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第10話② カウンター
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「うっっらああああああああ筋肉うううう……全開ッ!!!」
本日四度目、ゴッ太郎の筋肉は限界だった。イーグルが構えた両手を左右に二度振り回すと、剃刀のような光弾が砂を撒き散らしたように飛び出した。
「今だッ」
「グラインド!」
「ぶっ潰れよおおおおおおおおおお!!!」
光弾が放たれた瞬間、突発的に現れたエネルギーと空気の圧縮で何度も閃光が迸り、鋭利で微細な棘がびっしりと密集したようなその光弾の群れは、まっすぐと飛ばずに左右にスライドするような特殊な軌道を描きつつ、バケモノの身体にぶつかった。その刹那、水の入った水槽に穴が空いたように、バケモノの身体からは赤い液体が溢れて姿勢が崩れていく。ヘリの中は大地震でも起きたように上下左右に恐ろしく揺れて全ての警報が鳴り響き、まるで地獄絵図であったものの、御鈴波は歯を食いしばって耐えていた。レバーを握る手が震え、一瞬だけ高度が落ちかけたものの、計測機器の数字にかじりつくことで耐えていた。
「上海、上海、乗って! 早く!」
衝撃から回復したヘリはその反動から元の地点よりも押し出されてしまっていたが、再び接近して高度を下げる。先程の地点からは上海が走ってくるのが見えた。御鈴波はなんとか胸を撫で下ろす。
「上海、ハシゴをしっかりと持っておけ! こちらで引き上げる!」
上海の身体のサイズでは、人を持ち上げつつハシゴは登れない。射撃が終わったイーグルは素早くハシゴに手を伸ばし、ゆっくりと引き上げる。
「もう少しだ、頑張れ!」
上から見る上海の顔は青い。それもそうだ、これほど恐ろしいことが連続している以上仕方がない。少年の身体はイーグルが取り上げ、ゴッ太郎は上海を抱き込んだ。
「GO!GO!」
イーグルが急き立てるように合図を送ると、御鈴波は高度を上げた。ローターの回転を一気に上げて、大きな駆体が夕空を滑り始める。バケモノの目がこちらを見ている。イーグルに破られた点が既に再生しきって、漏れ出た液体がそのまま形を取り直してヘリに向かって緩やかに伸びてくる。
「急げ! 急げ! まずいぜ御鈴波ァ!」
「うるさいわね! わかってるわよ! やってる!」
思い切り陸から遠ざかるように舵を切ったヘリに、手のような形に伸びた触手は追いつかなかった。伸ばし続ける力を失ったのか、悔しそうに塩水の中に落ちていく。ようやく全員が胸を撫で下ろした。
「なんとか、なんとかなったぜ……」
「ふう、恐ろしいやつだった」
「みんな、生きてるわよね……」
普段の強気はどこへやら、御鈴波の声はしおらしかった。相当怖かったのだろう。
「生きている。君の健闘がその大きな一因になった」
「そう、良かったわ――」
ゴッ太郎は上海を抱えて空いた助手席に乗り込むと、御鈴波の目尻は潤んでいた。ぱち、と瞬きをすると真珠のような涙がこぼれた。
「砂が入ったの、拭いて。上海、怪我はない?」
はいよ、とゴッ太郎は制服の袖で目尻を拭う。
「大丈夫、御鈴波、かっこい。ありがと」
「どういたしまして、ハンカチは持ちなさいって言ってるでしょ」
「ごめん、忘れた。それより帰ろうぜ、家。俺、腹減っちまったよ」
ゴッ太郎が空を見ると、ベルベットの布を広げたように夜が始まっていた。小さな宝石を布の上に転がしたように星々がきらめいている。
「そうね。まだあのスライム状の生物が死んだわけじゃないし。アレの討伐も考えないと。上海、アレが何か知ってる?」
「わかんない」
「まあ、そうよね――どんな風にああいう感じになったのか、後で教えて。作戦会議をしないと」
後部座席のイーグルが反応する。
「それには俺も参加させてもらおう。一般人が巻き込まれている以上、これはテロリズムだ。今は立場上軍人ではないといえ、見過ごせん」
「イーグル、助かるわ」
「俺も関わります。あなたには、命の恩がある」
「……好きにして。ノーベルのことはありがとう」
御鈴波邸ヘリポートでは、救護班が待っていた。すぐにノーベルと上海の助けた少年が運ばれ、他全員の健康チェックが入る。大勢の人間がせわしなく動き回り、手当や物資の移動を行っている。御鈴波はいち早くそれを抜けると、事態の確認に向かう。
「なぜ処理班は来なかったの?」
「申し訳ありません、途中で足止めを食らったようでして――なんでも鶏の頭を付けた奇怪な人間に立ちはだかられ、装備を破壊されたとのことでした。突然のことで打つ手がなかったと報告を受けております」
「……そう。リーン・スピードボールの死体は?」
「回収班が向かいましたが、既になく」
「っ……」
間違いなく玄明だ。処理班が到達できなかったのも、リーンと鉢合わせたのも、上海を狙われたのもそうだろう。今回は屋上組の行動が素早かったが為になんとか持ち直したようなものだ――。
「すぐに全員に温かい食事と入浴を用意しなさい。三階の会議室を用意して、プロジェクターとホワイトボードでいいわ」
「は、仰せのとおりに」
「明日の朝までにあのバケモノと決着を付けるわよ」
御鈴波の長い夜は始まった。アレを放置してはおけない、きっとアレはサンプルボーイの技術を転用した怪物の一つだ。事が大きくなりすぎると、御鈴波グループの独自技術が流出してしまうことになりかねない。それだけはなんとしても避けなければ――玄明はすでに仕掛けて来ている。
本日四度目、ゴッ太郎の筋肉は限界だった。イーグルが構えた両手を左右に二度振り回すと、剃刀のような光弾が砂を撒き散らしたように飛び出した。
「今だッ」
「グラインド!」
「ぶっ潰れよおおおおおおおおおお!!!」
光弾が放たれた瞬間、突発的に現れたエネルギーと空気の圧縮で何度も閃光が迸り、鋭利で微細な棘がびっしりと密集したようなその光弾の群れは、まっすぐと飛ばずに左右にスライドするような特殊な軌道を描きつつ、バケモノの身体にぶつかった。その刹那、水の入った水槽に穴が空いたように、バケモノの身体からは赤い液体が溢れて姿勢が崩れていく。ヘリの中は大地震でも起きたように上下左右に恐ろしく揺れて全ての警報が鳴り響き、まるで地獄絵図であったものの、御鈴波は歯を食いしばって耐えていた。レバーを握る手が震え、一瞬だけ高度が落ちかけたものの、計測機器の数字にかじりつくことで耐えていた。
「上海、上海、乗って! 早く!」
衝撃から回復したヘリはその反動から元の地点よりも押し出されてしまっていたが、再び接近して高度を下げる。先程の地点からは上海が走ってくるのが見えた。御鈴波はなんとか胸を撫で下ろす。
「上海、ハシゴをしっかりと持っておけ! こちらで引き上げる!」
上海の身体のサイズでは、人を持ち上げつつハシゴは登れない。射撃が終わったイーグルは素早くハシゴに手を伸ばし、ゆっくりと引き上げる。
「もう少しだ、頑張れ!」
上から見る上海の顔は青い。それもそうだ、これほど恐ろしいことが連続している以上仕方がない。少年の身体はイーグルが取り上げ、ゴッ太郎は上海を抱き込んだ。
「GO!GO!」
イーグルが急き立てるように合図を送ると、御鈴波は高度を上げた。ローターの回転を一気に上げて、大きな駆体が夕空を滑り始める。バケモノの目がこちらを見ている。イーグルに破られた点が既に再生しきって、漏れ出た液体がそのまま形を取り直してヘリに向かって緩やかに伸びてくる。
「急げ! 急げ! まずいぜ御鈴波ァ!」
「うるさいわね! わかってるわよ! やってる!」
思い切り陸から遠ざかるように舵を切ったヘリに、手のような形に伸びた触手は追いつかなかった。伸ばし続ける力を失ったのか、悔しそうに塩水の中に落ちていく。ようやく全員が胸を撫で下ろした。
「なんとか、なんとかなったぜ……」
「ふう、恐ろしいやつだった」
「みんな、生きてるわよね……」
普段の強気はどこへやら、御鈴波の声はしおらしかった。相当怖かったのだろう。
「生きている。君の健闘がその大きな一因になった」
「そう、良かったわ――」
ゴッ太郎は上海を抱えて空いた助手席に乗り込むと、御鈴波の目尻は潤んでいた。ぱち、と瞬きをすると真珠のような涙がこぼれた。
「砂が入ったの、拭いて。上海、怪我はない?」
はいよ、とゴッ太郎は制服の袖で目尻を拭う。
「大丈夫、御鈴波、かっこい。ありがと」
「どういたしまして、ハンカチは持ちなさいって言ってるでしょ」
「ごめん、忘れた。それより帰ろうぜ、家。俺、腹減っちまったよ」
ゴッ太郎が空を見ると、ベルベットの布を広げたように夜が始まっていた。小さな宝石を布の上に転がしたように星々がきらめいている。
「そうね。まだあのスライム状の生物が死んだわけじゃないし。アレの討伐も考えないと。上海、アレが何か知ってる?」
「わかんない」
「まあ、そうよね――どんな風にああいう感じになったのか、後で教えて。作戦会議をしないと」
後部座席のイーグルが反応する。
「それには俺も参加させてもらおう。一般人が巻き込まれている以上、これはテロリズムだ。今は立場上軍人ではないといえ、見過ごせん」
「イーグル、助かるわ」
「俺も関わります。あなたには、命の恩がある」
「……好きにして。ノーベルのことはありがとう」
御鈴波邸ヘリポートでは、救護班が待っていた。すぐにノーベルと上海の助けた少年が運ばれ、他全員の健康チェックが入る。大勢の人間がせわしなく動き回り、手当や物資の移動を行っている。御鈴波はいち早くそれを抜けると、事態の確認に向かう。
「なぜ処理班は来なかったの?」
「申し訳ありません、途中で足止めを食らったようでして――なんでも鶏の頭を付けた奇怪な人間に立ちはだかられ、装備を破壊されたとのことでした。突然のことで打つ手がなかったと報告を受けております」
「……そう。リーン・スピードボールの死体は?」
「回収班が向かいましたが、既になく」
「っ……」
間違いなく玄明だ。処理班が到達できなかったのも、リーンと鉢合わせたのも、上海を狙われたのもそうだろう。今回は屋上組の行動が素早かったが為になんとか持ち直したようなものだ――。
「すぐに全員に温かい食事と入浴を用意しなさい。三階の会議室を用意して、プロジェクターとホワイトボードでいいわ」
「は、仰せのとおりに」
「明日の朝までにあのバケモノと決着を付けるわよ」
御鈴波の長い夜は始まった。アレを放置してはおけない、きっとアレはサンプルボーイの技術を転用した怪物の一つだ。事が大きくなりすぎると、御鈴波グループの独自技術が流出してしまうことになりかねない。それだけはなんとしても避けなければ――玄明はすでに仕掛けて来ている。
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