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88.仮にも/それではさようなら

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アキエーサのアクサンを見る目は最初から冷たかった。そして、今は更に鋭さも増して冷たくなる。まるでゴミや塵芥を眺めるくらいに。

「……殿下。仮にも王子、王族の一員ともあろうお方がそんな常識も知らないでは大変ですよ。ましてや貴方は王太子、もはや王族であるべきかどうかという問題ですらありません。すぐに除籍されたほうがよろしいと存じます」

「な、すぐに除籍されたほうがいいだと!?」

「はい。貴方の頭は一から厳しく教育しない限り決して良くならないと思えるので、そんなことをするよりも貴族社会から排斥する方が手っ取り早いと思いました」

「っ!」

アキエーサは鋭い目でアクサンを睨んで厳しく言い放つ。それも少しばかりの怒りを込めて。仮にも王太子であるアクサンの無能ぶりがどうしようもなく許せないのだ。

だがもちろん、そんなアキエーサの心情などアクサンは分かるはずもない。怒りで顔が赤くなって声は震えすらしてしまう。

「な、な……何で、何で……そこまで言われないといけないんだよ! 王命のことはたまたま知らなかっただけだし……! それにそんなことは王になったから知っても遅くは、」

「遅いですよ。おそらくはその他の常識に関しても遅れていることでしょう。遊んでばかりで必要な勉強を蔑ろにしてきた愚かな王子ならば」

「き、貴様……!?」

容赦ない言葉を掛けるアキエーサは一切恐れない。冷たい顔のままアクサンを見据える。しかし、アキエーサの心は確かに怒りがあった。

アキエーサは仮にもイカゾノス伯爵家に生を受けた。だが、その家で実母が亡くなってからは勉強するにも一苦労するような劣悪な環境を強いられた。勉強をしたくてもできない、そんな環境の中でアキエーサは必死で生きてきた。それに対してアクサンは勉強など顧みないで遊んでばかりいたせいで、貴族に必要な常識もろくに知らない。まるでワカマリナのように。

そう言う意味ではアキエーサは、ワカマリナとアクサンとは正反対の人生を送ってきたと言ってもいい。勉強したくてもできないアキエーサは、勉強できるのにしなかった義妹と王太子。彼らはそんな存在なのだ。

だからこそ、アキエーサはアクサンに対してはワカマリナと同じような気持ちしか湧かない。嫌悪感や怒りという感情くらいしか抱けないのだ。

「こ、この私に対して何という侮辱だ! 謝れ! 詫びろ!」

「お断りいたしますわ。貴方にそんな価値もないです。もちろん婚約する価値もですね」

「どこまでも馬鹿にしやがって! たとえ王命でなくても私が言えば貴様なんか罰を与えることなんて造作もないんだ! どうだ、今からでも地に頭をこすりつけて謝罪したら婚約してやってもいいんだぞ!」

あまりにも理不尽かつ恐ろしいことを言いだすアクサンだが、アキエーサはそれでも動じることはない。むしろ呆れ果てて苦笑すらしそうになった。笑いをこらえる仕草をしたため、アクサンを挑発してしまう。

「ぷ……ふふ、呆れましたわ。仮にも王子がそこまで愚かしいことを口にするとは」

「ぬぐぐ……さあ、これが最後の機会だ! すぐに私と婚約すると言え! 私に謝罪しながらな!」

「何度言われてもお断りさせていただきますわ。無駄な話はこれでおしまいでいいですわね? それではさようなら」

「無駄な話だと!? ちょっ、おい待て、ふざけるなぁ!」

勝手に話を終わらせて去ろうとするアキエーサだったが、アクサンはいまだに納得できなくて追いすがろうとする。よほど自分の状況を打開したいのだ。そのためにアキエーサを利用しようとするのだから質が悪い。

そんなアクサンの前に思いもよらない人物が立ちふさがる。

「そこまでですよ殿下」

「なっ!? お前は!」
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