私立探偵と男達の愛

いちみりヒビキ

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(04) 宗近 3 幼き日の憧れ

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宗近は自宅のベッドに寝ころび天井を見つめた。
そして、ふと拓海が言った言葉をつぶやいた。

「お前は人を喜ばせる素質がある……か……ふふふ」

思い出すと嬉しくて仕方ない。
枕に顔を埋めて、足をバタバタさせた。

拓海の言葉に嘘はない。
拓海も気持ちよかったのは間違いないのだ。
それが証拠に、今でもアナルから拓海の精液が溢れ出てくる。

「あいつ、どれだけ出しやがったんだよ! ったくよ!」

ニヤニヤが止まらない。
でも、一方で宗近は気持ちの整理をしようとしていた。

自殺をするのは馬鹿らしい。
それは分かった。
しかし、このまま社長の言いなりでやっていくか、というのは別の話。

やはり役者をあきらめるべきか……。

宗近は、役者を目指そうと決めた幼き日の事を思い出していた。


****


それは宗近が小学校の頃。
家の近くに、とある劇団が引っ越してきた。

いわゆる大手プロダクションからドロップアウトした有志達が立ち上げた小劇団。
皆一線を退き、別の仕事のかたわら、役者を続けようとしている人達の集まり。

故に、舞台に立つのが大好きな者ばかりで、やる気があり、活気があり、地元への広報活動も盛んに行われていた。
そんな中、宗近は親に連れられて鑑賞に赴いたのだ。

演目は、子供には難しい大人の恋の物語。
しかし、宗近は驚きのあまり、心臓がドキドキした。

主役を務めていたお兄さんのキラキラと輝く姿。
そして、そのお兄さんに魅了されたお客さんの表情。

宗近が劇団主催の養成講座に申し込んだのはすぐの事だった。


お兄さんは、言った。

「いいか、役者というのは人を幸せにする仕事なんだ」

宗近は、憧れの目でお兄さんの話を聞いていた。

お兄さんは、役に応じてまったくの別人に変身する。
その度に、宗近は感心して心から賛辞を送るのだった。


ところで、そんな素晴らしい役者がそろっていたとしても、劇団の経営はあまり良くなかったようだ。
時折、サングラスをかけたチンピラが借金の取り立てに来ていた。

ある日、宗近の稽古中にその取り立て屋がちょうど訪れた事があった。
宗近は怖くなって、お兄さんの陰に隠れた。

「大丈夫……お兄さんに任せて……」

お兄さんは、宗近ににっこりと微笑むと、鬼の形相でチンピラの前に立ちはだかった。
その姿は、冷酷なマフィアのよう。

お兄さんは、低い声で言った。

「やるってのか? いいぜ、いつでも相手になってやる。しかし、今日の所は立ち去りな。子供達が怯えているだろ?」

鬼気迫るオーラが立ち込める。
今にも殴り合いの喧嘩が始まる、そんな緊張感。
チンピラはそれを感じ取ったのか、ちぇっと舌打ちすると、「今日は見逃してやる……」と、背を向けて立ち去って行った。

宗近は、お兄さんに飛びついた。

「お兄さん! カッコいい!」
「へへへ。な? 役者っていうのはすごいだろ?」

いつもの優しいお兄さんに変わっていた。
宗近は、そんなお兄さんをヒーローを見る目で見つめるのだった。


ところが、別の日の事。
宗近は、思わぬ現場に出くわす。

お兄さんとあのチンピラがもみ合ってあって喧嘩をしていたのだ。

宗近は、あっ、と叫び声を上げそうになって思いとどまった。
それは、よく見れば、喧嘩ではなかったのだ。

お兄さんとチンピラは立ったまま抱き合い、体をゆっさゆっさと揺らす。
片足を持ち上げられたお兄さん。
二人とも下半身には何も身についていない。

宗近の目はそこのある部分に釘付けになった。
それは、チンピラのおチンチンがお兄さんのお尻の穴にズボズボと食い込んでいたのだ。

「……もっと、もっと……」

お兄さんは、涎を垂らしてチンピラに懇願する。

「……仕方ないな……この好きモノが……」
「……もう、いじわるいわないで……」

「ほら、こうか?……」
「あっ、そこっ……」

二人は、はぁ、はぁ、言いながら、ゆっさゆっさと激しく体を揺らす。
そして、いやらしく舌を絡め合っていた。

我を忘れて興奮したいやらしい表情。
それはチンピラだけじゃなく、お兄さんもまた同じ表情をしていた。

宗近は、逃げて帰った。

「あれは、なに? たしか、愛する男の人と女の人でするもの……」

宗近は、困惑の中で、ふと閃いた事が有った。

「お芝居?」

それは、お兄さんが女の子の役をしていたのではないか? という疑い。
あのチンピラの幸せそうな表情を思い出して、疑いは確信に変わる。

「そうか、そうに違いない! お兄さんはやっぱりすごい!」

それ以来、チンピラは来なくなった。
と、同時に、お兄さんも劇団を去ってしまった。

理由は知らされていなかったが、宗近は納得していた。
お兄さんが身を挺してチンピラを追い払った。

つまり、あのチンピラはお兄さんに魅せられて、取り立てを諦めた。
まさしく、お兄さんはヒーローなんだ。
宗近はそんな風に思って、うんうん、と頷いた。

それ以来、宗近はお兄さんのような役者に憧れ、役者になることを目指すようになったのだ。

しかし、宗近は歳をとるにつれ、分かってきたことがあった。
お兄さんは、実はお芝居をしていたわけではないのではないか?

快楽に溺れていただけではないのか?
借金のかたに体で返していただけ、ではなかったのか?

そんな風に思っては首を振った。

よそう。だからといって、自分の目指すところは変わらないのだから……。

宗近の決心は固く、目標を向かって歩み続けた。

まずはアイドル。
そして人気が出たら俳優に転向する。

映画やドラマのちょい役から、ゆくゆくは舞台で主役をはるようになる。
そんな定番のキャリアパスを夢見て。


****


宗近はベッドの上で寝がえりを打った。
自分の手を宙に突き出して見つめる。

子供の頃に描いた夢。
役者になる。
それになんの疑いもなく、がむしゃらに来たのだが、ここに来て気持ちが揺らいだ。

拓海に会って分かったしまったのだ。

「……オレはきっと本気で役者になりたかったわけではない。誰かに喜んでもらえる。幸せになってもらう。それができる人間になりたかったんだ……」

漠然とした誰か、ではない。
誰か特定の人。
今は、拓海しか思い浮かばない。

宗近は、目を閉じて拓海の顔を思い浮かべた。

あいつは悪い奴じゃない。
いきなりセックスを持ちかけた理由も、今ならよく分かる。
見ず知らずのオレを励ますため、の策だったのだ。
悔しいが、あいつはオレより一枚も二枚も上手だ。

「それに……」

宗近のアナルの性感帯は、今ではぱっかりと口を開けて、男にいかされる喜びを覚えてしまっている。
あんなに頑なに耐えていたのに……。

あの快楽の前では男のプライドなんて無きに等しい。
他の誰でもない。
拓海という男が相手だったからなのだ。

宗近は、目を開けて、遠い目をして呟いた。

「劇団のお兄さんも、もしかして同じ気持ちだったのかもな……」


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