上 下
98 / 229

98.もう十分頑張った/溢れる感情

しおりを挟む
――過去を回想して辛そうな顔になるエリザ。そんな彼女にどんな声を掛けてやればいいのか戸惑うアキエーサだったが、まずは自分なりにエリザの苦労を称賛し労うべきだと思った。例えば、アキエーサ自身がルカスやテールにかけられた労いの言葉を参考にして。

「……エリザ様。もうそんなつらい顔をなさらないでください。エリザ様はもうすでに解放されたのですから」

「アキエーサ様?」

「エリザ様がアクサン殿下の婚約者として苦労してきた道のりは私の知る由もありません。ですが、私もつらい環境を脱したくて自立を望んだ身としては、望まぬ立場になられたであろうエリザ様のお気持ちを少しでも理解できると思います」

「……っ!」

これはアキエーサの本心だった。アキエーサ自身も家庭何の不遇な立場という意味では、『望まぬ立場』であったのだ。そして、エリザもアキエーサの言葉の意味を瞬時に理解できた。それゆえにアキエーサから不遇だった過去を語りだしたことに少し驚いたのだ。

「これは私の私見ですが、エリザ様が私や父君であるジノン・ベスクイン公爵の力を借りてアクサン殿下を追い詰める姿勢は何も恥じることではありません。むしろ国のためを思えば称賛に値します」

「アキエーサ様、何もそこまでは……」

「いいえ、私の目から見てもアクサン殿下は王族の出自の方にしては酷すぎます。それどころか貴族としてやっていける気すらしません。何しろ、私の『元』愚妹を婚約者にしただけでなく、自分の保身のために私にまで目移りするのですから質が悪すぎます。……あのような存在が王太子になっていたと思うと世も末だと思いました」

「…………」

「私には嫌でもわかります。私は自分勝手な親と義妹を見てきましたから。アクサン殿下はそんな彼らと間違いなく同じです。そんな人たちに振り回される苦しみは耐え難いことです」

「……ですよね」

アキエーサは迷いなく本心を語る。アキエーサの脳裏には父リーベエと義母フミーナ、そして義妹ワカマリナが自身にしてきた仕打ちが思い出されていた。そんなアキエーサの心情に気付いたエリザもまた、本心を一言だけこぼす。

「……だからエリザ様、もしもアクサン殿下を追い詰めたことで少しでも罪悪感を抱いているのなら……はっきり言ってそんな必要はありませんよ」

「アキエーサ様、ですが……」

「エリザ様はもう十分頑張ったではありませんか。だからこそあんなパーティーにまで足を運んだのでしょう?」

「……!」

「せめて見届けようという気持ちは責任感から来るものでしょうが、そこまでしたのなら今は罪悪感よりも達成感と解放感を味わうことを優先されることをお勧めしますよ? 今の貴女はそれが許されるくらい報われなければなりません。私はもちろん、ご家族もそう思っているのでは? 貴女は誰よりも努力してきたのですから」

「あ……、あ……」

エリザの心に温かい感情が溢れるような気がした。エリザはこの感情に動揺するも上手く頭がまともまらない。流れてくる涙の理由さえも分からない理解できない。分かるのは温かい激情が溢れるような、それでいて優しくて心地よい、それだけだ。

エリザから溢れる温かい激情、その理由はアキエーサの心からの労いと称賛の言葉だ。エリザの苦しみと努力を理解できる立場だと分かるアキエーサの言葉だからこそ、エリザの心に深く響いたのだろう。エリザにとって『誰よりも努力してきた』人物であるアキエーサに言ってもらえたのだから。

そして、少し遅れてエリザは己の溢れる感情を理解する。だからこそ、彼女はアキエーサに告げる。

「あ、ありがとうございます……! こ、こんなに嬉しいのは、初めてです!」

「分かります。私も同じことがありましたから」

アキエーサは泣きじゃくるエリザを優しく抱きしめる。エリザはそんなアキエーサの胸に顔をうずめるのであった。まるで幼子のように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

お父様お母様、お久しぶりです。あの時わたしを捨ててくださりありがとうございます

柚木ゆず
恋愛
 ヤニックお父様、ジネットお母様。お久しぶりです。  わたしはアヴァザール伯爵家の長女エマとして生まれ、6歳のころ貴方がたによって隣国に捨てられてしまいましたよね?  当時のわたしにとってお二人は大事な家族で、だからとても辛かった。寂しくて悲しくて、捨てられたわたしは絶望のどん底に落ちていました。  でも。  今は、捨てられてよかったと思っています。  だって、その出来事によってわたしは――。大切な人達と出会い、大好きな人と出逢うことができたのですから。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

【完結】婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

処理中です...