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第一話

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この世界には「属性」というもので成り立っている。


 属性というのは、女神より与えられた加護であり、現在は9つの属性が存在している。


 そのうち、特に強大な力を持つのは「光属性」と「闇属性」であり、過去にはこれらの勢力を巡って戦争が相次いだ。


 しかし、光の世界は光の女神であるルテンスに治められ、闇の世界はシュヴァルツという男が皇帝に即位し、両者は調和を保っていった。


 それからどれほどの年月が過ぎただろうか、今、光の世界に最悪の事態が起ころうとしていた。






 ルナは、この町に住んでから毎日の楽しみがある。それは朝食の時間に紅茶を飲むことだった。


「さて、今日は久しぶりに外の紅茶でも飲もうかな。」


 いつもは、自分で淹れた紅茶を飲んでいるが、この前飲んだ喫茶店の紅茶がかなり美味しかったので、二週間ぶりに行ってみることにした。


 お気に入りのコートを着て、ブーツを履き、コートのポケットに紅茶代を突っ込むとまだ少し肌寒い外へと足を踏み入れた。


 何分か歩いていると身体が自然と寒さに慣れてくる。


「最近急に寒くなってきたなぁ、いい加減コート新丁しようかな?」


 そんな事を呟いていたその瞬間である。


「だ、誰か助けてくれーーっ!」


 突然、男の叫び声が聞こえてきた。


 ルナは後ろへと振り向くと、あまりの驚きに言葉を失った。


 後ろからまだ青白い空が赤黒い雲のようなものに覆われ、その下には黒い人影のような姿をした魔物が溢れ出てきた。


「うそっ……そんな……」


 その場から逃げ出したくなった、しかし、恐怖のあまり脚が凍りついたように動かなくなっていた。


 赤黒い雲は勢いを増し、辺りは魔物で溢れていく。


「いや……死にたくない……死にたくないっ……」


 掠れた声を出すのですら精一杯だった。


 本当にここで自分は死を迎えるのか、そんなことが頭を過った直後だった。


「何ぼーっとしてるんだ!早く逃げろ!」


 これまた青年の声が近くから聞こえてきた。


「聞こえてないのか!急いで安全な場所まで逃げろ!」


 その瞬間、ルナはようやく我に返った。


「安全な場所って…何処にあるの?」


「俺のところまで来い!」


 そう言うとルナは声の聞こえた方角へと走った。


 ーーー生き残れるの?

 そんなことばかり考えながら。


 すぐに声の主である青年は見つかった。黒髪に自身と同じ蒼い目をした青年だった。彼はルナの事を少し見回すと、


「とりあえず付いてくるんだ!」


 そう言ってルナの手を引いて走り出した。


「はぁ…はぁ…何?突然。」


青年はルナのペースを無視して走ったので止まる頃には息が上がっていた。


「いきなり手を引いて走った事は謝る、でもああしないとお前は間違いなくあの場所で死んでたぞ。」


それはなんとなく自分でも失態だとは思っていた。いくらパニックになったからと言って危険な場所で棒立ちなど自殺と何ら変わりない行為だ。


「まぁ、命は助かってことだから文句は言わないわ…それで、さっきから持ってるそれは何?」


ルナは彼の持っている剣のような形をした武器が気になった。いや、剣なのだろうが、エメラルドをそのまま削り出したような美しい緑色をしており、刀身には古代に使われていたような数字が刻まれていた。


「あぁ、こいつは『エレメントソード』って言ってな、自分自身の中に存在する属性の力を結晶化させて召喚させるんだ。もっとも、普通の人間だと力が足りなくて結晶化そのものが無理みたいだが…俺は生まれつき属性の力が強かったらしくて召喚に成功したんだ。」


属性の力の存在自体はルナも当然知っている。自在に属性を使いこなせる者は「能力者」と呼ばれ、人間と区別されていたことも。しかし、過去に起こった大規模な戦争で殆どが死んでしまったはずだ。まさか目の前に居る彼はその能力者の子孫だと言うのか。


「す、凄いわね、私には絶対そんなことできないな。じゃあ、あなたは何の属性の使い手なの?」


「ん?俺か?俺は『時属性』だな。今だと結構珍しいんだぜ。時属性、あと、私にはできないとか言ってたけど、多分お前出来るぞ?」


「………え?」


青年が軽々しく発した言葉があまりにも衝撃的だった。自分でもエレメントソードが召喚出来る、彼はそう言っているのだ。


「私にエレメントソードが召喚出来る?バカ言わないでよ、無理よ、絶対に無理!」


「そんな事はない、俺は他人がどれだけ属性を持ってるかが分かるんだ。ま、これも今じゃ珍しい人なんだけど。んでまぁ、どうやらお前はとんでもない程の属性の力を持ってるらしい。今から言うようにやってみれば、多分出来る。」


「……分かったわ、やるだけやってみる。」


ルナはそう言うと、彼は丁寧にやり方を教えてくれた。


「……分かったか?今教えた通りにやるんだ。自分の手に、身体の中のエネルギーを集中させるイメージ、忘れんなよ。」


「う、うん…」


ルナは少し不安そうな顔のまま頷くと、目を閉じ、集中力を高めた。

言われた通り、手にエネルギーを集めることをイメージした。


ーーそして、ことが起こるのは一瞬だった


手が熱くなってきた。それに驚いて目を開けると、手のひらは光で包まれている。


やがてその光はその輝きを増し、徐々に剣の形を創っていく。


「これが……『エレメントソード』……」


ルナの召喚したエレメントソードは、純白の輝きを持つ長く美しい剣だった。


「……あぁ、でも、すげぇな。そんなエレメントソード俺でも初めて見たよ。」


青年はルナのエレメントソードにすっかり見惚れていた。


「これで、あの怪物達とも戦えるの?」


「あぁ、俺が試した感じだと全然戦え………っ!?」


どうやら青年は何かの気配を察したようだった。その「何か」はルナにも予想がついた。


ーーー魔物達に囲まれてしまったのだ。


「ど、どうするの!?」


「この際、仕方ねぇ!いきなりぶっつけ本番になるが、戦ってくれ!」


「はぁぁっ!?」


ルナは慌てながらも見様見真似で剣を構えてみると、案外自分にも戦えるような気がしてきた。目の前に迫ってくる魔物の一匹二匹、蹴散らしてしまえそうだ。


「いっけぇぇぇぇぇっ!」


ルナは剣を構えたまま魔物に突っ込んだ。心臓が飛び出るほど緊張しているが、ここで引けば死ぬのは自分だという確信があった。


剣を振るのは初めてだったが、直感的に相手を斬りつければいいだけの話だ。相手に兎に角斬りつけ、外傷を負わせ、少しずつでも弱体化させていく。


ーーー全ての魔物を倒し切る頃にはルナは酷く疲労していた。

そのまま地面に倒れ込みそうになったが、青年に心配をかける訳にもいかず、グッと堪えた。


「よく頑張ったな、初めてにしては上出来だ。」


「うん……ありがと。」


「なぁ、もしよかったら、俺と一緒に旅しないか?」


「…え?」


「俺はこの世界の異変をどうにかして解決したいって思ってる。でも、俺一人の力じゃ到底不可能だ。どれだけ属性の力が強くともな。だから、君に是非協力してほしい。」


そう言って、彼はルナに手を差し伸べた。


ルナも頷き、その手を強く握りしめた。


「分かったわ、私も協力する。あまり、力にはなれないと思うけど…」


「いいよ、旅していく内にエレメントソードの扱いにも慣れるはずだ。」


「……ありがと。あ、私の名前はルナ。ごめんね、自己紹介遅れちゃって。」


「ルナ…可愛らしい名前だな。俺はラロノス。よろしくな。」


こうしてルナと青年、ラロノスの旅が始まったのだった。




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