RICE WORK

フィッシュナツミ

文字の大きさ
6 / 6
第5部:「崩れゆく連帯」

第5部:「崩れゆく連帯」

しおりを挟む
1. 
 陽太は移民労働者たちと共に働く中で、これまでの孤立した職場環境とは異なる「温かさ」を感じていた。彼らは慣れない異国の地で真摯に働き、互いに支え合い、助け合っている姿が印象的だった。何より、日々の仕事に対して楽しさや意義を感じ、誇りを持って働いているように見えた。そんな彼らと接することで、陽太は次第に「働くことの意味」を見つめ直すようになる。
 ある日、陽太が彼らに業務の効率的なやり方を教えると、移民労働者の一人が笑顔で「ありがとう、あなたのおかげで自信がついた」と言葉をかけてくれた。その瞬間、陽太は仕事に対する充実感を取り戻し、彼らと共に働くことが自分の中で大きな意義を持っていることを実感したのだった。

2. 
 移民労働者たちは、日本社会の一員として少しずつ受け入れられるようになり、地域社会の中でも次第に理解が深まっていた。彼らの誠実な姿勢や協力的な態度に触れ、多くの日本人が「一緒にこの国を良くしていく仲間」として彼らを受け入れる風潮が広がっていった。
 その流れはやがて「参政権の認可」へと繋がり、政府は移民労働者に対して地方選挙や国政における参政権を認める決定を発表した。日本国民としての一員として、彼らの存在が正式に認められることとなり、人々は歓喜に包まれた。陽太もまた、「共にこの国を良くしていく仲間が増えた」という希望を胸に抱き、彼らとの協力関係に新たな意義を見出していた。

3. 
 それから数年後、日本政府から驚愕の発表が行われた。「沖縄、北海道、九州、四国の各地域が日本から独立することとなった」との内容に、国中が混乱に陥った。人々は戸惑いと不安を隠せないまま、ニュースやSNSで情報を確認し合ったが、政府からの説明は曖昧なもので、なぜ独立が突然認められたのかという理由がはっきりしなかった。
 陽太はニュースを見て愕然とした。なぜ日本がこんなにも簡単に分裂するのか理解できなかった。街中の人々も不安そうにスマートフォンの画面を見つめ、通り過ぎる人と顔を見合わせることなく、その場に立ち尽くしていた。

4. 
 さらに、事態は急速に悪化した。移民労働者として受け入れられた人々が、日本の主要な政府機関やインフラを掌握していることが次々と明るみに出た。彼らの多くは工作員として日本に送り込まれており、日本社会の分断を狙っていたことが発覚したのだ。社会に溶け込み、日本人の信頼を得ながら徐々に要職を得ていった彼らは、ついに計画を実行に移し、各地で主要な施設や通信網を制圧していた。
 陽太もまた、職場で親しくなった移民労働者が工作員だったことを知り、驚きと同時に深い失望を感じた。「一緒に国を良くしていく」という言葉を信じていたのに、すべては偽りであり、信頼していた相手が国を裏切るための一端を担っていたのだ。

5. 
 分裂による日本国土の縮小と移民労働者の増加によって、日本社会の人口構成は急速に変化していた。日本人は数の上で少数派となり、民主主義の名のもとに政治的発言力を失っていった。政府の機関や主要なポストも次々に移民出身者によって占められ、国の行く先を決めるのはもはや日本人ではなくなっていた。
 かつて陽太たちが信じていた民主主義が、いまでは皮肉にも「日本人を野党に追いやるシステム」となり、彼らの意見は社会の主流から除外されていった。多くの日本人が再び社会の周縁へと押しやられ、陽太は自分の国が変わり果てていくのをただ見ていることしかできなかった。

6. 
 新しい政権の方針により、ベーシックインカム制度は突然停止されることが発表された。国民に最低限の生活を保障するはずだった制度が廃止され、多くの日本人が収入を失い、生活の基盤を奪われる事態に陥った。再び自らの手で生計を立てなければならない現実に、日本人の多くが打ちひしがれ、街には不安と絶望が漂い始めた。
 働かなければならない現実が戻ってきたが、移民出身者によって管理される労働市場では、日本人に対して低賃金と長時間労働が課されることが常態化していた。かつて日本が提供していた海外労働者の待遇と同じように、日本人が今度は「低所得層」として扱われるようになっていたのだ。

7. 
 陽太が毎日通う職場は、もはや「仕事場」というよりも「労働力消費施設」とでも呼ぶべきものになっていた。かつては誰もがベーシックインカムのおかげで自由な時間を楽しみ、働くことから解放されていた。今ではその自由な時間は、必要最低限の生活を維持するための「労働」で埋め尽くされている。陽太も、もはや仕事に楽しさや意義を見出すことはできず、ただ生きるために機械のように働いていた。
 社会から尊厳を奪い取ったベーシックインカムは、見事に「ライス・ワーク」――つまり、食べるための働き方を人々に強いる新たな現実を生み出していた。「仕事は好きなときに、自由に選べる」という夢のような日々は過去のものとなり、今では「生きるために仕方なく働く」という現実がすべてを支配していた。

8. 
 ある日、陽太はふとした瞬間に自分がかつて「仲間」として信じていた人々と、今や隔たりのある世界にいることを強く感じた。日本社会は、働くことへの意欲や信念を奪われ、ただ最低限の生活を維持するために働くだけの存在に成り下がってしまったように見えた。
 陽太の周囲には、かつての仲間だった日本人たちが疲れ切った顔で働いている。移民出身の上司たちは監視の目を緩めず、容赦なく労働を強いる。どこかで感じていた「共に未来を築く」という思いは、陽太の中で虚しい記憶と化し、ただの過去の幻想だったと思い知らされていた。

9. 
 街を歩くと、かつての希望に満ちた楽園の面影は、もはや見る影もない。ベーシックインカムでかつての安心を享受していた時代は遠く、今では誰もが何も言わず、何も感じず、ただ働き続けている。
 陽太もまた、黙々と働きながら、自分がかつて失ってしまったものを思い返していた。働くことは「食べるため」だけでなく、人生の充実感や尊厳を保つ手段であるはずだった。けれど、今ではそんな価値観を話す者もいない。ただ働き、ただ生きるだけの毎日が永遠に続くかのようだった。
 陽太は最後に、虚ろな目で街の景色を見つめ、消えゆく日本の面影を感じた。それはもう、彼が知っていた国ではなかった。




しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...