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(14) 宗近 5 チカちゃん
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宗近の所属事務所が閉鎖されてから一ヶ月程が過ぎた。
宗近は、釈然としない日々を送っていた。
もともと事務所は辞めるつもりだった訳で、職を失った事に対しては別段思うところはない。
むしろ、あまりにも呆気なく『事務所を潰す』という復讐が成し遂げられた事に、気が抜ける思いだった。
ただ、事務所の閉鎖のタイミングと拓海の登場があまりにも合っていたのがひっかかっていた。
(そういえば、あいつ社長室で何か探し物をしていたな……USBメモリーがどうのこうの)
宗近はあの日の事を思い起こす。
(やはり、偶然とは思えない。あの一件が引き金を引いたとしか思えない……)
ビルの清掃員というのもどう考えてもおかしい。
一方で、コソ泥や、警察関係者とも思えない。
宗近は、漠然と探偵のようなものかも知れないと思っていた。
そんなモヤモヤしていたある日の事。
宗近は、いつものように職探しに街をぶらぶらしていた。
と、その時、偶然にも拓海の姿を見かけることとなった。
それは美映留市一の繁華街、美映留中央駅から程近い裏通り。
「あの野郎! こんなところで何をしているんだ?」
宗近は、さっそく拓海の後を追った。
心の中では歓喜の渦が巻き起こっていた。
宗近は、このチャンスは逃すまいと、わき目もふらずに拓海の背中を追った。
****
拓海は、とある店に入って行った。
店の名前は、『ニューハーフバー・ムーランルージュ』
看板を見る限り、キャバクラのような店らしい。
宗近は、店舗の入り口におかれた看板の裏で、腰を下ろした。
「よし、ここで待ち伏せだな……出てきた所で問い詰めてやる」
と、息巻く。
そこへ、黒塗りのセダンが、スッと店の前に止まった。
宗近は、看板の後ろから覗き込む。
「何だ、あの男は、ヤクザか?」
ビシっとしたスーツに身を固めた背の高い男。
色白で、細い目に薄い唇。
かなりのイケメンなのだが、影があって冷たい雰囲気がある。
宗近は車のナンバーに目をやり驚いた。
(あのナンバーは、警察!?)
その男が車の中の運転手に声を掛けた。
「先に署の方へ戻っててくれ」
「はっ! 桜木さん」
そのまま、その男は振り向くと、ムーランルージュへ入って行った。
****
さて宗近が張り込みを続けて一時間は経とうとしていた。
拓海は一向に店から出てくる気配がない。
「早く出て来やがれ!」
宗近は痺れを切らして独り言を漏らした。
そこへ、トン、トン、と誰かに背中を叩かれた。
宗近が振り向くと、そこにはとても綺麗な女性がにっこりと笑いながら立っていた。
「お待たせしました。キャスト希望の子よね? あたしはこのムーランルージュの店長をしているアキといいます。さぁ、中に入って!」
宗近は、慌てて答えた。
「ちょ、ちょっと、オレは……」
しかし、店長と名乗ったアキという女性は強引に宗近の手を引っ張った。
「大丈夫よ! あなた、きっと可愛い女の子に変身できるから!」
「いや、オレは違う……あああ!」
****
結局、宗近は、キャスト、つまりキャバ嬢としてホールに出ることになった。
先ほどの件は、アキの思い違いだった事が判明したのだが、
「まずは今日一日体験してみて、入店するかどうかはそれからでも遅くないから!」
と強く勧められて、その誘いに乗る事にした。
宗近としては、店内の拓海の様子が気になっていた、というのが本音の所。
すこしでも拓海の情報を得て立ち去ろうと思っていた。
ところで、いきなりの飛び込みでキャストなんて勤まるのか、という疑問については全くの問題がなかった。
もともと美形でモデル体型の宗近は、少し化粧を施しドレスを纏えば、長身美女の出来上がり。
その立ち振る舞いも完璧なもので、どっからどう見ても純女そのもの。
伊達に役者を目指していたわけではなかったと言える。
宗近は、準備を整えると店内に立った。
(へぇ、和気あいあいのいい雰囲気の店だな……)
第一印象はそう思った。
ニューハーフさんや女装子さん達がテーブルについてお酒を作って、お客さんの話を聞く。
いかがわしいところは無さそうで、要は高級キャバクラといった雰囲気。
宗近が、店内を観察していると、キャストの呼び出しがあった。
「カオルちゃん! ご指名のお客さん!」
「はーい!」
出迎えるのは、手を繋いで入店した男同士のカップル。
「ああ、篠原さん! あれ、宮川さんもいるんだ」
「ひどいよ! カオルちゃん!」
「うそうそ、宮川さん。うふふ。さぁ、お二人とも、こっちです」
楽しそうにテーブルへアテンドしていく。
宗近は、そんな様子を見て、
(へぇ、男同士のカップルも来たりするのかぁ)
と、なんだかホッコリした気持ちになった。
そこへ、宗近へ声が掛かった。
「チカちゃん! 8番テーブルのヘルプについて!」
「はい」
宗近は、完璧な女声で返事をすると、淑やかにテーブルへと向かった。
****
「げっ!」
宗近は、心の声が口から出そうになっていた。
よりによって、宗近が付いたテーブルは、拓海のテーブル。
(やばい、やばい!)
冷や汗をかきながらも宗近は、営業スマイルで挨拶をした。
「あ、あたしは、えっと、ち、チカと言います」
動揺を隠しきれない。
拓海は、ぽぉっと酔った顔でにこやかに笑う。
すっかり出来上がってニコニコスマイル。
「へぇ、チカちゃんね。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
宗近はボロが出ないように必死になっていた。
しかし同時に、バレるのは時間の問題だろう、とも覚悟していた。
拓海は、そんな宗近の顔をじっと見て言った。
「ん!? んんん、君って」
(やべぇ、バレたか? まぁ、バレるよな……)
汗がたらりと垂れた。
「可愛いね! 俺好み! ひいきにしちゃおうかな!」
宗近は吹き出しそうになった。
(ぶっ! こいつ、マジでオレの事が分からないのか? 体の関係まで持ったんだぞ、オレ達……ちょっと待てよ……見方を変えれば、オレってこいつにとってはそれだけの存在って事なのか?)
宗近は、一転してどんよりした気持ちになった。
そんな宗近の沈んだ表情に、拓海は心配そうに言った。
「どうしたの? チカちゃん? 元気ないみたいだけど?」
「えっ! あははは、そんな事ないですよぉ」
宗近は慌てて手を振って否定した。
と、そこにもう一人の男が現れた。
なんとその人物は、先程の警察関係者と思しき男ではないか。
中座していたようで、そのまま拓海の隣に腰を下ろした。
宗近は、慌てて頭を下げた。
「あ、あたし、チカって言います!」
その男は、チラッと見ただけで興味なさそうに軽く会釈だけした。
****
隼人と呼ばれたその男と拓海は、何やら話を始めた。
宗近は、お酒作りに徹して、静かに聞き耳を立てていた。
隼人が拓海に言った。
「……で、あの芸能事務所だが、かなり手広く男の子達を集めていたらしい。偽のオーディションを開いたり、偽のスカウトとかしたりな。しかし、一番の手口は孤児を引き取った里親からアイドル育成名目で預かるっていう方法だったようだ」
「里親から買い取るってことか?……酷いな」
「ああ……で、渋谷クリニックだが、裏は取れた。金銭の流れは無い。脅迫されていたのか、意図的に受け取らなかったのか……まぁ、お前の望み通りそのままにしておくつもりだ」
「うむ、そうしてくれると助かる。この傷もしっかり治療して貰ったしな」
拓海は、腕の傷をチラッと見せた。
それは、船着場で巨漢と戦った時に出来た傷なのだが、宗近は何の事だが見当も付かない。
「で、運び屋の件だが身元は割れた……しかし、お前、ちょっとやり過ぎだろ?」
「そっか? 手加減はしたつもりだが……」
「全治数ヶ月の重症だが……まぁ、死にはしない……だがメンタルは絶望的だな。再起不能だろう」
拓海は、無言で肩をすくめた。
当然だろう、という表情である。
宗近は、二人の話を興味深々で聞いていた。
拓海の素性が徐々に明らかになる。
そして、事務所閉鎖に関連した一連の事件がおぼろげに見え始めていたのだ。
****
話は少し落ち着いた。
拓海と隼人は、思い思いにグラスを傾けた。
黙っているのだが、互いに目を見つめ合い、とてもいい雰囲気になっている。
宗近は、この二人の関係が気になり始めていた。
(仕事の繋がりだけって事はないよな? 友達なのか? まさか、それ以上の関係ってのはあるのか?)
沈黙を破るように、拓海が隼人に声を掛けた。
「ところで、隼人」
「なんだ?」
隼人は、グラスをテーブルに置いた。
拓海は、少し声のトーンを下げて言った。
「お前、実は知っていたのではないか? 運び屋に危ない奴が混ざっているって……じゃなきゃ、あんな張り込みなんて簡単な仕事を俺に任せる意味ないよな?」
「な、何をいっている……オレはそんなことは……」
隼人は、明らかに動揺した。
拓海は、隼人を睨む。
「……ったく、また俺を試すような事をしやがって」
「ち、ちがう……そんな事は……」
「それなら、俺の目を見てみろよ……」
拓海は、アゴくいで隼人に迫る。
そして、そのまま唇を近づけて、キスをした。
んんんっ……んっぷ……ちゅぱ……あっはぁっ……。
拓海が一方的に隼人の口に舌を突っ込んで蹂躙する。
ようやく解放されたキスの後、隼人は口から垂れた涎を手の甲で拭いながら言った。
「や、やめろよ……拓海」
「白状しろよ……本当は知っていたってよ」
拓海は、目を細めて隼人の目をじっと見つめる。
隼人はその目を合わせないように俯いた。
「い、いや……本当に知らなかった……」
「白状するまで止めないぞ……ほら」
はっぷ……んんんっ……ぷはっ、はぁ、はぁ……。
再びキスで隼人を襲う拓海。
キスをしながら、拓海の手は、隼人のシャツのボタンを上から、一つ、二つと外していく。
そして、そのままシャツの中へと潜り込ませた。
首元、鎖骨、胸筋を撫で回しながらゆっくりと乳首へ。
乳首まで辿りつくと、それをキュッとつまんだ。
「……んはぁああん」
隼人は、顎を上げて喘ぎ声を上げた。
目を潤ませながら、はぁ、はぁ、と甘い吐息を吐く。
拓海は、構わずに隼人の首筋を舐め回して甘噛みをした。
「隼人、お前は、昔から俺に意地悪をするからな……油断できねぇぜ」
「……はぁん……や、やめてくれ……拓海……うっ、うう」
隼人は体を小刻みに震わせた。
そんな悶え苦しむ隼人を拓海は簡単に許そうとはしない。
隼人は、拓海に懇願し続けていた。
****
宗近は、突然始まった男同士のイチャイチャに目を奪われていた。
しかし、キューっと胸に迫る何かに押され、ハッとして意識を取り戻した。
宗近は、「お、お酒をおつぎします!」と、ボトルを持って二人の間に入った。
二人は、チラッと宗近の方に目をやると、ふぅ、と深いため息を付いた。
「まぁいい。隼人、で、次の行先を教えろよ。確か『市場』だったな……」
「……ああ、恐らく次が最後。『双頭の蛇』の本拠地だ。場所は、思いもよらない所にあったよ。港の倉庫街だ。トラックのナビから割れた」
「やはりな……で、そこには何がある?」
二人は、先ほどのイチャイチャなど無かったかのように真面目な顔で話を再開した。
宗近は内心ほっとした気持ちになって、再び聞き耳を立てた。
隼人は目を細めた。
「男の子達のショールームになっているようだ。週末には、男の子達の競りが行われる……」
「……ってことは、潜入調査か? いよいよ、大詰めだな」
「ああ……」
拓海は、ゴクッとウイスキーを飲み込んだ。
と、その時、隼人のスマホがブルブルと震えた。
隼人は、拓海に向かって言った。
「すまない、拓海……いいか?」
「いいさ、取れよ」
スマホを耳に当てた隼人は、すっかり仕事の顔になっていた。
****
その後、隼人は、「また連絡する」とだけ言い残し、拓海を残して店を出ていった。
宗近は、ようやく、拓海と二人っきりになった。
さて、宗近は今日仕入れた情報を整理しようとしていた。
まず、拓海だが、やはりビルの清掃員というのは、仮の姿だった。
探偵のようなことをしている、というのは、宗近の読み通りで間違いない。
それで、隼人という男は正真正銘の刑事で、その男から仕事の依頼を受けているようだ。
と、まぁこの辺までは宗近でも理解できた。
実際に、拓海の関わっている事件については、複雑すぎてあまり理解で出来ていない。
宗近が所属していた芸能事務所の関与。
拓海は、病院へ乗り込んだり、運び屋を張り込みなどをして、相当危険な目にあった事。
そして、これからさらに危険な事件が待ち受けているという情報。
その一連のミッションは、すべては人身売買を組織ぐるみで行っている『双頭の蛇』なる裏組織を暴くため。
そんな断片的な情報が、宗近の頭の中を錯綜していた。
ただ、その中でも宗近が最も釈然とせず、気になって仕方のない事が有った。
それは……。
(結局、隼人って男は、拓海のなんなんだ……)
である。
宗近は、拓海のお酒を作りながら、拓海の様子を観察した。
拓海は、ニコニコしながらウイスキーを楽しんでいる。
ひと仕事終えてホッとしているようにも見えるし、あの隼人という男と会えた余韻に浸っているようにも見える。
宗近としては、既に拓海と体の関係を持っているのだから、優位に立っていると思っている。
まさか、拓海と隼人はもう数え切れない程体を重ねている関係だとは想像もしていない。
(まぁ、こんな店で情報交換をするぐらいだから恋人って事は無いとは思うが……とはいえ、友達にしてはやけに親密に見えたな……)
宗近が、うーん、と悩んでいると拓海が声を掛けてきた。
「なぁ、チカちゃん! 俺のここに来いよ!」
「へっ?」
はっとして拓海の顔を見ると、デロンデロンのだらしない顔になっていた。
テーブルには、空になったボトルが転がっている。
(お、お前、いつの間にボトルを開けたんだ!?)
拓海は、さあ、早く! と自分の膝をポンポンと叩いた。
うっすら頬を赤くして、にっこりと微笑む優しい顔。
(……ったく、酔ってもイケメンかよ……しょうが無い奴だよな、お前は)
と悪たれをつくが、内心はドキドキが止まらないでいる。
(しかし、拓海の膝か……)
宗近は、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
自然と股間に目をいってしまう。
そこには拓海の見事なペニスがあるのだ。
それを想像すると、あの時のセックスのことを自然と思い出してしまいアナルがウズウズする。
自分の体を開花させてくれた男。
それは、本当の意味でアナルヴァージンを捧げたと言っても過言ではない。
しかし、宗近は葛藤する。
(いやいや、ダメだ! 今のオレはオレであってオレではない! チカという別人。チカで拓海と仲良くなっても意味はない)
そうなのだ。
拓海が微笑みを向けるのは、キャストのチカにであって、宗近にではない。
もし、チカではなく宗近だったら、「あー、いたの? 宗近」といった薄いリアクションをとるだろう。
こんなに優しく迫ってきてくれない。
宗近は、誘惑を振り切って言った。
「た、拓海さん、うちの店はそういったお触りはダメなんですよ!」
「そ、そっか。ごめんごめん。チカちゃんが余りにも可愛かったから、つい」
「もう! 拓海さんはお上手なんだから! ぷー!」
「うわっ、チカちゃん、ほっぺ膨らませて可愛いなぁ、ツンツンしちゃうぞ! あははは」
「うふふふ……」
恋人同士のようなイチャイチャ。
宗近は興奮していた。
(って、何このやり取り!? めちゃくちゃ楽しいんですけど! 待て待て……チカだってオレである事は変わらないはずだよな? じゃあ、まずはチカでコイツと距離を詰めるってのはどうだ? ありじゃねぇか? ありあり! よし、それだ!)
さっそく宗近は上目遣いで拓海を見つめた。
「拓海さん、あたしも少し酔ったみたい……寄り掛かって良いですか?」
「ん? 良いよ。ほら、おいで」
宗近は拓海の直ぐ横に座り直し、そっと体を預けた。
がっしりとして固い体。
ふわっと、安心感に包み込まれる。
(男に体を預けるなんて今まで想像もできなかった……でも、こうやって実際に寄り掛かるとなんて心地いいんだろ)
うっとりと悦に浸る宗近。
と、突然、手が固いものに触れる感触が有った。
「えっ!?」
宗近が驚いて目を開けると、その自分の手は拓海の股間にあった。
いつの間にか拓海に手を取られ、そこへいざなわれていたのだ。
拓海は、恥ずかしそうにちょっと目を逸らしながら言った。
「チカちゃん、すごく可愛いから、俺、興奮しちゃったよ……こんなになっちゃった……ごめんね」
宗近の手に伝わる脈打つ拓海の勃起ペニス……。
「あ、あの。拓海さん……あたし」
宗近は、体が火照ってくるのを抑えきれずにいた。
疼くアナル。すっかり男を欲しがる体になってしまった自分。
宗近は、悔しくも思うが、それはそれ。
愛する男と結ばれたいと願う気持ちには抗えない。
(だ、だめだ……オレだって我慢出来ない。欲しいよ、拓海……お前のコイツを……)
宗近はついに、我慢していた一線を超える。
突然、拓海の胸にガバッと抱きつき、その胸の中で訴えた。
「た、拓海さん、あたしを抱いてくれませんか!」
自分の耳にもこだまする。
『抱いて……』
前にも同じような事を言った。
その時の拓海の答えはイエスだった。
今度も……。
そんな祈る気持ちだったが、拓海の答えは違うものだった。
すー、すー、すー……。
深い寝息。
宗近は、まさかと思い、バッと顔を上げた。
「うっ、嘘だろ!? 寝てるのかよ!!」
宗近は、愕然とした。
それと同時に、猛烈な恥ずかしさが襲った。
あんなにも葛藤して出した決断が、なんの事はない。只の一人相撲だったのだ。
「てめぇ! コイツ!」
宗近は、顔を真っ赤にして拓海の鼻をギュッと摘んだ。
どう見ても理不尽な八つ当たりなのだが、こうでもしないと気が済まない。
拓海は飛び起き、鼻を押さえキョロキョロした。
「……い、痛え! な、何が起こった!?」
宗近は、白々しくそっぽを向いて答えた。
「どうかなさいました、拓海さん?」
しかし、その表情は穏やかで楽しげであった。
****
宗近は、予定していた勤務を終えバックヤードへと戻っていた。
着替え中だったところへ、店長のアキが声を掛けてきた。
「チカちゃん、どうだった? キャストのお試しは?」
「……そうですね。正直言うと、楽しかったです……」
宗近は、素直にそう答えた。
アキは、うんうん、と頷づくと、宗近の両手を握って言った。
「どうかな? うちのお店。気に入ってくれたのなら、是非一緒に働いてほしいんだけど……」
「えっとですね、オレは……」
宗近は、悩んでいた。
今日はもともと、その気はまったくなく、ただ拓海の情報を得たいが為の成り行きである。
しかし、現に今は職探し中な訳で、この仕事も悪くないと思った。
アキは、体を前のめりにして手を叩いた。
「チカちゃん、とってもお客様の評判よかったわよ! チカちゃんはこの仕事、才能あるかも!」
アキは、いいよ、いいよ、とべた褒めで勧めてくる。
宗近は、さりげなくアキの事を観察した。
(アキさんって、本当にいい人っぽいよな……お人よし過ぎるくらいだし……)
前の事務所があの酷い環境だったというのもあって、宗近にとって働き易い職場環境というのは、それだけで魅力的に感じてしまう。
宗近は、一番気になっていることをアキに尋ねた。
「あの、ひとつ聞いて良いですか?」
「ん? 何?」
「オレが最初に付いたお客さんって……」
「ああ、拓海さん?」
「ええ、その拓海さんって、よくこちらには来られるんですか?」
宗近の問いに、アキは答えた。
「そうねぇ、最近はよく来てくれますね。でも、ひいきにしている子はいないみたい。拓海さんってどんな子が好みなのかしら……」
アキは、悩むように首を傾げた。
宗近は、秒で答えていた。
「アキさん! オレ、正式にここで働かせて下さい!」
「やった! そう来なくっちゃ!」
大喜びで手を叩くアキ。
その陰で、宗近はめらめらと燃える気持ちを抑えきれずにいた。
(よし! 拓海! 待ってろよ! 絶対にお前を振り向かせてやる! ふふふふ、わはははは!)
そんな宗近の野望を知らずに、拓海は次なる戦場へと赴くのだった。
宗近は、釈然としない日々を送っていた。
もともと事務所は辞めるつもりだった訳で、職を失った事に対しては別段思うところはない。
むしろ、あまりにも呆気なく『事務所を潰す』という復讐が成し遂げられた事に、気が抜ける思いだった。
ただ、事務所の閉鎖のタイミングと拓海の登場があまりにも合っていたのがひっかかっていた。
(そういえば、あいつ社長室で何か探し物をしていたな……USBメモリーがどうのこうの)
宗近はあの日の事を思い起こす。
(やはり、偶然とは思えない。あの一件が引き金を引いたとしか思えない……)
ビルの清掃員というのもどう考えてもおかしい。
一方で、コソ泥や、警察関係者とも思えない。
宗近は、漠然と探偵のようなものかも知れないと思っていた。
そんなモヤモヤしていたある日の事。
宗近は、いつものように職探しに街をぶらぶらしていた。
と、その時、偶然にも拓海の姿を見かけることとなった。
それは美映留市一の繁華街、美映留中央駅から程近い裏通り。
「あの野郎! こんなところで何をしているんだ?」
宗近は、さっそく拓海の後を追った。
心の中では歓喜の渦が巻き起こっていた。
宗近は、このチャンスは逃すまいと、わき目もふらずに拓海の背中を追った。
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拓海は、とある店に入って行った。
店の名前は、『ニューハーフバー・ムーランルージュ』
看板を見る限り、キャバクラのような店らしい。
宗近は、店舗の入り口におかれた看板の裏で、腰を下ろした。
「よし、ここで待ち伏せだな……出てきた所で問い詰めてやる」
と、息巻く。
そこへ、黒塗りのセダンが、スッと店の前に止まった。
宗近は、看板の後ろから覗き込む。
「何だ、あの男は、ヤクザか?」
ビシっとしたスーツに身を固めた背の高い男。
色白で、細い目に薄い唇。
かなりのイケメンなのだが、影があって冷たい雰囲気がある。
宗近は車のナンバーに目をやり驚いた。
(あのナンバーは、警察!?)
その男が車の中の運転手に声を掛けた。
「先に署の方へ戻っててくれ」
「はっ! 桜木さん」
そのまま、その男は振り向くと、ムーランルージュへ入って行った。
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さて宗近が張り込みを続けて一時間は経とうとしていた。
拓海は一向に店から出てくる気配がない。
「早く出て来やがれ!」
宗近は痺れを切らして独り言を漏らした。
そこへ、トン、トン、と誰かに背中を叩かれた。
宗近が振り向くと、そこにはとても綺麗な女性がにっこりと笑いながら立っていた。
「お待たせしました。キャスト希望の子よね? あたしはこのムーランルージュの店長をしているアキといいます。さぁ、中に入って!」
宗近は、慌てて答えた。
「ちょ、ちょっと、オレは……」
しかし、店長と名乗ったアキという女性は強引に宗近の手を引っ張った。
「大丈夫よ! あなた、きっと可愛い女の子に変身できるから!」
「いや、オレは違う……あああ!」
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結局、宗近は、キャスト、つまりキャバ嬢としてホールに出ることになった。
先ほどの件は、アキの思い違いだった事が判明したのだが、
「まずは今日一日体験してみて、入店するかどうかはそれからでも遅くないから!」
と強く勧められて、その誘いに乗る事にした。
宗近としては、店内の拓海の様子が気になっていた、というのが本音の所。
すこしでも拓海の情報を得て立ち去ろうと思っていた。
ところで、いきなりの飛び込みでキャストなんて勤まるのか、という疑問については全くの問題がなかった。
もともと美形でモデル体型の宗近は、少し化粧を施しドレスを纏えば、長身美女の出来上がり。
その立ち振る舞いも完璧なもので、どっからどう見ても純女そのもの。
伊達に役者を目指していたわけではなかったと言える。
宗近は、準備を整えると店内に立った。
(へぇ、和気あいあいのいい雰囲気の店だな……)
第一印象はそう思った。
ニューハーフさんや女装子さん達がテーブルについてお酒を作って、お客さんの話を聞く。
いかがわしいところは無さそうで、要は高級キャバクラといった雰囲気。
宗近が、店内を観察していると、キャストの呼び出しがあった。
「カオルちゃん! ご指名のお客さん!」
「はーい!」
出迎えるのは、手を繋いで入店した男同士のカップル。
「ああ、篠原さん! あれ、宮川さんもいるんだ」
「ひどいよ! カオルちゃん!」
「うそうそ、宮川さん。うふふ。さぁ、お二人とも、こっちです」
楽しそうにテーブルへアテンドしていく。
宗近は、そんな様子を見て、
(へぇ、男同士のカップルも来たりするのかぁ)
と、なんだかホッコリした気持ちになった。
そこへ、宗近へ声が掛かった。
「チカちゃん! 8番テーブルのヘルプについて!」
「はい」
宗近は、完璧な女声で返事をすると、淑やかにテーブルへと向かった。
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「げっ!」
宗近は、心の声が口から出そうになっていた。
よりによって、宗近が付いたテーブルは、拓海のテーブル。
(やばい、やばい!)
冷や汗をかきながらも宗近は、営業スマイルで挨拶をした。
「あ、あたしは、えっと、ち、チカと言います」
動揺を隠しきれない。
拓海は、ぽぉっと酔った顔でにこやかに笑う。
すっかり出来上がってニコニコスマイル。
「へぇ、チカちゃんね。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
宗近はボロが出ないように必死になっていた。
しかし同時に、バレるのは時間の問題だろう、とも覚悟していた。
拓海は、そんな宗近の顔をじっと見て言った。
「ん!? んんん、君って」
(やべぇ、バレたか? まぁ、バレるよな……)
汗がたらりと垂れた。
「可愛いね! 俺好み! ひいきにしちゃおうかな!」
宗近は吹き出しそうになった。
(ぶっ! こいつ、マジでオレの事が分からないのか? 体の関係まで持ったんだぞ、オレ達……ちょっと待てよ……見方を変えれば、オレってこいつにとってはそれだけの存在って事なのか?)
宗近は、一転してどんよりした気持ちになった。
そんな宗近の沈んだ表情に、拓海は心配そうに言った。
「どうしたの? チカちゃん? 元気ないみたいだけど?」
「えっ! あははは、そんな事ないですよぉ」
宗近は慌てて手を振って否定した。
と、そこにもう一人の男が現れた。
なんとその人物は、先程の警察関係者と思しき男ではないか。
中座していたようで、そのまま拓海の隣に腰を下ろした。
宗近は、慌てて頭を下げた。
「あ、あたし、チカって言います!」
その男は、チラッと見ただけで興味なさそうに軽く会釈だけした。
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隼人と呼ばれたその男と拓海は、何やら話を始めた。
宗近は、お酒作りに徹して、静かに聞き耳を立てていた。
隼人が拓海に言った。
「……で、あの芸能事務所だが、かなり手広く男の子達を集めていたらしい。偽のオーディションを開いたり、偽のスカウトとかしたりな。しかし、一番の手口は孤児を引き取った里親からアイドル育成名目で預かるっていう方法だったようだ」
「里親から買い取るってことか?……酷いな」
「ああ……で、渋谷クリニックだが、裏は取れた。金銭の流れは無い。脅迫されていたのか、意図的に受け取らなかったのか……まぁ、お前の望み通りそのままにしておくつもりだ」
「うむ、そうしてくれると助かる。この傷もしっかり治療して貰ったしな」
拓海は、腕の傷をチラッと見せた。
それは、船着場で巨漢と戦った時に出来た傷なのだが、宗近は何の事だが見当も付かない。
「で、運び屋の件だが身元は割れた……しかし、お前、ちょっとやり過ぎだろ?」
「そっか? 手加減はしたつもりだが……」
「全治数ヶ月の重症だが……まぁ、死にはしない……だがメンタルは絶望的だな。再起不能だろう」
拓海は、無言で肩をすくめた。
当然だろう、という表情である。
宗近は、二人の話を興味深々で聞いていた。
拓海の素性が徐々に明らかになる。
そして、事務所閉鎖に関連した一連の事件がおぼろげに見え始めていたのだ。
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話は少し落ち着いた。
拓海と隼人は、思い思いにグラスを傾けた。
黙っているのだが、互いに目を見つめ合い、とてもいい雰囲気になっている。
宗近は、この二人の関係が気になり始めていた。
(仕事の繋がりだけって事はないよな? 友達なのか? まさか、それ以上の関係ってのはあるのか?)
沈黙を破るように、拓海が隼人に声を掛けた。
「ところで、隼人」
「なんだ?」
隼人は、グラスをテーブルに置いた。
拓海は、少し声のトーンを下げて言った。
「お前、実は知っていたのではないか? 運び屋に危ない奴が混ざっているって……じゃなきゃ、あんな張り込みなんて簡単な仕事を俺に任せる意味ないよな?」
「な、何をいっている……オレはそんなことは……」
隼人は、明らかに動揺した。
拓海は、隼人を睨む。
「……ったく、また俺を試すような事をしやがって」
「ち、ちがう……そんな事は……」
「それなら、俺の目を見てみろよ……」
拓海は、アゴくいで隼人に迫る。
そして、そのまま唇を近づけて、キスをした。
んんんっ……んっぷ……ちゅぱ……あっはぁっ……。
拓海が一方的に隼人の口に舌を突っ込んで蹂躙する。
ようやく解放されたキスの後、隼人は口から垂れた涎を手の甲で拭いながら言った。
「や、やめろよ……拓海」
「白状しろよ……本当は知っていたってよ」
拓海は、目を細めて隼人の目をじっと見つめる。
隼人はその目を合わせないように俯いた。
「い、いや……本当に知らなかった……」
「白状するまで止めないぞ……ほら」
はっぷ……んんんっ……ぷはっ、はぁ、はぁ……。
再びキスで隼人を襲う拓海。
キスをしながら、拓海の手は、隼人のシャツのボタンを上から、一つ、二つと外していく。
そして、そのままシャツの中へと潜り込ませた。
首元、鎖骨、胸筋を撫で回しながらゆっくりと乳首へ。
乳首まで辿りつくと、それをキュッとつまんだ。
「……んはぁああん」
隼人は、顎を上げて喘ぎ声を上げた。
目を潤ませながら、はぁ、はぁ、と甘い吐息を吐く。
拓海は、構わずに隼人の首筋を舐め回して甘噛みをした。
「隼人、お前は、昔から俺に意地悪をするからな……油断できねぇぜ」
「……はぁん……や、やめてくれ……拓海……うっ、うう」
隼人は体を小刻みに震わせた。
そんな悶え苦しむ隼人を拓海は簡単に許そうとはしない。
隼人は、拓海に懇願し続けていた。
****
宗近は、突然始まった男同士のイチャイチャに目を奪われていた。
しかし、キューっと胸に迫る何かに押され、ハッとして意識を取り戻した。
宗近は、「お、お酒をおつぎします!」と、ボトルを持って二人の間に入った。
二人は、チラッと宗近の方に目をやると、ふぅ、と深いため息を付いた。
「まぁいい。隼人、で、次の行先を教えろよ。確か『市場』だったな……」
「……ああ、恐らく次が最後。『双頭の蛇』の本拠地だ。場所は、思いもよらない所にあったよ。港の倉庫街だ。トラックのナビから割れた」
「やはりな……で、そこには何がある?」
二人は、先ほどのイチャイチャなど無かったかのように真面目な顔で話を再開した。
宗近は内心ほっとした気持ちになって、再び聞き耳を立てた。
隼人は目を細めた。
「男の子達のショールームになっているようだ。週末には、男の子達の競りが行われる……」
「……ってことは、潜入調査か? いよいよ、大詰めだな」
「ああ……」
拓海は、ゴクッとウイスキーを飲み込んだ。
と、その時、隼人のスマホがブルブルと震えた。
隼人は、拓海に向かって言った。
「すまない、拓海……いいか?」
「いいさ、取れよ」
スマホを耳に当てた隼人は、すっかり仕事の顔になっていた。
****
その後、隼人は、「また連絡する」とだけ言い残し、拓海を残して店を出ていった。
宗近は、ようやく、拓海と二人っきりになった。
さて、宗近は今日仕入れた情報を整理しようとしていた。
まず、拓海だが、やはりビルの清掃員というのは、仮の姿だった。
探偵のようなことをしている、というのは、宗近の読み通りで間違いない。
それで、隼人という男は正真正銘の刑事で、その男から仕事の依頼を受けているようだ。
と、まぁこの辺までは宗近でも理解できた。
実際に、拓海の関わっている事件については、複雑すぎてあまり理解で出来ていない。
宗近が所属していた芸能事務所の関与。
拓海は、病院へ乗り込んだり、運び屋を張り込みなどをして、相当危険な目にあった事。
そして、これからさらに危険な事件が待ち受けているという情報。
その一連のミッションは、すべては人身売買を組織ぐるみで行っている『双頭の蛇』なる裏組織を暴くため。
そんな断片的な情報が、宗近の頭の中を錯綜していた。
ただ、その中でも宗近が最も釈然とせず、気になって仕方のない事が有った。
それは……。
(結局、隼人って男は、拓海のなんなんだ……)
である。
宗近は、拓海のお酒を作りながら、拓海の様子を観察した。
拓海は、ニコニコしながらウイスキーを楽しんでいる。
ひと仕事終えてホッとしているようにも見えるし、あの隼人という男と会えた余韻に浸っているようにも見える。
宗近としては、既に拓海と体の関係を持っているのだから、優位に立っていると思っている。
まさか、拓海と隼人はもう数え切れない程体を重ねている関係だとは想像もしていない。
(まぁ、こんな店で情報交換をするぐらいだから恋人って事は無いとは思うが……とはいえ、友達にしてはやけに親密に見えたな……)
宗近が、うーん、と悩んでいると拓海が声を掛けてきた。
「なぁ、チカちゃん! 俺のここに来いよ!」
「へっ?」
はっとして拓海の顔を見ると、デロンデロンのだらしない顔になっていた。
テーブルには、空になったボトルが転がっている。
(お、お前、いつの間にボトルを開けたんだ!?)
拓海は、さあ、早く! と自分の膝をポンポンと叩いた。
うっすら頬を赤くして、にっこりと微笑む優しい顔。
(……ったく、酔ってもイケメンかよ……しょうが無い奴だよな、お前は)
と悪たれをつくが、内心はドキドキが止まらないでいる。
(しかし、拓海の膝か……)
宗近は、ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
自然と股間に目をいってしまう。
そこには拓海の見事なペニスがあるのだ。
それを想像すると、あの時のセックスのことを自然と思い出してしまいアナルがウズウズする。
自分の体を開花させてくれた男。
それは、本当の意味でアナルヴァージンを捧げたと言っても過言ではない。
しかし、宗近は葛藤する。
(いやいや、ダメだ! 今のオレはオレであってオレではない! チカという別人。チカで拓海と仲良くなっても意味はない)
そうなのだ。
拓海が微笑みを向けるのは、キャストのチカにであって、宗近にではない。
もし、チカではなく宗近だったら、「あー、いたの? 宗近」といった薄いリアクションをとるだろう。
こんなに優しく迫ってきてくれない。
宗近は、誘惑を振り切って言った。
「た、拓海さん、うちの店はそういったお触りはダメなんですよ!」
「そ、そっか。ごめんごめん。チカちゃんが余りにも可愛かったから、つい」
「もう! 拓海さんはお上手なんだから! ぷー!」
「うわっ、チカちゃん、ほっぺ膨らませて可愛いなぁ、ツンツンしちゃうぞ! あははは」
「うふふふ……」
恋人同士のようなイチャイチャ。
宗近は興奮していた。
(って、何このやり取り!? めちゃくちゃ楽しいんですけど! 待て待て……チカだってオレである事は変わらないはずだよな? じゃあ、まずはチカでコイツと距離を詰めるってのはどうだ? ありじゃねぇか? ありあり! よし、それだ!)
さっそく宗近は上目遣いで拓海を見つめた。
「拓海さん、あたしも少し酔ったみたい……寄り掛かって良いですか?」
「ん? 良いよ。ほら、おいで」
宗近は拓海の直ぐ横に座り直し、そっと体を預けた。
がっしりとして固い体。
ふわっと、安心感に包み込まれる。
(男に体を預けるなんて今まで想像もできなかった……でも、こうやって実際に寄り掛かるとなんて心地いいんだろ)
うっとりと悦に浸る宗近。
と、突然、手が固いものに触れる感触が有った。
「えっ!?」
宗近が驚いて目を開けると、その自分の手は拓海の股間にあった。
いつの間にか拓海に手を取られ、そこへいざなわれていたのだ。
拓海は、恥ずかしそうにちょっと目を逸らしながら言った。
「チカちゃん、すごく可愛いから、俺、興奮しちゃったよ……こんなになっちゃった……ごめんね」
宗近の手に伝わる脈打つ拓海の勃起ペニス……。
「あ、あの。拓海さん……あたし」
宗近は、体が火照ってくるのを抑えきれずにいた。
疼くアナル。すっかり男を欲しがる体になってしまった自分。
宗近は、悔しくも思うが、それはそれ。
愛する男と結ばれたいと願う気持ちには抗えない。
(だ、だめだ……オレだって我慢出来ない。欲しいよ、拓海……お前のコイツを……)
宗近はついに、我慢していた一線を超える。
突然、拓海の胸にガバッと抱きつき、その胸の中で訴えた。
「た、拓海さん、あたしを抱いてくれませんか!」
自分の耳にもこだまする。
『抱いて……』
前にも同じような事を言った。
その時の拓海の答えはイエスだった。
今度も……。
そんな祈る気持ちだったが、拓海の答えは違うものだった。
すー、すー、すー……。
深い寝息。
宗近は、まさかと思い、バッと顔を上げた。
「うっ、嘘だろ!? 寝てるのかよ!!」
宗近は、愕然とした。
それと同時に、猛烈な恥ずかしさが襲った。
あんなにも葛藤して出した決断が、なんの事はない。只の一人相撲だったのだ。
「てめぇ! コイツ!」
宗近は、顔を真っ赤にして拓海の鼻をギュッと摘んだ。
どう見ても理不尽な八つ当たりなのだが、こうでもしないと気が済まない。
拓海は飛び起き、鼻を押さえキョロキョロした。
「……い、痛え! な、何が起こった!?」
宗近は、白々しくそっぽを向いて答えた。
「どうかなさいました、拓海さん?」
しかし、その表情は穏やかで楽しげであった。
****
宗近は、予定していた勤務を終えバックヤードへと戻っていた。
着替え中だったところへ、店長のアキが声を掛けてきた。
「チカちゃん、どうだった? キャストのお試しは?」
「……そうですね。正直言うと、楽しかったです……」
宗近は、素直にそう答えた。
アキは、うんうん、と頷づくと、宗近の両手を握って言った。
「どうかな? うちのお店。気に入ってくれたのなら、是非一緒に働いてほしいんだけど……」
「えっとですね、オレは……」
宗近は、悩んでいた。
今日はもともと、その気はまったくなく、ただ拓海の情報を得たいが為の成り行きである。
しかし、現に今は職探し中な訳で、この仕事も悪くないと思った。
アキは、体を前のめりにして手を叩いた。
「チカちゃん、とってもお客様の評判よかったわよ! チカちゃんはこの仕事、才能あるかも!」
アキは、いいよ、いいよ、とべた褒めで勧めてくる。
宗近は、さりげなくアキの事を観察した。
(アキさんって、本当にいい人っぽいよな……お人よし過ぎるくらいだし……)
前の事務所があの酷い環境だったというのもあって、宗近にとって働き易い職場環境というのは、それだけで魅力的に感じてしまう。
宗近は、一番気になっていることをアキに尋ねた。
「あの、ひとつ聞いて良いですか?」
「ん? 何?」
「オレが最初に付いたお客さんって……」
「ああ、拓海さん?」
「ええ、その拓海さんって、よくこちらには来られるんですか?」
宗近の問いに、アキは答えた。
「そうねぇ、最近はよく来てくれますね。でも、ひいきにしている子はいないみたい。拓海さんってどんな子が好みなのかしら……」
アキは、悩むように首を傾げた。
宗近は、秒で答えていた。
「アキさん! オレ、正式にここで働かせて下さい!」
「やった! そう来なくっちゃ!」
大喜びで手を叩くアキ。
その陰で、宗近はめらめらと燃える気持ちを抑えきれずにいた。
(よし! 拓海! 待ってろよ! 絶対にお前を振り向かせてやる! ふふふふ、わはははは!)
そんな宗近の野望を知らずに、拓海は次なる戦場へと赴くのだった。
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