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短編版

10.

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「ベーリュを勢い込んでくれるところで悪いが日記が真実を書いていることは間違いない」

「な、何故ですか!?」

「この日記を見て、私達が何も調べなかったとでもいうつもりか?」

「っ!」

ベーリュは息を飲んだ。正直言って、そうしていただろうと思っていたのだ。ただ、反論しないと気が済まなかっただけにベーリュは最後までもがいてあがくと決めたのだ。たとえ、勝算が薄くても。

「そ、そんなことは……では……!」

「ああ、納得してもらえるように他の証拠を提示してやろう、宰相」

「はい」

宰相が持ってきたのは、数多くの書類だった。しかも、束ねられた書類は分厚くて本にまとめた方が早いのではないかと錯覚してしまうほどだ。

「そ、それは?」

「ああ、日記に記された事件の全てを徹底的に調べ直した結果をまとめた書類だ。二十年も前のことだが、あの頃より今の方が技術力が発達しているから、あの頃見落としたことがあれば今の時代なら見つけられるはずだと思わんか?」

「そ、そんなことを、わざわざ!?(なんてことを! そんなことされたら……)」

ベーリュは顎が外れそうな勢いで口が開いたまま固まった。国王の言った通り、確かに今と今から約二十年前では

「わざわざ、だと? 原因は己自身にあるだろう?」

「……(くそっ!)」

舌打ちしたい思いだったが、立場上そんなことができないことに悔しさが深まる。

「そういうことだ。さあ宰相よ。簡潔にまとめて結果を聞かせてくれ」

宰相は静かにソノーザ家の罪を淡々と説明した。

「……はい。日記に記された事件の全てを可能な限り調べ直した結果、そのほとんどが現ソノーザ公爵ベーリュ・ヴァン・ソノーザが関与していたことが事実である裏付けと証拠が出ました。他国から麻薬や毒物の購入は裏商人の自白、あるいは購入記録から確定しています。毒物の方は日記に記された過去の数々の毒殺事件及び、当時王太子であられたジンノ国王陛下が経験された服毒事件に使用されたものと一致しています。麻薬に関しても、過去の麻薬事件の物と一致しています。それらの事件全ては、別人が犯人として逮捕されていますが、これを機に彼らは冤罪と判断されました。念のため、濡れ衣を着せられたと思われる方々に関しては、本人もしくは親族の方々を調べ直して八割が無実であることが確認できました。そういった方々は本日をもって正式に釈放されました」

「長いぞ? 簡潔にまとめろと言ったはずだが?」

宰相は静かに口にした。

「まとめました。長いと思われるのは、それだけ罪が多くて深いのです。全く恐れ入りますよ。よくもまあ、出世のためにこれだけの罪を犯せるものですね。……全く反吐が出ますよ、ベーリュ・ヴァン・ソノーザ」

宰相は無表情な顔でベーリュを睨み付ける。

「それにどうやら出世に関係なく気に入らない商店や下級貴族の家を潰したり、他国の貴族に賄賂を贈ったりしていますね。ああ、これは不自然に借金ができて没落した元貴族の方々の証言をもとに調べて判明したことなので、証拠もありますよ」

「……だそうだが?」

「あ、あ……(ここまで、されたか……)」

ベーリュはもはや、何も言い返せなかった。それもそのはず、分厚い書類を見せられた時点で徹底的に調べられたことは分かってしまっていた。更に、それを言葉で説明されて遂に心が折れてしまったのだ。

「…………(な、なんて男なの……こんな奴と結婚してたなんて……)」

「~~~~~っ!(もういいでしょ! さっさと私を解放してよ! 私、娘だから関係ないでしょうに!)」

すでにベーリュには誰一人味方はいない。妻のネフーミですら侮蔑を込めた目をしているし、娘のワカナは感心すらなかった。周りにいるのは敵だらけという状況だ。それは傍聴席も同じ。

「……そこまで罪を犯してきたなんて、尋常じゃない……」

「ま、待ってくれ! 過去の事件の黒幕が奴なら、私も被害者じゃないか! ゆ、許せん!」

「死刑だ! 死刑にしろ! 最低でもベーリュ・ヴァン・ソノーザだけは死刑確定だ!」

「サエナリア様が可哀そうだわ! あんな奴らが家族だなんて!」

「酷すぎる! もはや悪魔の所業! 死刑決定!」

ベーリュ・ヴァン・ソノーザに対する罵詈雑言が裁判所に響く。中には怒りの形相で傍聴席から身を乗り出そうとする者すら出る始末だ。衛兵に止められてもお構いなしに。

「あいつを殴らせろ! いや、殺してやる! 奴のせいで俺の商売はダメになったんだ!」

「ダメです! 落ちついてください!」

「あの男のせいで、私の娘は!」

「貴族の地位を返せ! 行方不明の家族を返してくれ!」

「今は裁判中です! 抑えて!」

傍聴席にいる一割ほどの人たちが怒り狂ってしまった。暴れ狂う者たちはベーリュの愚行の犠牲になった者たちのようだ。多くの衛兵が駆けつけて暴動になるのを止めに掛かる。これはどうにもならないのではないか、もう裁判どころではないのではないか、王子たちや裁判長すら思った。





だが、





「皆、控えよっ!」





「「「「「っ!?」」」」」


「「「「「陛下っ!?」」」」」


「「「父上っ!」」」


国王ジンノ・フォン・ウィンドウは騒ぐ者たちに向けて大きな声を放った。その一声でこの場にいる全ての者がハッとした。そして、全ての視線が国王に向けられた。その視線の先にいた国王は先ほどとは違った顔をしていた。その顔は威厳に満ちた『王』そのものだった。高貴なる貴族の頂点にして、国の最高責任者。そんな男が底にいた。


「……皆、今は裁判ぞ。不要な私語は控えよ」


「「「「「………………………」」」」」

「裁判長、進めよ」

国王に言われて裁判長は慌てて気を引き締める。裁判を続けてソノーザ公爵に判決を下すために。

「はい。では、」

「待ってください。私からまだ言いたいことがあります」

裁判長の言葉を遮って、宰相が手を上げて口を挟んできた。国王は分かっていたのか、驚きもせず、視線を向ける裁判長と宰相に頷いた。

「構わん、申してみよ」

「はい。ソノーザ公爵、私の友人たちに貴方に会って文句を言いたいという方々がいます。どうぞ」

宰相の呼びかけに応じて、一人の男が現れた。スキンヘッドで碧眼の壮年の男だ。赤と白を強調した服を着ている。

「久しいな、ベーリュ・ヴァン・ソノーザ。私はザンタ・メイ・ミークだが覚えてるか?」

「そ、その名は………!」

ベーリュはその名を覚えている。若かりし頃の自分に厳しい人物であり、その妹を利用して家ごと陥れた男の名だ。それにその顔は減下を生やしてはいたが、確かにベーリュの知る『ザンタ・メイ・ミーク』の顔に面影がある。

「ほ、本当にあのザンタなのか? まだ、生きていたのか!? 妹のように死んだのではなかったのか!?」

「妹は死んだよ、家が取り潰された後に『私のせいだ』と言って自殺してしまったさ。両親も十年前に他界したよ。その様子だと、私が商売に成功して貴族に戻ったことを知らなかったのか? いや、この場合は『商売に成功して貴族に戻れた男』が私だと知らなかった、と言うのが正しいな」

ザンタは馬鹿にしたようにベーリュに言い放つ。言われたベーリュは悔しがるが何も言い返せない。

「ふむ、その様子だと私の顔も名前も忘れてしまったのではないか? お前の頭の中では死んだと思われていたようだしな。我が家名ミークの名をもつ娘が王太子に絡まれても何の動きもなかったのだからな」

「か、家名? ……ああっ!? まさか!?」

ベーリュは思い出して、証人としてきた少女とザンタを見比べた。この裁判の証人の一人であり実の娘の親友だという『マリナ・メイ・ミーク』という少女を。

「(サエナリアの友人がこの男の娘!? こ、こんなことが起こりうるなんて……はっ! もしや私が裁判にかけられることになったのはこいつの策略なのではないか!?)」

ベーリュは娘の友人関係から行方不明事件にまでの全てが、自分を追い詰めるためにザンタが仕組んだのではないか、という推測した。

「(思えば、あの王太子が身分に差がある男爵令嬢に入れ込むことがおかしいんだ! その上、婚約者のサエナリアと友人になる? きっと私を陥れる策略だったに違いない! おのれぇ! そんなことは許さん! お前も道連れにしてやる!)」

ベーリュは全てがザンタが悪い、すべての元凶だと思い込み、怒りの形相で立ち上がった。ザンタを道連れにするために。

「陛下! 我が娘サエナリアが行方不明になった原因がわかりました! それはこの男ザンタ・メイ・ミークによる誘拐です! この男は私に恨みを抱いていました。それで貴族に戻ったのをいいことに、己の娘を使ってカーズ殿下を誘惑しサエナリアを騙して友人に成りすました。この男は私を裁判にかけるためにカーズ殿下を惑わしサエナリアを誘拐したに違いありません! この男は罪人です。サエナリアの誘拐容疑で捕らえるべきです!」

途切れることなくザンタが自分を陥れた、サエナリアを行方不明にした、と言い張るベーリュ。突然立ち上がって顔を赤くして何を言い出すかと思えば……ベーリュの行動に呆気にとられる。そう思う者は多かった。特に王族は。

「くっ、くっふふふふっふ! な、何を言い出すかと思えば、今になっても罪を押し付けようとするとはな……こ、ここまで往生際が悪いとは……よくそんなことが言えたものだ!」

国王はベーリュの言い分を理解すると、初めは笑いをこらえるのに必死な様子だった。だが、途中で怒りに代わって言葉を吐き捨てた。

「いいか! ザンタがサエナリアの誘拐? そんなことは不可能だ! ザンタは今も貴族でもあり商人でもあるのだぞ! 商人とは信頼を重視する。そんな男が商人として信頼を失うような真似をするはずがなかろう! それにミーク家には今も借金があるのだ。誘拐などという行為に使う金が無いほどにな! それにこの裁判のことも伝えた時にザンタ本人に『自分の家のことを調べて冤罪であることを証明してほしい』と希望したから過去のことも今のことも調べ直したのだ。その結果は白。つまり、お前の言うような策略など存在せん! 見苦しいにもほどがあるぞ! ベーリュ・ヴァン・ソノーザ!」

「…………(くそう)」

国王に怒鳴られ力を無くすベーリュ。確かにそこまでされていると言われれば、これ以上の反論はない。そんなベーリュを見て、ザンタは嫌そうに語る。

「はぁ、こんな男に我が家が一度潰されたと思うと情けない限りです。怒りよりも呆れと言う気持ちが強い。少なくとも、私だけは」

「そうですね。では、次の方どうぞ」

宰相の言葉に応じて新たに人が現れた。今度は、修道服を着た女性だった。

「そ、その女は………?」

「彼女は貴方のせいで人生を狂わされた平民の方ですよ。貴方の弟に命を救われましたがね」

「っ!? ………そうか、あの時の!」

宰相に言われて気付いた。ベーリュにとって、彼女は十年以上前に弟に助けさせるために利用した女だったのだ。退学した後は行方も気にしなかった平民の学生だった女性に過ぎなかった。

「彼女にも証言していただくことになっています。貴方の罪をね。言っておきますが他にも証言したい方がいますのでよく聞いてくださいね」

この後、宰相の言う通り、彼女を含め多くの証人が証言した。




十人以上の証人が証言した後、裁判所は静かになった。だが、その沈黙はすぐに終わる。ベーリュの様子からすっかり諦めきったと悟った国王によって。

「書類上の証拠の他に、これだけ多くの証人が証言してくれた以上、もう何一つ言い逃れはできんな」

「「………………」」

もはや、ベーリュに反論する精神力もなかった。万策尽きたのだ。

「わ、私は………俺は、ここで終わるのか………今まで、ずっと、家を大きくしてきたというのに………」

「ああ、お前はここで終わる。因果応報にして自業自得というやつだ」

「………………そうか。今まで頑張ってきたのにな」

絞りきったような言葉を吐くベーリュ。そんな夫の姿に妻のネフーミは激しい怒りを露にした。

「何が今まで頑張ったよ! 出世のためにっていう口実で悪事を行ってきただけじゃない! どうしてそのために私たちが巻き込まれなければならないのよ!?」

「おや? ソノーザ公爵夫人よ、よもや自分も被害者だと言わんばかりだな。そなたとて罪はあるぞ。育児放棄という罪がな」

「そ、そんな………!」

ネフーミはヒステリックな声を上げるが、国王はお構いなしに淡々と告げる。

「我が国では育児放棄及び極端な格差教育は罪に該当する。つまり、そなたの場合は姉妹格差。つまり娘の教育のことでこの二つの罪を重ねておる。夫のことをとやかく言う資格はないぞ」

「あ、ああ………………」

国王にこの国の法律と正論を言われてネフーミは反論もせずに項垂れる。国王はそんな彼女に興味もないので裁判長に目配せで合図する。ソノーザ家を罰するために。

「この場において、裁判長として判決を下す。ベーリュ・ヴァン・ソノーザを今日明かされた多くの罪状により、今すぐ公爵の爵位と領地と財産を取り上げ、公開処刑を決定する。更にネフーミ・ヴァン・ソノーザを育児放棄及び極端な格差教育の罪により貴族籍の剥奪と修道院送りを決定する」






「「………………」」






判決が下された。ソノーザ公爵、いや『元』公爵夫妻は生気を失って絶望した。そして、そんな二人を誰も同情しない。今の二人を見る者は喜ぶ者の方が多い。傍聴席にいる者たちの中にも犠牲者がいるのだから。一番後ろにいる侍女服を着た女性のように。

「……これで奴らは終わりましたよ。お父様、お母様……」

「ミルナ……」

そんな彼女に寄り添うのは幼馴染のエンジだ。二人は証人としてではなく裁判を見守ることにしていたのだ。事前にソノーザ夫妻の処遇のことは知っているため、ミルナとしてはわざわざ証人になってまで表に立とうとは思わなかった。

この後、ついでに次女のワカナも裁かれることになった。罪状は、第一王子及び第二王子に対する侮辱罪。貴族籍を剥奪されて平民に落ちて、二ヶ月間の謹慎処分ということになった。身分の高い貴族が平民に落ちるということは耐え難い屈辱だ。母親のように修道院送りにならなかったのは、母親と違って刑を軽くするように懇願する者がいなかったからだ。母親の産まれたザイーダ侯爵家すらワカナを気にも留めなかったという。





ソノーザ夫妻と次女が裁判所から去った。しかるべき場所に連れていかれたのだ。明日には、ベーリュ・ヴァン・ソノーザの首と胴が切り離されることとネフーミ・ヴァン・ソノーザが修道院送りになるのは確実だからだ。

「これでソノーザ家は罪を暴かれ、過去に取り潰しや没落した家が冤罪だったと証明されたわけだ」

「国王陛下の言うとおりですな。それつまり、ここに居るザンタ殿の家も冤罪だと証明されました。ザンタ殿の人柄と功績を考えれば、ミーク家の爵位を復帰させなければいけませんね」

三人の被告人がいなくなったとたんに、周りに聞こえる声で語りだす国王と宰相。証人として残っていたザンタ・メイ・ミーク男爵も何を言い出すのかと困惑する。

「よって、国王ジンノ・フォン・ウィンドウがここに宣言する! 冤罪が晴れたゆえに、過去のミーク家の爵位剥奪を取り消し、ミーク家の爵位を辺境伯に戻すことを決定する!」

「「「「「っ!?」」」」」

「……え? ええ? ……じ、ジンノ……国王陛下ぁっ!?」

突然の国王の宣言に裁判所に残った誰もが驚いた。特に証人席にいたザンタは少し間をおいてから理解すると、国王を昔のように呼び捨てにしそうになってしまうほど驚愕していた。こんなことは聞いていなかったのだ。それに前例もない。

「(ど、どういうことだ、聞いてないぞ!?)」

「(ナシュカ、お前は知ってたか?)」

「(いや、僕は何も……これは父上の独断か?)」

国王の宣言のことは息子たちも聞いていなかった。ソノーザ家の処遇については事前に打ち合わせしていたが、ミーク家の辺境伯位の復帰など聞かされていなかったのだ。もちろん、この後の行動のことも。

「へ、陛下……何をおっしゃるのですか! 我が家のことをお考え下さったのであれば嬉しく思いますが、冤罪が晴れたからと言って爵位を返すなど前例がありません! こ、このような……」

当のザンタは国王に冷や汗を流した顔で訴えかける。ザンタの言わんとすることを察した国王はそれを遮って言葉を続ける。

「今日がその前例になる。それだけだ」

「しかし!」

「何も冤罪だったから、と言う理由だけではない。私はそなたの能力を買ってもいるのだ。平民に落ちた元貴族の身から信用が重視される商人として大成功を納めて我が国に貢献し自力で男爵位を得るほどの手腕、未来の王妃になるはずだったサエナリアの友として信頼される娘を育て上げた教育能力。それらは男爵程度にとどめておくには過小評価に値する。私と王妃、それに宰相たちはそのように判断したのだ。それゆえ、我が国のためにも、そなたには辺境伯に戻ってほしいということになったのだ」

「陛下……そのような……!」

ザンタは国王がそこまで自分を高く評価してくれていることに深く感激した。平民になって今日まで生きてきたことが報われる思いだった。多くの人がいると頭では分かっているのに、涙腺が緩くなって涙が頬に伝わった。そんなザンタに宰相が友として笑顔で諭す。

「そういうことですよザンタ殿。ソノーザ家という大きな家が取り潰された今、我が国の貴族間の勢力図は大きく変わることでしょう。貴方ならお分かりになるはずですよ」

「クラマ……」

確かに、大罪人だったとはいえソノーザ家は大貴族だ。そんな家が取り潰されればクラマの言う通り貴族間の勢力図は大きく変化、いや荒れるだろう。それを抑える役目を担うのも王家の仕事でもあるのだが、元王太子が王位継承権を剥奪された今の王家では不安が残ってしまうのは間違いない。廃嫡誰された第一王子を見れば一目瞭然だ。

「今は一人でも有能で信頼できる貴族が必要なのです。また学生の頃のように頼りない我が君を助けていただきませんか、ザンタさん」

「…………」

宰相のクラマにそんな風に言われてザンタの頭に若かりし頃の自分たちの姿が移った。変な生徒会長にして王太子だったジンノ。副生徒会長の職にいた自分。当時、お調子者だった書記のクラマ。それに他の生徒会メンバー顔ぶれ。自身の家の冤罪事件以降、もう二度と会うことは無いだろうと思っていた。

「……二人とも、今の私でいいのか?」

ザンタが絞り出すような言葉を吐くと、国王ジンノは傍まで駆け寄ってきて、ザンタに抱き着いた。

「馬鹿野郎! 当たり前だろうが! むしろ俺達が戻ってきてくれと懇願してるんだよ! ……あの時の俺達はあまりにも無力だった! 大人の世界に負けちまった! お前個人に罪なんて無いって信じてたのに何もできなかった! ……お前が商人として成功したって聞いた時は深く驚いたし嬉しかったんだ。俺が王になった後、消息が分からなくて心配していたんだ。望むなら援助してやるつもりだったのに、平民になってもここまで……ああ、ちきしょう! もう何言ったらいいか分かんねえよ!」

とても国王どころか貴族の口調とは思えないような、いや、若い頃の口調で言葉を吐くジンノ。大勢の者たちが見聞きしているのもお構いなしだ。それがザンタの心を大きく動かした。

「は、ははは、立派な国王になったと聞いてたけど、根っこのところは変わってないじゃないか……変な王族のままだったんだな……。これは心配になってきたじゃないか、しょうがない我が君だ……」

笑みを浮かべるザンタは、ジンノを一旦引き離すとその場で跪いた。そして宣言する。

「ジンノ……国王陛下。私、ザンタ・メイ・ミークは国王陛下のご厚意を喜んでお受けし、辺境伯位に復帰します! 必ずや辺境伯にふさわしい功績を上げて陛下のお力になることを誓います!」

「ザンタ! よくぞ申してくれた!」

「ザンタさん!」

国王は膝をついてザンタの肩をがっしり掴んだ。宰相は目に涙すら浮かべた。その姿を見た多くの者たちが心を打たれた。誰もが思わず、盛大な拍手を行った。王族も貴族も平民も関係なく。

王妃エリザベスもその一人だった。

「こんな日が来るなんて………思いませんでしたわ………」

「母上………」

「あの事件で私たちは何もできませんでした………ですが………」


感極まった王妃はもはや言葉で表現できなくなっていた。だが、国王の話はまだ続いた。

「……さて。この場において冤罪で取り潰し及び没落などで貴族の地位を失った者が再び元の地位に就くという前例ができた。しかし、何もそういうことがザンタ……ミーク辺境伯だけというわけにはいかない。今は亡きコキア子爵の罪も冤罪だったのだからな」

「さようですね陛下。確かコキア子爵の子には一人娘がおられたはずですね。子爵位を次げるのは彼女しかいませんな」

「うむ。では、すぐにでもここに来てもらおうではないか。傍聴席にいることだしな」

国王の言葉に周囲が動揺した。国王の言葉に頭がついて行かないのだ。

そして、それは彼女も同じだった。

「えっ? な、何を言っているの?」

傍聴席の最後部に座るミルナが一番動揺していた。国王の言っている『コキア子爵の娘』とは彼女自身のことを指して言っているのだから。

「ミルナ」

「え、エンジ様?」

エンジが彼女の手を取って笑顔を向ける。

「さあ、行こう。国王陛下がお呼びだ」

「ええ!? 行くってまさか!?」

「そのまさかさ」

「ええ~!?」

動揺するミルナだったが、結局エンジに連れられて国王の前に立つことになった。

「ほう、そなたがミルナ嬢か」

「お、お目にかかり光栄です。わ、私は侍女をしているミルナ・ウィン・コキアと申します。ご、ご存じ上げる通り我が父は今は亡きコキア子爵でありました……」

サエナリアの専属侍女として裏で立ち回ってきたミルナだが、流石に国の頂点に立つ国王を前にすると緊張せざるを得なかった。ただ、隣にいるエンジは堂々としていた。

「陛下、彼女の言っていることは間違いありません。そして、私エンジ・リュー・アクセイルの婚約者でもありました」

「え、ええ~っ!? エ、エンジ様、何を言っているんですか!?」

「事実だろ。公にはならなかったけどな」

「そ。そそそそそそれは……!」

ミルナの顔が真っ赤に染まるが、エンジの言っていることは事実だった。エンジとミルナが子供の頃……まだコキア家が貴族として健在だった頃に二人の婚約が決まっていた。それを公にする直前にコキア家が没落して無くなってしまったのだ。つまり、二人の婚約の話も自然消滅していたのだ。

「(エンジ様はどうして今更そんな話を!? もしかしてこれから起こることは……!)」

これから何が起ころうとしているのか察したミルナは、顔を赤く染めたまま頭の中が整理されていく。その間にも話は進んだ。

「陛下が、今は亡きコキア子爵の名を上げたのはコキア家の復帰を考えてのことですね?」

「その通りだ。コキア子爵の肉親がそれを継ぐ立場にあるのだが、今は彼女しかおらん。我が国で貴族の爵位を告げるのは男だけだ。このままではコキア家の再興は難しいのう」

「!(まさか、そこまで計算して……)」

ウィンドウ王国では貴族の当主になれるのは男だけだ。貴族の家で一人娘が家を存続する方法と言えば婿養子を取るか親戚から男の養子をもらうしかないのだ。つまり、今のミルナの場合で例えるなら婚約者に継いでもらうしかないということだ。

「(こ、これも打ち合わせ通りだというのですか!? エンジ様もレフトン殿下も!?)」

ミルナはレフトンを振り返ってみるとニヤニヤした顔が見えた。横にいる二人の王子は真剣な顔で状況を見守っているというのに。

「であれば、私はミルナを再び婚約者とします! この私が婿養子となってコキア家を継いでミルナの家を再興します!」

「エンジ様!」

「ほおう! それはいい考えだが、アクセイル子爵家はいいのかね?」

国王が試すように問いかける。それに対してエンジは恐れもなく堂々と答えた。

「父とはすでに話は済んでおります。当主の座は留学中の弟に譲る予定となっています。それに私としては幼馴染であり元の婚約者と結ばれるのですから強く望むところです。ミルナもそれでいいな?」

エンジはミルナの方を振り返って問いかける。その顔は力強い自信にあふれた笑顔で会った。その凛々しい顔を向けられたミルナは縦に頷いて肯定するしかなかった。

「は、はい……!」

「よくぞ申した! ならば問題はないな。本日をもってミルナ・ウィン・コキアとエンジ・リュー・アクセイルの婚約を決定し、近日中に二人の結婚と同時にコキア家の復帰を決定する!」

国王が宣言した。エンジとミルナの結婚を。それを祝福するために大勢の者たちが盛大な拍手をささげた。平民も貴族も王族も関係ない。誰もがエンジとミルナを祝福した。

「こ、こんなことって……」

ミルナは胸が熱くなった。感激のあまりその場でへたり込んでしまった。

「は、ははは………こ、こんなことは、私の計算外、でした………こ、こんなサプライズがあったなんて………」

「迷惑だったかい?」

「そんなこと………このときほど報われる思いはありませんわ………」

本心からの言葉だった。ミルナは平民になってからはとても苦労してきた。貧しい暮らし、両親の死、侍女になるための勉強、そしてソノーザ家への復讐。その中で輝かしい思い出があったのはサエナリアとの出会いだった。

「私は、サエナリア様だけでも幸せにしたいと思っていましたが……今は私も幸せな気分です……エンジ様、本当にありがとう……」

「お礼なんていらないよ。俺はミルナの婚約者だったのにご両親のことも家のことも何もできなかったんだ。礼を言うならレフトンや陛下のほうさ」

「ははは、私やレフトンはきっかけにすぎないさ。私達の力がなくても君ならミルナ嬢のためにうごいただろう。違うかね?」

「そうですね。子供の頃と今の俺では違います。今の俺ならミルナを守りぬいて見せます!」

「エンジ様……!(本当に、本当に報われましたよ。サエナリアお嬢様! 近日中にご報告しなければ!)」

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