上 下
34 / 108
第1章 誕生編

第34話 やっかいな美女とおじさん

しおりを挟む
 二週間後。マルクト王国はすっかり元の平和な日常が戻っていた。

 今日は先延ばしにされていた聖騎士団の叙任式典がある。でもその前に大司教に呼ばれたので大聖堂へ向かっていた。

 今の俺は団長ゼロだ。なんと肉入り。こういう時くらい本体が行ってもいいだろう。鎧が重くてちょっぴり後悔しているけど。

 歩を進めていると、奥から若い女と老婆のものらしき会話が聞こえる。

「——好きですわ。ビーチ大司教」

「私もだよぉ」

 唐突な百合展開! んなわけないよな。

「それでは失礼しますわ」

 部屋から出てきたのは銀髪の美女だった。

「あら、ごきげんよう聖騎士様」

「初めまして、ですよね?」

「わたくしはフィグ伯爵家の長女イチクジと申しますわ。以後お見知り置きを」

 うやうやしく頭を下げるイチクジご令嬢。うーん、高貴。けがしたい。ハッ! 俺は何て罰当たりなことを!

 とか考えながらも暫し目が合う。

「きゃっ、そんな見つめないでくださいまし。好きになってしまいますわ」

 顔を両方の手のひらで覆い隠して照れている。かわいい。……あれ? 耳につけているピアス、見覚えあるな。緑色の天狗の葉っぱみたいなやつ。……あ! “クズヨ”さんが着けていたやつだ!

 そういえば声や体型が似ているような。でも同じピアスなんていっぱいあるよなぁ。……ちょっとカマかけてみるか。

 彼女は数秒身悶えた後、一つ咳払いをして元の笑顔を貼り付けていた。

「あ、そうだ。今度、貴族のご令嬢の方々にうちの女団員紹介しようと考えていたんです。やはり女性同士の方が会話が弾むでしょうし、いい交流になると思いませんか?」

 彼女から笑顔が消え、般若のように目つきが鋭くなっている。分かりやすっ!

「へぇ……それは、タノシミデスワ。でも戦場に立つ女性と話が合うカシラ……やっぱり危険でしょうし脱退させてあげた方が……いやわたくしは思っていませんのよ? 女団員はクズ……湯が飲みたいですワワワワ」

 途中で扇風機でも食べた? ってくらい動揺しているイチクジご令嬢。クズさが隠し切れてませんよ。クズヨさん。

「あ、それは置いといてですね、聞きたいことがあるんです。この前、うちのブンブンっていう蜂っぽい団員がですね、凄い占い師に会ったって言うんですよ。今度お礼がしたいって言ってたんですけどなかなか会えなくて、どこに居るか知ってたりしませんか?」

 クズヨさんは打って変わって、オカメみたいにニッコリとしていた。分かりやすっ。

「ええ、知ってますとも。彼女はとてもいい子ですわ。忙しいみたいで今は会えませんけど伝えておきますわ。あと、ブンブンさんとはいずれ婚姻関係を結びたいともおっしゃっていましたわ」

「それは無理ですね」

「いや、貴方ではなくてブンブンさんのこと——」

「ブンブンも無理と言ってました」

 めっちゃ釘を刺す。

「ま、まぁまだ付き合いも浅いですからそう急くこともありませんわね。……さてと。お忙しい殿方のお邪魔をしたくありませんので、わたくしはこれで。式典、楽しみにしていますわ」

 ドレスを少し持ち上げて挨拶をした後、笑顔を向けながら去っていった。この世界、美人ばっかだなぁ。クズヨさんは内面が良ければなぁ。まっいっか。

 ケケケ、ともかく弱みを握ったし、今度イジってやろ。

 俺は兜の下に悪魔的な表情を浮かべながら大聖堂の奥へと進んだ。

 そこには大司教“ビーチ”がいた。白髪の高貴なお婆さんだ。

「おお、ゼロや。よく来たねぇ」

「おはようございます大司教猊下げいか。それで御用というのは?」

「ちょいと地下に来てくれるかい?」

 螺旋の階段をくだり、地下に着くと、突然。

「ギェェ!」

 急な獣の鳴き声に全身が跳ねた。声の主を見ると、籠に入った大きなトカゲっぽい生物。びっくりしたなぁもう。

「ゼロや、何をしているんだい? こっちだよ」

 気を取り直してビーチ大司教の方を見ると、背後にミノタウロスの体内から出てきたあの玉が一つだけあった。ただ色がおかしい。エメラルド色とサファイア色が半分ずつになっている。

「もう一つはどこに? それにこの色は?」

「それが不思議でねぇ。偶然二つの玉が触れ合った時に融合してこうなったんだよねぇ」

 へぇ。まぁファンタジー世界だしそんなこともあるか。

「この玉に心当たりはありますか?」

「ふむ、神樹創世記にそれと酷似したものが登場する。“十の宝玉セフィラを集めし時、世界が平定される”とねぇ」

 単純にあと八個か。もし、世界が平和になるとしたら集める価値はある。ここは異世界。そういう神話の宝具があってもおかしくない。

「ゼロよ。余裕があればでいいからこの玉を集めてくれないかねぇ?」

「ええ、心に留めておきます」

 ま、余裕があればね。基本は引きこもりたい。

 それからビーチ大司教と雑談した後、式典の準備のためその場を後にした。

 ——式典直前。王城にある控え室。

 ソワソワする。あと鎧が重くて苦しい。頑張れ俺。

 その時。扉をノックされた。

「ゼロ殿。シトローンだ。少しいいか?」

「どうぞ」

 女王の近衛兵シトローンがのっそりと入ってくる。相変わらず巨体だ。この二週間、お互い忙しくて話す暇がなかったので随分久しぶりに感じる。

「シトローン殿、どうかしましたか?」

「ああ、大事な式典の前に悪いな。……これまでの数々の非礼を詫びさせてくれ。すまなかった」

 深く頭を下げる。いさぎよい。

「気にしないでください。国を憂いてのことでしょう。これからは共に助け合い、民を良き方向へ導いて行きましょう」

「うむ、貴殿の寛大な心遣いに感謝する」

 俺達は固く握手を交わした。意見の食い違いなんてよくある事だ。大事なのはきちんと話し合って互いに尊重し合う事。

「話は変わるが、その、ダーク老師に弟子にするよう頼んではくれないか?」

 またそれかよ。

「無理ですよ。あの人は女性しか弟子に取らないですから」

「ゼロ殿は去勢しているのか?」

 するかー!

「あはは、まさか」

「ダーク老師は女子おなごしか取らぬと言うならば騎士団の面々は去勢していてもおかしくないはずだが」

 マジメに語ることかよ。

「昔は私を中心に男衆も鍛え上げていました。ですが、年をとって一層若い女性が恋しくなったのでしょう。今は方針が変わったのです」

 という設定にしとこう。

「では化粧から始めるべきか?」

 もう帰れよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

処理中です...