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23 すべてを出し尽くして(2)
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タクシーの車中。
ヒビキは、黙ったまま目を閉じていた。
ヒビキは回想する。
最初は、
「俺は、一体何を聴かされているんだ」
と呆然とし驚愕した。
気づけば、股間のモノは痛くなるほどの勃起。
すごい物を聴かされた。
ただ、そのひと言に尽きた。
そして、2回、3回と繰り返し聴いていくうちに、カイトとソラの実力の程が頭の中で整理出来た。
曲の出だしは、抑揚のあるフレーズから生み出される流れるような美しくゆったりとした旋律。
続くメロディーでは甘く切ない感情が加わり、つい初恋の懐かしい気持ちを誘発させられる。
実はここまでは嵐の前の静けさ。
一転して、サビに入ると詩が持つ強烈なメッセージが鋭利な刃物となって、聴く者の胸にダイレクトに突き刺してくる。
その衝撃はやがて再び甘い旋律と重なり、穏やかですっきりとした心地よさに変わっていく。
前例の無い技法ではあるが、以前のような青臭さや素人っぽさは影を潜め、全て計算し尽くされた完成美がここにある。
俺ではこんな型破りな曲は書けない。
そして何よりも驚いたのはソラの歌声。
もともと低音域の美しさや強弱の表現力は卓越した才能があった。
それに加え、高音域への倍音の広がり、魂を震わすような力強さと、感情に訴えかける爆発力が備わった。
もともと持っていた才能を開花させたのもあるだろう。
しかし、実際には、カイトの曲を歌い込んだ事で、その能力は進化したと想像出来る。
もはや、ソラの歌を聴いた者は、ソラの感情と共鳴し、いつの間にか歌い手と同化してしまうだろう。
まさか、ソラがここまで成長するとは。驚きしかない。
信じたくないがカイトのセックスシンフォニックの力の影響なのは認めざるを得ない。
そして、今、俺の中で沸々をたぎる熱い感情。
爆発寸前のこの思い……。
ヒビキは、ふと隣で鼻歌を口ずさむダイチを見た。
目を閉じて何度もリピートしているようで、既に曲は覚えてしまっているようだ。
ダイチの股間を横目で見ると、自分と同じようにパンパンに膨らませている。
ヒビキは、一人苦笑した。
まぁ、当然だな。
恥ずかしい話だが、俺だって到底この勃起は収まりそうもない。
恐らく我慢汁でズボンの中はビチョビチョ。
おもらししたかのように濡らしてしまっているだろう。
しかし、構う事はない。今、最高にワクワクしているのだから。
****
カイトとソラは、ラストスパートの追い上げにいちるの望みを賭けていた。
二人は、スマホを片手に叫ぶ。
「10万再生差まできたぞ! ソラ、この勢いなら、逆転できる!」
「……しかし、カイト。もう時間がない」
「諦めるな! 俺達の思い、届け!」
「いけ!!」
終了時間になった。
曲の再生は締め切りになり、カウンターの数値が止まる。
結果は、
ダイチ523万再生、ソラ521万再生。
2万再生差で、ソラは負けた。
カイトは、雄叫びを上げた。
「うぉーー! こんな事ってあるかよ! くそ、くそ!」
ソラは、絶望に天井を仰ぎ見た。
「終わった……」
二人は、しばらくの間呆然としたが、カイトは、それでも善戦したこの戦いにソラへ労いの言葉を掛けた。
「ソラ、よくやったよ、俺達」
「……負けちゃ意味がない。意味がないんだ……」
「そんな事はない……総再生数を見てみろよ。こんな大勢の人に繰り返し聴いてもらえたんだ。お前と俺は世間に認めて貰えたんだ」
ソラは、顔をカイトに向けた。
「お前はそれでいいのか? カイト」
「い、言い訳ねぇだろ!? でも、そう思わないとやってられないだろ!!」
カイトは、ググッと拳を握った。
血管が浮き出てプルプル震える。
「これが実力の差……それが証明されちまったんだ。ダイチを迎えに行くつもりが……このザマじゃ、それも叶うまい」
「……カイト、オレだって割り切れねぇよ……お前に力をもらったのにこのありさま。ヒビキさんをガッカリさせちまった……」
二人は悔し涙で顔を濡らした。
「また、一からやり直しだ……」
「カイト、オレにまたはない……引退するよ……」
「え!? お前、今何を……」
「ヒビキさんの期待に応えられなかったオレに価値はない」
「な、そこまで……」
「そこまでさ……これは恐らくラストチャンスだったんだ……それをモノに出来なかったオレがいけない……」
ソラは、突如両手で顔を覆い泣き崩れた。
「うぅ、ううう、ヒビキさん、すみません。ヒビキさん……」
「……ソラ」
と、その時、二人の耳に別の声が入った。
「俺を呼んだか? ソラ」
一斉に声のする方を見た。
そこには、見慣れた二人の男が立っていた。
ソラは、驚きのあまり声がうわずった。
「ヒビキさん!? ど、どうしてここに……」
「じゃん! 俺もきたぜ、カイト!」
「な!? 何故ダイチまで!」
ヒビキとダイチは、ソラとカイトの驚きように顔を見合わせてニヤっとした。
****
ソラは、改めてヒビキに頭を下げた。
「ヒビキさん、すみませんでした……オレ、ヒビキさんの期待に応えられませんでした……」
我慢しきれずに嗚咽が出る。
「うう、うっ……オレの歌では届かなかった……歌で人を魅了するなんて所詮オレには……ううっ」
そんなソラを、温かいものが包み込んだ。
ヒビキがソラの体を抱いたのだ。
「……ヒビキさん?」
「ソラ、届いたよ。俺の胸には十分に……」
ヒビキは、子供に問いかけるような優しい眼差しを向けた。
「魅了されたよ……本当に素晴らしい歌だった。お前は、期待した以上に立派に成長してくれた。本当に頑張ったな」
「ヒビキさん……」
「ふふっ、俺はな、お前の歌を聴いて、お前に俺の曲を歌わせたくなっちまった……だから」
ヒビキは、すうっと深く息を吸った。
そして、ソラに手を差し伸べて言った。
「俺の元に帰ってきてはくれないか?」
その言葉は、ソラの胸を強く打った。
かつてヒビキから声をかけてもらった言葉。
『なぁ、君。俺のところで歌を歌わないか?』
あの時と同じ。
自分を絶望の淵から救ってくれる、救いの言葉。
「……ヒビキさん……」
ソラの目から涙が溢れる。
とめどなく流れる涙を、ソラは必死に拭った。
温かいポカポカした空気に包まれた。
カイトとダイチは互いに目配せをし、笑みを漏らした。
これで大団円かと思われた。
しかし、ソラが発した言葉に皆固まった。
「……ヒビキさんのお言葉、オレすごく嬉しいです……でも、オレは勝負に負けたんです……」
いったい何を言い出すつもりだ。
誰がしもそう思った。
ソラは続ける。
「……だから、このままご好意に甘える事は……オレには出来ません!」
ソラは、キッパリと言い切った。
口を一文字に閉じ、そこには固い意志が込められている。
ヒビキは無言で首を振った。
「ふっ、ソラは真面目だな。俺が良いって言ってるんだ」
「……でも」
「再生数は僅差。それにもう少し時間があれば確実に抜かれていたよ。お前の勝ちだ」
それでもかたくなに首を横に振り続けるソラ。
そんな、わだかまりが消えないソラに、ダイチが援護射撃を打つ。
「ソラさん! 俺もソラさんが勝ったと思うな。だって見てみてよ。高評価の数!」
「高評価?」
ノーマークだった。
再生数のほかに、「いいね」ボタンによる評価が出来るようになっている。
ダイチの35万『いいね』に対し、ソラは48万『いいね』
その差は歴然だった。
「ほら! ソラさんの方が勝ってる。圧倒的だ!」
皆が数値を確かめる中、ヒビキは強引にソラの手を引き寄せた。
「ソラ……参加者のほとんどは、お前の歌に高評価を付けたって事だ……この勝負、もとを正せば歌の良し悪しを決める戦い。お前は、試合には負けたが勝負には勝ったんだ」
「ヒビキさん、じゃあオレは……」
「ああ、胸を張って戻って来い。俺の元に」
「ヒビキさん!!」
ソラは、ガシッとヒビキの胸に呼び込んだ。
和やかムードの中、ダイチはカイトに話しかけた。
「へへへ。なんか俺まで泣けてきたぜ。なぁ、カイト」
「ん? まぁな」
「ヒビキさんとソラさんはやっぱりこうじゃなきゃ」
「ああ……ていうか、ひ、久しぶりだな……ダイチ」
「あん? なんだお前、緊張してんのか?」
「べ、別に……」
とはいうもののカイトは明らかに緊張していた。
それもそのはず、ダイチと話すのはあの喧嘩別れをした日以来である。
一方、ダイチは、そんな事は全く気にしていない様子で話し出す。
「それよりさ、カイト! お前さスゲェいい曲作るようになったな。俺、初めてお前の曲を聴いた時のドキドキを思い出したぜ。こうワクワクして何か熱いものが体に入ってくるような……」
「そ、そうか……」
「ああ、最高だぜ!」
ダイチは、興奮して腕を振り回す。
そして、無垢なキラキラした目をカイトに向けた。
その姿は、初めて自分に声をかけてきたあの日のダイチの姿と重なった。
変わんねぇな……こいつは。
カイトは懐かしい気持ちになった。
何も考えず、いきなりバンドを誘ってくるダイチ。
素直でまっさら、少しわがままで好奇心旺盛。
ダイチの屈託のない笑顔を見ているだけで、心が落ち着く。
ずっと一緒にいたい。
体が、いいや、魂がそう願っている。
カイトは思う。
ダイチは、やっぱり自分にとってかけがえのない大事な存在なのだ。
だからこそ、離れていてはいけない。
カイトは、真剣な眼差しをダイチに向けた。
「なぁ、ダイチ」
「ん?」
「お前も俺のところに戻って来ないか?」
ダイチは、一瞬ポカンとした。
そして、眉間にシワをよらす。
「はぁ? 今更何言ってんだ? カイト」
カイトは、拳をギュッと握った。
ダイチが怒るのは承知の上。
俺に捨てられたと思っているのだから。
でも、ここは引けない。
「い、いいか! 俺は勝負に勝ったんだ! 俺はそれだけ成長したって事だ。つまり、今の俺だったらお前をスターにする事だって出来るんだ!」
はぁ、はぁ、と息を荒げ、カイトは必死に怒鳴った。
勢いに押され、ダイチは尻込みした。
しかし、さらにカイトは押しまくる。
「だから! 俺の所に戻って来い! ダイチ!」
二人に沈黙が流れる。
静寂を破ったのはダイチだった。
「……ったく、だから今更何を言ってんだよ」
ダイチは、呆れ顔で頭をかいた。
ここまで言ってもダメなのか……そんなに俺の事を嫌っているのか……くそっ。
カイトは、自分の思いが伝わらない事に、口惜しくて歯ぎしりをした。
その時、ダイチは、ポロッとこぼした。
「当たり前だろ、戻るに決まってる……」
カイトは、ポカンとした。
「え?」
ダイチは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
チラチラとカイトの顔色を窺う。
「だって、お前、言ったよな? いい曲を書けるようになったら迎えに来るって。こんないい曲を作れるようになったんだ。戻って当然だろ!!」
カイトは、あまりの急展開に動揺を隠しきれない。
「ちょ、ちょっと待てダイチ! そう言うが、あれ、お前覚えていたのか? お前、知らないって飛び出したんじゃなかったか?」
「なっ……細かいことはいいんだよ! さぁ、俺にもいい曲書けよ! 歌いたくて仕方ないぜ!」
ダイチは、鼻の穴をくらませて、カイトに向かってビシッと指を差した。
カイトは思わず微笑む。
本当に変わってねぇな。ダイチはよ……。
「で、どうなんだ!?」
「いいぜ。書いてやるよ。お前にピッタリなイケてる曲をよ!!」
****
4人はタクシーに乗り込んだ。
車が走り出してすぐに、ヒビキはカイトに声をかけた。
「カイト、ソラを育ててくれてありがとな」
「いや、育てられたのは俺の方です」
カイトは即答した。
ヒビキは、思わず声を出して笑った。
「ふっははは……なるほど、見どころある奴だ」
カイトは黙ってヒビキの顔を見つめる。
ヒビキは続けた。
「俺は見る目が無かった。お前の本当の力を。そうセックスシンフォニックの力を……」
「セックスシンフォニック?」
「いや、何でもない……お前は才能の塊だった。そういう事だ」
「……それは褒めすぎです」
「謙遜するな……俺はお前に刺激され今非常に気分がいい。カイト、お前はオレのライバルだ。忘れるなよ」
途中、カイトとダイチは車を降りた。
ダイチのマンションの前。
ヒビキは、車中からダイチにそっと声をかけた。
「ダイチ、明日は休んでいいぞ……しっかり可愛がってもらえ」
ウインクしてにっこり笑うヒビキ。
ダイチは、満面の笑みで答える。
「はい!」
ヒビキとソラを乗せたタクシーは去っていった。
ダイチは、それを見送るとカイトとつなぐ手にぎゅっと力を入れた。
それが合図となり、二人は抱き合い唇を合わせた。
ヒビキは、黙ったまま目を閉じていた。
ヒビキは回想する。
最初は、
「俺は、一体何を聴かされているんだ」
と呆然とし驚愕した。
気づけば、股間のモノは痛くなるほどの勃起。
すごい物を聴かされた。
ただ、そのひと言に尽きた。
そして、2回、3回と繰り返し聴いていくうちに、カイトとソラの実力の程が頭の中で整理出来た。
曲の出だしは、抑揚のあるフレーズから生み出される流れるような美しくゆったりとした旋律。
続くメロディーでは甘く切ない感情が加わり、つい初恋の懐かしい気持ちを誘発させられる。
実はここまでは嵐の前の静けさ。
一転して、サビに入ると詩が持つ強烈なメッセージが鋭利な刃物となって、聴く者の胸にダイレクトに突き刺してくる。
その衝撃はやがて再び甘い旋律と重なり、穏やかですっきりとした心地よさに変わっていく。
前例の無い技法ではあるが、以前のような青臭さや素人っぽさは影を潜め、全て計算し尽くされた完成美がここにある。
俺ではこんな型破りな曲は書けない。
そして何よりも驚いたのはソラの歌声。
もともと低音域の美しさや強弱の表現力は卓越した才能があった。
それに加え、高音域への倍音の広がり、魂を震わすような力強さと、感情に訴えかける爆発力が備わった。
もともと持っていた才能を開花させたのもあるだろう。
しかし、実際には、カイトの曲を歌い込んだ事で、その能力は進化したと想像出来る。
もはや、ソラの歌を聴いた者は、ソラの感情と共鳴し、いつの間にか歌い手と同化してしまうだろう。
まさか、ソラがここまで成長するとは。驚きしかない。
信じたくないがカイトのセックスシンフォニックの力の影響なのは認めざるを得ない。
そして、今、俺の中で沸々をたぎる熱い感情。
爆発寸前のこの思い……。
ヒビキは、ふと隣で鼻歌を口ずさむダイチを見た。
目を閉じて何度もリピートしているようで、既に曲は覚えてしまっているようだ。
ダイチの股間を横目で見ると、自分と同じようにパンパンに膨らませている。
ヒビキは、一人苦笑した。
まぁ、当然だな。
恥ずかしい話だが、俺だって到底この勃起は収まりそうもない。
恐らく我慢汁でズボンの中はビチョビチョ。
おもらししたかのように濡らしてしまっているだろう。
しかし、構う事はない。今、最高にワクワクしているのだから。
****
カイトとソラは、ラストスパートの追い上げにいちるの望みを賭けていた。
二人は、スマホを片手に叫ぶ。
「10万再生差まできたぞ! ソラ、この勢いなら、逆転できる!」
「……しかし、カイト。もう時間がない」
「諦めるな! 俺達の思い、届け!」
「いけ!!」
終了時間になった。
曲の再生は締め切りになり、カウンターの数値が止まる。
結果は、
ダイチ523万再生、ソラ521万再生。
2万再生差で、ソラは負けた。
カイトは、雄叫びを上げた。
「うぉーー! こんな事ってあるかよ! くそ、くそ!」
ソラは、絶望に天井を仰ぎ見た。
「終わった……」
二人は、しばらくの間呆然としたが、カイトは、それでも善戦したこの戦いにソラへ労いの言葉を掛けた。
「ソラ、よくやったよ、俺達」
「……負けちゃ意味がない。意味がないんだ……」
「そんな事はない……総再生数を見てみろよ。こんな大勢の人に繰り返し聴いてもらえたんだ。お前と俺は世間に認めて貰えたんだ」
ソラは、顔をカイトに向けた。
「お前はそれでいいのか? カイト」
「い、言い訳ねぇだろ!? でも、そう思わないとやってられないだろ!!」
カイトは、ググッと拳を握った。
血管が浮き出てプルプル震える。
「これが実力の差……それが証明されちまったんだ。ダイチを迎えに行くつもりが……このザマじゃ、それも叶うまい」
「……カイト、オレだって割り切れねぇよ……お前に力をもらったのにこのありさま。ヒビキさんをガッカリさせちまった……」
二人は悔し涙で顔を濡らした。
「また、一からやり直しだ……」
「カイト、オレにまたはない……引退するよ……」
「え!? お前、今何を……」
「ヒビキさんの期待に応えられなかったオレに価値はない」
「な、そこまで……」
「そこまでさ……これは恐らくラストチャンスだったんだ……それをモノに出来なかったオレがいけない……」
ソラは、突如両手で顔を覆い泣き崩れた。
「うぅ、ううう、ヒビキさん、すみません。ヒビキさん……」
「……ソラ」
と、その時、二人の耳に別の声が入った。
「俺を呼んだか? ソラ」
一斉に声のする方を見た。
そこには、見慣れた二人の男が立っていた。
ソラは、驚きのあまり声がうわずった。
「ヒビキさん!? ど、どうしてここに……」
「じゃん! 俺もきたぜ、カイト!」
「な!? 何故ダイチまで!」
ヒビキとダイチは、ソラとカイトの驚きように顔を見合わせてニヤっとした。
****
ソラは、改めてヒビキに頭を下げた。
「ヒビキさん、すみませんでした……オレ、ヒビキさんの期待に応えられませんでした……」
我慢しきれずに嗚咽が出る。
「うう、うっ……オレの歌では届かなかった……歌で人を魅了するなんて所詮オレには……ううっ」
そんなソラを、温かいものが包み込んだ。
ヒビキがソラの体を抱いたのだ。
「……ヒビキさん?」
「ソラ、届いたよ。俺の胸には十分に……」
ヒビキは、子供に問いかけるような優しい眼差しを向けた。
「魅了されたよ……本当に素晴らしい歌だった。お前は、期待した以上に立派に成長してくれた。本当に頑張ったな」
「ヒビキさん……」
「ふふっ、俺はな、お前の歌を聴いて、お前に俺の曲を歌わせたくなっちまった……だから」
ヒビキは、すうっと深く息を吸った。
そして、ソラに手を差し伸べて言った。
「俺の元に帰ってきてはくれないか?」
その言葉は、ソラの胸を強く打った。
かつてヒビキから声をかけてもらった言葉。
『なぁ、君。俺のところで歌を歌わないか?』
あの時と同じ。
自分を絶望の淵から救ってくれる、救いの言葉。
「……ヒビキさん……」
ソラの目から涙が溢れる。
とめどなく流れる涙を、ソラは必死に拭った。
温かいポカポカした空気に包まれた。
カイトとダイチは互いに目配せをし、笑みを漏らした。
これで大団円かと思われた。
しかし、ソラが発した言葉に皆固まった。
「……ヒビキさんのお言葉、オレすごく嬉しいです……でも、オレは勝負に負けたんです……」
いったい何を言い出すつもりだ。
誰がしもそう思った。
ソラは続ける。
「……だから、このままご好意に甘える事は……オレには出来ません!」
ソラは、キッパリと言い切った。
口を一文字に閉じ、そこには固い意志が込められている。
ヒビキは無言で首を振った。
「ふっ、ソラは真面目だな。俺が良いって言ってるんだ」
「……でも」
「再生数は僅差。それにもう少し時間があれば確実に抜かれていたよ。お前の勝ちだ」
それでもかたくなに首を横に振り続けるソラ。
そんな、わだかまりが消えないソラに、ダイチが援護射撃を打つ。
「ソラさん! 俺もソラさんが勝ったと思うな。だって見てみてよ。高評価の数!」
「高評価?」
ノーマークだった。
再生数のほかに、「いいね」ボタンによる評価が出来るようになっている。
ダイチの35万『いいね』に対し、ソラは48万『いいね』
その差は歴然だった。
「ほら! ソラさんの方が勝ってる。圧倒的だ!」
皆が数値を確かめる中、ヒビキは強引にソラの手を引き寄せた。
「ソラ……参加者のほとんどは、お前の歌に高評価を付けたって事だ……この勝負、もとを正せば歌の良し悪しを決める戦い。お前は、試合には負けたが勝負には勝ったんだ」
「ヒビキさん、じゃあオレは……」
「ああ、胸を張って戻って来い。俺の元に」
「ヒビキさん!!」
ソラは、ガシッとヒビキの胸に呼び込んだ。
和やかムードの中、ダイチはカイトに話しかけた。
「へへへ。なんか俺まで泣けてきたぜ。なぁ、カイト」
「ん? まぁな」
「ヒビキさんとソラさんはやっぱりこうじゃなきゃ」
「ああ……ていうか、ひ、久しぶりだな……ダイチ」
「あん? なんだお前、緊張してんのか?」
「べ、別に……」
とはいうもののカイトは明らかに緊張していた。
それもそのはず、ダイチと話すのはあの喧嘩別れをした日以来である。
一方、ダイチは、そんな事は全く気にしていない様子で話し出す。
「それよりさ、カイト! お前さスゲェいい曲作るようになったな。俺、初めてお前の曲を聴いた時のドキドキを思い出したぜ。こうワクワクして何か熱いものが体に入ってくるような……」
「そ、そうか……」
「ああ、最高だぜ!」
ダイチは、興奮して腕を振り回す。
そして、無垢なキラキラした目をカイトに向けた。
その姿は、初めて自分に声をかけてきたあの日のダイチの姿と重なった。
変わんねぇな……こいつは。
カイトは懐かしい気持ちになった。
何も考えず、いきなりバンドを誘ってくるダイチ。
素直でまっさら、少しわがままで好奇心旺盛。
ダイチの屈託のない笑顔を見ているだけで、心が落ち着く。
ずっと一緒にいたい。
体が、いいや、魂がそう願っている。
カイトは思う。
ダイチは、やっぱり自分にとってかけがえのない大事な存在なのだ。
だからこそ、離れていてはいけない。
カイトは、真剣な眼差しをダイチに向けた。
「なぁ、ダイチ」
「ん?」
「お前も俺のところに戻って来ないか?」
ダイチは、一瞬ポカンとした。
そして、眉間にシワをよらす。
「はぁ? 今更何言ってんだ? カイト」
カイトは、拳をギュッと握った。
ダイチが怒るのは承知の上。
俺に捨てられたと思っているのだから。
でも、ここは引けない。
「い、いいか! 俺は勝負に勝ったんだ! 俺はそれだけ成長したって事だ。つまり、今の俺だったらお前をスターにする事だって出来るんだ!」
はぁ、はぁ、と息を荒げ、カイトは必死に怒鳴った。
勢いに押され、ダイチは尻込みした。
しかし、さらにカイトは押しまくる。
「だから! 俺の所に戻って来い! ダイチ!」
二人に沈黙が流れる。
静寂を破ったのはダイチだった。
「……ったく、だから今更何を言ってんだよ」
ダイチは、呆れ顔で頭をかいた。
ここまで言ってもダメなのか……そんなに俺の事を嫌っているのか……くそっ。
カイトは、自分の思いが伝わらない事に、口惜しくて歯ぎしりをした。
その時、ダイチは、ポロッとこぼした。
「当たり前だろ、戻るに決まってる……」
カイトは、ポカンとした。
「え?」
ダイチは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
チラチラとカイトの顔色を窺う。
「だって、お前、言ったよな? いい曲を書けるようになったら迎えに来るって。こんないい曲を作れるようになったんだ。戻って当然だろ!!」
カイトは、あまりの急展開に動揺を隠しきれない。
「ちょ、ちょっと待てダイチ! そう言うが、あれ、お前覚えていたのか? お前、知らないって飛び出したんじゃなかったか?」
「なっ……細かいことはいいんだよ! さぁ、俺にもいい曲書けよ! 歌いたくて仕方ないぜ!」
ダイチは、鼻の穴をくらませて、カイトに向かってビシッと指を差した。
カイトは思わず微笑む。
本当に変わってねぇな。ダイチはよ……。
「で、どうなんだ!?」
「いいぜ。書いてやるよ。お前にピッタリなイケてる曲をよ!!」
****
4人はタクシーに乗り込んだ。
車が走り出してすぐに、ヒビキはカイトに声をかけた。
「カイト、ソラを育ててくれてありがとな」
「いや、育てられたのは俺の方です」
カイトは即答した。
ヒビキは、思わず声を出して笑った。
「ふっははは……なるほど、見どころある奴だ」
カイトは黙ってヒビキの顔を見つめる。
ヒビキは続けた。
「俺は見る目が無かった。お前の本当の力を。そうセックスシンフォニックの力を……」
「セックスシンフォニック?」
「いや、何でもない……お前は才能の塊だった。そういう事だ」
「……それは褒めすぎです」
「謙遜するな……俺はお前に刺激され今非常に気分がいい。カイト、お前はオレのライバルだ。忘れるなよ」
途中、カイトとダイチは車を降りた。
ダイチのマンションの前。
ヒビキは、車中からダイチにそっと声をかけた。
「ダイチ、明日は休んでいいぞ……しっかり可愛がってもらえ」
ウインクしてにっこり笑うヒビキ。
ダイチは、満面の笑みで答える。
「はい!」
ヒビキとソラを乗せたタクシーは去っていった。
ダイチは、それを見送るとカイトとつなぐ手にぎゅっと力を入れた。
それが合図となり、二人は抱き合い唇を合わせた。
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ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。
『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。
ムーンライト様にも掲載しております。
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