59 / 68
第10話② カウンター
しおりを挟む
「うっっらああああああああ筋肉うううう……全開ッ!!!」
本日四度目、ゴッ太郎の筋肉は限界だった。イーグルが構えた両手を左右に二度振り回すと、剃刀のような光弾が砂を撒き散らしたように飛び出した。
「今だッ」
「グラインド!」
「ぶっ潰れよおおおおおおおおおお!!!」
光弾が放たれた瞬間、突発的に現れたエネルギーと空気の圧縮で何度も閃光が迸り、鋭利で微細な棘がびっしりと密集したようなその光弾の群れは、まっすぐと飛ばずに左右にスライドするような特殊な軌道を描きつつ、バケモノの身体にぶつかった。その刹那、水の入った水槽に穴が空いたように、バケモノの身体からは赤い液体が溢れて姿勢が崩れていく。ヘリの中は大地震でも起きたように上下左右に恐ろしく揺れて全ての警報が鳴り響き、まるで地獄絵図であったものの、御鈴波は歯を食いしばって耐えていた。レバーを握る手が震え、一瞬だけ高度が落ちかけたものの、計測機器の数字にかじりつくことで耐えていた。
「上海、上海、乗って! 早く!」
衝撃から回復したヘリはその反動から元の地点よりも押し出されてしまっていたが、再び接近して高度を下げる。先程の地点からは上海が走ってくるのが見えた。御鈴波はなんとか胸を撫で下ろす。
「上海、ハシゴをしっかりと持っておけ! こちらで引き上げる!」
上海の身体のサイズでは、人を持ち上げつつハシゴは登れない。射撃が終わったイーグルは素早くハシゴに手を伸ばし、ゆっくりと引き上げる。
「もう少しだ、頑張れ!」
上から見る上海の顔は青い。それもそうだ、これほど恐ろしいことが連続している以上仕方がない。少年の身体はイーグルが取り上げ、ゴッ太郎は上海を抱き込んだ。
「GO!GO!」
イーグルが急き立てるように合図を送ると、御鈴波は高度を上げた。ローターの回転を一気に上げて、大きな駆体が夕空を滑り始める。バケモノの目がこちらを見ている。イーグルに破られた点が既に再生しきって、漏れ出た液体がそのまま形を取り直してヘリに向かって緩やかに伸びてくる。
「急げ! 急げ! まずいぜ御鈴波ァ!」
「うるさいわね! わかってるわよ! やってる!」
思い切り陸から遠ざかるように舵を切ったヘリに、手のような形に伸びた触手は追いつかなかった。伸ばし続ける力を失ったのか、悔しそうに塩水の中に落ちていく。ようやく全員が胸を撫で下ろした。
「なんとか、なんとかなったぜ……」
「ふう、恐ろしいやつだった」
「みんな、生きてるわよね……」
普段の強気はどこへやら、御鈴波の声はしおらしかった。相当怖かったのだろう。
「生きている。君の健闘がその大きな一因になった」
「そう、良かったわ――」
ゴッ太郎は上海を抱えて空いた助手席に乗り込むと、御鈴波の目尻は潤んでいた。ぱち、と瞬きをすると真珠のような涙がこぼれた。
「砂が入ったの、拭いて。上海、怪我はない?」
はいよ、とゴッ太郎は制服の袖で目尻を拭う。
「大丈夫、御鈴波、かっこい。ありがと」
「どういたしまして、ハンカチは持ちなさいって言ってるでしょ」
「ごめん、忘れた。それより帰ろうぜ、家。俺、腹減っちまったよ」
ゴッ太郎が空を見ると、ベルベットの布を広げたように夜が始まっていた。小さな宝石を布の上に転がしたように星々がきらめいている。
「そうね。まだあのスライム状の生物が死んだわけじゃないし。アレの討伐も考えないと。上海、アレが何か知ってる?」
「わかんない」
「まあ、そうよね――どんな風にああいう感じになったのか、後で教えて。作戦会議をしないと」
後部座席のイーグルが反応する。
「それには俺も参加させてもらおう。一般人が巻き込まれている以上、これはテロリズムだ。今は立場上軍人ではないといえ、見過ごせん」
「イーグル、助かるわ」
「俺も関わります。あなたには、命の恩がある」
「……好きにして。ノーベルのことはありがとう」
御鈴波邸ヘリポートでは、救護班が待っていた。すぐにノーベルと上海の助けた少年が運ばれ、他全員の健康チェックが入る。大勢の人間がせわしなく動き回り、手当や物資の移動を行っている。御鈴波はいち早くそれを抜けると、事態の確認に向かう。
「なぜ処理班は来なかったの?」
「申し訳ありません、途中で足止めを食らったようでして――なんでも鶏の頭を付けた奇怪な人間に立ちはだかられ、装備を破壊されたとのことでした。突然のことで打つ手がなかったと報告を受けております」
「……そう。リーン・スピードボールの死体は?」
「回収班が向かいましたが、既になく」
「っ……」
間違いなく玄明だ。処理班が到達できなかったのも、リーンと鉢合わせたのも、上海を狙われたのもそうだろう。今回は屋上組の行動が素早かったが為になんとか持ち直したようなものだ――。
「すぐに全員に温かい食事と入浴を用意しなさい。三階の会議室を用意して、プロジェクターとホワイトボードでいいわ」
「は、仰せのとおりに」
「明日の朝までにあのバケモノと決着を付けるわよ」
御鈴波の長い夜は始まった。アレを放置してはおけない、きっとアレはサンプルボーイの技術を転用した怪物の一つだ。事が大きくなりすぎると、御鈴波グループの独自技術が流出してしまうことになりかねない。それだけはなんとしても避けなければ――玄明はすでに仕掛けて来ている。
本日四度目、ゴッ太郎の筋肉は限界だった。イーグルが構えた両手を左右に二度振り回すと、剃刀のような光弾が砂を撒き散らしたように飛び出した。
「今だッ」
「グラインド!」
「ぶっ潰れよおおおおおおおおおお!!!」
光弾が放たれた瞬間、突発的に現れたエネルギーと空気の圧縮で何度も閃光が迸り、鋭利で微細な棘がびっしりと密集したようなその光弾の群れは、まっすぐと飛ばずに左右にスライドするような特殊な軌道を描きつつ、バケモノの身体にぶつかった。その刹那、水の入った水槽に穴が空いたように、バケモノの身体からは赤い液体が溢れて姿勢が崩れていく。ヘリの中は大地震でも起きたように上下左右に恐ろしく揺れて全ての警報が鳴り響き、まるで地獄絵図であったものの、御鈴波は歯を食いしばって耐えていた。レバーを握る手が震え、一瞬だけ高度が落ちかけたものの、計測機器の数字にかじりつくことで耐えていた。
「上海、上海、乗って! 早く!」
衝撃から回復したヘリはその反動から元の地点よりも押し出されてしまっていたが、再び接近して高度を下げる。先程の地点からは上海が走ってくるのが見えた。御鈴波はなんとか胸を撫で下ろす。
「上海、ハシゴをしっかりと持っておけ! こちらで引き上げる!」
上海の身体のサイズでは、人を持ち上げつつハシゴは登れない。射撃が終わったイーグルは素早くハシゴに手を伸ばし、ゆっくりと引き上げる。
「もう少しだ、頑張れ!」
上から見る上海の顔は青い。それもそうだ、これほど恐ろしいことが連続している以上仕方がない。少年の身体はイーグルが取り上げ、ゴッ太郎は上海を抱き込んだ。
「GO!GO!」
イーグルが急き立てるように合図を送ると、御鈴波は高度を上げた。ローターの回転を一気に上げて、大きな駆体が夕空を滑り始める。バケモノの目がこちらを見ている。イーグルに破られた点が既に再生しきって、漏れ出た液体がそのまま形を取り直してヘリに向かって緩やかに伸びてくる。
「急げ! 急げ! まずいぜ御鈴波ァ!」
「うるさいわね! わかってるわよ! やってる!」
思い切り陸から遠ざかるように舵を切ったヘリに、手のような形に伸びた触手は追いつかなかった。伸ばし続ける力を失ったのか、悔しそうに塩水の中に落ちていく。ようやく全員が胸を撫で下ろした。
「なんとか、なんとかなったぜ……」
「ふう、恐ろしいやつだった」
「みんな、生きてるわよね……」
普段の強気はどこへやら、御鈴波の声はしおらしかった。相当怖かったのだろう。
「生きている。君の健闘がその大きな一因になった」
「そう、良かったわ――」
ゴッ太郎は上海を抱えて空いた助手席に乗り込むと、御鈴波の目尻は潤んでいた。ぱち、と瞬きをすると真珠のような涙がこぼれた。
「砂が入ったの、拭いて。上海、怪我はない?」
はいよ、とゴッ太郎は制服の袖で目尻を拭う。
「大丈夫、御鈴波、かっこい。ありがと」
「どういたしまして、ハンカチは持ちなさいって言ってるでしょ」
「ごめん、忘れた。それより帰ろうぜ、家。俺、腹減っちまったよ」
ゴッ太郎が空を見ると、ベルベットの布を広げたように夜が始まっていた。小さな宝石を布の上に転がしたように星々がきらめいている。
「そうね。まだあのスライム状の生物が死んだわけじゃないし。アレの討伐も考えないと。上海、アレが何か知ってる?」
「わかんない」
「まあ、そうよね――どんな風にああいう感じになったのか、後で教えて。作戦会議をしないと」
後部座席のイーグルが反応する。
「それには俺も参加させてもらおう。一般人が巻き込まれている以上、これはテロリズムだ。今は立場上軍人ではないといえ、見過ごせん」
「イーグル、助かるわ」
「俺も関わります。あなたには、命の恩がある」
「……好きにして。ノーベルのことはありがとう」
御鈴波邸ヘリポートでは、救護班が待っていた。すぐにノーベルと上海の助けた少年が運ばれ、他全員の健康チェックが入る。大勢の人間がせわしなく動き回り、手当や物資の移動を行っている。御鈴波はいち早くそれを抜けると、事態の確認に向かう。
「なぜ処理班は来なかったの?」
「申し訳ありません、途中で足止めを食らったようでして――なんでも鶏の頭を付けた奇怪な人間に立ちはだかられ、装備を破壊されたとのことでした。突然のことで打つ手がなかったと報告を受けております」
「……そう。リーン・スピードボールの死体は?」
「回収班が向かいましたが、既になく」
「っ……」
間違いなく玄明だ。処理班が到達できなかったのも、リーンと鉢合わせたのも、上海を狙われたのもそうだろう。今回は屋上組の行動が素早かったが為になんとか持ち直したようなものだ――。
「すぐに全員に温かい食事と入浴を用意しなさい。三階の会議室を用意して、プロジェクターとホワイトボードでいいわ」
「は、仰せのとおりに」
「明日の朝までにあのバケモノと決着を付けるわよ」
御鈴波の長い夜は始まった。アレを放置してはおけない、きっとアレはサンプルボーイの技術を転用した怪物の一つだ。事が大きくなりすぎると、御鈴波グループの独自技術が流出してしまうことになりかねない。それだけはなんとしても避けなければ――玄明はすでに仕掛けて来ている。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…
小桃
ファンタジー
商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。
1.最強になれる種族
2.無限収納
3.変幻自在
4.並列思考
5.スキルコピー
5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。
妖しい、僕のまち〜妖怪娘だらけの役場で公務員やっています〜
詩月 七夜
キャラ文芸
僕は十乃 巡(とおの めぐる)
降神町(おりがみちょう)役場に勤める公務員です
この降神町は、普通の町とは違う、ちょっと不思議なところがあります
猫又、朧車、野鉄砲、鬼女…日本古来の妖怪達が、人間と同じ姿で住民として普通に暮らす、普通じゃない町
このお話は、そんなちょっと不思議な降神町で起こる、僕と妖怪達の笑いあり、涙ありのあやかし物語
さあ、あなたも覗いてみてください
きっと、妖怪達と心に残る思い出ができると思います
■表紙イラスト作成:魔人様(SKIMAにて依頼:https://skima.jp/profile?id=10298)
※本作の外伝にあたる短編集「人妖抄録 ~「妖しい、僕のまち」異聞~」もご一緒にお楽しみください
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる