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第1章 誕生編

第30話 魔王城攻略戦2・衝突

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 ついにミノタウロスと決戦の時がきた。

 俺本体は第二ダムと第三ダムのおおよそ中間にいる。ケセド川から外れた側面の森で待機中。罠を仕掛けている場所の横だ。ここが縄張りギリギリのラインと思われるが、そんなもの曖昧なので確証はない。いつ敵が迫ってきてもおかしくない極めて危険な位置だ。

「落ち着け。ここにはすぐに来ない。大丈夫」

 胸を押さえて呼吸を整える。ここまで入念に準備してきたんだ。大丈夫、大丈夫だ。

「ぴぽんっ、先遣隊が魔王城付近に到着しました」

 来たか。大きく息を吸い、静かにつぶやく。

「——攻撃、開始」

 直後、先遣隊が魔王城に向けて矢を放った。

「さぁ出てきな牛魔王」

 俺の要望どおり側面の穴から呪われたエメラルドのような色をしたミノタウロスが出てきた。居留守使われなくてよかったぜ。

「グルル……」

 またか、とでも言うように低く唸っている。相変わらず醜悪な顔だ。もう少しかわいければペットにしてやったのに。

 さて、まずは牽制しつつ、“馬のみ”をけしかける。

 考えた策のひとつ、兵と馬の分離。どうせ馬ではスピードで劣るので鎧兵を乗せておく必要性はないと考えた。これで単純に兵が二百体いることになる。操作の負担は増えるが四の五の言ってられない。やるしかないのだ。

「グガァ!」

 敵は矢を跳ね除けながら、第三ダムを飛び越えて干上がった川の中心に飛び降りてきた。砂煙と突風が巻き起こり、周囲の鎧達を吹き飛ばした。まるで爆弾だな。

「第二十一分隊は右へ! 二十五分隊は左へ!」

 口頭確認しながら、なるべく一箇所に集まらないよう動かしていく。初めてミノタウロスと戦った時、棍棒の一振りで二十体ぐらいやられてしまった。だから固まって行動はしない。

「グォン!」

 俺の鎧馬が敵の左手の平手打ちでぶん殴られて空へと消えていった。さらに返す平手で逆側にいた馬も吹き飛ばされる。

「ヒヒーン!」

 馬らしい綺麗ないななきを響かせ、川縁の壁画になった。俺のお馬さんを……なんて酷いやつだ。

 怯んでいる場合ではない。川の左右から速度重視の鎧チーター部隊を投入。小回りが効くチーターで撹乱する。しかし敵もバカではない。一度戦っているため冷静に動きを見極めている。そして、狙いを定めて足元の岩を蹴り上げてツブテ攻撃を繰り出した。広範囲攻撃にチーターはあえなく撃沈。

「ちぃたぁぁ!」

 叫び声。チーターの鳴き声なんて知らないからね。

「まだまだ。次だ」

 次に“鎧ヤギ”部隊投入だ。チーターは高低差にあまり強くなかったので、崖のような川縁の上り下りが困難だった。そこで得意そうなヤギを作ってみたら成功した。他の動物は思い付かなかった。なぜ俺は動物博士じゃないんだ。とにかくこれで川の溝から上へ移動でき、三次元的な戦いができる。

 それとヤギ達は前々から用意していた部隊だ。というのも鎧兵、鎧動物の変更には共に時間が掛かる。リセット、素体に戻る、登録しておいたショートカットで変更、と数秒で終わる工程だが、戦闘中ともなればこのわずかな時間が命取りになる。焦りでさらに時間が掛かるだろうし。俺は凡人だからな。誰が凡人だよ。

 川沿いにいたヤギ達が崖をぴょんぴょん跳んで下っていく。

「ガウウ」

 ミノタウロスが犬の唸り声みたいな声を出してその辺にある岩を食べ始めた。あれ、気が狂ったのかな?

 当然そんな訳はなく、次の瞬間、砕いた岩をプロレスラーの毒霧みたいに噴き出した。

「メエエエエ!」

 川沿いのヤギが次々と破壊されていく。範囲攻撃ばっかりせこいぞ。

 鎧兵も巻き添えで何体かやられた。

「後は……頼んだハチ。グハッ」
「あらあら、うふわあああ!」
「助けてトン!」

 鎧達がやられた時は声を上げるようプログラミングしている。そうすることで位置確認と生存確認、誰がやられたか分かりやすくなるため。前々から遊びでもやっていたが、今は叫んでも乱入者の可能性は低いと考えてボリュームは大きめだ。

「次だ! 第一特殊分隊前へ!」

 可燃物を体中に巻いて火を放った“燃え盛る馬”を投入した。鎧達には痛覚がない。故にこういった特殊な戦術も使えるのだ。

「ブルル!」

 炎の馬達が突撃していく。正直、攻撃力は期待していない。敵からしたら当たっても手持ち花火の火の粉が触れた程度のダメージしかないだろう。だがこの攻撃の本質はそこではない。

 まずは、火は当然明るくて目立つこと。ミノとしては巣である魔王城を破壊されるのが一番嫌なはず。そのため燃やされそうな火の馬を優先して狙ってくるだろう。

「グルル……!」

 目論み通り、敵の視線は火の馬達に釘付けだ。

 そして次に重要なのは“煙”だ。敵は反射神経がいいので攻撃が当たりにくい。なので煙幕を張り視界を封じる。

「フゥゥゥゥ!」

 だがしかし、敵は急に頬を膨らませて息を吹いた。

「ヒヒーン!」

 ケーキのロウソクの火を消すように吹き飛んでしまった。馬ごと。せっかくのサプライズをなんて酷い。だが問題ない。この程度は想定内。入念にシミュレーションしてきたんだ。なめんじゃねぇ。

「ヌウウウウ!」

 敵は棍棒を全力で振るって馬達を見事な場外ホームラン。無双すんじゃねぇ。

 続けてタックルしにいった火の馬を掴まれる。一瞬で消火され、敵はそのまま投球モーションに入った。

 来たな。お前は投打二刀流だから次は投げると思っていた。

「そこだ! 自壊!」

 馬はミノタウロスの手の中でバラバラになった。俺の鎧達はいつでもスイッチ一つで分解できる。馬の中から刺激臭のする液体が飛び散った。この策を思いついた時に踊り子トマティナに作って貰っていたのだ。

「グギ!?」

 若干の動揺を見せるミノタウロス。これがこの攻撃の最大の見せ場だ。名付けてトロイの木馬ならぬトロイの鎧馬アタックだ。刺激臭により鼻を利きにくくした。

「敵を休ませるな!」

 火馬達が新たに張った煙幕により周囲に死角ができていた。

「放て!」

 騎士団No.5弓使いエアロが遠くで“バリスタ”を構えていた。それは簡単に言えば大型のクロスボウだ。鎧兵は武器のみ変更もできる。この日のために使えそうな得物を模索していて見つけたのがこれだ。

「やれやれ、ようやく僕の出番のようだね」

 設定しておいたクソみたいな台詞を吐きながら、煙の外からタイミングよく矢を射出。狙い通り敵の瞳に命中した。

「ヌガァ!?」

 ただの矢ならダメージはそれほどないだろう。しかしそれは“神樹の樹液”付きの矢だ。樹液だけでなく神樹由来のものは巨獣にとって毒であり効果がある。他のモンスターでも実証済みだ。

 と言っても殺せるほどの猛毒ではない。そんなものがあればとっくに人間の天下だっただろう。それでもしばらく目が使えなくなる程度のダメージは与えられる。

「攻撃の手を緩めるな!」

 この好機を逃さない。俺はすかさず次の命令を下した。

 役立たず、じゃなかったクールなNo.2アイスも逆側でバリスタを構えていた。鎧兵は自動操作によりどんな武器でも並以上に扱える。故に槍使いアイスでも余裕だ。

「ふん、何でこの俺がこんな役割なんだ」

 アイス君がブツブツ言いながら矢を発射した。敵の潰した目の方から攻撃して片耳も破壊。

「ガァァ!」

 これで目、耳、鼻を潰した。ミノタウロスが五感に優れていることはシトローンも言っていたし、二度の戦闘で学んでいた。それを潰したことでかなり有利になったはず。

「グルァ!」

 敵は負けじと右手に持った棍棒を思い切り振る。何頭もの馬を一瞬でほふったが、それが悪手になった。付着していた液体により手が滑り、棍棒が勢いそのままに森の奥に飛んでいき、破壊した大樹の下敷きになった。ラッキー。これでもうホームランは打てない。

 その後も波状攻撃により、少しずつ第二ダム側へと引き付けていった。

 よし、だいぶこちらに近づいたな。“アレ”も到着したし、次のフェーズへ移行する。

「今だ! 撃て!」

 合図と共に組み立てておいた木造の“巨大投石器”が稼働した。女王の近衛兵シトローンから借りたものだ。

 川の中央から弾を発射。暴れているミノタウロスへ着弾した。青い半透明で粘性のある液体がまとわりつく。“巨獣スライムの残骸”だ。この日のためにスライムを何体か討伐してクローザに加工してもらっていたのだ。

「ガァ!?」

 これでミノタウロス自慢の足を封じる目論みだ。期待通り、足を取られて動きが鈍っている。

「グラァ!」

 当然、敵は投石器の破壊に動いてきた。ここは第二ダムと第三ダムの真ん中で縄張りギリギリ。前に印をつけた罠のあるところだ。俺本体が脇にいる場所でもある。

 ここで生きてくるのが敵は片目しか使えないということ。距離感が掴めず、遠距離攻撃は断念するだろう。つまり近づいてくるはず。

「グオオオ!」

 思惑通り、巨体を揺らしながら突進してきた。スライムにより動きが緩慢になっているとはいえ、やはり巨獣。一歩が大きく、あっという間に距離を詰める。

 そうだ来い! もっと近づいて来い! しかし。

「グ、ガァ……」

 罠の手前で急に減速し、足を止めた。くそっ、察したか……?

 縄張りなんて厳密にラインが決まっているものではない。その日の気分で変わったりもするだろう。今日は小さめだったのかも知れない。運が悪い。

 クッ、どうする?

 今一番やられたくないのは魔王城に引き返されることだ。

 なら、俺本体の位置から兵隊を召喚して波状攻撃か、いやダメだ。森の中に入れたくない。だったら、俺自身が川の中央に行くしかない。

 でも他に策は……バカ! こうなるかもって想定してただろ! 時間もない! 怯えるな! 行け! 行け!

「なるようになれだ!」

 俺は覚悟を決め、大きめのヤギに乗って川の中央へと着地した。
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