(異)世(界)にも奇妙な物語 ~ロール・プレイング・ミステリー・オムニバス~

雨野 美哉(あめの みかな)

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神父の懺悔を誰が聞く

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今日も勇者様が棺桶を引きずって教会に来られた。
戦士殿がご戦死なされたと、つまらないご冗談を仰られながら。
正確には「また戦士が戦死した!」と、まるで一発ギャグを放つ旅芸人のようだった。教会には神に祈りを捧げにやってきた者たちが何人かいたが、誰も笑わなかった。
勇者様が教会に来られない日はない。
そのため、街では勇者様は教団の熱心な教徒だと噂されている。だが、実際はそうではなかった。

勇者様は大変世間知らずな御方なのだ。

普通はお仲間が毒を受ければ医者にかかる。呪いにかかれば神社か霊媒師の元に行く。
この国の医療は、他国に比べ大変進んでいる。様々な宗教を信仰する民族が集まってもいる。私が神父を務める教会は街にいくつもある宗教施設のうちのひとつに過ぎない。
お仲間が毒を受ければ教会に、呪いを受ければ教会に、というのは、数百年前の時代の人々の考え方だ。
教会の神父には、多少の医療の心得はあっても、手をかざすだけで病を治すような力はない。自らの血肉をワインやパンに変える力もない。
もしかしたらできるのかもしれないが、痛そうだしイタイ人だと思われて後ろ指さされるのも困るからやろうとも思わない。
千年前に遠い異国に突如として現れ預言者にして神の子とされた始教祖と、我々のようなただの神父はもって生まれた力が違うのだ。

私が若い頃に苦行として行っていた熱湯と冷水に交互に浸かるという修行も、数年前から流行りだした「さうな」という施設では、町の人々が仕事終わりや休日に出入りして行い、「整う」と言っている始末である。
私はその修行で何度も心臓が止まり死にかけた上、何も得られずじまいであった。
どうやら熱湯ではなく室温と湿度が高く、さらに熱風が吹く部屋で汗をかき、冷水に浸かった後、身体を外気にさらすと、その「整う」という状態になるらしい。
一時的とはいえ人の持つ醜い感情がなくなり、解脱と呼ばれる状態に近い感覚を得られるとも聞いた。
もはや街の人々の方が私よりも神や神の子に近い存在なのではないかとすら思うことすらある。
神の子やその弟子たちは、近年の歴史学者たちの研究により、虚言癖のある希代の詐欺師だった、というのが現在の世界の定説になりつつあり、教団は衰退の一途にあった。
随分前置きが長くなってしまったが、勇者様は世間知らずで考え方が古いのだ。

かろうじて、毒や呪いはまだわかる。
だが、死んだお仲間を生き返らせろ、とは一体どういうおつもりなのか。
教会の敷地内にある墓地が勇者様の目には入らないのだろうか。勇者様のお父上やご祖父母、さらにはご先祖のお墓もあるというのに。
生き返らせることができるなら、墓地など必要ないではないか。
魔王に滅ぼされた町や村も、教団が神父団を派遣すれば皆生き返らせることができるではないか。
勇者様は、そんなことすらわからない御方なのである。

しかし、そんな勇者様でも教団にとって大切なお客様だ。
勇者様には国がスポンサーとして存在し、魔王討伐にかかる費用はすべて、公務として国民の血税で賄われている。
そのため、勇者様は大変羽振りがよく、お仲間の毒や呪いの治療の対価として莫大な金額を寄付してくださるのだ。治療ひとつの対価が、まだ教会のなかった町や村に新しく教会を建てられるほどの額なのである。
勇者様の信頼を裏切り、医者や神社に取られるようなことがあってはならない。
それは教団の現教祖からのお達しでもあった。
勇者様がいつか魔王討伐を成し遂げられた時、教団は国や民からの信頼を取り戻し、再び力を取り戻すことができる。
国王が政治から離れて久しいこの国では、国の政治は貴族たちで構成される評議会の議員たちが行っている。現教祖はゆくゆくはそこに教団幹部をと考えているのだ。

私は、勇者様が棺桶を引きずって来られる度に教会を人払いし、地下にある書庫にある書物を取りに向かう。
取りに行くのは、数百年前に世界各国で禁書に指定され、大規模な焚書が行われた魔術書の写本だ。
私は、その写本を片手に、神父にあるまじき行為のひとつである死者の蘇生を行う。
それは、ネクロマンシーと呼ばれる黒魔術のひとつであった。
その術は、ほどほどに鮮度の良い死体があれば、術者が呼び出した霊魂にその死体をあてがい、仮初めの生命を与えることができる。
だが、その術には大きな問題がふたつあった。

ひとつは、死体が生き返るわけではなく、動かないはずの死体が動く死体となるだけだということだ。
そのため、死体の鮮度は日に日に落ちていく。わかりやすく言えば腐っていくのだ。当然、虫もわく。
死体であるため、薬草や僧侶の魔法では傷を治すことはできない。治療はネクロマンシーによる他の生物の死肉を使った埋め合わせでしかできず、そのうち身動きひとつできなくなる。
勇者様達と魔物との戦闘は激しく、動く死体の活動限界を早めてしまう。だから、ひとつの死体に対し術が使えるのはせいぜい一度か二度だけだ。

ふたつ目は、死体に入る霊が死者の生前のそれであるとは限らないことだった。
低級な精霊や死霊や悪霊の類いが入ってしまうことは珍しいことではなかった。精霊ならばまだ良いが、死霊や悪霊の類いがお仲間の死体を使い、勇者様を襲うことにもなりかねないのだ。
幸い今のところ、私の術がそういった事態を引き起こしたことはないが、いつ起きてもおかしくはなかった。

私が生き返らせたことになっているお仲間が勇者様のお命を奪うことになれば、教団は名は地に落ちる。
私は教団から神父の資格を剥奪され、職を失うことになるだろう。
両親が教団の教徒であったから、私は何の疑いも抱くことなく、幼い頃より神と神の子とその教え、現教祖の言葉を信じて生きてきた。
私は、神父として生きる以外の道を知らない。教団の外に私の居場所などどこにもない。
私は、勇者様のため、教団のため、ネクロマンシーを極めねばならなかった。

教団の教徒が病や怪我、あるいは天寿を全うし天に召されると、私は神父として葬儀を行い、真夜中に墓を掘り起こすようになった。
家族の命日や月命日の墓参りを欠かさないような熱心な教徒でも、墓の下の棺桶の中に死体がちゃんと入っているかどうか確かめる者などいない。
新鮮な死体を手に入れる度、私はネクロマンシーによって死体にちゃんと生前の死者の魂が定着するよう術の練習を重ねた。
術が成功する確率は最初は6割弱といったところだったが、次第に精度が上がり8割強の確率で成功するようになっていった。
成功してもしなくても、私がその後にやるべきことはひとつだけだった。あらかじめ手足を縛り身動きがとれないようにしていた死体の頭部をまず切断する。
精霊や死霊、悪霊の類いが取り憑いてしまっても、頭部を失えば身体を動かすことはできなくなる。
その後、バラバラに切断した死体を教会の地下にある隠し通路を使って町の外に運び出せば、朝を迎える頃には魔物や野生の動物たちが死体をきれいに片付けてくれる。

禁書によれば、いにしえの術者たちはより高度なネクロマンシーを求め、自ら死を選び、自分の死体に自分の魂を定着させていたとあった。
そうすることで術の精度の飛躍的な向上が見込めるだけではなく、死体の腐敗を止めることや、薬草や僧侶の魔法によって傷を治すことが可能な死体にすることもできるようだった。
それが本当に可能なら、完璧な死者蘇生の術だった。
私は勇者様のお仲間を何度でも生き返らせることができる。

私は、いつの間にか神父であることを忘れてしまっていたのかも知れない。
何の躊躇いもなく、首筋に聖水で清めたナイフを当て、喉をかっ切っていた。
部屋の壁や天井を血渋きが汚すのを眺めながら、私はひとつの疑問を抱いた。

私の死体に、死んだ私がどうやって術をかけるのか。

その答えを見つけられぬまま私は息を引き取ることになるのだが、死の間際に私はひとつ思い出したことがあった。
私が最初にネクロマンシーの術を使った死体のことだ。

棺桶で運ばれてきたのは勇者様ではなかったか。

私がその時、死体に定着させたのは、本当に勇者様の生前の魂だったのだろうか。
もし仮に、数百年前の時代を生きた人間の死霊を定着させていたとしたら。
勇者様が、たかが毒の治療ひとつで教会を訪れていたのは、医者の存在を知らなかった。
そういうことだったのかもしれない。

だが、私にはもはやどうでもいいことであった。



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