでなく、文字の読み書きができないどころか言葉さえ理解できない者が山ほどいる。そのような魔族すべてに魔族の法や倫理を教えることなどできない。
人間の王も自国の領土の果てにある村の人間の行動までは把握できないのと同じだ。
だが、その村人が故意に隣国の人間を殺せば戦争に発展しかねないように、私の管轄下にない魔族が人間を襲えば、人間から見ればすべての責任は私にあるように見える。
ただそれだけのことなのだ。

魔王とは、ありもしない魔界の王などではなく、あくまで魔族の国の王のことだ。
人間の国にも、ひとつの領土で何百年も国取りが続き、王朝が変わる度に国の名前も変わる、そんな国があるが、魔族の国はそれによく似ている。
私は今の魔族の国の二代目の王であり、勇者に城まで攻め込まれた経験のある歴代の魔王朝の魔王たちのこともよくは知らなかった。
だって、皆バカみたいに前の魔王朝の歴史書とか燃やすんだよ? 勇者対策マニュアルみたいな大事な文書とか、何にも残ってないんだよ?

私は勇者達に対して語ることもなくなり、どうしたものかと思案した。

正直に話そう。
私は確かに背中に翼があり、空を飛べる。
しかし、空から最大火力で魔法を放ったとしても、大国を大陸ごと吹き飛ばすほどの魔力はない。せいぜい町ひとつだ。
人間の国の王の大半が、その国で最も強い者ではないように、魔王もまた魔族で最も強い者がなるわけではないのだ。

無論、人間の神話に語られているような、大陸を吹き飛ばすくらいの力を持つ魔族もいるにはいる。だが、えてしてそういう連中は魔王の座や政治には全く興味がないものなのだ。
彼らが先代や私が定めた法に従っているのは、私の配下にある親衛隊や軍を敵に回したくないからだろう。

私の友人にも昔、魔族の歴史上最強と呼ばれていた者がいた。私は彼を魔王城の親衛隊隊長に任命した。
しかし、彼はある日突然「俺より強い魔物に会いに行く」と言い出し、私に別れを告げに来た。
私は、どこにそんな者がいるのか、と尋ねた。彼よりも強い魔族を、私は知らなかったからだ。
すると彼はその場で口を大きく開け咆哮した。
たったそれだけのことで、彼の目の前の空間が陽炎のように揺らいだ。
どうやらその揺らぎは、次元の扉と呼ばれるものであったらしい。
彼はその扉をくぐり、別の世界に旅立ってしまった。危うく私も吸い込まれそうになり、別世界に旅立つところであった。
本当に強い魔族とは、そういうものなのである。

魔王とは、人間の王のように一個人の武力や魔力が必要とされるものではなく、政治力や王としての教養、カリスマ性など、様々なものが必要とされるのだ。当然、ある程度の武術や魔術の心得は必要だが、それよりも必要とされるのは魔交界で踊るダンスなのである。
いくら先代の魔王に子がいなかったとはいえ、血の繋がりすらない私が魔王になれた、なってしまった、ならざるをえなかったのは、他の後継者候補が皆ダンスが下手だったからだった。

今私の目の前にいる勇者達もまた、人間の中では最強の部類に入るのだろう。
だが、おそらく王の器ではないだろう。
戦場で手柄を立てた英雄が王になって成功した例は、人間の歴史にも魔族の歴史にも私が知る限り一度もない。
しかし、彼らは間違いなく私より強かった。
この城の兵たちは皆、私より強い者ばかりであったからだ。

私の指揮下にあった親衛隊や軍は勇者達によってすでに壊滅させられている。
その上魔王である私が死ねば、魔族の国の治安は必ず乱れる。
法は存在し続けるがその機能は失われ、世界には人間の国や町、村を襲う魔族があふれることになるだろう。
しかし、勇者達にそれを話したところで、彼らは私に対し一度抜いた剣をその鞘に納めることはないだろう。

私は玉座から立ち上がり、臨戦態勢を取った。
勝てないことはとうにわかっていた。
最初からどう死ぬかだけを考えていた。
最期くらいは美しく死にたかった。

だが、勇者達は私にそれを許してはくれなかった。
臨戦態勢を取ったその瞬間、私の体に大きな衝撃が走ったのだ。
痛みはなかったが、見ると腹に大きな穴が空いていた。
どうやら魔法使いが強力な魔法を私に向けて放ったようだった。
首をわずかに後ろに傾けると、玉座や壁にも腕が二本余裕で通る程の穴が空いていた。
続いて武闘家が激しく重い蹴りを私の左側頭部に打ち込んだ。
脳しんとうを起こし、大きく態勢を崩した私の体を、僧侶の放った真空の刃の魔法が天井に押し上げながら切り刻んだ。
勇者は満身創痍で落下する私に向け、居合いのような構えで剣に雷の力を溜めていた。
その技が私に向け発せられた瞬間、

私の視界の片隅に、いつか見た、陽炎のような歪みが見えた気がした。

懐かしい咆哮が聞こえ、私は思い出したことがあった。

別の世界へと旅立とうとする友人に、私はいつ帰ってくるのか尋ねたのだ。


「この世界に俺より強い者が現れたときだ」


彼は確かそう言った。
その時がようやく来たのだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

扉の向こうは黒い影

小野 夜
ホラー
古い校舎の3階、突き当たりの隅にある扉。それは「開かずの扉」と呼ばれ、生徒たちの間で恐れられていた。扉の向こう側には、かつて理科室として使われていた部屋があるはずだったが、今は誰も足を踏み入れない禁断の場所となっていた。 夏休みのある日、ユキは友達のケンジとタケシを誘って、学校に忍び込む。目的は、開かずの扉を開けること。好奇心と恐怖心が入り混じる中、3人はついに扉を開ける。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

もしもし、あのね。

ナカハラ
ホラー
「もしもし、あのね。」 舌足らずな言葉で一生懸命話をしてくるのは、名前も知らない女の子。 一方的に掛かってきた電話の向こうで語られる内容は、本当かどうかも分からない話だ。 それでも不思議と、電話を切ることが出来ない。 本当は着信なんて拒否してしまいたい。 しかし、何故か、この電話を切ってはいけない……と…… ただ、そんな気がするだけだ。

ガーディスト

鳴神とむ
ホラー
特殊な民間警備会社で働く青年、村上 祐司。 ある日、東つぐみの警護を担当することになった。 彼女には《つばき》という少女の生霊が取り憑いていた。つぐみを護衛しつつ《つばき》と接触する祐司だが、次々と怪奇現象に襲われて……。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...