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第7話③ ロックな彼女にご用心
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夜闇を駆けた一陣の風は、どこまでも零春の身体を引きずった。砂埃を巻き上げながら、ややもすれば市中引き回しの刑とも取られ兼ねないような摩擦を以て、零春の身体は窓を叩き割ったトラックの助手席に積まれた。
キーシリンダーを直接いじる音が響き、ややあってエンジンが点火されてヘッドライトが灯る。小さな影が運転席に乗り込んだ。その影は、子供だった。それも幼い子どもだ。小学生くらいだろうか。
当然ペダルに足は届かないのだが――彼女は足元に転がっていた特製のハイヒールを足に嵌めた。それはそこら辺に転がっていたペットボトルや缶を繋げて作ったもので、ただ『ペダルを踏むため』だけに作られたものだった。
カーステレオは、ジェント系のナンバーに合わされた。アクセルを踏み込んで、エンジンの高鳴りに合わさったディストーションの刻みが車体を揺らす。一速に回転が合わさった瞬間、その少女はサイズの全く合っていない分厚いサングラスを掛けながらクラッチを繋いだ。
腹の底から揺れるエンジンの刻みに、少女はたまらなく高揚する。整理された区画の、誰も走らない道路を独り占め! こんな豪勢なことはない。速度を上げ始めた車体に、ギアはどんどん切り替わっていく。
二速、三速、四速――もう制限速度も交通ルールもあったものじゃない。学園都市中の道路は、今やこの少女のものだった。少女にとっては、もうこの夜の世界は一時の天下である。最高に熱の籠もったフロアは常に熱狂している。隣の男はフロアで盛り上がりすぎたせいで泥酔して眠っているのだ。
「へい! かもん! ちぇけちぇけ!」
ジェント系には全く合っていない駆け声に頭を揺らしながら、ついにギアは六速に到達した。右左折不可能な程に速度を上げた少女は、御鈴波の屋敷に続く幹線道路を突っ走る。ハイビームギラギラのままアクセルをベタ踏みでとにかく道を急ぐ、爆速の不審なトラックは、遂に屋敷の門前に辿り着いた。
急ブレーキに跳ね飛ばされた零春の身体は鯖折りでも食らったように反り腰になり、ダッシュボードに叩きつけられた。それによってエアバッグが作動し、零春の肉体は今度は座席に押し付けられた。
少女はそんな零春を無視したまま、屋敷のインターフォンを連打しまくった。やがて、誰かがその声に答えた。
「どなたでしょうか」
「ミスズハ! ミスズハ呼んで!」
「すみません、どなたでしょうか……お顔を見せて頂いても」
インターフォンカメラの高さに、少女の身長は合っていないのだ。小さな体をねじ込むように、その少女はカメラにかじりついた。
「上海様……! このようなお時間にいかがなさいましたか」
「じじ! 死にかけの人いる! ミスズハ呼んで!」
「はっ……」
幸運にも、上海の声を聞いたのは御鈴波の送迎役である執事の一人だった。上海の尋常でない態度に、彼はすぐに眠っている御鈴波を起こす。門が開いた上海は、エアバッグに押し付けられた零春の肉体を引きずり出して、恐ろしい形相の御鈴波の元へと送り届けた。
「ミスズハ! この人、毒! 死んじゃう! 助けて!」
「……何、その男。……いや、もしかして」
明るい玄関で、突然の呼び出しに薄目で苛つきながら対応していた御鈴波は、仮面の下のその顔を見て、態度を百八十度改めた。
「上海、こっちに連れてきなさい」
「おう!」
零春の身体は、ようやく診療室に運ばれた。
キーシリンダーを直接いじる音が響き、ややあってエンジンが点火されてヘッドライトが灯る。小さな影が運転席に乗り込んだ。その影は、子供だった。それも幼い子どもだ。小学生くらいだろうか。
当然ペダルに足は届かないのだが――彼女は足元に転がっていた特製のハイヒールを足に嵌めた。それはそこら辺に転がっていたペットボトルや缶を繋げて作ったもので、ただ『ペダルを踏むため』だけに作られたものだった。
カーステレオは、ジェント系のナンバーに合わされた。アクセルを踏み込んで、エンジンの高鳴りに合わさったディストーションの刻みが車体を揺らす。一速に回転が合わさった瞬間、その少女はサイズの全く合っていない分厚いサングラスを掛けながらクラッチを繋いだ。
腹の底から揺れるエンジンの刻みに、少女はたまらなく高揚する。整理された区画の、誰も走らない道路を独り占め! こんな豪勢なことはない。速度を上げ始めた車体に、ギアはどんどん切り替わっていく。
二速、三速、四速――もう制限速度も交通ルールもあったものじゃない。学園都市中の道路は、今やこの少女のものだった。少女にとっては、もうこの夜の世界は一時の天下である。最高に熱の籠もったフロアは常に熱狂している。隣の男はフロアで盛り上がりすぎたせいで泥酔して眠っているのだ。
「へい! かもん! ちぇけちぇけ!」
ジェント系には全く合っていない駆け声に頭を揺らしながら、ついにギアは六速に到達した。右左折不可能な程に速度を上げた少女は、御鈴波の屋敷に続く幹線道路を突っ走る。ハイビームギラギラのままアクセルをベタ踏みでとにかく道を急ぐ、爆速の不審なトラックは、遂に屋敷の門前に辿り着いた。
急ブレーキに跳ね飛ばされた零春の身体は鯖折りでも食らったように反り腰になり、ダッシュボードに叩きつけられた。それによってエアバッグが作動し、零春の肉体は今度は座席に押し付けられた。
少女はそんな零春を無視したまま、屋敷のインターフォンを連打しまくった。やがて、誰かがその声に答えた。
「どなたでしょうか」
「ミスズハ! ミスズハ呼んで!」
「すみません、どなたでしょうか……お顔を見せて頂いても」
インターフォンカメラの高さに、少女の身長は合っていないのだ。小さな体をねじ込むように、その少女はカメラにかじりついた。
「上海様……! このようなお時間にいかがなさいましたか」
「じじ! 死にかけの人いる! ミスズハ呼んで!」
「はっ……」
幸運にも、上海の声を聞いたのは御鈴波の送迎役である執事の一人だった。上海の尋常でない態度に、彼はすぐに眠っている御鈴波を起こす。門が開いた上海は、エアバッグに押し付けられた零春の肉体を引きずり出して、恐ろしい形相の御鈴波の元へと送り届けた。
「ミスズハ! この人、毒! 死んじゃう! 助けて!」
「……何、その男。……いや、もしかして」
明るい玄関で、突然の呼び出しに薄目で苛つきながら対応していた御鈴波は、仮面の下のその顔を見て、態度を百八十度改めた。
「上海、こっちに連れてきなさい」
「おう!」
零春の身体は、ようやく診療室に運ばれた。
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