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短編版

3.

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ここはウィンドウ王国の王宮、謁見の間。今は玉座に座る国王と隣に座る王妃の前で王子が跪いている。この三人の関係はもちろん親子だが、普段は公私をしっかりわきまえている。……しかし、今度の件はそれが上手くいかないかもしれない。








玉座に座る現国王ジンノ・フォン・ウィンドウは、息子にして第一王子のカーズ・フォン・ウィンドウが戻ってきたと聞いて、謁見の間に連れてこさせた。息子と同じ青紫色の髪と碧眼の壮年になる国王は、年齢よりも少し老けて見える。国王という重圧がよほど重く感じるのだろうか。決して息子のせいだとは本人も他の者も思いたくはないだろう。

「(いや、老けてきたのは、私の息子が面倒くさい男であることが原因の一つなのは否めんか)」

今回の件で白髪がまた増えそうだなと思った。ジンノはカーズの教育をどこで間違えたのか頭を悩ませる。妻にして王妃エリザベス・フォン・ウィンドウも同じく悩むが、金髪で赤い瞳の淑女も悩むたびに頭が痛くなっていた。

「(はぁ、どうしてこうなってしまったのかしら)」

国王と王妃。この二人は今、同じことで頭を悩ませている。それは目の前にいる愚息にして王太子のことでだ。自分たちに内緒でソノーザ公爵家に向かったと聞いて驚き、しばらくして戻ってきたかと思えば、婚約者が家出したから捜索願を出してくれというのだ。何があったのか聞いてみると、思った以上に面倒なことになっていたのだ。

「…………(ソノーザ公爵家で知ったことの全て)ということがあったのです。陛下、どうか一刻も早いサエナリアの捜索を!」

国王と王妃がカーズの話を要約するとこうなる。

一つ、カーズは王太子でありながらミーク男爵令嬢と積極的に関わるようになって、サエナリアを泣かしてしまった。

二つ、カーズは二人との関係修復を望んでソノーザ公爵家に謝罪に言ったら、サエナリアの家出を知った。

三つ、カーズはソノーザ公爵家の家庭でサエナリアが蔑ろにされていたことを知った。

四つ、カーズは王家の権力を使ってサエナリアの捜索を望んだ。

…………ということになる。

「「…………(はぁ~)」」

護衛二人は後ろで何を思っているのかはカーズには分からない。ただ、正面から見ればカーズから目を背けているのは明白だった。

「陛下! 私にご命令ください! サエナリアを探せと!」

サエナリアの捜索を命じてもらうように声を大きく発するカーズ。だが、国王と王妃の反応は彼の予想を裏切る結果になった。

「この馬鹿……」

「え?」

「こぉんの、馬っ鹿者がぁぁぁぁぁっ!」

「ええ!?」

国王は顔を真っ赤にして叫んだ。もちろん、カーズに対する怒りを込めて。カーズは驚きのあまり目を丸くして姿勢を崩した。

「お前は一体何を言っておるのだ! そんなことを言える立場だと思っているのか!?」

「な、何をおっしゃるのですか!? 言っている意味が、あっ! 私が黙って公爵家に向かったことを咎めているのですね!?」

「それだけではないわ! 最初から全部だ! 一々説明しないと分からんのか!?」

何が何だか分からないという顔でいるカーズに、王妃が呆れながら説明した。額に手を当てて。

「カーズ、陛下の言葉の通りですよ。サエナリア嬢を蔑ろにして不貞を行ったこと、彼女を泣かして失踪する原因を作ったこと、貴方が言ったように勝手に公爵家に行ったこと、手掛かりだという理由で人の日記を持ち出したこと、全てです。これで分かりましたね」

「なっ!? それは、その………(しまった!)」

カーズは王妃に嫌みのように説明されて、嫌でも理解してしまった。問題行動ばかり起こしていると言われたのだ。カーズとしては否定したくても否定できない。

だが、カーズは一つ反論した。

「か、勘違いが一つだけあります! 確かに私はサエナリアを理不尽に罵って泣かせてしまいましたが、そのことが原因で家出に繋がったわけではありません! あれは公爵家の、」

カーズの反論を国王が遮って解釈する。

「公爵家の家庭に問題があっというのはすでにお前から聞いた。聞いただけでかなり酷かったらしいが、それだけか? サエナリア嬢の心にとどめをさしたのはお前だと思わないか?」

「え? とどめとは?」

戸惑うカーズの顔に、王妃はかわいそうな人を見るような目で見ながら補足する。カーズのことを頭が悪い子供と思えて仕方がないのだ。

「貴方の話を聞く限り、もっと早く家出してもおかしくなかったように聞こえるのですよ。なのに今になって行動を起こした。そのきっかけが貴方自身だと思わないのですか?」

「なっ!? 私がとどめをさしたというのはそういうことですか!?」

カーズは頭を打たれたような衝撃を受けた。つまり、国王と王妃が言いたいのは、サエナリアに家出する決意をさせたのはカーズだということだ。カーズのせいでサエナリアが家出した、と。

「(何を言うんだ父上と母上は!)どういうことですか、何故俺、いや、私のせいだと!?」

「サエナリア嬢はただでさえ最悪の家庭にいたのに、学園で貴方に酷いことを言われて居場所を失ったと思ったのではなくて? 貴方にそこまで酷いことを言われたサエナリア嬢は孤立してしまったのでしょう。王族に嫌われてしまうということはそういうことよ」

「そんな!(ガーン!)」

「そんなではない! 言われて初めて気づいたようだがもう遅いわ!」

実の親に叱責されてカーズは、サエナリアの家出が自分のした仕打ちも原因だということに気付いて絶望した。

「(な、何ということだ……考えもしなかった……俺にも原因があっただなんて……)」

言われてみればそうだった。カーズがマリナを懇意にしたことで、学園でサエナリアとの三角関係を面白おかしく噂する者は多かった。ある者は憐れみを、ある者は怒りを、ある者は嘲笑を、ある者は野心を、様々な思惑をもって噂が流れたものだった。カーズも噂に踊らされてサエナリアを罵ったのだ。その結果、二人の女性が離れることになってしまった。

「息子よ、お前がこんなに大馬鹿者だったとは思わなかったぞ。サエナリア嬢の捜索はしてやる。だが、今のお前をその先導役に出すわけにはいかん。自室で謹慎を命じる」

「なっ、そんな……! 俺は償いがしたいのです、何卒、父上!」

「陛下の言う通りにしなさい。貴方にそんな資格はありません」

「母上……っ!」

国王と王妃は、たとえ父上母上と訴えかけられても、絶望して酷い顔をしている息子の願いを親として叶えるわけにはいかなかった。今のカーズは暴走しがちだ。頭を冷やして身の振り方を考えたほうがいいと判断したのだ。

「そもそも、お前はサエナリア嬢を見つけて何がしたい? 元の関係に戻ろうなどと思っているのか? 男爵令嬢にうつつを抜かした思えが?」

「お、俺は、サエナリアとマリナの三人で一緒に輝かしい未来を創っていきたいのです! 元の関係以上の、」

「聞かなければよかったな。これ以上幻滅させられるとは」

「本当ね。傲慢な考え方だわ。二人の御令嬢が離れていったのは聡明な判断ね」

話を遮られた挙句、見るからに呆れた姿勢を見せつけられて、カーズはもう声が出なくなった。それだけではない。目の前の両親の目を見ただけで、どれだけ失望されたか理解してしまった。自分にあのような目を向けられたことは一度もないのに。

「(そんな……俺は両親にまで見放されるというのか……)」

「さっさと謹慎してろ。今のままだと、お前の人生は絶望の一本道になる。もう少し賢くならなければ、絶望だけがお前のゴールだ」

国王がパチンッと指を鳴らすと同時に謁見は終わった。カーズはこの後、呆れ顔の護衛二人に無理矢理自室に運ばれることになった。

「王子、抵抗は御控えください」

「我々に抵抗は無意味です」

「…………」

放心状態のカーズは抵抗しないまま、連れていかれた。




「「はあ~……」」


謁見の間に残った国王夫妻は揃って深いため息をついた。顔もげんなりしている。それだけカーズに対する失望は深いのだ。

「どうしてこうなったのだ、どうしてあんなにも愚かな男になったのだ、カーズ……」

「学園で成績上位と聞いていたけど、成績だけでただの馬鹿。いえ、大馬鹿者だったのね……」

大馬鹿者と聞いて、ジンノは一人の男を思い出した。

「大馬鹿者といえば我が愚弟もそうだったな。カーズは奴ににて行動力があり過ぎる」

「あの子は、カーズは、彼と親しかったものね」

「愚かなのは我が愚弟だけでよかったのだがな……いや、いないほうがいい」

二人が頭に浮かべるのはジンノの弟、つまり王弟にあたるウェザー・フォン・ウィンドウのことだ。ウェザーはとても行動力があって破天荒な男であり、三年前にある理由でウィンドウ王国を飛び出して旅に出て行って、それっきり音沙汰がない。そんな男とカーズは親しかったのだ。

「「(ウェザーと親しかった時点でマズかったのかもしれない)」」

他の二人の弟とは違って。

「カーズはもう無理だな」

「ええ。王太子はレフトンかナシュカに任せるしかないわ」






王宮の第一王子の自室。つまり、カーズの部屋の扉の前で、二人の護衛が見張っている。謹慎中のカーズが出てこないように、そして怪しいものがカーズと接触しないようにしているのだ。

例外があるとすれば、カーズの親族か国王に信頼される重臣ぐらいのものだ。

だからこそ、弟なら面会が許されるのだ。

「よお、兄貴。俺が来たぜ」

「レフトンか………、何の用だ」

カーズにレフトンと呼ばれた青紫色の髪と碧眼の長身の少年はレフトン・フォン・ウィンドウ。カーズの一つ下の弟、次男の立場にいる男だ。いつも明るくて飄々としていて軽い感じでいる。

「頭の悪い兄貴を笑いに来た! 女二人を泣かせたんだろ?」

「………っ!」

カーズは落ち込んだ気分から一転して、怒りが沸き起こる。それを感じ取ったレフトンは笑って謝る。

「わりいわりい、まあ落ち着けよ、兄貴。今俺を殴っても何も帰ってこないぜ。状況が悪くなるだけさ」

「くっ………」

「そうだよ、カーズ兄さん。レフトン兄さんの言う通りさ」

レフトンの後ろから金髪で赤い瞳の少年がひょっこり現れた。

「ナシュカも来たのか……」

少年はナシュカ・フォン・ウィンドウ。小柄だが、カーズより二歳だけ年下の弟、三男だ。カーズやレフトンよりもしっかりしていて、両親からも期待されている身だ。

「まっ、俺たちにも詳しく聞かせてくれよ兄貴。相談なら乗ってやるぜ」

「これは俺の問題だ。お前達が口を出すことじゃない」

カーズは突っぱねようとするがレフトンは引こうとはしなかった。それどころか痛いところをつく。

「兄貴だけの? 違うだろ、兄貴と女の問題だろ? でなきゃ親父達が怒鳴るわけがない、違うか?」

「! 聞いてたのか………」

少し驚いたカーズは、改めてレフトンの顔を見る。そして気づいた。レフトンの顔は笑っているが目だけは笑っていないということに。レフトンもまた、カーズのしたことに不快感を抱いているのだ。

「謹慎を受けたってことは学園に通っていれば誰でも分かるよ、女性がらみなのは想像しやすいさ」

ナシュカに至っては、あからさまな不快感を示してきた。その目は笑ってないどころか睨みつけているようだった。

「兄貴~、これは身内の恥なんだぜ? しかも女で間違いましたじゃ厄介じゃね?」

「レフトン兄さんの言う通りだよ。最近のカーズ兄さんは考えが足らないから、僕たちも弟として力になりたいんだ」

「お前たち……(心配してくれるのか、いい弟を持ったな……)」

カーズは内心、自分を心配してくれると考えたが、目の前の二人の弟の考え方は違っていた。

「(このクソ兄貴を今のままにしてやるわけにはいかねえ、大人しくするように矯正してやらねえとな)」

「(これ以上王家に恥をかかせるわけにはいかない。王家の威信にかかわる。カーズ兄さんが大人しくしているうちに解決させないとね)」

レフトンとナシュカ、二人の頭の中ではカーズを心配する気持ちは薄かった。何故なら、おおよそのことは知っているため、カーズが自業自得ということは分かっているからだ。





カーズは両親に話したことをそのまま弟たちに話した。その反応はカーズが嫌でも予想した通りだった。

「はぁ~……兄貴よ、それもう終わってんじゃん」

「本当だね。血を分けた兄弟として恥ずかしいよ」

「…………(やっぱり呆れられるのか)」

弟たちは露骨に呆れた態度を見せた。両親のことで流石のカーズも、こういう反応になるだろうとは思っていた。あのレフトンすら笑顔を崩しているのだ。カーズに対する失望は大きいのだろう。

「聞かせてもらったけどさ、兄貴がサエナリア嬢を蔑ろにしてマリナ嬢と仲良くしてきたせいじゃねえか。マリナ嬢と仲良くするなとは言わねえけどよ。それでサエナリア嬢を見なくなるっての酷い話だぜ」

「そうだね。カーズ兄さん『個人』を見てくれたマリナ嬢を気に入る気持ちは分からなくもないけど、もう少しサエナリア様のことをカーズ兄さんの方から見るべきだったんじゃないかな」

「う……(もっともな意見だ、反論できない)」

弟たちの意見を聞いてカーズは心にグサッと刺された錯覚を感じる。もっと早く女性関係について相談すればよかったかもしれないと後悔する。だが、弟たちのきつい意見は続く。

「見ないと言えばマリナ嬢のことはどうなんだ?」

「何?」

「サエナリア嬢とマリナ嬢が友人になったって言うけどよ、それに気づいたのは兄貴が泣かした後だってのも酷いだろ。懇意にしてたのに友人関係を把握していないなんてよ」

「っ! それは、」

「確かにひどいね。カーズ兄さんの話だとマリナ様とは信頼関係ができてたらしいけど、それってカーズ兄さんの一方的な思いでしかないんじゃないかな?」

「んなっ……!(一方的!? 馬鹿な!?)」

カーズは今になって気付いた。好意を抱くようになったはずのマリナの交友関係などを一切知らなかったことを。更に弟たちの心を抉るような言葉は続く。

「もしかしたら、マリナ嬢だって最初のうちはサエナリア嬢の気持ちを考えるといい思いをしなかったんじゃねえか? 罪悪感に押しつぶされそうでよお」

「そうだね。婚約者がいる身分の格上の相手に付きまとってこられるなんて、どう対処すればいいか分からなかったんじゃないかな。男爵令嬢だしね。相手が王家の者ならなおさらだね」

「そんな!」

弟達の言葉を聞いて、カーズの頭に大きな衝撃が起こった。二人が言いたいのは、カーズがマリナに迷惑をかけただけかもしれないというのだ。

「そ、そんなことは………マリナだって、俺といるときは笑っていてくれていて………きっと、俺のことを………」

「マリナ嬢は兄貴の話に合わせただけ、とまでは言わない。だけど好きかどうかは別じゃねえか? サエナリア嬢みたいによお」

「さ、サエナリアは………」

サエナリアの気持ちに関しては、マリナからすでに確認しているカーズは、その先を聞きたくなかった。だが、二人は容赦しない。

「そもそもサエナリア嬢も兄貴のことを好きだったと思うか?」

「………っ」

「ないでしょ。サエナリア様はカーズ兄さんのことも好きそうに見えなかったしね。それでも婚約者として務めてこようとしてきたんだ。それは周りのことを考えてのことだろうね」

「周り?」

目が虚ろになり始めたカーズだが、弟達の話をしっかり聞こうとする。そんなカーズでも容赦しない。

「場所は学園、周りは貴族の子供達ばかり。サエナリア嬢の立場を考えると敵が多くて味方は少ないもんさ。なんたってソノーザ公爵令嬢だからな。そんな場所で婚約者の不貞の噂が広まればどうなる?」

ソノーザ公爵と聞いただけでカーズでも理解できた。実際に学園で起こったことでもあるからだ。

「(……俺はなんて馬鹿だ)」

「多くの生徒がサエナリア様に敵対姿勢を示し、勝手な噂を広める。噂を聞いて行動したカーズ兄さんなら分かるよね?」

もはや嫌味にも聞こえる弟たちの言葉。それは遂にカーズの心をへし折った。カーズは手で顔を覆って過去の自分を悔やむがもう遅い、遅すぎた。

「(俺は……なんて考え無しの大馬鹿者だったんだ……どうして、もっと周りのことを……二人のことを、考えず……)」

カーズの惨めな姿を見ても、レフトンとナスは同情できなかった。

「兄貴、今は休んでな。サエナリア嬢のことは気になっても捜索は任せるしかない」

「後のことはカーズ兄さんの出る幕はないよ。そんな資格もないしね」

「…………(俺は……俺は……)」

二人はそう言って部屋から出て行くが、カーズにはもう誰も声が届きそうになかった。






カーズの部屋を後にしたレフトンとナシュカは、長兄の愚痴をこぼし合う。

「ふぅ、世話のやける兄貴だぜ。感情的すぎらぁ」

「全くだね。もっと周りを見てもらわないと困るよ。そんなんだから最高の女性が離れていくんだよ」

最高の女性、ナシュカがそんな風に評価する女性は数少ない。このタイミングで言うと一人しか当てはまらない。

「サエナリア嬢のことか、最高の女性って?」

「当たり前じゃない。あれほど優れた女性は彼女しかいないよ。あの人は僕の伴侶になってほしかったとすら思うほどにね」

ナシュカは寂しそうに笑う。それを見たレフトンは少し驚いた。ナシュカがこんな顔をするのは初めて見た気がしたからだ。だからこそ「まさか!?」と思った。

「お前ひょっとして、兄貴の婚約者に惚れてたのか? 王太子の婚約者に恋慕するなんて度胸がいるんじゃね?」

レフトンはからかう調子で聞いてみたら、ナシュカから真面目な答えが返ってきた。

「恋慕……とはいかないけど、あこがれはあったね。サエナリア様は僕が見てきた女性の中で一番と言っていい最高の貴族令嬢さ。彼女が王妃になればウィンドウ王国は安泰だろうね」

「ふ~ん、安泰、か。だが、サエナリア嬢の産まれたソノーザ家は最低だったらしいぞ。そんな家の娘を王家に迎えれば他の有力貴族が黙ってないぜ。兄貴が親父たちにばらしちまったしよ」

「いや、彼女の能力をもってすれば問題ではないさ。王家の権力を使ってでも取り込んでもおつりがくると思っているよ。ソノーザ家はどうでもいいんだけど、カーズ兄さんも余計なことをしてくれたよ。まあ、遅かれ早かれバレてただろうけどね」

笑顔で権力乱用を口にするナシュカを見て、レフトンも真面目に考え始める。ナシュカの気持ちが本気なように見えるのだ。

「(こいつ、まさか本当にサエナリア嬢に恋慕を? だとするとマズい、か?)」

「レフトン兄さんこそどうなの? サエナリア様について思うことはあるんじゃない?」

「ん? 俺か?」

サエナリアのことで話を振られたレフトンは事実だけを口にした。

「そうだな~。他の令嬢に比べて顔は地味で胸も小さいが、すげえ礼儀正しくて頭もよくて、お人好しな面があるなあ。真面目過ぎて損するタイプっていうか……いや、あれは優しすぎるな。マリナ嬢にまで仲良くしようとするもんだから噂されちまったのに、気にすることなく交流するのはどうかと思ったもんだよ」

「流石はレフトン兄さんだね、よく人を見てる。若干失礼だけどね(流石に女性の前で言わないでよ?)。カーズ兄さんじゃなくてレフトン兄さんが王太子でもいいんじゃないかな」

「よせよ、俺が王太子って器か? 態度に口調、礼儀も雑で成績も中の下程度だぞ。おまけに運動神経だけしか取り柄がないのに」

やれやれ、というふうに自分を評価するレフトンだが、

「何言ってるんだよ。そういうふうに見せてるだけでしょ? 処世術や交渉術に長けているのも取り柄じゃないか。普段の態度は僕やカーズ兄さんをいい方に立たせるためにでしょ、違う?」

「さあ、どうかねえ(そっちこそ人をよく見てやがる。油断できねえな)」

ナシュカの評価は正しかった。レフトンは王族の身でありながら裏方に徹する道を選んだために、いつも貴族らしからぬ態度を取っているのだ。
何故そんな道を選んだのかというと、レフトンの心の中には、兄弟による王位継承権を巡る争いを避けたいという思いがある。そのためにも兄と弟の間を取り持つ役目を担う必要があると考えて今の己を形成したのだ。

「でも、今回は僕達に味方してくれないみたいだね」

「は? どういう意味だ?(おいおい)」

立ち止まったナシュカはレフトンの顔をまっすぐ見る。

「サエナリア様の家出、これは彼女だけの力とは到底思えない。協力者がいたはずだ」

「へえ、他の誰かの力を借りてるってことか?(やはり分かるか)」

「当然さ。いくら有能と言っても令嬢一人の力で貴族の世界から逃げ切れるはずがないじゃないか。必ず誰か強い後ろ盾がいなければ家出にふみきれるはずがない。そして、その後ろ盾はかなりの力を持っていると見ていい」

ナシュカの目が少し鋭くなった。まるで疑いを向けるような目だ。

「あれ? もしかして俺がそうだっていうのかな?」

「候補の一人だと思ってるよ。ああ、肯定も否定もいらないよ。聞いてもどうせはぐらかすから勝手に思ってるからさ」

「はは、そりゃそうだな。なら。お言葉に甘えてはぐらかしてやろう」

レフトンはわざとらしく話題を変えた。もっとも、行方不明のサエナリア関連なのは変わりはない。

「サエナリア嬢、見つかるといいな。親父は兄貴のことは関係なく探そうとしてくれるみたいだしよ」

「沿うみたいだね。でも、この件に関しては僕も独自に動こうと思うんだ」

ナシュカの告白にレフトンはわざとらしく驚いた。サエナリアに関心を持っている様子からすでに察していたからだ。

「へえ、お前が動くのか。結構執着してんじゃん」

「彼女が見つからないとカーズ兄さんがあのままでしょ」

あのまま、というのも先ほどカーズは二人に打ちのめされて落ち込んでいる最中だ。もはや精神が病み切っている。立ち直るにはかなりの時間が要すると思われる状態だ。ただ、早めに回復する手段があるとすれば、一番合いたい人物に合わせればいい。

「おいおい、サエナリア嬢を兄貴に合わせようってのか? とても会ってくれるとは思えねえよ。兄貴はサエナリア嬢を泣かせてんだぞ?」

「僕たちの方から先に会って、カーズ兄さんが深く反省してるって説得すればいいのさ。僕たちがサエナリア様に悪感情を抱いていないように、サエナリア様も僕たちに悪感情を抱いていないのだからね」

「ふーん、なるほど(結構考えてやがるな)」

レフトンは素直にいい考えだと思った。レフトンの知るサエナリアの性格からすれば、カーズの弟というだけで悪感情など抱くはずがない。ただ、レフトンとナシュカはカーズの弟だ。兄の身を彼女よりも理解していると思われることだろう。説得力を持たせるには自分たちがいい材料になる。ナシュカはそこまで考えているのだ。

「だけど、それはサエナリア嬢が見つかった後の話だろ? 気が早くないか?」

「そうかな? 確かに見つからなかった場合も考えておくべきだけど、無事に見つかった後のことを考えたほうが前向きでしょ?」

「前向きか、そりゃいいな。最近兄貴がらみで悪い話ばっかだしな」

苦笑するのは本心からだ。二人とも、身内として恥じているのだ。

「そういうわけで僕は地道な努力から始めるよ。まずは彼女の交友関係から調べてみる」

「ほーう、なら俺も見えないところで調べてやっか。可愛い弟を見習ってな」

「………僕は可愛げがない方だと思うよ。人より背は低いけどね」

「はははっ! 俺達は兄貴も含めて三兄弟だ! 弟が可愛くないはずないさ!」

そう言ってレフトンはナシュカの頭をワシャワシャと撫でる。ナシュカは微妙な顔になるが嫌がることはなかった。

「と、とにかく、僕は学園に戻るよ。信頼できる者達と手分けして探るとしよう。レフトン兄さんも何か分かったらすぐに知らせてね」

「おうっ! 任せとけ! この後で何か分かれば連絡するさ!」

レフトンは力強い笑顔を見せた。その勢いでナシュカの頭をもう一度撫でようとするが、今度は避けられてしまった。

「子供扱いしないでよね」

「はは、わりいわりい」

こうして二人は一旦分かれた。ナシュカは学園に向かい、レフトンは王宮に残った。





レフトンは自室に戻って、勢いよくベッドに寝転んで大きなため息を吐いた。

「はぁ~、兄貴はほんっと、ろくなことしねえな。ナシュカも頭良すぎだよ。ていうか、サエナリアさんにマジで惚れてんのか?」

レフトンの弟のナシュカはとても頭がいいが、感情が出にくい性格だ。社交でも愛想笑いすらぎこちないぐらいだった。だが、ナシュカがサエナリアのことを評価するときに笑っていた姿は、確かな感情を感じられた。だからこそ、レフトンは「もしや!?」と思って、複雑な気分になった。

「もしもナシュカがサエナリアさんのことを本気で想っていたのなら……俺はどうすりゃいいんだ? 全部言っちまえばナシュカはどう出るか分からねえぞ」

ナシュカは「王家の権力を使ってでも取り込んでもおつりがくると思っているよ」と口にしていた。つまり、居場所が分かれば問答無用で攫っていくと受け取れなくもない。そう考えるとレフトンは頭が痛くなる。

「……仕方ねえ、俺はソノーザ公爵家に行くしかねえか」

レフトンはナシュカに宣言した通り、見えないところで調べることにした。
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