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「あら、私はマグーマ殿下に何の情も抱いていませんわ。ですから探すことにもトライセラ殿下が思っているような複雑な気分もないのでご心配は無用です。あくまでも誘拐容疑を掛けられたことを根に持ってるだけですから」

「! そ、そうですか……」

「トライセラ王子よ。お嬢様が嘘を言うと思うか。お嬢様は本当に貴方の馬鹿兄を軽蔑していたのだ。なんなら誰よりも早く見つけ出したときにこの私が奴を斬り倒してくれるわ」

「ええ!? そ、そこまでしなくても……」

「ジェ、ジェシカ殿……」

トライセラは顔を真っ青に変える。ジェシカならばやりかねないと思ったのだ。何しろ、今さっき第二王子である自分と白髪が目立つ執事のコアトルに手加減したとはいえ武力行使を行ったのだ。王族相手にも容赦しない彼女ならばマグーマは言葉通りに斬り倒されるのでは。そう思っただけで恐怖に震える。執事のコアトルも同じ思いだった。

「ジェシカ。それだと貴方の剣が汚れるわよ。そこまでしないでね」

「もったいなきお言葉にございます」

リリィが微笑みかけるとジェシカは恍惚とした笑顔で喜ぶ。リそんなやり取りを見るトライセラは、リリィがいれば少なくともマグーマの命は助かるだろうと思って少し落ち着いた。だが、あの恐ろしいジェシカをあんな風に大人しくできると思うと戦慄する。

((これがフランク・プラチナム公爵の愛娘リリィ・プラチナム……我が国最強の女騎士ジェシカを従えるその笑顔は一部の者達にはヒーリングプリンセスと呼ばれているが、本当になんて美しく愛らしい笑顔なんだ! 最強の騎士は彼女の笑顔で懐柔されたか!))

「それではトライセラ殿下、私は父に頼んで捜索の協力を仰いでみます」

「え? は、はい。お願いします」

婚約者がいないとはいえ麗しい貴族令嬢を見てきたトライセラすら息を飲むほど美しい笑顔のリリィ。だからこそ疑問に思わざるを得なかった。更には彼女の後姿を見ながら思わず口に出してしまう。

「あの兄は、どうしてリリィ様を捨ててあんな男爵令嬢を取ったんだろう? 彼女こそ王太子妃に、次代の王妃にふさわしいはずなのに」

「同感です……」

その答えはかなりくだらないことだということをトライセラはまだ知らない。





屋敷に戻ったリリィは父親に頼んでみると、あっさり許可が下りた。

「ジェシカが一緒なら大丈夫だろう。無能王子にもお灸を据えたいだろうしな」

「流石はお父様です。分かっておらっしゃる」

普通なら娘を婚約破棄しようとして逆に婚約破棄されるような愚かな男を捜索など、父親なら誰もが不愉快に感じるだろうが娘のリリィのずぶとさとジェシカの戦闘能力を知るフランク・プラチナムは笑顔で送り出した。





プラチナム公爵家の捜索の結果、メアナイト男爵の領地の港町に怪しげな集団を見かけたという。その中にマグーマ王子の姿が目撃されたらしい。その情報を元にリリィとジェシカは父親やトライセラ王子もに内緒で先回りしていた。

そして、怪しい場所を探ろうとしたら最初に問題の二人を見つけ出した。

「見つけましたわよ。マグーマ殿下。そして、アノマ・メアナイト男爵令嬢」

「な!? お前はリリィ! 何故ここに!?」

「何であんたたちが!?」

商人の格好をして変装した第一王子マグーマとその恋人だというアノマ・メアナイトは、メアナイト男爵の別邸で見つけることができた。どうやら商人に成りすまして海を渡って国外逃亡をしようとしていたようだ。

「貴方の弟君に捜索の協力をお願いしたから探していたのですよ。目撃情報と貴方の性格から逆算してここを調べるつもりでいましたが、結構早く見つけられたわけです」

「そんな! くっそー! あいつめ、余計なことをしやがって! 弟のくせにー!」

「なんて弟君なの! 実の兄を思いやる心はないのかしら! あんたたちにまで頼むなんて!」

マグーマは憤りながら地団駄を踏む。アノマも憎々し気にリリィたちを睨めつける。

「王族が行方知らずなら探し出すのは当たり前ですわ。さあ、王宮にお戻りになってください。これから侯爵の授与式が待っておりますので」

「無駄な抵抗は止めて大人しく縛られるがいい。次期名ばかり侯爵よ」

リリィが爽やかな笑顔で、ジェシカが邪悪な笑顔で、マグーマとアノマに任意同行を求める。

「畜生ふざけるな! 何がテイレックス侯爵だ! そんなふざけた名ばかりの地位なんか要らねえ! 俺はアノマと幸せになるんだ! 国王になれないならこの国に未練はない!」

「そうよ! 婚約破棄したのに屁理屈こねて婚約破棄し返す最低女! これから外国に行くんだからこれ以上私達の幸せを奪わないでよ!」
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