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第3章 王都防衛編

第72話 デート1・トマティナ

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 俺こと有塚ありづかしろ二十三歳がトカゲ型巨獣サラマンダーと獅子型巨獣スフィンクスを倒して二ヶ月が経った。

 あれから特に大きな事件はなく、神樹セフィロトの周囲に出る巨獣を間引いたり、聖騎士団アインとしての職務をまっとうする平和な日々が続いていた。

 現状に不満はない。公私ともに安定しているのが大きい。金は百人分入ってくるし、なにより俺には二人の彼女がいるからな。

 一人は踊り子トマティナ十八歳。俺の鎧兵を召喚する魔法“ワンオペ”のことを知る二人のうちの一人だ。本来はトマティナだけに真実を話して愛の告白をするつもりだったが、天井に潜んでいた占い師クズヨに聞かれてしまい仕方なく“体で分からせて”そっちも彼女にしたのである。仕方なかった、仕方なかったんだよ。

 もう一人の彼女、占い師クズヨ二十二歳の正体はイチクジという名で、フィグ伯爵家の令嬢だ。さすがに貴族の令嬢に金で解決は難しいし監禁するのもダメだし他に方法がなかった。

 トマティナも了承していたし、クズヨは元々ストーカー気質だからこれが最適解だと考えた。仕方なかった、仕方なかったんだよ。俺はミステリー小説の殺人犯のように言い訳しながら神にゆるしを乞いていた。

 まぁでも正直なところ二人も彼女できてラッキーと思っていた。これは神には秘密にしておこう。頼む神よ、心を読めない系の神か、二股に寛容な神であってくれ。

 なんて願いながら時計を見る。

「あ、そろそろ到着かな」

 今日は朝からトマティナが来る予定だ。迎えに行った鎧兵の主観映像が俺の屋敷の門をとらえる。俺は作業部屋から出て玄関に向かった。

 扉がゆっくりと開かれる。入って来たのは少し小さな鎧兵だ。

「おはよ」

 兜を脱ぐと美女トマティナの顔が露わになった。乱れたロングの茶髪をかき上げる姿がなまめかしい。とび色の瞳が俺を捉え、歯を少し見せて微笑ほほえんだ。かわいい。

 俺達の関係は当然秘密で、会う時は周囲にバレないように鎧兵にふんしてもらっているのだ。

「着替えてくるね」

 別の部屋に着替えに行く。ソワソワしながら待っていると彼女が戻ってきた。

「変なとこはないかしら?」

 その場でクルリと一周回る。踊り子なだけあって体幹にブレのない動きだ。

「大丈夫。いつも通り綺麗だよ」

「よかった」

 そう言って抱きついてくる。柔らかくて温かい。花のような香水の匂いが鼻腔びこうをくすぐる。俺好みの香りだ。

「香水変えた?」

「きらい?」

「好きだよ。トマティナの魅力が倍増だ」

「ありがと」

 照れ笑いを浮かべた後、ライトキスを交わす。

「何か手伝うことある?」

「朝の日課を手伝ってくれると助かる。とりあえず王都の巡回と農作業の手伝いかな」

「ん、わかった」

 トマティナは三人がけソファの端に座り、細く綺麗な指で魔法のキーボードを触る。魔法ワンオペはキーボードを渡すことで他の人も操作できる。少し前は俺本体から離れての操作は不可能だったが、今は神樹の端から端まで離れてもキーボードやモニターは消えない。

 さすがに二人に常時渡しているわけではない。情報漏洩ろうえいの危険があるため俺の屋敷にいる時だけだ。

「昨日ボブおじさんが聖騎士団を褒めてたわよ」

「へぇ、あの頑固オヤジがねぇ」

 トマティナの働く酒場は王都で一番人気であり、貧民や平民、お忍びで貴族も来たりする。故に色んな情報が集まるのだ。流行の話題や不穏な話などが聞けるので助かっている。

「それからジョージが口説いてきたわ」

「へぇ、そりゃあ大変だ」

 棒読みで言った。特段焦る必要はない。なぜならジョージは誰にでも口説き文句を言う元気なお爺さんでトマティナが好きなタイプではないからだ。

「嫉妬する?」

「お望みとあらば」

「じゃあ嫉妬して?」

 普段と違った甘えた声のトマティナ。かわいい。

 スイッチの入った俺は、彼女の顎を持ち上げて目を無理矢理合わせた。

「俺以外見るなよ」

「素敵。でもちょっと演技臭いわね。もう少し自然に出来てたらもっと好きになってたかもね?」

 トマティナが悪戯いたずらに笑う。ホント、かわいいなぁ。あーマジで好き過ぎる。

 それから朝の仕事が終わり、昼食を食べ終わった後。

「ねぇ、踊ろ?」

「いいよ」

 大々的に外で遊べない俺達はお家デートを楽しむようにしている。

 彼女の口ずさむ曲に合わせてステップを踏む。最近は彼女の動きに合わせられるようになった。複雑で長い動作や緩急かんきゅうの付いた動作など余裕を持ってついていけている。

「上手くなったわね」

「まぁこれだけやってたらな」

「私を抱く手に、いやらしさがなくなった」

「隠すのが上手くなっただけだよ」

 最初の頃は童貞力を発揮してぎこちない手付きだったが、今は余裕で抱き寄せられる。

 それからダンスして、休憩して、仕事して、雑談して。そんなことを繰り返していたら、あっという間に日が暮れていた。充実した時間ってのは過ぎるのが早いなぁ。

 少し憂鬱ゆううつな気分になりながらトマティナに話しかける。

「なぁ、外に星でも見に行かないか?」

 ずっと家でデートは申し訳ないなと思い、少し外に出ることにした。と言っても屋根に登るくらいだが。

「ん、じゃあ着替えてくる」

「いやそのままでいい」

「でも」

「ちゃんと入念に周囲を確認したし、見張りも立ててあるから」

「分かった。いこ」

 俺達二人は手を繋いで屋敷の屋根の上に登った。

 布を引いて二人並んで腰を落ち着ける。手を握ったまま空を見上げた。

 神樹の葉や枝を透過して星の光が見える。吸い込まれそうな満天の星空に感動を覚えた。同時に一抹いちまつの寂しさを感じる。

 星々から見たら俺はなんてちっぽけで無力な存在なんだろう。俺の今までの活躍も星の歴史と比べたら路傍ろぼうの石にも満たないのだろう。

 センチメンタルな気持ちになっていると、トマティナがピアノでも奏でるように指を絡めてきた。手をギュッと握ると、同じ強さで握り返してくる。その温もりが俺は一人じゃないんだなと安心させてくれる。

 トマティナが俺の方に顔を向けた。俺も彼女を見つめる。交差する視線。彼女はゆっくりと目を閉じた。

「神樹様が見てるぞ」

 少し意地悪なことを言ってみた。

「私にはシロしか見えない」

 このやり取りが愛おしい。トマティナが彼女でよかったと思う。ずっと一緒に居たい。

 そう願いながら俺達はそっと口付けを交わした。
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